企業の課題は地域とつながっており、地域の課題は国・世界の課題とつながっています。
IBM Researchは、AI、半導体、量子コンピューター、ハイブリッドマルチクラウドなどの先端テクノロジーの研究・開発、活用を、IBM社内外でリードしており、その活動の主要目的の1つは、企業・産業課題や社会課題の解決に、地域・地区の企業(産)や大学などの教育機関(学)、そして地域行政や公共団体(官)と共に取り組むことです。
一昨年よりスタートした「IBM Think Lab Day」は、IBMが産官学で取り組んでいる先端テクノロジーの役割やインパクトについてご紹介させていただき、その応用や実践について一緒に考え、共創の輪を広げていくことを目的とて開催しており、2025年1月31日には今年初のIBM Think Lab Dayが北九州にて開催されました。
当記事ではパネルディスカッションと特別講演を中心に、当日の模様をご紹介します。
北九州担当IBMエグゼクティブの山之口 裕一によるオープニング挨拶では、日本アイ・ビー・エムの創立に北九州を本拠とする森村組や東洋陶器(現在のTOTO株式会社)が大きく関係していたことが紹介されました。
続いてスクリーンに登場したのは、北九州市 武内 和久 市長です。ビデオメッセージでは、2022年8月に、地域DXの推進や雇用創出、企業誘致活動の促進について、北九州市と日本IBMの連携協定締結移行、積極的に北九州との共創を続けるIBMグループへの感謝の言葉をいただきました。
また、先日メディアなどでも大きく報道された、1964年以来となる60年ぶりの北九州市人口転入超過をご報告されました。
続いて登壇したのは、日本IBMの取締役副社長執行役員であり、技術と研究開発部門を統括する森本 典繁です。
森本は1940年代から脈々と社内に継承され続けているIBMの半導体開発・設計の歴史と現在の取り組みについて紹介すると、半導体と量子コンピューター、生成AIが分かち難く結びついていく近未来への展望を語りました。
そしてこの後のパネルディスカッションのテーマ「グリーンと人材」の観点を踏まえ、先端テクノロジーの地域経済における役割についての考えを述べました。
ここからは、壇上に残った森本に加え、北九州市 産業経済局長 柴田 泰平 氏と国立大学法人九州工業大学 理事・副学長 中藤 良久 氏にご登壇いただき、「先端テクノロジー活用がもたらす地域社会と経済発展の未来像」と題したパネルディスカッションが行われました。
モデレーターは、日本IBM 取締役執行役員でありハイブリッド・クラウドを統括する井上 裕美です。
産業経済局長の柴田氏からは、日本の近代化の基礎を築いた、1900年代初頭から綿々と続いてきた「ものづくりの街」北九州の歴史と、その後の深刻な公害問題を克服し、今や2050年カーボンニュートラル実現を牽引する都市として、日本国内のグリーン成長戦略をリードする都市となるまでの軌跡が紹介されました。
また、先端テクノロジーをビジネスにつなげ、より社会・経済的なインパクトを広げるために北九州市が主体となって活動している大規模産官学コミュニティー「北九州GXコンソーシアム」についてお話しいただきました。
九州工業大学 副学長の中藤氏からは、九州工業大学が、宇宙・ロボット通信分野におけるいくつかの分野で世界を先導しているという事実や、日本学術振興会(文部省所管)の選定する「地域中核大学」に先日指名され、研究活動の社会実装加速を支援し、新たな価値創造の促進に取り組んでいることが伝えられました。
またここ最近、新聞やテレビなどさまざまなメディアで、九州工業大学のマイクロ化総合技術センターが大きく取り上げられていることも紹介されました。
半導体関連企業の社員や多くの大学・高専の教員が日本中から殺到している理由は、回路設計から試作、検査までの全行程を実際の機器を用いて学べる、国内には他に類を見ない稀有な体験施設となっているからだそうです。
お二人の話を聞いた森本は、ニューヨーク州アルバニーにある非営利法人「NY CREATES (NYクリエーツ)」を中心とした、世界有数の半導体研究・開発エコシステムを紹介しました。
世界的な半導体技術者の育成・訓練センターとして知られる「NY CREATES」では、IBMも主要な役割を果たしています。しかしエコシステム全体の成功要因は、州政府の支援、民間企業の投資、大きな存在感を示す大学という「産官学」の連携にあると森本は語ります。
そして森本が前回訪問した際には、NY CREATESのエグゼクティブと、「ハイテク分野の仕事が地域に『1』増えることにより、その他の産業や仕事も『14倍』増えるという話で盛り上がった」というエピソードが紹介されました。
こうしたエンジニアや科学者、アーティストなど、革新性や独創性を重視した「クリエイティブ・クラス」と呼ばれる人びとの仕事が、他の職業においても新たな雇用機会や高収入を提供することは、著名な社会学者リチャード・フロリダ氏もかねてから表明していることです。
(参考 | クリエイティブ・クラスの人材育成こそ、国と企業の競争優位の原動力となる リチャード・フロリダ トロント大学 教授 | HBRセレクション)
近い将来、北九州を中心とした「半導体エコシステム」が日本におけるクリエイティブ・クラスの新たな集積地となり、地域経済や文化の活性化を生みだし、都市の発展に寄与するという事例が生まれるのかもしれない——聞いていた筆者もワクワクしました。
休憩を挟み、2つの特別講演と、日本アイ・ビー・エムデジタルサービス(IJDS)株式会社 新社長の中村 健一によるクロージングセッション、そして展示&ネットワーキングタイムが行われました。
1つ目の特別講演は、株式会社安川電機 代表取締役社長 小川 昌寛 氏による「先端テクノロジー活用で切り開く新たな産業自動化革命の実現」と題されたものです。
「DXは省人化・自動化を目的とすべきではない。『何を為すか』という自社のあり方を見直し、サステナブルなものへとするための経営戦略である。」
——この言葉は、「今日1日で最も印象に残った言葉は?」という筆者からの質問に、複数の参加者の方が挙げられたものです。
そしてお答えいただいた方の半数近くの方が、最も印象的だったセッションに小川氏の講演を挙げていました。
筆者にとっても、小川氏が講演の最後で、日本IBM コンサルティング事業本部 パートナー 杉浦由紀との対談で語った「エコシステムには受給側である『ユーザー』が必須なのにも関わらず、それがないままに『エコシステム』を名乗っているケースが多くはなかろうか」という言葉が強く印象に残っています。
「共創で実現する新たな価値 〜異業種連携で拓く社会実装への挑戦〜」と題された2つ目の特別講演は、清水建設株式会社 技術研究所 ロボティクス研究センター 上席研究員 貞清 一浩 氏と、日本IBM 東京基礎研究所 所長の福田 剛志による対談形式で進められました。
対談の主テーマとなったのは、セッション後に展示も行われた「AIスーツケース」です。
清水建設や日本IBMをはじめとした4社が正会員として活動する「AIスーツケース・コンソーシアム」により開発されたAIスーツケースは、2025年4月から10月まで大阪にて開催される大阪・関西万博で実証実験が行われます。
貞清氏はその前身技術である「インクルーシブ・ナビ」の開発および社会実装を通じ、「前例がない」という言葉を突破して前に進めることの大変さを身をもって経験したと語ると、福田も、モビリティロボットの公共空間での利用については、技術的な面だけではなく、社会の理解や合意形成が鍵を握っていると話をしました。そして貞清氏は、「実直にやり続けること、見せ続けること」が打破するポイントではないかとお話しされました。
その後、会場参加者からの「AIスーツケースの今後の展開」や「異業種連携成功のコツ」についての質問に二人が答え、セッションは終了となりました。
最終セッションのIJDS新社長の中村によるクロージングでは、北九州がIJDSの全国8拠点のIBM地域DXセンターの中で最も成長スピードが速いこと、そして昨年12月に発表された「IBM地域デジタル変革パートナーシップ包括サービス」の最初の提供先が北九州であることが紹介され、今後もIJDSが北九州の地で地域共創に貢献し続けていく事を宣言し、この日の全セッションが終了となりました。
その後の展示・ネットワーキングタイムでは、セッションの中でも紹介された半導体設計を学べるカードゲーム「The Game」や量子コンピューター「IBM Quantum System Two」、AIスーツケース、そして安川電機様の次世代ロボット「MOTOMAN NEXT」などが展示・紹介されました。
会場閉館となる最後まで展示ブースを訪れる人の波が途切れることはなく、名刺交換と談笑される人びとの笑顔のうちに「IBM Think Lab Day@北九州」は幕を閉じました。
筆者は昨年、国内数カ所で「IBM Think Lab Day」に参加し、先端テクノロジーを活用した地域共創の取り組みや事例を各地で見聞きしました。そこで改めて感じたのは、地域共創における「産官学連携」の重要性、そして産官学を軸としたより幅広い仲間づくりと枠組みづくりの大切さです。
「何を今さら」と思われる方も多いかもしれませんが、北九州には、産官学連携の密度や強度、そして柔軟性や自由度の高さを感じました。それが今まさに、さまざまなステークホルダーとのつながりとなり花開こうとしているのではないか——。そんな北九州の勢いを改めて体感した1日でした。
これからの北九州で先端テクノロジーがどのように応用され発展し、進化していくのか。ご注目ください。