奈良県副知事に聞く、人材育成を起点とするタレント・マネジメントの狙い

2025年6月20日

 

 

民間企業、自治体などあらゆる業界で人手不足が深刻化しています。限られた人的資本の中で、いかに人材の価値を最大化し、価値創出に結び付けられるか、そして、個々の働き手にとってのキャリア形成と働き方改革をいかに実現するかが、大きな課題となっています。

奈良県では、こうした課題を解決するための働き方改革を推進するとともに、2023年4月からはクラウド型オンライン研修プラットフォーム「Cornerstone」を利用した県職員の学びの仕組み「ならっCiao!(ならっちゃお)」の活用を開始、職員一人ひとりの成長や専門性の獲得を目指しています。また、同プラットフォームを起点にタレント・マネジメント機能と連携させ、職員のキャリア目標に応じた自発的な学びを促し、人材の適正配置につなげていく計画です。

日本アイ・ビー・エム株式会社(以下、IBM)は、学習プラットフォーム、タレント・マネジメント・システムの導入から運用管理、施策支援などのお手伝いをしています。当記事では、「ならっ Ciao!」の導入をはじめ、奈良県の人材育成の施策をリードする湯山壮一郎副知事(以下敬称略、お役職はインタビュー当時)に、プロジェクトを担当したIBMのコンサルタント3名が現状課題と課題解決に向けた取り組みについてお話を伺いました。

人材育成は行政機関においても大きな課題

三宅 奈良県では学びのプラットフォーム「ならっCiao!」を 2023年4月に奈良県庁の職員3,660名を対象に導入し導入し、活用を進めています。構想立案段階からプロジェクトをけん引されてきた湯山様には、どのような思いがあったのでしょうか。

湯山 これからの時代、地方の役所や行政機関、公共団体も人材育成に力を入れていかなくてはならないという強い思いがありました。従来の人材育成の在り方にはいくつかの課題があったからです。

まず背景の1点目として、行政へのニーズや課題が多様化しており、県職員もさまざまなスキルを習得する必要があるということです。2点目として、従来の学習方法のように特定の場所に集合し、同じ内容で受講するスタイルから脱却し、場所や時間の制約なく、自らが主体的に内容を選択できるようにしたいと考えていました。 3点目は学びの目標設定です。学習は、組織から見れば人材育成であり、職員にとっては自らの成長です。各自が目標を見定め、職務で求められるスキルやキャパシティーを認識しなければなりません。そのための仕組みが必要です。さらに4点目として、広い視野を養うことも大切です。多忙な職員は、ともすれば組織内や組織に関係する取引先や議会などに視野が偏りがちです。職員のリテラシーを高めるために、外部で活躍する方々の意見や活動の状況なども含めて有益な情報を取り込んでいくべきだと考えました。そのため、動画による研修プラットフォームを整備したいと思っていたのです。

奈良県の学びのプラットフォーム「ならっCiao!」とは

三宅 「ならっCiao!」の特徴について、ご紹介いただけますか。

湯山 奈良県の全職員が利用するオンラインの学習システムです。システムには「Cornerstone」(企業向けのバーチャル・ラーニング・サービス、囲み記事参照)を利用し、受講者はPCだけでなく、スマートフォンやタブレットでも利用できるため、場所や時間を問わずに学ぶことができます。コンテンツは行政職員として必須の研修をはじめ、県庁外の先進事例を取材した動画や、外部学習コンテンツ・プロバイダーが提供する一般教養や各種の専門分野に関する知識が学べる幅広いコンテンツが用意されています。

三宅 昨今、「リスキリング」が注目されています。庁内の研修、コンテンツに関しても何か強化策をお考えですか。

湯山 専門性を伸ばせるコンテンツを今後も拡充させていきたいと考えています。民間企業も同様だと思いますが、今日、特に専門職を確保しにくい状況が生じています。そのため、一般職として採用した職員に対しても組織内で育成を図り、専門性を身に付けてもらわなければなりません。例えば土木技術や税務、福祉などの専門知識について職員が自発的に学べるような学習コンテンツを充実させていきたいですね。

将来的には民間にも開放し、学びとローカル・メディアのプラットフォームに

三宅 現在は県職員が利用している「ならっCiao!」ですが、将来的に民間にも開放していくお考えがあると伺いました。

湯山 当初からそれを目指しています。奈良県にはビジョンを持って福祉や農業、経営などの課題に取り組まれている方がいらっしゃいますし、東京や米国で活躍している人材も沢山います。当県とも縁があり、民間の領域で活躍されている方々の情報は、職員にとって貴重であると同時に、地域の方々にとっても高い関心があると思います。私はこれらの情報を伝えるローカル・メディアが必要だと考えています。まずは県職員が対象ですが、次の段階では、例えば市町村の職員、さらには県民の方々にもご利用いただけるプラットフォームにしていきたいと思っています。

三宅 非常にユニークなアイデアですね。Cornerstoneのようなクラウド・サービスは、導入はしやすいものの、市町村レベルの自治体や県内の企業が個別に導入するのは効率の良い話ではありません。奈良県がプラットフォームを構築し、開放することで、学びの仕組みやコンテンツを流通させるという構想に強く共感しました。

人事の公正性、公平性を確保するためにもプロアクティブな学びが必要

三宅 学びのプラットフォームを県庁外にも広げようという大きな将来構想がある一方で、現在「ならっCiao!」を利用している職員の皆様にはどのようなことを期待されますか。

湯山 これからの時代は公務員といえども、組織に入った後にどのようなキャリアを歩んでいきたいのか、どういった仕事をしていきたいかを主体的に考えなければいけません。それを実現するために自ら学習していくことを期待しています。

三宅 そのためには、タレント・マネジメントの仕組みとの関連付けが重要になってきます。例えば、課長職にはリーダーシップや部下の育成能力などが求められますが、そうした能力を身に付ける、または現状では不足しているスキルを補うために「ならっCiao!」に用意された研修がレコメンドされて、キャリア形成を支援するといったことが可能になるという認識です。

湯山 まさにその通りで、基本的には職務に求められるスキルと自身のスキルとのギャップを埋めるために活用してほしいと願っています。一つ留意が必要だと思うのは、従来は、ある職務に就いた後に必要なスキルを研修で身に付けてもらうという順番でした。しかし、本来は学びがどこまで到達しているかを見極めた上で職務に就けるかが判断されるべきだと思っています。そのためにタレント・マネジメント・システムと受講履歴がリンクされていなければなりません。

三宅 職員の皆様が必要なことをプロアクティブに学んで職務に就く世界を目指されているわけですね。

湯山 そうした制度にしていくことが、組織全体のレベルアップや人材の適正配置につながると思います。これは人事の面でも大切です。特に公職の人事で大事なことの一つは公平性、公正性であり、職務で求められるスキルを満たしているかどうかを客観的に見えるようにしていく必要があります。

学びのプラットフォームとタレント・マネジメント・システムを両輪として機能させる

三宅 奈良県は学びのプラットフォームに続き、2024年4月にCornerstoneをベースにしたタレント・マネジメント・システムを導入されました。同システムの実装により、それぞれの組織や職務で求められるスキル要件が提示され、各職員がどのようなスキルを有しているのか、今後どのスキルを強化していくべきなのかを可視化できるようになります。職員のジョブ・ローテーションにも活用し、研修実績と連動させることも可能になります。

湯山 そこを目指したいですね。これまでは管理職にどのようなスキルが必要なのかが組織内で必ずしも明確にされていませんでした。例えば、県庁や省庁には「管理職になるためには議会対応ができなければならない」といった暗黙のルールがあります。しかし、議会対応の具体的な内容は公にされておらず、組織内の特定の人から人へと“一子相伝”的に受け継がれる状況が続いています。

これは組織内の多様な人材を生かすという観点からは大きな障害です。多くの職員からすると、そもそも自分が何を知らないのかもわからず、組織内でより大きな仕事にチャレンジしようという意欲が削がれてしまいます。個々の能力や適性に合わせて最適な部署やポジションに配置するためには、組織内で属人化して見えなくなっているリテラシーや素養を明らかにしていくことが必要です。性であり、職務で求められるスキルを満たしているかどうかを客観的に見えるようにしていく必要があります。

三宅 各職務のために何を学ぶべきかを明確にすることが肝要です。自律的な学びと成長を促す上で、タレント・マネジメントと学習は常に関連付けて考えなければなりません。Cornerstoneの研修機能はタレント・マネジメント機能と連動しており、職員の皆様のスキル、学習履歴に基づいて人材の適正配置を検討することが可能です。

湯山 学びのプラットフォームとタレント・マネジメント・システムが整備されて、能動的、有機的に結び付いて機能していくことが今後の発展のカギを握ると考えています。

今後はコミュニティー機能も活用して学びの習慣付けを

三宅 「ならっCiao!」を導入してから1年が経過しました。職員の皆様の学びに対する意識は変わりましたか。

湯山 多くの職員が学びの重要性を認識して主体的に学習を進めています。ただし、必須ではない研修の受講度合いは職員によって差があるようです。しっかりとした意識を持って業務に当たっている職員は積極的に利用してくれているので、この動きを広げていきたいと思います。

学びを習慣付け、浸透させていくことも大切です。そのためには、例えば空いている時間に、自宅でも利用できるようにするなど利用条件を柔軟にしたり、コミュニティー機能を活用して「ならっ Ciao!」内でのコミュニケーションを活性化したりすることも大事だと考えています。

三宅 Cornerstoneには、受講者同士で励まし合ったり、コンテンツをレコメンドしたりできるコミュニティー機能が備わっています。今後はこれらの機能の活用もご提案していきます。

湯山 従来の研修は、極端に言えば組織から強制されて受講するものでした。一方、オンライン学習は時間と場所、学ぶ内容について多くの自由があります。従って、受講者が今後どのような分野にチャレンジしていきたいかを考えながら主体的に学習のプランを立てることが極めて重要です。自分の興味関心と結び付けながら多彩な学習コンテンツを積極的に利用して、いずれは自分が「ならっCiao!」のコンテンツに登場してやろうというくらいの気持ちで仕事と学びに励んでもらいたいですね。

自律的な学びを促し、組織の力とするために─Cornerstoneによる“学び起点”の人材活用を

奈良県が抱えている人材に関する課題は、どの自治体においても共通するものです。今回導入した学びのプラットフォーム「ならっCiao!」は、県職員の自律的な学びの環境を整えるとともに、追加導入したタレント・マネジメント・システムと連携し、人材活用施策に貢献することが期待されています。IBMでは、奈良県が実現した人材育成・人材活用の仕組みを他の自治体でも取り入れ、組織の活性化や行政サービスの向上に役立てていただきたいと考えています。

Cornerstoneとは?

Cornerstoneは、学び(人材育成)と人材活用(タレント・マネジメント)の機能を併せ持つ、高機能なプラットフォームです。世界180カ国、40を超える言語で、7,000社、7,500万以上のユーザーに使用されており、国内外のグローバル企業のほか、米国の公的機関などでも数多く導入されています。

「ユーザー自らが学び、成長していく」ことを主眼とするCornerstoneは、ラーニング・システムとして多数のコンテンツを載せられる秀逸なプラットフォームであると同時に、優れたユーザー・インターフェースを提供します。これにより、ユーザーは個々のスキルや興味に応じた学習プログラムを自ら選択し、PCやスマートフォン、タブレットなどを通じていつでもどこからでも受講できます。

また、Cornerstoneは学習にとどまらず、採用や育成、人材管理機能も備えています。学習履歴とタレント・マネジメントが共通のデータ基盤を介してシームレスに連動することで、ユーザーに対して職務に必要なスキルの習得状況を表示したり、目指すキャリアに最適な学習コンテンツをレコメンドしたりすることもできます。さらに、クラウドベースのソリューションのため、短期間での導入が可能です。

タレント・マネジメント・システムとしてはさまざまな製品がありますが、“学び・人材育成を起点”とするタレント・マネジメントの高度化という観点では、機能・予算面においてCornerstoneが適しているとIBMは考えます。

IBMがご支援できること
 

IBMはCornerstone社と連携し、お客様企業・組織に対して人材戦略策定から育成、プラットフォーム構築、運用までの一貫したサービスを提供しています。導入支援や保守などのシステム面のサポートはもちろん、浸透施策や人事制度に関するコンサルティング・サービスを行い、お客様のニーズに応じたご提案を行います。

「ならっCiao!」プロジェクトにおいてもIBMは、奈良県が目指す「学びの在り方を変える」という目標に対して、あるべき姿を明確にするところから議論に加わりました。また、仕組みができても、ユーザーである職員様に活用いただけなければ意味がありません。いかに利用を促し、定着させられるかについて、グローバルIBMが持つ知見や実践事例もまじえ、今後の浸透施策も紹介しています。

人材育成と人材活用の連動を可能にする       “奈良県モデル”のススメ

働き手が不足する中で、行政サービスを維持・向上させていくため、自治体は職員数の確保と育成の必要性に迫られています。各職員が自律的に学び、時代の変化に追い付いていけるようにしていかなければならないという声をよく耳にします。一方、現状では仕組みがないため、集合研修を行い、Excel等で人材を管理するなど従来の方法を実施しているケースが多いのではないでしょうか。

IBMでは今回奈良県で実現したような、“学びを起点”とするタレント・マネジメントの仕組みを他の自治体の皆様にもお勧めしています。“奈良県モデル”の構築で培ったノウハウを生かし、同じ課題に取り組む多くの皆様の人材改革をご支援してまいります。ぜひ、ご相談ください。

プロジェクト担当コンサルタントより

「本来、研修と人材育成施策は連動すべきものですが、人事システムとしては別個に存在しているケースが 多々あります。今回の奈良県様の取り組み・プロジェクトでは学び・人材育成の将来構想を認識・可視化した上で、どのような仕組みを整備・構築すべきかの検討を重ねました」

「グローバルに拠点を展開する企業と異なり、自治体の国内拠点で稼働と育成との連動を想定する場合、数あるタレント・マネジメント・システムのソフトの中でも、Cornerstoneが最も適していると考えました」

「Cornerstoneには、学習者同士で励まし合ったり、コンテンツをレコメンドしたりできるコミュニティー機能が備わっています。今後はそういった機能の活用についてもご提案していきたいです」

私たちが全力でお手伝いします!」

お問い合わせ先

Cornerstone/学びに関するお問い合わせは、  こちらまでお願いいたします。

IBM Manabi推進チーム manabi-info@wwpdl.vnet.ibm.com

寄稿者

三宅 孝之

日本アイ・ビー・エム株式会社, HR & Talent Transformation, シニア・マネージング・コンサルタント