クローズからオープンなエコシステムへ

鈴木 続いて、「CEOスタディ 2024」で示されたCEOが直面する6つの課題のうちの、経営スタイルに関する話に移ります。
「パートナーの専門性が物足りない時『情』は弱みとなる」というのがエコシステム・パートナーシップに関する課題です。また、意思決定においては、「良きスパーリング・パートナーが、最高のリーダーを作る」という見解が示されています。これは、経営陣の間で活発なディスカッションがある状況が望ましいということです。齋地さん、これらの観点から、日本の製造業における生成AIに対する組織の準備状況はどのようになっているでしょうか。

齋地 自動車業界は、EVへの変革で100年に一度の変革期にあります。そのために、お客様は新しいパートナーを迎え入れ、既存のパートナーは変革を迫られています。生成AIに対しても同様の状況で、生成AIに強い、より良いパートナーを選ぶ動きがあります。これまで経験してこなかった技術領域での選定となるため、目利きは容易なことではありません。

技術に明るい人が選び、ファイナンスの目からも、その他の経営層(CxO)の観点でも見る必要があり、さまざまな立場の人の合議で決めることになるでしょう。日本の製造業は、これまでも現場・現実を大事にしてきました。机上の判断ではなく、最良なパートナーを選ぶようなチャレンジが続いていると思います。

鈴木 CEOスタディで指摘されていることが、日本の製造業でも起きているということですね。お客様の現状を踏まえて、エコシステムに関して、CEOスタディではどのような洞察を示しているのでしょうか。

マーシャル 日本ではこれまで、イノベーションはクローズドな形で実現されてきました。エコシステムへの取り組みは、経営層の意識の中であまり高くはありませんでした。

それが最近になって状況が大きく変わり、グローバルでも日本でも、CEOはエコシステムに注目しています。コロナ禍以降、日本の経営層はよりオープンにエコシステムの重要性、エコシステムとテクノロジーの関係を強く語るようになりました。データの上でも顕著に表れています。

生成AIについても、当初は独自の大規模言語モデルを自社内で作ろうとしていましたが、コストや拡張性、複雑性の観点からそれはかなり困難であり、より早く良いものを作るにはエコシステムの力、専門家の力を借りる必要があると理解しています。

もちろん、エコシステムとの協業だけでは十分ではなく、新たなスキルや知識を獲得する必要があります。そのため、CEOスタディでは、パートナーシップの考え方を変えて、真に必要なスキルと知見があるパートナー企業と、戦略的な取り組みをする必要があるとメッセージしています。そして社内の経営陣同士は、互いの利害関係をきちんと理解し、冷静な議論ができなければなりません。健全かつ活発な話し合いが起き、かつ部門間の不要な競争や競合を避けるような経営をしなければならなくなっています。

鈴木 エコシステムと経営のリーダーシップの両面から、取り組まなければならないのですね。パーマーさん、米国ではどのような状況ですか。

パーマー マーシャルさんから、生成AIの生産性や成長性が日本のCEOから大きく期待されているという指摘がありましたが(前編参照)、それに対してグローバルのCEOが抱える最も大きな課題はビジネス・モデルの変革です。これは労働市場の違いが影響していると考えられます。米国では、ビジネス・モデルの変革においてエコシステムのパートナーの存在を重視しており、適切なエコシステム形成への投資が極めて重要になります。日本でもエコシステムの重要性が増してきており、今後は同じようにビジネス・モデルの変革が必要になってくると思います。

顧客が常に正しいとは限らない

鈴木 次は、イノベーションについてです。「顧客が常に正しいとは限らない」という課題があります。顧客にとって、今存在する商品ではなく、まだ見たことがないものや将来に言及するのは難しいということです。この点についてグローバルの状況で何かコメントはありますか。

パーマー 日本には品質、顧客サービスが高い文化があります。それが組織や従業員の満足度にも表れています。米国は特にコロナ禍以降、コスト削減が顧客満足度を下げる要因になっています。それに対して生成AIによって、顧客の欲しているものを顧客より先に認識し、素晴らしい体験を提供できるようになると考えています。

ゴルフのマスターズ・トーナメントは、コースで携帯電話の使用も禁止するようなハイテクを利用しない環境でした。IBMでは2023年からAIを活用し、ファンがよりパーソナライズされた魅力的なデジタル視聴体験ができるように大きく変革しました※1※2


※1 IBM、マスターズのデジタル・エクスペリエンスに生成AIを活用した解説とホールごとの選手の試合予測を導入
※2 IBM watsonxがマスターズ・トーナメントのデジタル・プラットフォームに新しい生成AI機能を提供

BtoBでもBtoCと同様に顧客体験を改善できる可能性があります。業界を問わず、CxOは顧客満足度の改善という領域において、生成AIのメリットを享受したいと考えています。

鈴木 齋地さん、日本の製造業ではいかがですか。

齋地 さきほど「Automotive 20XX」の話をしましたが(前編参照)、2025年に向けてパーソナライゼーションが進むという予想があります。実際にはまだあまり進んではいないものの、顧客の利便性の強化や新しい顧客体験をクルマの中で提供していくことが差別化につながるであろうということに疑いの余地はあまりないと思います。一方、機能の中に生成AIを入れていく際に、データが正しいか、性能が劣化しないかをしっかり考える必要があります。これらは新しいチャレンジになることでしょう。

日本の製造業は品質や信頼性の高さで世界から評価されてきました。新しい機能を市場にいち早く届けることも大事ですが、信頼を失わないことが欠かせない要素だと考えています。

鈴木 AIが車に本格的に搭載されていく際には、信頼とセットで進めていく必要があります。また商品のパーソナライゼーションにAIが埋め込まれている必要があるでしょう。こういった話について具体的なデータや洞察はありますか。

マーシャル レポートで示されている課題のとおり、顧客は必ずしも正しい意思決定をしていないという点を理解する必要があります。新しい技術について十分に知識がない場合、ビジネスに関する判断は難しいものがあります。新しい技術の適用の多くはBtoCから始まりBtoBに広がります。経済的な影響はBtoBのほうが大きくなり、より速くより大きく価値や効率性が享受されます。

現在、製造業でも公共事業でも、高齢化と労働力不足が問題になっています。業界を問わず、技術はサステナブルなオペレーションにも欠かせません。企業は新しいテクノロジーや生成AIの影響が、製品やサービス、自分たちが消費するものに大きな影響があることを理解しています。CEOとしてはそれを課題と認識し、そのために生成AIでより大規模なパーソナライズを行っていくことが重要になります。

そのようなハイパー・パーソナライゼーション対応に関しては1990年代から話されてきましたが、今現実化しようとしています。BtoCから始まり、BtoBに組み込まれることで、今後、強力な武器になると予想されます。

技術的なショートカットはやがて行き詰まる

鈴木 最後の課題はテクノロジーについてです。レポートでは「技術的なショートカットはやがて行き詰まる」という見解が示されています。早く結果を出したいのは理解できますが、必要な技術レイヤーはしっかり確保しなければ、長期的な成果は得られません。日本の製造業のお客様はどのように捉えているのでしょうか。

齋地 一概には言えないのですが、迅速に新しいテクノロジーを適用し、新しい製品を生み出すのは容易ではありません。お客様は何年間かのスパンで製品計画を作り、そこに技術を合わせていくことにチャレンジされています。短期で成果を出すことも大事ですが、長期的に技術の価値を製品に取り込み、競争力として培うことが重要です。

日本の製造業では、新しい技術に積極的に投資を行っていますが、ショートカットではなく、少し長い目で投資し競争力を強化するところに主眼を置いているように思います。

鈴木 技術への投資を短期、中期、長期に分けて考えており、これは生成AIについても同様ということですね。グローバルの観点から何か補足はありますか。

マーシャル 生成AIの活用領域として、取り組みやすくチャンスが大きいのはサービスの改善でしょう。一方、ビジネス・モデルの変革はリスクが高く、ITの変革も伴うため、大きな投資が必要になります。

生成AIへの関心と期待は高まっており、IT投資の増加も顕著ですが、CEOはビジネス・イノベーションに投資を割り振る必要があります。継続的に優位性を発揮する領域に予算をかけると同時に、セキュリティーなどへの対応も不可欠です。IBM Institute for Business Value(IBV)では、テクノロジーによってビジネス価値を最適化できるよう支援する新しい手法として「ハイブリッド・バイ・デザイン」を提案しています。顧客企業とともに、課題を見据え、IT資産をどのように適切に配分するかを戦略的に考え、課題の解決に向かうことができます。

鈴木 米国のお客様はどのような状況ですか。

パーマー 多くのCIOは、どのテクノロジーが効果を発揮しているのか、今後どこを強化すべきで、どの部分を作り替えなければならないのかを理解しています。課題として、意思決定のスピードも重要になってきています。また、米国企業がよく指摘するのが、テクノロジー基盤をきちんと整備することです。これはデータ戦略でもビジネス戦略でも、ワークフローの改善でも必要です。そしてリーダーシップや企業文化など、さまざまなものの変革が、企業が生成AIのメリットを享受し、成功するために必要だと言っています。

ROIは生成AIの活用度合いによって二極化

鈴木 ここからは、投資収益率(ROI)を取り上げます。製造業では、生成AIにかなり急速にリソースを振り分けているとの話がありました。生成AIの活用が実験段階から実際のビジネスに展開していくにつれて、ROIが大きな課題となります。日本の製造業企業では、生成AI投資のROIをどのように捉えていますか。

齋地 日本の製造業は、ROIに大変厳しい目を持っています。とはいえ生成AIに関しては、現段階ではリターンをあまり気にせずに、大きな投資に舵を切っているように思います。組織の変革、リスキリング、新しい技術の試行にどんどんチャレンジし、まずはどのような結果が出るかを見ています。来年以降は、ROIの議論も出るかもしれません。

鈴木 大胆に生成AIに投資する動きがあるようですが、IBVでも生成AIのROIに関する新しいレポートを用意していますね。

マーシャル 過去7カ月間、グローバルで生成AIの大規模な調査をしています。日本の自動車業界のリーダーも含め、約5,000名を対象に話を聞いています。その結果、生成AIは従来のAIよりも高いROIが期待されているのですが、これには2つのグループがあります。テクノロジーの成熟度が高く、エコシステムとともに導入し既に成功しているところと、十分に成長できていないところです。

両グループは戦略も二極化しています。成熟しているグループは、エコシステムを使いながら、生成AIのプロジェクトで性能、オペレーションの効率性、収益性、トップラインの成長にフォーカスして深く取り組んでいます。

成熟していないところは、さまざまな点でトライ&エラーを繰り返しており、まだ戦略領域を絞り込む段階には至っていません。CEOとしては、自社において生成AIを活用する態勢が成熟しているかを見極める必要があります。成熟していればフォーカスを絞り、そうでなければテストを継続することとなります。それぞれでやり方が変わり、ROIの捉え方も変わります。生成AIのROIに関するレポートの日本語版もぜひお読みください。


鈴木 ベンチマーキングのグループでも、長期にわたり、ROIに関するデータを追跡しています。そこからの見解はありますか。

パーマー AIの影響について、キー・メトリックスを使いながら、顧客サービス、HR、ファイナンス、サプライチェーン、ITの領域などでさまざまな評価を行っています。ROIはAI成熟度のレベルに影響されます。重要なのは、生成AIの活用には、従来型のAIの技術要素も必要となることです。そして、組織として成熟した企業で最適化できる領域が分かっているところは、ROIもかなり高くなります。

AIをエンド・トゥー・エンドのプロセスに導入する場合、たとえば調達から支払いまで、あるいは注文から売上までといった一連のプロセスで使える場合はROIも高くなります。クラウド、モダナイズ、自動化などのIT要素も統合されたIT戦略になると、さらにメリットは高まります。

これまでの調査で驚いたのは、あるサプライチェーンでは、AIの導入によりROIで180%ものメリットが出たことです。日本企業のサプライチェーン担当の責任者から、AIの適用でサプライチェーン領域のROIがかなり高くなるとの指摘もありました。

鈴木 今回のCEOスタディは、「CEOに立ちはだかる6つの真実」という、CEOにとって少し耳が痛いタイトルとなっています。提示されている課題に立ち向かうのは簡単ではないかもしれませんが、レポートにはどのように進めるべきかのアドバイスも記されています。日本語版も発表になりましたので、是非社内の経営会議でのディスカッション、あるいはIBMのメンバーとの議論で取り上げていただければと思います。

寄稿者

アンソニー・ マーシャル (Anthony Marshall)

IBMコーポレーション IBM Institute for Business Value シニア・リサーチ・ディレクター ソート・リーダーシップ

カースティン・ パーマー

IBMコーポレーション, IBM Institute for Business Value, グローバル・パフォーマンス・データおよびベンチマーキング担当ディレクター

齋地 禎昭

日本アイ・ビー・エム株式会社, IBMテクノロジー、オートモーティブ・テクノロジー・セールス担当バイス・プレジデント

鈴木 のり子

日本アイ・ビー・エム株式会社, IBM Institute for Business Value, Global Research Leader – Automotive and Electronic Industry