三井住友フィナンシャルグループをテクノロジーでリードする日本総合研究所が、グループでのメタバース適用に向けて動き出している。メタバース空間開発にあたり、技術検証のサポートを行ったのが日本アイ・ビー・エム(以下、IBM)だ。
金融機関という高度でセキュアな環境が求められる環境において、日本IBMはどのような強みを発揮したのか。日本総合研究所から薮崎洋隆氏、折田憲始氏、野元篤史氏、日本IBMの稲垣悠が、その共創の現場を振り返り、金融業界におけるメタバースの新たな展望について語った。
――三井住友フィナンシャルグループ(以下、SMBCグループ)のシステム中核会社である日本総合研究所(以下、JRI)がメタバース適用に向けて動き出している背景を教えてください。
薮崎 2022年4月に、ネットワーク領域やデバイス領域における新しい技術の調査や後方技術のサービスの検証評価を行う名目で技術企画グループを組成しました。その活動の中で、金融業界においても顧客サービスの向上や新しい領域へのサービス拡大、新しい働き方といった観点でメタバース活用が期待されていることから、メタバースをテーマに選定しました。当社としては、今後の金融とメタバースのあり方を考えていくうえでも、内製でメタバースの構築ノウハウを習得し、今後のグループ会社での提案活動やサービス導入に向けた足がかりを作りたいと考えております。
――技術検証はどのように進められたのでしょうか。
野元 JRIに不足している技術、知識を補うため、IBMさんに相談させていただいたところ、勉強会だけでなく技術者とのセッションやワークショップなどのサポートをいただけるとお聞きしましたのでお願いしました。まずは、勉強会で基本的な知識を得て、ワークショップで段階を踏んでメタバース環境を構築し、検証環境の骨格を固めていきました。また、実際の開発段階でも、ツールの操作方法やデータ移行の疑問に随時対応していただきました。
稲垣 メタバースというと、3D空間のグラフィックに目が行きがちですが、実はグラフィックだけでなくマルチユーザーのアクセスに対応するクラウド環境やセキュリティーといった複数のテクノロジーを複合的に活用したソリューションとなっています。その点、IBMはハイブリッドクラウドをはじめとした幅広いテクノロジーをご提供しており、ビジネスシーンでのメタバースの活用はIBMの強みを発揮できるテーマだと考えています。
今回支援に当たらせていただいたチームは、コンサルタント、デザイナー、データ・サイエンティスト、テクノロジー・エンジニアなど分野の異なるプロフェッショナルがそろっているチームです。今回はその強みがまさに活かされたプロジェクトだったと感じています。
ワークショップではデザイナーの私が中心となってデザイン・シンキングのフレームワークを持ち込み、デザイン原則やイメージボードといったメタバース開発の設計図を策定していきました。開発工程においてはテクノロジー・エンジニアであり、Unityの利用経験が豊富なメンバーが中心となり、自主制作におけるアドバイスやトラブル・シューティングに対応し、開発プロセスに伴走する形で密にコミュニケーションを取りながら支援に当たることができました。工程ごとに専門スキルを持ったメンバーが参加し、短期間でスピーディーな開発が実現できました。
――金融機関のシステムにメタバースの活用を検討するにあたり、困難と思われた点について教えてください。
野元 既存のメタバース・プラットフォームだと、銀行のシステムで扱ううえで、セキュリティーが十分な要件を満たしてないこともありますので、選定は難しかったですね。我々の要望を踏まえると、より高度な認証への対応も必要になってきます。
稲垣 今回、既存のメタバース・プラットフォームの仕様調査をあらためて行った結果、金融ビジネスに対応する十分なセキュリティーを備えたサービスはまだ見当たらないことがわかりました。これは困難でもあり、チャンスでもあります。これからJRIさんとの共創活動を通して、金融セキュリティーのニーズを満たすメタバースサービスを作り込んでいくことができれば、大きなビジネス・チャンスになる。2024年までのロードマップも一緒に考えていますが、その点にフォーカスを当てて取り組みたいです。
野元 開発プラットフォームとメタバースを実行する環境が別々にあるのですが、それぞれが個別に作られているので、データ移行がなかなか思ったとおりにいかない点にも苦労しました。
薮崎 共同開発するうえで、それぞれで作った環境を結合するときになかなかうまくいかず、スケールが合わなかったり、情報が欠けたりすることがありました。一社ですべて開発することは難しいので、メタバースを共同開発する際、どのように取り組むのがベストプラクティスなのか勉強になりました。
稲垣 メタバースは、3Dモデリング、プラットフォーム・インフラ、マルチプレイヤー間で同期するソフトウェアという3レイヤー構造で成り立っているので、多岐にわたる高度な技術をアーキテクチャとして完成させることが一番難しいところですね。また日々進化が激しく、バージョンが変わって、3カ月前にやっていたことが古くなることもあり、その都度対応していかなければいけない面もあります。
――本プロジェクトにおいてIBMはどのような役割を果たしたのでしょうか。
折田 さきほど野元からも申し上げたとおり、勉強会を1カ月間計4回行っていただきました。事前に情報収集はしていましたが、実際に開発まで踏み込んだ書籍があまりなくとても助かりました。特に、開発で使う国内外の各プラットフォームについてメリットとデメリットを含めて一覧表にして教えていただき、一般的な研修などよりも実践的な理解が深まったと思っています。
その後、計4回のワークショップでは、IBMさんのデザイナーやエンジニア双方のご意見をいただきました。検証用のメタバース空間をアジャイル的に2カ月ほどの短期間で開発中ですが、こちらも迅速にご対応いただき助かっています。
稲垣 さきほどチームにさまざまなタレントがそろっていると申しましたが、今回は、日本IBMや日本アイ・ビー・エム システムズ・エンジニアリング株式会社(ISE)などの技術者にも参画してもらいました。複数部門からメンバーが集まってワンチームで支援に当たったことが、スピーディーな開発に貢献できたと感じています。
また、ワークショップでは、メタバース活用の拡張アイデアとしてIBM Watson AssistantをはじめとしたIBMが持つAIソリューションを組み込むアイデアを、実際にAIチャットボットを動かす動画をお見せする形でご提案させていただきました。このような先々の展開を見据えた会話ができたことも、IBMならではのポイントだったと考えています。
――2024年までのロードマップも見据えているとのことですが、中長期的なビジョンを持って進められたのはIBMのデザイン経営の知見が活かされていると思われますか。
稲垣 そうですね。世の中に、ややもすると試作プロダクトを作って終わりになってしまうプロジェクトも多いと思います。その中で、このPoC(Proof of Concept=概念実証)の価値がビジネスにどうつながるのかといった視点を持たないと、いいプロジェクトにならないということは常々感じており、その点を意識して取り組みました。
――今後、IBMに期待することについて教えてください。
折田 金融のような高いセキュリティーが求められるユースケースでも運用が可能なセキュアなメタバース開発のプラットフォームの提供を期待しています。また、メタバース空間で何を行うのかが重要ですので、IBMさんにはSMBCグループやJRIでのシステム開発に数多く携われた知見を活かしていただき、メタバースの企画から運用までの支援も期待しています。
稲垣 IBMではメタバース活用に積極的に取り組んでいて、順天堂大学様のバーチャル・ホスピタルや、IBMのメタバース入社式など、すでに形になっているプロジェクトも複数あります。これらの経験から得たノウハウを活かし、さまざまな企業様にとってメタバース活用がより身近になるように、ビジネスレベルで求められるセキュリティー対策も盛り込んだメタバース構築ソリューションを開発中です。
今回のプロジェクトでJRIさんが蓄積された知見と、今後生まれてくるこのソリューションを組み合わせることで、今後もっとアジャイルで効率的なメタバース開発が可能になると思います。より高いレベルの差別化を目指すお客様に対しては、お客様に寄り添い、共創し、今後も支援を継続していきます。
――メタバースを使って、今後どのような世界やサービスを実現していきたいと考えていますか。
薮崎 現在構築中の環境は、今後においてJRI内に開放して社員同士の交流に使ってもらうことを想定しています。普段のミーティングとは違う新鮮なコミュニケーションが生まれるように、開放感のある海辺やミックス・カルチャーを感じさせる和室といった、一般的なオフィスとはまったく異なるメタバースならではの空間を開発しました。ここから新しいアイデアが出てくることを期待しています。そして、ユーザー観点でのノウハウを蓄積し、今後もSMBCグループが顧客向けのサービスを展開していく際に支援できたらと考えています。
メタバース空間のイメージ(出典:日本総合研究所)
上:海辺に浮かぶコテージを模した全景
左:リラックスして社員同士が交流できる木陰の会議スペース
中:開放的なイベントスペース
右:水に浸かりながらコミュニケーションできる休憩スペース
稲垣 開発したメタバースを自社の社員様に利用してもらい、ビジネス・パーソンの視点から有用性を検証しようとしていらっしゃる点が興味深いですね。話題先行のメタバース事例ではなく、地に足をつけたUX視点のメタバースの活用法を探る中で、新しいメタバース活用のアイデアが生まれてくるのではないかと期待しています。