AIファーストの企業になることで人事の未来を解き放つ

2025年4月29日

著者

Nickle LaMoreaux

Senior Vice President and Chief Human Resources Officer

CHROであれば、最近のニュース記事やブログを読んでいると必ずエージェント型AIという言葉を目にするでしょう。実際、この言葉はあちらこちらで使用されています。AIエージェントのメリットは素晴らしい一方で、CHROの中には、AIエージェントはまだ少し「SF」的であり、従来型AIの方が自社のビジネスに適していると感じている人もいます。

IBM HRチームでも、両方の視点を経験してきました。IBMでは、2017年からAIを活用して完全なデジタル・トランスフォーメーションとカルチュラル・トランスフォーメーションを推進してきました。これは多くの企業がこの技術について考えるよりずっと前のことだったので、私たちはその過程で多くのことを学びました。もちろん、その中では失敗もありました。

もしもう一度やり直せるなら、アプローチを変えたいと思う箇所もあります。AIを導入し始めたばかりのCHROや、AIの取り組みの次のステップを決めようとしているCHROに役立つよう、以下にお勧めの方法を概説します。

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AIファーストの企業になるとは

今日、AIファーストの企業となることがビジネスで一歩先んじるのに欠かせないことはご存知のとおりです。AIを活用することで、生産性、効率性、従業員エクスペリエンスを従業員が職場に期待する、新たなレベルに引き上げることができます。

もちろん、この種のデジタル・トランスフォーメーションには課題がないわけではありません。それはまるで、住みながらにして自宅を改装するようなものです。こうしたトランスフォーメーションには、慎重な計画、戦略的な実行、そして変化への意欲が必要です。その意欲は、新しいテクノロジーを受け入れるということだけではありません。チームは企業文化、サービス提供、社内プロセスに同時に取り組む必要があります。どれかが欠ければ、せっかくのテクノロジーも役に立たなくなってしまいます。

「AIファーストの企業」とはどういうことかとよく聞かれます。IBMにとって、AIファーストとは、人工知能の力を活用して能力を高め、創造性を奨励し、チームに力を与えることを意味します。つまり、AIが日常業務やワークフローにシームレスに統合され、人間の能力を置き換えるのではなく、その能力を支え、強化する文化を創造することです。AIは退屈な作業を取り除き、人間にしかできない、人間特有の価値の高いタスクを実行できるようにします。

人事にAIを導入する

IBMが2017年にこの取り組みに着手したとき、2025年にどうなっているかについて完全なビジョンがあったでしょうか。答えは「いいえ」です。これはビジネス戦略に基づく大きな決断ではありませんでした。まったく違います。むしろ、原動力となったのは必要性であり、さまざまな課題が重なり合っており、新しいソリューションが必要であると感じていたことでした。これは多くの企業に当てはまるはずです。

世界中で新しい法律や規制が導入されたことにより、人事におけるコンプライアンス業務はますます複雑化し、チームは変化の速度とペースについていくのに苦労していました。同時に、消費者はアプリケーションにカスタマイズ、パーソナライゼーション、利便性を求めるようになり、従業員もそうした期待を職場に対しても抱くようになりました。通常は、こうした問題に対処するために、より多くの資金を投入しますが、予算は継続的に縮小しており、その選択肢はありませんでした。これまでとは異なるアプローチで取り組まなければならないことはわかっていました。

AIが解決策であることは明白でした。2017年にHR専用質疑応答チャットボット「AskHR」をリリースし、IBMのAIとオートメーション・テクノロジーを最初にテストして実装し、IBMとお客様の双方にパワーと可能性を示すため、IBMは「クライアント・ゼロ」としての道を歩み始めました。

問題は、2017年には社内で誰もAskHRを利用していませんでした。廊下を歩いていれば、担当者であるHRパートナーと出会うのでそこで疑問を解決できたり、またはフリーダイヤルに電話したり、Eメールを送信して24時間以内に回答を得たりできるのに、なぜチャットボットを使用する必要があるでしょうか。そこで、技術の向上に尽力し続け、2018年には大きな決断をしました。全従業員のHRホットダイヤルとEメールでの窓口を閉鎖し、21,000人の管理職に対して提供していたHRパートナー・サポート制度を全部まとめて中止することにしました。それによりAskHRは、HRへのデジタル・ファーストの入り口となりました。

私たちがこのような方法に踏み切った理由は何でしょうか。従業員にこれまでとは違う考え方や行動をさせるためには、文化の変化を強制する必要がありました。最初は本当に大変で、NPSは-35にまで急落しました。しかしその一方で、従業員たちは、24時間365日稼働しているチャットボットがあれば、必要な回答を数秒で得られることに気付き始めました。

チャットボットが学習して賢くなるにつれて、NPSは回復し始めました。その間もトランザクションを実行する機能とともに、さらに多くの機能を追加しました。AskHRは、管理者が従業員を別の管理者に異動させたり、四半期ごとの昇進プロセスを開始したりできるようにするデジタル・アシスタントに変化しました。これらはすべて、AskHRで数回クリックするだけで完了しました。

2024年現在、AskHRは1,150万件を超えるやり取りを処理し、そのうち94%がプラットフォーム内で完結しています。つまり、質問された全質問のうち、AskHRの外部にある専用のHRパートナーにつないで支援を受ける必要があったのはわずか6%でした。現在のNPSは+74なので、-35のスコアからは大きく改善しました。AskHRには90近くのオートメーション機能が組み込まれており、今後もさらに追加される予定です。これにより、管理者はHR業務を以前よりも75%も高速化できます。

AskHRは最近、IBMの生成AIプラットフォームであるIBM watsonx Orchestrate上の新しいホームに移行しました。その際に、AIエージェントを導入したので、従業員は必要なものを1カ所で見つけられるようになりました。それ、つまりオーケストレーション層は、エージェント型AIの素晴らしい点です。

IBMの従業員は、複数のプラットフォームにアクセスせずとも、AskHRだけでさまざまな問題をできます。プラットフォームでできることは以下のとおりです。

  • キャリアについてチャットで相談する
  • 新入社員のオンボーディングを行う
  • 学習クラスの表示、宣伝、スケジュール設定、管理を行う
  • 四半期ごとの昇進プロセスでサポートを得る

すべてが一元管理されているため、世界中のIBM従業員の生産性、効率性、エクスペリエンスは飛躍的に向上しました。

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AIの取り組みでIBMが学んだ教訓

冒頭で述べたように、私たちはAIの取り組みを通じて多くのことを学びましたが、もう一度やり直せるならやり方を変えたいと思うことがいくつかあります。ここでは、私たちが学んだ教訓と、新しく着手する方に役立つ最良のアドバイスをお伝えします。

小さく始めて規模を拡大

AskHRで行ったような「急激な大変化」ではなく、従業員の負担となっている小さな問題点を見つけて、それを自動化し、より良いものにして、適用範囲を拡大していくという流れがお勧めです。

学びながら進む

AIの取り組みを通じて、皆さんも多くのことを学ぶでしょう。試験的な試みが上手くいかなければ、躊躇せずに放棄し、他のことを試してください。機敏に対応していく必要があります。

従業員は組織の最高の支持者です

確かに、人事部門には素晴らしいアイデアがありますが、従業員や管理者も素晴らしいアイデアを持っています。そこで、提案するためのプラットフォームを設け、最良のアイデアを実行に移しますう。従業員が自分のアイデアが実際に実行されているのを見ると、すぐに支持者を得ることができるでしょう。

FOMO(取り残されることへの恐れ)に突き動かされて意思決定をしない

近所の会社が何かをやって、それがうまくいっているからといって、それが貴社でもうまくいくとは限りません。どのようなAIを導入するにしても、それは「クール」なものや他の人たちがやっていることではなく、貴社のビジネスと従業員に役立つものでなければなりません。

人事業務でAIを導入する際にCHROが知っておくべきこと

ここまで、IBMにおける取り組みと、着手するにあたってのガイダンスを紹介しました。次に、HRにAIを導入する際に注意すべき点について詳細なアドバイスをします。

1. 新スキルの習得とスキルアップが欠かせない

今日はAIについて話していますが、もしかすると、明日は量子について計画を立て始めているかもしれません。スキルの半減期は短縮し続けており、IBMの調査では、テクノロジーおよび人事分野のほとんどのスキルの半減期は2.5~5年であることが示されています。

私たちは、AIトランスフォーメーション、あるいは将来のあらゆるトランスフォーメーションを継続的に成功に導けるよう態勢を確実に整えておく必要があります。つまり、適切なスキルを持った適切な人材を確保することが重要です。

AIを導入した業務に対応できるよう、従業員のスキルアップや再教育の計画はありますか。特に、エントリー・レベルの職務では、AIが定型業務を代替する際に、チームが担うことになるより価値の高い業務に向けて、業務を再設計する方法について検討していますか。チームは節約した時間をどう活用することになりますか。こうしたことに明確な指示がなければ、せっかく節約した時間も無駄になります。

2. AI使用における倫理を無視してはならない

HRは、責任ある方法で職場にAIを導入する際に従業員間に自然に起きる「張り詰めた空気」を緩和するために導ける立場にあります。倫理やワークフローに適切な注意を払わずにAIを闇雲に導入したいと考える組織や、逆に、競合他社に遅れをとったとしても、より保守的なアプローチを取りたいと考える組織があるかもしれません。HRは、こうした視点を理解し、前進するための道を見つけるという、ユニークな立場にあります。

IBM HRは、新たにAI機能を導入する際には必ずIBMにおけるAI倫理の柱を遵守していますが、市場におけるAIの倫理的影響が今後も継続することについては懸念があります。他組織がAIを公正かつ透明性があり、顧客と従業員の両方に敬意を払った方法で確実に使用しているようにすることが不可欠です。

3. 従業員エクスペリエンスを複雑にするのではなく、改善する

簡単に言えば、イノベーションの追求において労働者のニーズを無視することはできないということです。AIに関連するかどうかに関わらず、あらゆるトランスフォーメーションは、従業員が成功できるように支援する場合にのみ、成功します。

HRにおけるAIの最も重要な機会の1つは、従業員エクスペリエンスです。AIを活用することで、HR担当者は従業員エクスペリエンスをより良いものにするために活躍できるようになります。IBM Institute for Business Valueの最近の調査により、従業員エクスペリエンスを優先する企業は他の企業よりも収益が平均して31%も速く伸びることがわかりました。

IBMが従業員に提供したいAIエクスペリエンスを定義しようとしたとき、最重要視したことは、「無駄の排除、簡素化、自動化」でした。そこで次のような仕組みを考えました。AIの効果的なビジネス・ケースを構築するには、AIの使用を提案する人が、特定のポリシーやプロセスが存在する必要がある理由をまず説明する必要があります。そして、そのテストに合格したら、プロセスを可能な限り簡素化します。これにより、AIとオートメーションに最適なプロセスのみを導入することになります。

IBM HRで実際にあった1つ素晴らしい例を紹介しましょう。社内の休暇ポリシーを見直していたところ、オリンピックに参加する従業員向けの休暇ポリシーがあることに気付きました。数年に一度影響を受ける可能性のあるごく少数の従業員に対して、わざわざ詳細な一回限りのプロセスを用意する必要はなかったので、そのプロセスを完全に排除しました。このようにして、25種類を超える異なる種類のプロセスを1つに統合しました。

人事におけるAIの未来

過去4年間で、人事運営予算は40%削減されました。2024年だけでも、AskHRは1,150万件を超えるやり取りを行い、100万件を超える処理を完了しました。これにより生産性が向上し、管理者と従業員の両方が貴重な時間を節約し、その時間をより価値の高い仕事に使えるようになりました。IBMのHRチームは、クライアント・ゼロの取り組みを通じて、2024年に実現した35億米ドルの生産性向上コスト削減(当初の目標は20億米ドルでした)に貢献したことを誇りに思っています。

将来的には、HRにおけるAIエージェントに大きな可能性があると考えています。例えば、最近、AskHR on IBM watsonx Orchestrateの最新版のリリースと共にエージェント型AIに移行しましたが、この日はチーム全員で喜びを分かち合いました。エージェント型AI機能のおかげで、従業員エクスペリエンスの向上に向けて、さらに多くのことを実現できるようになりました。

AI 1.0では、AskHRはシンプルなAIチャットボットでした。つまり、プロンプトを使用して質問したことに対して、事前に作成された回答を返していました。エージェント型AIは一歩先行く世界観です。適切なテクノロジー、エージェントの自律性、人間による監視を組み合わせることが、AIエージェントをHR、従業員、そして顧客のために機能させる鍵となります。

これらのエージェントにより、HR担当者は戦略的かつ価値の高い業務に集中できるようになります。AIを活用した分析と洞察は、より適切な意思決定、人材ギャップの予測、成長の機会の特定、従業員のサポートの向上に役立つでしょう。

AIエージェントの導入に向けて次のステップに進む準備ができている場合でも、従来型AIをまだ試している段階であっても、1つ明らかなことがあります。それは、すぐにでも着手する必要があるということです。

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