量子を中心としたコンピューティングの未来

量子コンピューター

研究者たちはすでにCPU、GPU、QPUを組み合わせて量子中心のスーパーコンピューティングを実現し始めています。


量子コンピューティングのリーダーであるIBMは、量子だけでなく、コンピューティング全体の未来ビジョンを描いています。量子が、利用可能なすべての計算ツールと組み合わされた新しいパラダイムとなって、これまで解決不可能だった問題を解決していくというビジョンです。

これは私たちの長年のビジョンであり、またオークリッジ国立研究所、AMD、日本の理化学研究所(理研)、Algorithmiq、そしてさらにはより広い量子コミュニティーのパートナーたちとの協業から実際に成果が得られている領域でもあります。これらの成果によれば、量子プロセッサー・ユニット(QPU)と、最先端のGPUを連携させてワークフローを加速し、量子計算の全体的な忠実度を高められることが示されています。単一のアーキテクチャーに依存するのではなくこのようなハイブリッド・アプローチを用いることによってCPU、GPU、QPUを密接に統合すれば、単一のアーキテクチャーだけでは達成できない性能と精度を実現できるのです。

この、新しいアルゴリズムと問題解決アプローチを伴う全く新しい計算パラダイムを、私たちは量子中心のスーパーコンピューティング(QCSC、Quantum-Centric Supercomputing)と呼んでいます。

CPU、GPU、QPU

中央処理装置(CPU)、グラフィックス処理装置(GPU)、量子処理装置(QPU)はそれぞれ独自の基盤アーキテクチャーを持ち、それぞれ異なる問題解決の得意領域を持ちます。CPUは現代コンピューターの主力であり、スレッドと呼ばれる複数のシーケンスでデータ上の命令を実行することが可能で、さまざまな数学的演算や複雑なワークロードのスケジューリングと相互調整(オーケストレーション)が可能です。

一方、GPUは、数千、あるいは場合によっては数百万に及ぶこともある、より多数のスレッドを使って並列処理を行うことができるコンピューター・プロセッサーです。GPUはテンソルを用いた高速計算に最適化されています。テンソルとは本質的に数値データが特定の構造で並べられた多次元データ構造です。1列に数字を配置した1次元テンソルはベクトルと呼ばれ、表形式で表現される2次元テンソルは行列とも呼ばれます。そしてその行列を多く含むファイルが3次元テンソルであり、さらにそのようなファイルを複数集めると4次元テンソルが構成されるという関係を持っています。

CPUやGPUとは異なる基盤構造を持つQPUは、量子系の状態に情報を格納します。QPUはCPUやGPUが実行できる範囲を超えた数学的演算を行うことが可能で、そこで行われる数学的演算は量子回路という形式で動作します。実際に、すべての量子回路は、規則に従う行列を用いた一連の数学的演算として表現できます。

そのようなQPUを用いて効率的に実行できる数学的演算を、もしGPUで実行しようとすると指数関数的に多くの容量が必要になります。50量子ビット回路上の演算を愚直に正確にシミュレートしようとしたら250個のエントリを持つ行列が必要になりますが、これはどんなGPUの能力もはるかに超えた規模になります。

そのような能力を持っているので、CPUやGPUに対してQPUを連携させることに意味があります。QPUには、GPUが扱えるよりもはるかに大きなテンソルを必要とする量子回路を扱うことができます。一方でCPUやGPUは、単純なテンソルや従来的な情報処理の並列実行や、タスクの相互調整を必要とするような、問題の一部分を、より小規模に処理することが可能です。

CPU + GPU + QPU = QCSC

最も難しいとされる問題を解決するために、テンソルと量子回路を連携して利用する新しいアルゴリズムが、ここ数年で登場しています。そのうち最も注目すべきものの一つが、サンプル・ベースの量子対角化(SQD)技術です。これは、大規模化学や材料科学のシミュレーション精度を近い将来に向上する可能性があります。

AMDとオークリッジ国立研究所の私たちのパートナーによる新しい研究と、理研と行っている継続的な研究は、世界最速のGPUおよびIBM QPUやスーパーコンピューティング・クラスターを組み合わせて用いてSQDを実装するもので、コンピューティングの未来に対する私たちの最新ビジョンを提示しています。

化学反応を正確にシミュレートするのは非常に難しい問題です。ハミルトニアンという方程式で系の全体的な挙動を記述できますが、実際にハミルトニアンから情報を、例えば分子の異なる配置がどのように異なるエネルギーを持つかなどを抽出するには、非常に大きなテンソルが必要であり、世界最高のスーパーコンピューターでも近似解しか求めることができません。SQDは量子処理の助けを借りてより高い近似精度を実現することを目指しています。

SQDはまずハミルトニアンを量子回路に符号化し、量子コンピューター上で実行することで、研究すべき配置の候補リストを求めます。この情報を古典コンピューターに渡し、これらの配置を使って、系を記述するより単純なテンソルを作成し、それを対角化します。対角化とは、これらの配置に関する物理情報を意味ある形で抽出できるように、テンソルを再構成する操作です。この情報を量子コンピューターに返し、反復的にこのプロセスを繰り返して、最もエネルギーが低い配置とそれに対応するエネルギーを求めます。

回路とテンソル表現間で情報をやり取りするSQDの処理は、GPUとQPUを組み合わせた実装に最適であり、最近ではIBMのパートナーもこれらの実装を始めています。

こちらの論文では、IBM、オークリッジ国立研究所、AMDの研究者たちが、共有メモリ・マルチプロセッシングのプログラミングを行うのに、OpenMPのAPIを活用してAMDとNVIDIAのGPUを備えたFrontierスーパーコンピューターと、IBM QPU上にSQDを実装するプロセスを発表しています。彼らは、Frontier上でSQDを運用することで、CPUを使ったベースライン実装と比べて約100倍の速度向上を確認しました。そしてさらに最新のAMD MI300XやMI355X GPUや、NVIDIA H100のGB200 GPUを組み込むことで、1.8倍から3倍の速度向上が確認されています。これらの新しいワークフローは、パフォーマンスと柔軟性の向上をもたらします。このオークリッジでの成果を踏まえて、次にIBMは理研と協力し、Thrustライブラリーと NVIDIA GH200GPUを備えたMiyabiスーパークラスターを活用して、SQDワークフローのGPU対角化を最適化しました。その結果、OpenMP単独を20%上回るパフォーマンス向上が実現し、より高度なGPU実装を探求するための柔軟性が高まりました。

GPUを使ってQPUの性能を引き出す

私たちはこれまでハイブリッド・アルゴリズムを生み出してきましたが、さらにテンソルや、近いうちにGPUも組み込んで、量子プロセッサーからより正確な結果を抽出することを可能にします。最近のエラー緩和技術は、ノイズのある量子プロセッサー上で回路を動作させ、その後テンソルに基づくモデルを用いてノイズの影響を解消する手法を用いています。

最近発表された論文では、スタートアップ企業Algorithmiq、Trinity College Dublin、IBMの研究者たちが、量子多体系におけるカオスを研究するためのアルゴリズムを探求しています。この研究では、空間と時間の両方で特別な数学的制約を持つデュアル・ユニタリ回路と呼ばれる新しいクラスの量子回路を用いて、通常は非常に研究が難しい系を探求しています。このクラスの回路は、カオス的でありながらも正確に検証可能な解を持つ系のシミュレートを可能にするので、今日の量子コンピューターのベンチマークに特に有用です。

特に、この研究はAlgorithmiqが開発した新しいエラー緩和技術を用いていますが、その技術は現在Qiskit Functionとして利用可能です。この技術はテンソルを用いてノイズモデルを作成し、その後モデルを反転させて量子回路の出力からノイズを除去します。この技術により、古典的な計算だけでは検証できないほど大きな問題に対して、量子回路で計算を実行した後に、テンソルで計算結果からノイズの影響を除去して有意義な結果を抽出することが可能になります。

近い将来の量子ワークフローにおけるエラー緩和は、テンソルと量子回路を組み合わせて使うことを踏まえ、GPUを活用してQPUを補助する形で追求することが有望と考えられます。今年は、GPUの助けを借りてさらに高速化される、さまざまなテンソルベースのエラー緩和技術がユーザーの正確な量子計算を支援することが期待されます。

一方で、Basque Quantum、NIST、IBMの研究者たちは、古典テンソル・ネットワークと連携したIBM Quantumプロセッサー上で時間結晶を実証しました。時間結晶とは、周期的にエネルギーを与えられることで、安定した周期的パターンで振動し、擾乱に対する安定性を持った系です。

研究者たちは材料科学と量子情報研究の両方を進展させるために時間結晶を研究しており、今回は144量子ビットを用いた2次元時間結晶を作り出しました。これはこれまでに実証された中でも最大かつ最も複雑なものの一つです。チームは、利用可能な最良のテンソル・ネットワーク手法に対して量子計算の結果を検証し、またそれらの手法を用いて量子実行結果を改善しました。このようなテンソル手法の利用は、将来的にGPUによって拡張される可能性のある研究領域です。

量子中心の未来

このような方向性はコンピューティングの真の未来を垣間見せてくれています。その未来は量子だけでも古典だけでもなく、それらが組み合わされた量子中心のスーパーコンピューティングです。最高のスーパーコンピューターを用いても困難な問題を解くためにテンソルと量子回路、さらにはGPUやQPUを組み合わせた研究が増え、この分野はいま爆発的に成長しています。

しかしこれは始まりに過ぎません。ロードマップに沿ってIBM Quantumプロセッサーの改良が進めば、より正確な計算結果をより速く抽出できるようになります。IBMは、開発者がクラウドとオンプレミスの量子処理、古典処理、GPU処理を取り入れた異種混在ワークフローをオーケストレーションできるように、オープンソースのソフトウェア開発キットであるQiskitへ新機能を追加し続けています。IBMは2020年代末までに、フォールト・トレラント量子計算を実行できるシステムを公開し、システム内に古典計算とGPUを組み込んで、エラー訂正を支援し、最も難しい問題を解決するための最良の計算資源を外部的に利用可能にする予定です。

この未来に参加するための唯一の方法は、今始めることです。量子コンピューターのユーザーがすべきことは、難しい問題を量子回路やテンソルにマッピングし、量子コンピューターやGPU上で実行する方法を探求することです。量子中心のスーパーコンピューティングの真の力を活用できる者が、この新しい時代の勝者になります。


この記事は英語版IBM Researchブログ「A glimpse at computing’s quantum-centric future」(2026年1月29日公開、Ryan Mandelbaum, Jerry Chow著)を翻訳し一部更新したものです。

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監訳者

今井 亨

Engagement Manager

IBM Quantum

立花 隆輝

東京基礎研究所 シニア・テクニカル・スタッフ・メンバー