アステラス製薬におけるESGデータ管理の最前線 - IBM Envizi導入によるESG情報開示体制の強化へ -

公開日 10/24/2025 |

サステナビリティの推進を単なる企業活動の一環ではなく、経営理念の実践そのものと位置付けているアステラス製薬株式会社(以下、アステラス製薬)。グローバルに事業を展開し、革新的な医療ソリューションを世界中の患者に届ける同社は、サステナビリティ経営においても常に一歩先を歩んできました。

そのアステラス製薬が2024年、ESGデータ管理基盤「IBM Envizi ESG Suite(以下、Envizi)」の導入を決定。2025年10月のGo Liveに向けて準備を進めています。

本記事では、サステナビリティ部門を牽引する飯野伸吾氏、そしてESGデータ管理の実務を担うChing Monica Chuang 氏(以下、モニカ氏)らへのインタビューを通じて、Envizi導入の背景と期待を三部構成でご紹介します。

                                       (インタビューは2025年8月に行われました。)

第1部: アステラス製薬のサステナビリティ推進の歩みと戦略的取り組み(飯野氏インタビュー)

ペイシェントジャーニー視点で進化するサステナビリティ

「私たちアステラス製薬はライフサイエンス企業ですので、本業である『革新的な医療ソリューションの持続的な創出」を通じて社会に貢献することが、私たちのサステナビリティ活動の本質です。」

そう語るのは、アステラス製薬のサステナビリティ全体をリードするサステナビリティ部門長、飯野 伸吾(いいの しんご)氏です。
 

アステラス製薬は、満たされない医療ニーズの高い疾患領域において、革新的な医療ソリューションを提供することにより、患者のみならず、その家族やコミュニティ、さらには社会全体に持続可能な未来を届けることを目指しています。

私は、医薬品にとどまらず、ペイシェントジャーニー(予防、診断、治療および予後管理を含む医療シーン全般)全体において、必要とされる様々な医療ソリューションを創出し、患者さんに「価値」を届けたいと考えています。

アステラス製薬では、社長をはじめ全ての全従業員が「患者さんを第一に考える」という意識を常に持ちながら、企業活動に取り組んでいます。
 

——アステラス製薬は企業としてどのようなプロセスでサステナビリティを推進してきたのでしょうか。
 

アステラス製薬では、サステナビリティ向上への取り組みを経営戦略にしっかりと組み込んでいます。実際、経営計画2021では、「サステナビリティ向上の取り組みを強化」を戦略目標の一つとして掲げ、企業としての持続的な成長と社会的責任の両立を目指してきました。

この戦略目標の達成に向け、これまで様々な取り組みを着実に進めてきました。まず、社会とアステラスの双方にとっての重要課題を特定、優先順位付けをした「マテリアリティ・マトリックス」を改定しました。特定された重要課題の中でも特に重要な9つの最重要課題と2つの環境課題については、中期優先項目、具体的な取り組み、コミットメントを「サステナビリティ方針」として策定しました。

さらに、サステナビリティ方針に基づく取り組みの成果や進捗を評価するため、「サステナビリティ方針業績評価指標(SDPIs)」を設定。約50の指標を年度計画に反映させ、部門横断で実行・評価を行っています。

ESGデータ一元管理システム導入の契機と必要性

——アステラス製薬におけるサステナビリティ情報開示強化の背景についてお聞かせください。
 

近年、環境、社会、企業ガバナンスを意味する「ESG」への取り組みを、正確に、かつ透明性高く開示することが企業に求められています。日本においても、法規制化やESG開示レポート(報告書)の発行義務化に向けた動きが進んでいます。

特に社外ステークホルダーからの期待として、サステナビリティ活動の成果や進捗を適切に開示することは重要なポイントであり、企業評価においても、非財務情報の重要性が一層高まっています。
 

このような背景を踏まえ、透明性の高い情報開示は、ステークホルダーとの関係を強化する上で不可欠であり、企業がサステナビリティを実効的に推進していくための重要な要素であると考えています。

さらに、サステナビリティ情報の開示強化は、経営の透明性や投資家との対話の質を向上させ、結果としてステークホルダーとの信頼関係の構築に寄与します。すなわち、それは「企業価値の持続的向上」というアステラスの使命を支える重要な柱の一つです。
 

——サステナビリティ情報開示のためのアプローチ、そして具体的な取り組みについてはいかがでしょうか。
 

アステラス製薬では、これまでもサステナビリティに関する情報開示を行なってきましたが、EUにおける企業のサステナビリティ情報開示を強化する法令である「CSRD: Corporate Sustainability Reporting Directive」の適用が迫る中、これまでとはまったく異なるアプローチが求められつつあります。

「まったく異なるアプローチ」というのは、非財務情報や活動開示の方法について、これまでのように「ベストエフォートで行えばよい」というスタンスから、EUを起点に、規制に基づく正確で透明性の高い開示が求められるようになった、という点です。

日本でも、SSBJ(サステナビリティ基準委員会)による開示基準が示され、CSRDと同様に、正確性と信頼性を確実に担保した形での対応が必要となりました。これまで開示してこなかった広範な非財務情報を収集し、適切に開示していくためには、社内の連携と専門性が求められる、非常に複雑でチャレンジングな取り組みとなります。

正確で信頼性のあるESGデータを効率的に収集・管理・分析し・報告するためのシステムは、当社の戦略において欠かせないものです。こうした要求を満たすシステムを検討する中で出会ったのが、IBM Enviziでした。

第2部: IBM Enviziを活用したデータ管理(モニカ氏インタビュー)

完成度が高く、現場に即したESGツールはかなり限られている

「ここからは、 ESGデータの効率的な収集から解析・報告までを全社的にリードしているサステナビリティ部門センターブエクセレンス(CoE)グループ所属のモニカさんに説明してもらいましょう。」

飯野氏からバトンを受け取ったモニカ氏は、IBM Envizi導入の背景にあったESG情報の収集・管理における課題から語り始めました。
 

「ESGデータの収集作業は非常に手間がかかり、社内の各部門から集まる情報の粒度やフォーマットもバラバラで、手動でのデータ収集と管理には限界が生じていました。

こうした非効率な業務運用やデータ信頼性の低下により、現場の負担が増大し、開示前の確認や修正作業が多発していました。これらの課題に対処するため、広範な非財務情報を正確かつ効率的に収集・管理できる一元管理システムの導入が不可欠であると判断しました。」
 

——それでは、Enviziの導入を決めた理由はなんだったのでしょうか。
 

まず、システム検討を開始した当時の、市場における利用可能なソリューションの状況についてお伝えします。その上で、システム選定にあたり私たちが重視した三つのポイントをお話します。

サステナビリティに関するデータ管理プラットフォームという分野は、IT業界、特に日本においてはまだ新しい領域ということもあり、完成度が高く、現場の実務に即したESGツールは意外なほど少ないというのが当時の私たちの認識でした。その中でEnviziはその数少ない選択肢の中でも、私たちの要件に最も合致していました。
 

当時、私たちが重視したポイントはこの3つです。「操作性と社内展開のしやすさ」、「データの構造化とレポート作成の効率化」、「作業履歴および承認プロセスの透明化」です。

Envizi導入決定の3つのポイント

以下、モニカ氏に説明いただいた3つのポイントです。

1. 操作性と社内展開のしやすさ

「ESGの概念やツールに不慣れな部門にも展開していくことを考えると操作性は社内定着の鍵となります。Enviziは直感的に理解できるインターフェースを備えており、導入後の活用シーンを明確に描けた点が大きな魅力でした。」

2. データの構造化とレポート作成の効率化

「Enviziはシステム連携やETL(抽出・変換・ロード)ツールで社内の情報を集約してくれます。さらに、PowerReportやSustainability Reporting Managerの機能を使えば、レポート作成もスムーズに進められるので、私たちのニーズに合致しています。」

3. 作業履歴および承認プロセスの透明化

「ガバナンス強化に直結する透明性の高い作業記録管理は大変重要です。これまでは、メールベースでのデータ収集や承認手続きで、やり取りが散逸しやすく『誰がいつ何を対応したのか』を把握するのに時間がかかっていました。

Enviziではすべてのアクションが記録され、容易に確認できます。これにより、運用の透明性が高まり、責任の所在も明確になると期待しています」

第3部: Envizi運用への期待と未来に向けたリクエスト

最後に、今回インタビューに同席いただいたアステラス製薬の皆さんに、Envizi導入後の展望と、IBMならびにテクノロジーの進化への期待を伺いました。

藤井 泉 |サステナビリティ部門 ステークホルダーエンゲージメントグループ公衆衛生学修士

清原 宏 |サステナビリティ部門 環境・安全衛生&サステナビリティグループ 薬学博士

飯野 伸吾 |サステナビリティ部門長 薬学博士

Ching Chuang |サステナビリティ部門 センターオブエクセレンスグループ

水谷 慎一 |サステナビリティ部門 ステークホルダーエンゲージメントグループ

——いよいよ10月からGo Liveですね。現在はどういった状況でしょうか。

藤井氏:

「導入準備は順調に進んでいますが、CSRDの適用開始時期の延期が発表されたことを受けて、改めてデータ・ガバナンス整備や開示準備などの優先順位の見直しを行っています。

規制の内容についてはまだ変動がありますが、未来に向けた私たちのレポーティング作業の効率化やその重要性は変わりません。そういう意味では、この2年間の延期をしっかり活用しています。」
 

飯野氏:

「社内外から『CSRDの適用開始時期の延期で少し余裕ができたのでは?』と訊かれるのですが、『非財務情報の開示』は、私たちサステナビリティ部門の目標にとどまらず、コーポレート全体の今年度の目標の 1つとして設定されています。

SSBJ基準への対応はまったなしですし、毎年発行しているEHSレポートも Envizi を活用したいと考えているため、CSRDの延期はほぼ関係なく、必要な情報開示に向けて作業を進めています。」
 

——運用前ではありますが、今後、Enviziにはどのような発展を望まれていますか? また、テクノロジーの進化にはどのような期待をされていますか
 

モニカ氏:

「Envizi導入はゴールではなく、新たなスタートです。定型作業の自動化による効率化や、リアルタイムのデータ検証機能、部門横断的なコミュニケーション機能の強化など、多方面での進化を期待しているところですが、より大きなポイントとしては以下の3つとなります。

1つ目は、ESG分野における継続的なサポートです。IBM社と協働会社の伴走による中長期的価値創出に期待しています。

2つ目は、現場目線のUI/UX改善です。現場への定着促進に向け、さらなる操作性向上を求めます。

3つ目は、データ活用の高度化による戦略的意思決定の支援です。ESGデータを経営判断に資するものとするため、分析・シナリオ機能の進化を望んでいます。」
 

——それでは最後に、サステナビリティ管理ツールの導入を検討している日本企業に向けて、アドバイスをいただけますか。
 

水谷氏:

「大切なのは、自社のESGデータ管理における課題を正確に見極め、それに合致するソリューションを選ぶこと。そして現場の声を必ず反映させることです。私たちの場合、環境関連のデータ管理における現場のニーズを特に重要視しました。」
 

藤井氏:

「今日は『患者さん第一・世界の人々の健康に貢献する』という、私たちアステラス製薬らしさの話もありましたが、サステナビリティ情報の開示は企業にとって大きな機会であると考えています。

システム導入で経営戦略に沿った透明性の高い開示を進めて、ステークホルダーとの信頼関係を強化し、企業価値にしっかりとつなげていくという観点が重要ではないかと思います。」
 

モニカ氏:

「ツール導入は課題解決のための手段である一方、守りにとどまらず、新しいテクノロジーを積極的に活用し、新たな地平を切り開いていこうとする姿勢も重要です。

ESG管理システムを通じて非財務データを価値創出につなげ、システム自体をイノベーションの基盤へと進化させていきたいと考えています。」
 

飯野氏:

「アドバイスなんておこがましいので、コメントになりますが、開示を目的化しないという大前提を皆で確認しつつ、ESGツールの導入によって最終的には現場の業務効率向上に繋げたいです。ESGは『コスト』ではなく『経営に資するもの』ですから。Enviziはその発展を実現できる基盤だと信じています。」


 

IBM Envizi担当 太田六馬より一言

アステラス製薬の皆さまが声を揃えて『導入時期が遅れれば遅れるほど地域の独自性やローカルルールが広がってしまい、対応作業やコミュニケーションの複雑性と困難性が増すことは自明』と言われていたのがとても印象的でした。

そして今後、IBMとアクセンチュア社のパートナーシップへの期待の大きさも伝わってきました。アクセンチュア社のサステナビリティに関する深い知見とテクノロジーの実装能力と、私たちIBMのAIや自動化における世界屈指の先端技術開発力を統合してお届けすることで、アステラス製薬さまの期待に応えていきたいと考えています。


 

企業情報 | アステラス製薬株式会社

「先端・信頼の医薬で、世界の人々の健康に貢献する」を経営理念に掲げる製薬企業。山之内製薬、藤沢薬品の統合により2005年発足。革新的なヘルスケアソリューションの創出に全力で取り組んでいる。

URL:https://www.astellas.com/jp/


製品情報 | IBM Envizi ESG Suite

ESG統合ソフトウェア Enviziは、企業の透明性ある情報開示と脱炭素に向けた取り組みをサポートする、単一データ管理基盤を実現するESG管理プラットフォームです。

https://www.ibm.com/jp-ja/products/envizi
 

寄稿者

八木橋 パチ

日本アイ・ビー・エム株式会社、Partner Ecosystem、コラボレーション・エナジャイザー