検証から本番へ─アジャイルなチームが導く真の生成AI価値

ディスカッションする若手クリエーターたち

さまざまなビジネス領域で生成AIの活用が進む中、保険業界でも業務課題に対する生成AIの有効性を検証したいというお客様が増えています。しかし、進化が早く今後の発展が見通しづらい生成AIのような先進技術を業務に適用し、運用していくことにはリスクもともないます。そのため、さまざまな活用法を検討しつつも、PoC(Proof of Concept:概念実証)で終わってしまうケースも少なくありません。

この問題の解決策として、IBMはお客様と共に業務課題の解決における先進技術の有効性をスピーディーに検証する組織「IBM Client Engineering(以下、IBMクライアントエンジニアリング)」を立ち上げ、お客様との共創活動をアジャイルな手法で推進しています。本記事では、保険業界のお客様の事例を通じて、IBMクライアントエンジニアリングによる生成AI検証の特長をご紹介します。

保険業界の課題解決で高まる生成AIへの期待

企業のさまざまな課題解決の手段として、生成AIへの期待が高まっています。保険業界も例外ではありません。例えば、各社はコールセンターに寄せられる顧客からの問い合わせ内容を膨大なデータとして蓄積していますが、サービスや商品の改善に十分に活かしきれていないという課題があります。背景には、さまざまな表現の中から同じ意味の言葉を正確に抽出する難しさがあり、「顧客の声を正確に把握できない」「作業の効率性が低く、分析に時間がかかる」といった問題が存在します。また、社内や関係機関に提出する報告書の作成でも担当者への負担が大きくなっています。

これらの課題解決に生成AIを活用することが考えられますが、その導入プロセスには注意が必要です。新たな技術を導入する際には、(1)その技術が課題に対して有効かどうかを検証し、(2)次にPoCで具体的なソリューションや製品を検討し、(3)採用を決定した後に本番導入へ進むという流れが一般的です。特に生成AIのように進化と変化の激しい技術については、(1)の有効性検証の段階で進化・変化に対応しながら課題解決に長期的に活用できる見通しを得ることが重要です。

しかし、生成AIプロジェクトの中には、有効性検証を十分に行わないまま、いきなりPoCを実施しているケースが多く見受けられます。このような場合、リスクを抑えつつ長期的に活用できるとの確証が得られず、最終的な投資判断に至らないことがあります。その結果、多くの生成AIプロジェクトがPoCの段階で検討が止まり、いわゆる“PoC死”に陥ってしまうのです。

IBMクライアントエンジニアリングでは、(1)の有効性検証をIBMのスペシャリストと共に実施し、お客様と議論を重ねながら「本質的な課題は何か」「その解決にはどのような方法が有効か」「長期的なリスクをどのように抑えて活用していくか」を検討します。これにより、お客様が“これならうまくいく”と確証を持てるようお手伝いします。

IBMクライアントエンジニアリングの特長は、技術を検証するためにデモ・アプリケーションをまず作成し、実際に操作して体感しながら検討を進める点です。お客様との多くの共創活動から得られたナレッジを基に、複数パターンのソリューション・デモを用意しており、それらの中から適したデモを選定。お客様とのディスカッションを通じていただいたフィードバックを日々反映させ、1~2カ月程度でスピーディーに課題解決に必要な生成AIの活用法を明確にします。その結果、PoCを経ずに本番導入へ進むケースも少なくありません。

この共創アプローチが保険業界における生成AI導入にどのように効果的なのか、東京海上日動あんしん生命保険株式会社(以下、東京海上日動あんしん生命保険)の「お客様の声」分析プロジェクトを例に紹介します。

「お客様の声」の分類・分析の高度化を目指し、共創型プロセスで最適解を模索

東京海上日動あんしん生命保険では、コールセンターなどに寄せられる年間1万8,000件以上の「お客様の声」を業務運営に活用してきました。これらの「お客様の声」は、社員が内容に応じて分類し、生命保険協会や社内へ報告していましたが、担当者による分類やキーワード抽出のばらつき、作業負担の大きさなど、いくつかの課題がありました。

同社は、これらの課題を生成AIの活用によって解決することを着想し、IBMクライアントエンジニアリングとの共創による実証実験を行いました。生成AIと自然言語解析技術を活用することで、「お客様の声」を分類・分析し、重要なキーワードを正確に抽出してハッシュタグを付ける仕組みを実現し、本番業務への導入を開始されたのです(プロジェクトの概要や成果については、ニュースリリースをご参照ください)。

生成AIと自然言語解析を組み合わせて正確な分類を実現

このプロジェクトは「問い合わせ(お客様の声)の内訳を37項目に分類し、生命保険協会に報告する業務で生成AIを活用できないか」というご相談を受けてスタートしました。最初の週には、サンプルとしてお客様からお預かりした数十件の「お客様の声」データを前処理せずに生成AIに渡し、分類結果とその根拠を生成するデモ・アプリを開発しました。その結果、6~7割の精度で正しい分類が行われ、「使える可能性がある」と判断されました。次のステップでは、より精緻な分類を行うための指示(プロンプト)を検討しました。

さらに、いただいた「お客様の声」をサービスや商品の改善につなげるためには、それらがどのような内容の問い合わせで、何に関連しているのかをキーワード・レベルで分析する必要があります。これを生成AIと自然言語解析技術を組み合わせたタグ付けによって実現している点も、技術面での重要なポイントです。

生成AIの進化を考慮し、作り込み過ぎない工夫も

分析モデルに関して工夫した点の一つは、生成AIの今後の進化を見越してチューニングなどの手を極力加えないようにしたことです。

現在、生成AIは発展途上にあり、バージョンアップのたびに精度が大きく改善しています。現時点では不可能なことも、来月には実現できる可能性があります。しかし、過度なチューニングは、バージョンアップ後に過学習の問題を引き起こすこともあります。このプロジェクトでは、生成AIの精度が今後も向上していくことを前提に、プロンプト設計で工夫を行い、特定の生成AIモデルやバージョンに依存しない仕組みを構築しました。

さらに、お客様は将来的に、より多くの項目を含む分類作業にも同じ仕組みを活用したいという構想をお持ちでした。しかし、入力文字数の制限(トークン・ウィンドウ)の関係で、プロンプトに大量の分類指示をすべて記載することはできません。

この問題はRAG(Retrieval Augmented Generation:検索拡張生成)を活用し、項目分類の仕組みに拡張性を持たせることで解決しました。RAGによって事前に膨大な項目から該当するものを絞り込み、その中から生成AIがプロンプトに従って最適な項目を選択するのです。実際に、社内向けの約200項目の分類業務はRAGを使って行われています。

これらの実証実験を経て開発された項目分類・タグ付けの仕組みを活用することで、分析時間の削減、業務効率の向上、インサイトの獲得といった効果が期待されています。分析時間については、従来は承認フローも含めて1件あたり5〜7分かかっていた業務時間が2~3分に短縮される見込みです。また、生成AIの処理結果を活用することで報告書の自動生成も可能となり、レポート作成の時間と負担も大幅に軽減されます。

楽しみながら共に取り組み、新たな価値を創出する

このように、IBMクライアントエンジニアリングの共創アプローチは、保険業界のお客様に確かな成果をもたらしています。

保険業界の業務では、極めて高い精度が求められます。そのため、「間違いが怖いから、生成AIはまだ使えない」と慎重な姿勢を取られるお客様も多く見受けられます。しかし、前述のように生成AIは目覚ましいスピードで進化しています。実際に「お客様の声」プロジェクトでも、先週はできなかったことが生成AIのアップデートによって翌週にはできるようになり、懸念していた問題が解消されたケースがありました。

私たちの共創アプローチでは、技術と業界に関する知見を持ったスペシャリストがお客様とディスカッションを重ねながら、デモを毎週改良して検討を進めるため、進化の早い生成AIと非常に相性の良い手法だと感じています。このアプローチは、生成AI以外の先進技術にも有効です。

中長期的な視点での検討も重要なポイントです。時には私たちから「本質的な課題は何か」「その解決に向けて技術をどのように活用し、発展させていくべきか」といったご提案を行うこともあります。これはPoCとは大きく異なり、生成AIのようなインパクトの大きい技術の中長期的な活用ロードマップを考えるうえで最適なアプローチだと言えます。

そして、IBMクライアントエンジニアリングのメンバーが特に大切にしているのは、楽しみながら共に取り組むことです。何を話しても恥ずかしくない、オープンな雰囲気の中で、お客様とIBMのスペシャリストが自由闊達にディスカッションすることで、予想外のアイデアが生まれることも少なくありません。このスタンスこそが活動の核心であり、今後もお客様と共に楽しみながら、新たな価値の創出に取り組んでいきたいと考えています。

「この課題に生成AIを使えそうだから、専門家と一緒に試してみたい」とお考えの際は、ぜひIBMクライアントエンジニアリングにご相談ください。

寄稿者

西野 敏之

テクノロジー事業本部 クライアントエンジニアリング 保険セクター テクノロジー&クリエイティブリード

胡 鑫龍

テクノロジー事業本部 クライアントエンジニアリング AIエンジニア