モノのインターネットと呼ばれる IoT(Internet of Things)。すでに製造業の生産現場や自動車など、さまざまなところに導入されて、生産性向上や新たな価値創造に貢献している。これまで主なセンシング対象はモノだったが、次のステージでフォーカスが当てられているのは「人」だ。人体とインターネットをつなぐことで安全や健康を見守るソリューションの実用化が始まった。これが IoB(Internet of Bodies)である。 こうした動きに先んじて、銀メッキ繊維の製造販売を手掛けるミツフジ株式会社(以下、ミツフジ)と IBM は 2018 年に新たなビジネスを起動した。両社の協業で、企業や社会にどのような価値がもたらされるのか。また、 将来に向けて IoB(Internet of Bodies)はどのような可能性を持っているのか。ミツフジの三寺社長と IBM 理事の村澤が語り合った。

  • IoB やクラウドを活用した新しいビジネスモデルの誕生

村澤: 今、IoT の世界は劇的に進化し、つながる対象がモノ中心から人体へと広がろうとしています。その中で我々の IoT プラットフォーム「IBM IoT Worker Insights(以下、IoT Worker Insights)」と、ミツフジ様の ウェアラブル IoT 製品「hamon(ハモン)」を組み合わせたソリューションの開発・提供で協業する機会に恵まれました。
ミツフジ様は、これまで培ってこられた機能性の高い銀メッキ繊維の特性を活かして生体情報(バイタルデータ) を取得する最先端のウェアラブル IoT 製品を開発し、サービスを展開されてらっしゃいます。御社と、そのユニークなビジネスについて簡単にご紹介いただけますか。

三寺: 私どもミツフジは、京都・西陣で西陣織工場として起業し、その後、導電性繊維と出会い、銀メッキ繊維の開発・製造・販売に取り組んできました。私が三代目社長として事業を引き継いだ時点では、糸の技術や顧 客基盤はありましたが、それをもとにビジネスをどう広げていくかは白紙の状態でした。顧客企業の声を聴く中 で光明を見出したのは、伝統に裏打ちされた自社の繊維業の技術・ノウハウと IoT 技術を融合させることでした。
こうして生まれたのが hamon です。人体のより正確な情報を IoT で情報収集するために、導電性に優れた銀メッキ繊維をシャツの内側に電極として織り込み、ウェアへの着脱が可能なトランスミッター※を開発し、精度の高いバイタルデータの取得を可能にしました。収集データを解析してより価値の高い情報に切り替えるベースと なるクラウドと、知見を活かすためのアプリケーションも用意し、サービスを整えました。 
※銀メッキ繊維の電極からの信号をスマホなどのデバイスに送る発信器

  • IoB が提供する新しい顧客価値とは

村澤: そしてクラウドサービスとして私どもの IoT Worker Insights をご採用いただいたことにより、人間の フィジカルとメンタルな情報をリアルタイムに収集し、新しいビジネスを作り出す「IoB」の世界がスタートし たわけですね。御社のサービスは、どのような分野で活用されることを想定してらっしゃいますか?

三寺: 現在、工場や工事現場などでの従業員の健康管理と、高齢者の体調の見守り、スポーツ分野における選手のコンディション調整のサポート、この3つを重点分野として取り組んでいます。
まず、従業員の健康管理ですが、事故の報道を見ると、実は休憩していなかったことが要因となったケースが多々 あります。例えば、水難事故に遭った被害者はいつもは泳げていたのに、その日は体調が悪かったのかもしれません。働く現場でも、いつ休めばいいかを本人は把握できておらず、むしろ「多少のことでは休んではいけない」 と考えがちですよね。そこで、IoB で体の状態を見える形にして「正しく休む」方法を教える、本人の自覚以上に正確に体の状態を伝える、そんなサービスを構想しています。体調管理に細心の注意を払っているアスリートでさえも、自身の体やメンタルにとって適切な休息をとることは非常に難しいといいます。

村澤: まさにこの点をサポートする仕組みとして、ミツフジ様の hamon と、IBM の SaaS(Software as a Service)である IoT Worker Insights があります。IoT Worker Insights は、バイタルデータと環境データの組み合わせを基本にしています。体につけたセンサーから得られるバイタルデータを集めて管理する機能に加え て、働く場所ごとに特徴的な環境要因との相互影響にも注目しています。環境要因には、運用ルールを順守していたかといった労働環境の要素も時系列で取得し、解析します。

三寺: そうした産業分野に加え、高齢者の見守りも重要な課題となっています。特に過疎化が進む地方での問題は深刻です。hamon を活用し、遠隔地からでも家族の体調の変化や転倒などの異変を把握できれば、より早く支援に駆けつけることができます。

村澤: 事前に体調の変化に気づき、病気の前兆を察知することができれば、命を救えるケースも増えるかもしれませんね。また、データを理解し、その先の予測も含めて適切に行動できるようにする、いわば「科学的ヘル スリテラシー」を確立できれば、働く現場のプロフェッショナルの皆さんに役立てられるはずです 。「働き方改 革」が盛んに叫ばれていますが、本人と職場環境の双方が科学的ヘルスリテラシーを持つことこそが、本質的な改革につながるのではないでしょうか。

図: hamon の仕組み(従業員の健康管理に利用する場合の例)
 

  • 個々の企業の強みを活かした協業を確立

村澤: ミツフジ様は、糸からクラウドまでを1社で完全自社開発し、ワンストップでサービス提供できることを一つの強みとしています。IBM と協業するメリットをどのようにお考えですか?

三寺: 私はミツフジに入る前に IT 業界に長くいたので繊維業界と IT 業界の違いを実感しているのですが、これまで結び合うことのなかった人と人が共同作業をするのが IoT の世界です。まず、互いの持つ知見やそれぞれ の業界のトッププレーヤーを引き合わせられることが協業の価値の一つです。世界で初めて繊維会社が IoB やクラウドを活用したソリューションを売る日が、来たのです。

IT 業界は常に顧客の成功を目指してきましたが、繊維・アパレル業界にはカスタマーサクセスを標榜している会社は少ないのが現状です。一般的にはデザイナーサクセスが強く、顧客は「今年はこの色が流行る」というデザ イナーが作った波に乗らなければならないのです。我々はそんな繊維・アパレル業界にカスタマーサクセスにフ ォーカスする IT 業界のモデルを持ち込みました。顧客がウェアラブルを取り入れたいというときに、「当社は糸しか扱っていません」では、顧客は成功できません。現時点では、我々はワンストップで全部やることを強みにしていますが、おそらく数年後には同じ状況ではなくなっているだろうと思います。

村澤: ミツフジ様にとって今回の第二創業から先の展開という観点でいうと、世界での事業展開を意識されてらっしゃいます。活用いただく事業基盤としての IoT Worker Insights は、日本における労働環境だけでなく、 世界中で同様に気づきを得て活かされています。グローバルに一貫した価値を維持し、伸長させながら一緒に大きくしていくことが、ミツフジ様と IBM の協業の大きな柱だと思っています。
 

三寺: IBM さんの価値の一つは、グローバル企業としての強みを持つことです。また、IoT Worker Insights のようなアプローチで IoT/IoB ができる企業は他にありません。個々のデバイスはパートナー製品を使い、自身は最も強いデータ解析のところだけ手掛ける、という IBM のエコシステムの考え方は実に正しいと思います。

IoTやIoBはアナログデバイスの正確性に依存しています。もしデバイスが不正確なバイタルデータをクラウドに上げたら、ビッグデータ解析のフィードバックも不正確なものになりますよね。実はこの点をきちんと押さえている IT 企業はなかなかいません。我々も、自社の一番強いところを研ぎ澄ませば、IBM さんとのパートナーシップで世界に打って出ることができると考えており、正確な生体情報を取るところに注力しています。

IoB の領域は、売上が数兆円規模の会社でもすぐに社長が登場し、物事がトップダウンで素早く決まります。ローンチ期間がわずか3カ月など、スピードが早いという特徴があります。となると、強みを持つ企業同士が組まないと勝負になりません。我々としては、IBM さんとの協業がベストなのです。

  • 新たな挑戦で社会課題の解決に貢献したい

村澤: 今後、ミツフジ様は会社としてどのような方向を目指してらっしゃいますか?

三寺: 我々にとって大切なのは、顧客価値です。IoT デバイスを開発している企業からは、弊社の銀メッキ繊維を使うと非常にきれいな生体情報が得られるとご評価いただいています。これは事実ですが、我々は必ずしも繊維だけに軸足を置いているわけではありません。ミツフジにとってのキーワードは「安心・安全」であり、安 心・安全な社会に貢献することを目指しています。人口減少、超高齢化が目前に迫っている中で、どのような製品やサービスを投入すればお役に立てるのかを真剣に考えています。実際にメッキ繊維に限らず研究・開発を進 めており、産業資材用途での需要に対する提案なども行っています。まだお話できないことがたくさんあります が、私自身も新たな挑戦をすごく面白いと感じています。

村澤: アナログの世界と IT が融合することで、働く現場やスポーツの世界、そして超高齢化社会における高齢者の見守りなど、一人ひとりの健やかな日々に寄り添うサービスが始まりつつあることを知り、とても心強く感じました。また IoB の世界も、驚きの未来がすぐそこまで来ていますよね。今後、ご一緒にビジネスを展開していくことがますます楽しみになりました。本日はありがとうございました。

プロフィール

三寺歩(みてら・あゆむ)
ミツフジ株式会社 代表取締役社長
京都府出身。2001 年に立命館大学経営学部卒業後、松下電器産業(株)(現パナソニック)入社。シス コシステムズ、SAP ジャパンなどを経て、2014 年 9 月、三ツ冨士繊維工業(株)(現ミツフジ)に入社、 代表取締役社長に就任。

村澤賢一(むらさわ・けんいち)
日本アイ・ビー・エム株式会社 理事 Watson IoT 事業部長
1999 年プライスウォーターハウスクーパース(PwC)でキャリアをスタート。その後、PwCで゙ERP を 活用した連結経営管理基盤整備プロジェクトをはじめとして、IBM でM&A における PMO、またシェアー ド・サービス/ビジネス・プロセス・アウトソーシングなど、バック・オフィス業務変革を通じての ホワイト・カラー生産性向上プロジェクトを推進。通信・メディア・公益事業、Cloud 事業、IoT 事業を担当し、2017年6月から現職。