この記事は、2017年11月15日、日本IBM 本社で開催されたIBM生産革新セミナー・秋にて、トヨタ自動車株式会社 エンジニアリングIT部 第3エンジニアリングシステム室 主幹 榊原 恒明氏の講演をまとめたものです。

榊原 恒明 氏の写真

トヨタ自動車株式会社
エンジニアリングIT部
第3エンジニアリングシステム室
主幹 榊原 恒明 氏

ヘッドマウント型のVR(Virtual Reality:仮想現実)やAR(Augment Reality:拡張現実)などの出荷台数は急速に伸びている。その多くはVRであり、日本ではゲーム向けが大半を占め、企業向けは少ないと見られている。しかし、企業でも使い方次第で利点があるはずだ。実際にトヨタではMR(Mixed Reality:複合現実)システムを生産現場で活用し、大きな成果を上げている。
ここでは、同社の榊原恒明氏が語った、トヨタでの実践の様子やそこで得られた知見などを紹介する。

*当記事におけるMRシステムは、Canon製のMRシステムを前提とした記述になっています。
*当記事の内容に関しては、トヨタ自動車様により発表された事例であり、IBMがその内容を検証・確認したものではありません。ご了承ください。

1.新設備の作業性の検討はデジタルだけでは完結しない

自動車の生産現場はかなりの部分が自動化されている。しかし、最後に組み立てるのは人であり、その意味で“人が主役”であることには変わりはない。トヨタでは人の安全を守り、作業をしやすくするためにMRシステムを導入している。

トヨタでは基本理念の一番目に「安全な作業」を掲げ、労働安全衛生マネジメントシステム(OSHMS)を全ての活動に適用するように定めている。具体的には、作業工程を洗い出してリスクを数値化し、リスク軽減のための改善を行い、作業手順書を整備して教育や訓練を行う。本来であれば、生産プロセスの全ての作業工程に関する作業性の検討をデジタルの世界でしたいのだが、時間的に許されないのが実状だ。

例えば、仮想空間でデジタルマネキンを使ってリスクを採点するには、1つの姿勢だけで15分以上かかり、全行程に適用するのは現実的ではない。現場の作業をビデオ撮影して採点するというやり方も、作業工数がかかる上、評価もバラツキが出てしまう。

こうした課題をクリアするために導入したのがMR(Mixed Reality)システムだ。トヨタでは、MRシステムを活用することで、作業性を検討できるようになった。

2.全員参加で設備の作業性を検討できるMRシステム

MRはVRやARとは異なる。VRは仮想現実で、実際の空間のような奥行き感は感じられても、絶対的な距離や大きさを理解するとは難しい。一方、MRはバーチャルな世界とリアルな世界の奥行きの整合性を持たせることが可能だ。だからこそ新しい設備の作業性の検討にも活用できるのだ。(注:MREAL以外の他のMRでは整合性は保証できていない)

生産現場における新しい設備の検討は真剣勝負だ。現場の責任者が判断を間違えれば、現場が辛い作業をしなければならなくなる。現在トヨタでは、MRシステムを活用して2時間かけて設備のレビュー会を行っている。
レビュー会では会議の主旨を説明した後、10名にヘッドマウントディスプレイ(HMD)を被ってもらって設備を3分程度で理解してもらい、モーションセンサーをつけて姿勢を確認して作業負荷を測定する。その上で問題点の確認と対策を検討している。

THINK

ここで重要なのは、ヘッドマウントディスプレイの体験者全員が新しい設備を自由自在に確認できる点だ。MRでは目の前の現実の世界にデジタルな映像を重ねるので、見えているのは現実の延長だ。その原寸大のMRの世界で好きなように動き回ることができるため、安心感も大きい。しかも、作業個所や部品の位置などを目で見るだけではなく、自分の手を伸ばして体感で把握することができる。自分の手を見える映像と比べることで奥行きを知覚でき、あたかもそこに現実の部品があるかのように持ち方や差し込み方を確かめられる。これらの特性から、現場の人が初めて見る設備の大きさや操作パネルの位置、部品の組付け先などを歩きながら把握することができ(奥行知覚での運動視差)、手で掴み、自分の足を見て、立ち位置が決められ、結果として自分の体感で作業姿勢を決めることができる。

こうした体験はヘッドマウントディスプレイを被っている全員が共有していて、お互いが気になるところを指差して確認したり、相手の反応や顔を見ながら議論ができる。他の人たちは外部モニターに映し出されたMRの映像を見て、体験者に新たな操作を指示することもできる。MRシステムによって、現実の世界で当たり前のことができるようになった。

3.工数、時間、コスト面で大きな効果を上げられた

MRシステムの強みは、誰もが特別な教育や訓練なしに、ゲームコントローラで手が遮られることなく自由に両手が使える状態で、現物の検討と同じ感覚で作業性を検討できる点だ。

生産現場の人が自分で作業性検討を行うことで、従来にない成果を生み出している。MRシステムを通してベテランの指示が伝わり、見えなかったことに気づき、全員が作業姿勢の良し悪しを把握できるようになった。こうした強みは、これまでの物ができてからのやり直しから、デジタルでのより早い段階で、全員が課題を共有し、即断即決で判断でき、問題への気づきを促し、早期の問題発見と対策への迅速な着手の品質作り込みを現場自らが取り組むことができるため、現場の働き方改革にもつながる。

作業性の検討ケースでは、これまで実機で行なっていた姿勢や視線、挿入方向といった点の検討がデジタルデータで行えるようになり、現物を使って確認していた部分を前倒しできるようになった。結果として、会議の時間が4分の1に短縮され、しかも議論を深めることができた。MRシステムの導入にはそれなりの投資コストがかかるが、現物のやり直しにかかる工数や期間、コストなどが削減されるため、十分に回収できるはずだ。実際に1年で投資コストを回収している部署もある。

4.将来性のあるMRを正しく活用するために

現在、MRの機能自体も進化させ、活用領域も広げつつある。ただ、問題意識もある。今後の障害となりそうなのが、VR・ARでも言われている「3D酔い」による事故の危険性と、膨らみ過ぎる過度な期待だ。3D酔いが起こる原因としては、視野角など人の目の機能との差異、これまでの経験との違いによる経験不一致など、さまざまな指摘がなされている。今のところ生体への影響について本当のことはわかっていないが、3D酔いが起きるのは事実だ。

だからこそ、利用する上でのガイドラインが必要であり、作成し啓蒙することが重要だ。トヨタでは、安全健康推進部が「HMDの安全・健康に関する規定」という社内規定を発行し、健康診断を受けること、持病などの制限、連続使用時間、休憩時間、1人作業の禁止、体調が悪くなった場合の即時利用停止などを取り決めている。

VR・AR・MRシステムのような立体視システムは酔いを引き起こす。そして酔った人はトラウマになって二度と使ってくれなくなる。VR・AR・MRシステムは将来性のあるシステムであり、潰さないように配慮することが必要だ。

もちろん、過大な期待も禁物だ。誰が、何のために使うのかでITツールは変わってくる。実際の作業者が作業性を評価するならば、MRシステムがベストだと考えるが、専任者が毎日使うのであればVRでも構わないだろう。手段が目的にならないように、冷静になって道具を選定し、確実に結果につなげてほしいと考えている。

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