前回の記事「経営の『悩み』を『強み』へ。IBMと築くモダナイゼーション」では、モダナイゼーションを「何を変えるか」からではなく、「なぜ変えるか」から考えることの重要性をお伝えしました。
では、その「なぜ」さえ明確になれば、変革は動き出すのでしょうか。実は、そう単純ではありません。必要性を十分に理解していながら、最初の一歩を踏み出せずに止まっているプロジェクトは数多くあります。しかも、その足かせとなっているのは、技術そのものの難しさばかりではないのです。
現行システムの実態がつかめず、古い設計書からは仕様が追えない。事情を知る有識者は限られ、投資対効果も経営層に説明しづらい。こうした負担が積み重なり、変革の実行を重くしています。本記事では、この「実行の壁」に対して、生成AIがどのような可能性をもたらすのかを考えます。
注目すべきは、実行の負荷が下がったときに生まれる、もう一つの変化です。これまで「意義はあるが、コストが見合わない」として見送られてきた案件が、ふたたび検討の対象に戻ってきます。「なぜ変えるか」と「どう実現するか」は、どちらか一方だけで完結するものではありません。目的を見定め、手段を検討し、また目的に立ち返る。この往復のなかで、モダナイゼーションの可能性は広がっていきます。
多くの企業では、長い年月をかけて構築と改修を重ねてきたシステムが、何層にも積み重なっています。基幹業務を支える大規模システムもあれば、現場で使われ続ける小さな古いアプリケーションもある。規模も状態もさまざまで、「どこから手をつけるべきか」を見極めるだけでも容易ではないのです。
もちろん、すべてを今すぐ刷新する必要はありません。重要度やリスク、投資対効果を見極めたうえで、あえて現行のまま維持する。これは消極的な先送りではなく、合理性のある経営判断です。
問題は、「ここは変えるべきだ」と分かっている領域でさえ、動き出せないことにあります。やるべき理由はある。それでも、着手できない。多くの企業が、この状態に置かれています。その理由は、技術そのものの難しさよりも、もっと手前にあります。投資対効果を示しにくい。現行を深く理解する人材が限られている。設計書は古く、仕様の確認に時間がかかる。本記事では、こうした普段は表に出にくい負担を「見えない負荷」と呼びます。
この見えない負荷が経営判断を鈍らせ、必要性が分かっていても着手をためらわせているのです。生成AIは、この負荷を確かに軽くします。既存資産を読み解き、コードを変換し、テストを整え、失われた仕様を文書に起こす。これまで人手と時間に大きく依存してきた作業を、実務で使える形で支えられるようになってきました。その効果は、作業が速くなることにとどまりません。属人化していたノウハウを見える形にしてスキルの継承を後押しし、長年ブラックボックスだった業務ロジックを解きほぐす。
「計画はできても実行が難しい」とされてきたモダナイゼーションが、着実に前へ進められるものへと変わっていきます。そして、実行の壁が下がれば、「意義はあるが、コストと手間に見合わない」と棚上げされてきた案件も、もう一度検討できるようになります。生成AIは、How(どう実現するか)を助けるだけではありません。取り組むに値するWhy(なぜ変えるか)の幅そのものを広げてくれるのです。
なお、IBMは技術的負債を乗り越える鍵として「段階的な再構築」「生成AI」「適材適所」の3つを挙げ、生成AIをモダナイゼーションを前進させる重要な原動力と位置づけています。
モダナイゼーションが進まない理由は、「技術的に難しいから」と受け止められがちです。確かに、性能や可用性をどう担保するか、運用を止めずに移行できるか、既存システムとの連携をどう保つか。こうした非機能要件は重要であり、軽く見ることはできません。ただし、プロジェクトが入り口で止まっている段階では、技術移行そのものよりも、現行システムを取り巻く構造的な事情が大きく影響していることがあります。
対応スピードは落ち、意思決定には時間がかかる。維持管理のコストは膨らみ、属人化は業務継続のリスクになる。一見すると別々の問題に見えますが、根の部分ではつながっています。技術の老朽化やブラックボックス化に、人材の不足や高齢化が重なっているからです。やっかいなのは、こうした負担が日々の業務では見えにくいことです。大きな障害や刷新の検討が持ち上がるまで問題として表面化しないまま、組織のなかに静かに蓄積し、変革の足かせとなっていきます。
経営が向き合うべき課題を、3つに分けて見ていきましょう。
十数年前に構築された業務バッチが、担当者の退職後も毎晩動き続けている。しかし、その処理内容を正確に説明できる人は、もう社内にいない。こうした状況は、決して珍しくありません。改修を重ねるうちに設計書は古くなり、実際の挙動を正しく表しているのはソースコードだけ、という現場もあります。業務ルールがコードの奥に埋もれ、「なぜこの処理が必要なのか」を答えられる人がいない。これがブラックボックス化を招き、変更のたびにリスクを高めます。
ここで生成AIは、現行を読み解く手段になります。ソースコードから仕様書を起こし直すことで、これまで読みにくかった現行システムを「理解できる形」に戻せます。ブラックボックスを解くための、現実的な第一歩です。
現行システムを深く理解する技術者は限られています。しかも、その多くは日々の運用・保守に追われている。本来ならモダナイゼーションの検討に充てたい知見が、現状維持のために費やされ続けているのです。
とりわけ、COBOLやPL/I、アセンブラを扱える人材は減少し、高齢化も進んでいます。募集をかけても、容易に確保できる状況ではありません。次世代への継承は、すでに先送りできない経営課題です。生成AIが現行分析や文書化を支えれば、有識者がすべてを抱え込む必要はなくなります。限られた時間を、判断や設計といった、より付加価値の高い仕事へ振り向けられます。
基幹系のモダナイゼーションには、現行分析、仕様把握、変換、テストと、多くの工数がかかり、有識者の関与も欠かせません。やるべき理由が明確でも、実行コストが大きければ、投資判断のハードルは上がります。
さらに、「プラットフォームを移しただけ」では新たな価値が見えにくい。そのため、顧客に近いフロント系の刷新が進む一方で、基幹系の近代化は後回しにされがちです。
ここで大切なのは、このROIの悩みを「やる理由がない」と取り違えないことです。理由はある。それでも実行コストが重く、投資判断に乗せにくい。問題は、この構造にあります。
生成AIによって分析・変換・テストの工数を下げられれば、実行コストは圧縮されます。その結果、これまで見送ってきた案件も、投資対効果の面からあらためて検討できるようになります。技術移行の前に立ちはだかるこの「見えない負荷」こそ、いま経営が向き合うべき本質的な課題です。
生成AIが力を発揮するのは、コードを書く場面だけではありません。モダナイゼーションは、検討の初期から実装、テスト、運用まで長い道のりをたどります。生成AIは、その各工程で活用できます。経営の視点で重要なのは、特定の作業を速くするだけでなく、工程全体をまたいで支援できることです。
代表的な使いどころは、次の4つです。
こうした効果は、数字にも表れ始めています。複雑なアプリケーションの理解にかかる時間を約79%短縮した例や、COBOLからJavaへの変換生産性を約60%高めた例が報告されています。これまで「投資規模が大きすぎる」として選びにくかったモダナイゼーションが、現実的な選択肢になりつつあります。
経営から見れば、取り得る選択肢そのものが増えているということです。
生成AIの効果を「作業が速くなること」だけで捉えると、その本質を見落とします。
効率化や期間短縮は、たしかに大きな価値です。しかし、より重要なのは、これまで一部の有識者にしかできなかった仕事を、組織として担える形に変えていけることです。たとえば、ベテランの頭の中にしかなかった業務ロジックを文書化できれば、若手でも現行システムの理解に踏み込めます。
これは単なる作業時間の短縮ではありません。「できる人がいないから進まない」という構造そのものを変えることを意味します。人手や属人性がボトルネックとなり、着手すらできなかった変革を動かせるようになる。経営にとっての本当の価値は、ここにあります。そのうえで、効果はいくつかの形で表れます。
まず、効率化と期間短縮は、そのままROIの改善につながります。ある試算では、生成AIの活用によってプロジェクトコストを約40%削減し、投資回収を前倒しできるとされています。「効果が出るのは数年先」と見なされ、投資判断に乗りにくかった基幹系モダナイゼーションも、採算の観点から語れるようになります。
次に、有識者依存からの脱却です。現行分析や仕様化を生成AIが支えれば、限られた有識者の負担が下がります。空いた時間は、より高度な判断や構想、設計に充てられます。
そして、経営として特に大きいのがスキルの継承です。暗黙知を目に見える形にできれば、若手は早く戦力になり、ベテランの知見も次の世代へ受け継がれていきます。導入の初期には、使い方を習得するための負荷が一時的に増えることもあります。それでも、活用が定着し若手が育つにつれ、有識者の負担も全体の工数も下がっていきます。人材の枯渇は、放置すれば事業の継続そのものを脅かします。この課題に対して、生成AIは現実的な打ち手となります。
生成AIへの期待は高まっています。しかし、「便利な技術がある」ことと、「自社のモダナイゼーションをやり切れる」ことは、同じではありません。生成AIを企業の実務で使える形に落とし込み、構想から実行までをつなぐ。そこに、IBMが支援できる領域があります。
IBMは、要件定義から設計・開発・テスト、運用・保守まで、IT業務の各工程にAIを適用する考え方を「IT変革のためのAI(AI for IT)」として体系化しています。そのうえで、モダナイゼーション領域では次の2つを用意しています。
IBMが一貫して重視するのは、「適材適所」です。
モダナイゼーションの議論は、ともすると「脱メインフレーム」や「レガシー言語の全廃」といった方向に傾きがちです。しかし、必要なのはすべてを捨てて一つの正解に寄せることではありません。業務の特性とシステム要件を踏まえ、既存資産と新しい基盤をどう組み合わせるか。その見極めこそが重要です。
ここで、前回の記事でお伝えした問いが、あらためて意味を持ちます。「何を変えるか」ではなく、「なぜ変えるか」。目的から出発するからこそ、生成AIによって広がった選択肢のなかから、自社にとって本当に意味のある一手を選べます。手段が増えた今だからこそ、目的に立ち返ることがいっそう重要になります。
モダナイゼーションの成否は、どの移行方式を選ぶかという技術論だけでは決まりません。現行システムをどこまで理解できるか。失われた仕様をどう整理するか。属人化した知見を、どう次の世代へ渡すか。こうした「見えない負荷」への向き合い方が、結果を大きく左右します。
生成AIは、その難所を和らげる手段です。現行理解から仕様化、変換、テスト、スキルの継承まで、これまでプロジェクトの足を止めてきた領域を支え、止まっていた取り組みを前へ進めやすくします。それは単なる効率化の道具ではありません。経営の悩みを、次の成長につながる強みへと変えていくための、現実的な一手です。
ただし、生成AIは万能ではありません。出力の精度が常に100%とは限らず、生成されたコードや仕様をそのまま正解として扱うことはできず、権利関係への配慮も必要です。性能や可用性など、技術として正面から作り込むべき領域も残ります。だからこそ、「ヒューマン・イン・ザ・ループ」の考え方が欠かせません。
要所で人が確認し、判断しながら進める。生成AIは人を置き換えるものではなく、人の判断を支え、組織全体の力を底上げする存在です。この前提に立てば、実行の壁が下がるほど、これまで見送ってきた変革も「やり切れる」範囲に入ってきます。「なぜ変えるか」と「どう実現するか」を行き来しながら、挑める範囲を広げていく。それが、生成AI時代のモダナイゼーションです。
IBMは、AI for Modernization および IBM Bob + ALSEA といったソリューションと、適材適所を見極める知見の両面から、構想から実装まで一気通貫でご支援します。変化に強いビジネス基盤づくりを、ぜひIBMと共に進めていきましょう。