IBV ポッドキャスト Deep Dive:「似たもの同士」の心地よさのリスク。旭化成久世氏と語る、組織の「混ぜる力」

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居心地の良いチームが、実は一番危ない?

「最近、うちのチームは阿吽の呼吸で仕事が進む。無駄な議論もなくて、本当に効率的だ」― もしあなたがそう感じているなら、それは組織が静かに「変化への盲目」に陥っているサインかもしれません。

IBVでは、「誰かに話したくなる“2035年のCEO”の話」というPodcastを配信しています。この対談シリーズは、各業界を代表する経営者・思想家を迎えて、2035年の世界と、そこで求められる企業・リーダー像を深く紐解きます。第6回, 第7回には、旭化成の副社長、久世 和資氏を迎え、日本の組織に求められる価値観のアップデートについて語ります。

かつてIBMの研究所でキャリアを積んだ旭化成の副社長、久世 和資氏は世界中から集まった専門家たちが火花を散らす光景を日常としてきました。そこでは、専門領域も文化背景も、さらには問題の捉え方さえもバラバラな人々が、遠慮のない議論を戦わせていたそうです。一見すると、こうした衝突は非効率に見えるかもしれませんが、久世氏が目撃したのは、その激しい摩擦の中から、画期的なアイデアが立ち現れてくる瞬間でした。

対して、現在の多くの日本企業が誇りとする阿吽の呼吸はどうでしょうか。似たような経験を持つメンバーが集まれば、意思疎通は高速で、意思決定もスムーズです。しかし、この「短期的な効率性」こそが、2035年という不確実な未来においては最大の脆弱性となり得ます。今までのやり方通りにいかない場所や、脇道に潜むチャンスに気づくための「外を見る目」が、同質化という心地よい霧の中で失われてしまうからです。

全てが想定通りに進んでいる、その順調さの中にこそ、変化の初期シグナルを見落とすという生存リスクが潜んでいます。この視界の狭さを打破するには、まず組織のあちこちで起きている「目詰まり」の正体を突き止める必要があります。

組織の「目詰まり」を解消する:なぜ良いアイデアは途中で止まるのか

2人のビジネスマンが小さなキュービクルの中に座ってノートパソコンで作業している

組織の中には、目に見えない多くの「境界」が存在します。本社と現場、技術と営業、そして自社と他社。これらはもともと、品質を守りリスクを管理するための「防波堤」として機能してきました。しかし、外部環境が激変する現代において、この防波堤は情報の流れをせき止める「ダム」へと変質してしまっているのではないでしょうか。

久世氏は、「目詰まり」の現象を重く見ています。優れた技術があり、優秀な人材も揃っている。経営層も新しいことをやろうと旗を振っている。それなのに、なぜか現場レベルで話が止まってしまう。あるいは、他社との協業案が「自前でできるはずだ」という論理に押し流されてしまう。こうした停滞は、個人の能力不足が原因ではありません。異なる視点を持つ者同士が「出会い、混ざり合うための構造」が決定的に欠けているのです。

日本企業が長年守ってきた「自前主義」は、内側の純度を高めるためには有効でしたが、今や一社だけで獲得できる知見には限界があります。他者と組むことは、単に足りないピースを埋めてスピードを上げるためだけではありません。自分たちの常識を揺さぶる「異質な視点」を組織に注入し、よどんだ空気を循環させるための生存戦略なのです。

では、具体的にどうすれば、この強固な境界を越えて知見を混ぜ合わせることができるのでしょうか。

「混ぜる」ための仕組みをデザインする

組織を開くために必要なのは、意識を変えようといった精神論ではありません。異質なものが交ざらざるを得ない「強制的な構造」のデザインです。

その鮮やかな成功例が、イギリス政府のデジタル化を牽引した「GDS(政府デジタル・サービス)」です。彼らは、縦割り構造が激しい官僚組織の中に、あえて「デザイナー」という、これまでの公務員の常識にはなかった職能を持つ人々を送り込みました。政府実務を熟知したベテラン官僚と、ユーザー視点を徹底するデザイナー。この水と油のような二者を同じテーブルに座らせたことで、GDS自体を内側から開く構造としました。

さらに、GDSを従来のサイロ化した省庁の一組織として位置付けるのではなく、それら既存省庁に横串で入り込む役割の組織として設計したことにより、大きな成果を得ることができ、その後も世界各国の政府デジタル化の規範となりました。

こうした「混ざる」ためのデザインにあたって、久世氏が指摘する重要なポイントがあります。組織が他組織と「混ざる」ためには、「何を共有し、何を守るか」というルールを明確に設定する必要がありますが、日本企業はここが曖昧なために、「全部隠すか、全部出すか」の極論に陥り、結局は門を閉ざしてしまいがちです。「オープンにするためのルール」を設計すること。これこそが、異質な知見を価値に変えるための鍵となります。

リーダーの仕事は「出会い」の設計

組織を根底から変えるのは大仕事ですが、変化の火種を作るのは、リーダーによる今日からの些細なアクションです。

組織の「探索力」、つまり自分たちが見落としている機会に気づく力を研ぎ澄ますために、まずは自組織でできることから始めてみてはいかかでしょうか?

  • 会議のメンバーを一人入れ替える: いつもと同じ顔ぶれで議論するのではなく、あえて最も遠い部署の若手や外部の協力者を一人招いてみる。
  • 「問い」の段階から外の目を入れる: 結論が出てから外部に依頼するのではなく、問題を探している段階からパートナーを議論に招く。
  • 抱え込んでいる知見を「未完成」で出す: 自社内だけで完成度を高めようとせず、あえて外のフィードバックを受けるためにデータを公開してみる。

意思決定の場に、あえて自分たちとは異なる「外の視点」を置くこと。それは一時的に効率を下げ、違和感を生むかもしれません。しかし、その違和感こそが、組織のセンサーを2035年の周波数に合わせることになります。リーダーの真の役割は、答えを出すこと以上に、異なる知見が出会い続ける「場」を設計することにあるのです。

2035年の組織のあり方、そしてリーダーが持つべき真のスタンスについて、より具体的で生きた知見に触れてみたい方は、ぜひIBVポッドキャスト「2035年のCEO」の本編を聴いてみてください。久世氏の経験に裏打ちされた言葉の中には、あなたの組織の「目詰まり」を解消し、新しい風を吹き込むためのヒントが詰まっているはずです。

 

参考文献
「PUBLIC DIGITAL(パブリック・デジタル)― 巨大な官僚制組織をシンプルで機敏なデジタル組織に変えるには」英知出版

寄稿者

末廣 英之

IBM Future Design Lab 所長