量子研究を民主化し、新しい産業を切り開き、世界中の人々の生活を変えたのは一つの決断でした。
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2016年5月4日、IBMは量子コンピューターを初めてクラウドに接続しました。これはコンピューティング史における画期的な瞬間であり、その後数か月から数年で初めて実際の量子ハードウェアを体験した何千人もの初期ユーザーにとっても重要な出来事でした。
そして今、私たちは素晴らしい節目を祝っています。量子コンピューティングがクラウドアクセス可能になって10周年です。2026年5月初旬にIBMの年次Thinkカンファレンスも行われたこの機会に、クラウドの最初の10年がもたらしたもの、そしてこれから先には何が待っているのか、クライアントやパートナーの皆様とともに思いを巡らしてみましょう。
Basque Quantum (BasQ)イニシアチブのアドボケートであり、Global Data QuantumのQuantum Technical LeadであるÁlvaro Nodar博士も、初期IBM Quantumユーザーの一人でした。
「クラウドを通じて本物の量子デバイスにアクセスしたのは2016年、修士課程の時でした」とNodar博士は語りました。
「教授たちがこのクラウド公開の話をしてくれた日のことを覚えています。その日の午後には自分が勉強やプロジェクト、試験などで取り組んでいた回路を走らせ始めました」と彼は語りました。「紙面上にしかなかった回路を本物のデバイスでテストできたのは衝撃的でした。」
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振り返ってみれば、IBMが量子コンピューターをクラウドに置いたという意思決定は量子情報科学にとって大きな転換点となったわけですが、当時はこのことがこの分野をどれほど大きく変えることになるか完全に理解していた人はほとんどいませんでした。
「2016年に量子コンピューターをクラウドで利用可能にするというコンセプトは、まさに天才的な発想でした。なぜなら、それ以降に起きたすべてのことはこれがあって初めて可能になったからです」とIBM QuantumのGrowth & Strategic Partnerships部門ディレクター、Jamie Garciaは語りました。「量子コンピューターをクラウドに載せたことは、いわばIBMにとってひとつの大きな宣言でした。『私たちIBMはすべての人が量子コンピューターにアクセスできるようにしたいのです』という宣言です。」
「クラウド・ベースの量子コンピューティングは、量子情報科学実験のアクセス可能性に新たなパラダイムを確立しました。」 — Travis Humble、オークリッジ国立研究所 |
量子コンピューターのクラウド・アクセスは大きなインパクトを生み出しました。潤沢な資源を持った機関以外でも量子コンピューターを利用することができるようになったのはそれが初めてでした。世界中の学生、スタートアップ、研究者、開発者にアクセス可能になったのです。
「クラウド・ベースの量子コンピューティングは、量子情報科学実験のアクセス可能性に新たなパラダイムを確立しました」と、IBM Quantum Networkの創設メンバーであるオークリッジ国立研究所量子科学センター所長のTravis Humble氏は述べています。「本物の量子コンピューターへの広範なアクセスがコミュニティーの士気に与える影響は、とても大きいものです。」
アクセスが広がるにつれて、期待値も変わりました。量子ハードウェアへのアクセスは最初は大胆な実験として始まりましたが、やがて、世界のコミュニティーにとって不可欠な資源となりました。
「あの初期のアクセスの瞬間...「量子コンピューターは一般に公開されるべきものであるという期待が常識になったのです」とHumble氏は述べました。
これまでにIBMの量子コンピューターは、科学的発見のための高性能ツールへと進化しました。今、研究者たちはQuantum Advantage Trackerのようなオープンソースの取り組みを通じて、最先端の古典手法と量子手法を競い合わせています。この進化は、量子コンピューターをオンラインで利用できるようになったばかりの初期の時代とはまるで対照的です。
「10年前には、クラウドで数個の量子ビットを動かすだけで新鮮なことのように感じられました。それに対して今、KipuはIBM Quantum Heronの全156量子ビットで産業規模の問題を解決しています」と、Kipu QuantumのCEO兼共同創業者であるEnrique Solano氏は語ります。「デモ目的の小さな回路からエンドツーエンドのエンタープライズ・ワークフローへの飛躍は、実際の産業ケースに関してエコシステムがいかに成熟したかを反映しています。」
「IBMなどによる科学技術最前線の進歩により、ボーイングは自社の能力を段階的に成熟させることができました。」 — Marna Kagele、ボーイング社 |
KipuやQ-CTRLのような量子スタートアップは、実際のハードウェア上で実験を行うことでイノベーションのスピードを加速させてきました。
「クラウド・アクセス可能な量子コンピューティングは、まったく新しいタイプのソフトウェア企業が高速でイノベーションを起こし、量子産業を前進させることを可能にしました」とQ-CTRLのCEO兼創設者であるMichael Biercuk氏は述べています。「以前は量子コンピューターを作っている企業だけしかアクセスできなかったのに対して、IBMの先駆的な取り組みによって全く新しいセグメントとして量子産業の誕生が可能になりました。」
その影響は量子スタートアップ・コミュニティーだけでなく、大企業の組織にも及んでいます。
「IBMやその他の進歩が科学技術の最前線を押し広げているのと同時に、ボーイングは自社の能力を進化させることに注力してきました」と、ボーイング社のテクニカルフェロー兼プログラム・マネージャーであるMarna Kagele氏は述べています。「過去7年間、私たちは毎年新しい技術や応用を明らかにするデモンストレーションを実施してきました。これらのデモンストレーションにより、実際のビジネス・インパクトを持つ高付加価値のユースケースに焦点を当てることができます。」
量子ハードウェアは、IBMが初めてクラウド・アクセス可能な量子プロセッサーを発表した時に予測していた以上に速いペースで進歩しています。当初は100量子ビットのデバイスの登場を2026年頃と予想していました。実際に127量子ビットを備えたEagleが利用可能になったのは2022年でした。
現在、すべてのIBM Quantumコンピューターは100量子ビット以上を備えています。IBM Quantum Heron r3は156量子ビットを持ち、2量子ビット・ゲートのエラー率の中央値はわずか1.17E-3で、初期のデバイスより桁違いに低くなっています。また、これまでに最大1,121量子ビットまでを備えた量子チップを実証することに成功しています。
「性能が向上したハードウェアにより、156量子ビットを必要とするアルゴリズムを日常的に実行できるようになりました」とQ-CTRLのMichael Biercuk氏は述べています。「こんな短期間でシステムがここまで進化したということはほとんど信じ難いことです。」
「この間の技術進歩は、まるで紙飛行機を飛ばしていたはずだったのに、気がついたら突然、ジェット機をフルスピードで操縦していたかのような感覚です」。 — Álvaro Nodar、BasQ & Global Data Quantum |
量子ハードウェアの進歩は著しいものの、その成果も全体の一部に過ぎません。
「劇的に変わったのはソフトウェア・スタックの成熟度です」とIBM QuantumのAdoption担当Vice PresidentであるScott Crowderは述べています。「10年前は、ドラッグ&ドロップして回路を作り、ランをクリックしました。今では、ほんの数行のコードで量子コンピューターの本当のプログラミングができます」。今でも小規模な回路のデモ用途であればIBM Quantum Composerを用いてドラッグ&ドロップで量子回路を作成して、何が起きるかを試してみることはできますが、今や量子コンピューターの実機の能力がそのようなインターフェースで表現できる能力を大幅に超えているので、IBM Quantum ComposerのGUIでできる量子プログラミングは、量子プログラミングのほんのさわりになっています。一方で、さまざまなハイレベル機能がQiskitには加えられ、Pythonを用いたQiskitプログラミングも圧倒的に容易になっています。
その変化はエコシステム全体に見られます。
「ソフトウェア・スタックは以前よりもはるかに安定し、詳細なドキュメントが利用可能になりました。開発者やユーザー・コミュニティーも大きくなり、あらゆるレベルの人々が取り組める豊富な教育資料が利用可能になっています」とレンセラー工科大学の研究科学者Osama Raisudden氏は述べています。
「私たちIBM Quantumは、パートナーの皆様ができなかったことをできるように、人材、ツール、サービスといったサポート層を構築してきました」。 — Jamie Garcia、IBM Quantum |
現在、これらのツールとリソースはIBM Quantum Platformに集約されています。これは、業界をリードするエンタープライズ・グレードの量子コンピューティング・クラウド・サービスであり、産業規模で実用的なユースケースの探求を支援するために構築されています。プラットフォームが成熟するにつれて、使いやすさやインフラの向上は実質的なパフォーマンス向上につながりました。
「改善されたジョブ管理が大幅なスピードアップをもたらしました」とBasQのÁlvaro Nodarは言います。「この間の技術進歩は、まるで紙飛行機を飛ばしていたはずだったのに、気がついたら突然、ジェット機をフルスピードで操縦していたかのような感覚です」
量子ハードウェアとソフトウェアの進化にあわせて、IBMの量子提供におけるパートナーシップやサービスへのアプローチも進化しています。
「私たちIBM Quantumは、パートナーの皆様ができなかったことをできるように、人材、ツール、サービスといったサポート層を構築してきました」とGarciaは語りました。「例えば、今あるイネーブルメント・チームは、最初から存在したわけではありませんし、他のハードウェア・プロバイダーにもほとんど見られないものです。このチームは私たちの経験から生まれたものでした。ユーザーがどんなところで行き詰まっているかを見ていて、それを解決しようと決めたことから生まれました。」
経験は違いを生みます。今日IBM Quantumと協力すれば、急速に進化する技術スタックを利用可能になるだけでなく、組織がどのように量子に取り組んだら成功するかに関して10年にわたってIBMが蓄積したノウハウもご活用いただくことができます。
実際のところ、IBMの長年の経験から恩恵を受けているのはIBMだけではありません。IBMのパートナーである日本の理化学研究所(RIKEN)は、2024年に日本初のIBM Quantum System Twoの拠点となってから、今や量子中心のスーパーコンピューティングという新興分野の世界的リーダーとなっています。
「10年前には量子開発者という概念自体が存在しませんでした。」 — Scott Crowder、IBM Quantum |
「量子コンピューターをより効果的に活用する方法について貴重な知見を得ました」と理化学研究所 計算科学センターの部門長である佐藤三久教授は述べています。「特に、オンプレミスの量子システムをHPCと組み合わせてその潜在能力を最大化する方法、そして実際にどのように運用するのが最適かについてです。」
「2023年に私のオフィスの下の階に初めてIBM量子コンピューターが設置されるのを見たのを今でも覚えています」と、クリーブランド・クリニック心血管・代謝科学部門のスタッフであるドクターJun Qinは語りました。「このコンピューターは現在、治療や創薬におけるブレイクスルーやイノベーションにつながる多くの刺激的なプロジェクトに使われています。」
クラウド・アクセス可能な量子コンピューティングの登場は、量子コンピューターへのアクセス方法を変えましたが、誰がアクセスできるのかも変えることになりました。
「私にとってこの記念日は、組織よりも人に与えたインパクトの方が重要です」とIBMのScott Crowderは語っています。「ユニタリー財団のような組織が毎年オープンソースの量子開発者調査を実施しています。10年前には量子開発者という概念自体が存在しませんでした。」
2016年にIBM量子コンピューターで実験を始めた学生や研究者たちが今や、創業者、エンジニア、リーダーへと成長しています。例えば、BasQのアドボケイトでありGlobal Data Quantum Technical LeadのÁlvaro Nodar氏は、その2016年に本物の量子ハードウェアに初めて触れるという経験をしました。その彼らが今ともに、IBMが世界に開拓したこの分野の最前線を形作っています。
2016年5月4日の意思決定に大きな意義があったということは明白です。量子コンピューティングをクラウドに載せたことの意味は、単に量子プラットフォームを開始したというだけではありませんでした。このプラットフォームを支える技術そのものをはるかに超えて、コミュニティー、職業、そして産業分野を立ち上げ、それらが大きなインパクトを持ったということだったのです。
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この記事は英語版IBM Researchブログ「A decade of quantum on the cloud」(2026年5月4日公開、Robert Davis著)を翻訳し一部更新したものです。