Business Challenge story

患者が示すわずかな容体変化の兆候を、テクノロジーを活用して正確に把握・分析

医療分野におけるモニタリング・テクノロジーは目覚ましい発展を遂げ、患者ケアの面で大きな効果を上げています。今日、患者には血圧、心拍数、体温といったバイタル・サインを継続的にモニタリングする機器が日常的に装着されています。バイタル・サインが基準値を超えるとこれらの機器が警告を発するよう設定されているため、病院のスタッフは迅速に対応することができます。しかしながら、生命を脅かす状況の多くは、直ちに危険なレベルに達するわけではありません。多くの場合、容体が深刻化するずっと前の時点で、異常発生の兆候が現れているにも関わらず、優れた能力を持つ熟練の看護士や医師であっても、深刻な状況を回避するために必要なこれらの傾向を把握し、分析することができない場合があります。

残念なことに、容体変化の兆候が非常に分かりにくいため、手遅れになるまで状況の見極めと把握がほぼ不可能なこともあります。発見されにくい兆候の例として、病院内で発生し未熟児のように生命力がまだ十分に備わっていない患者の生命をおびやかす院内感染を挙げることができます。

バージニア大学の医師*1が過去のデータを分析したところ、明確な感染症状が表れる12時間から24時間前の時点で、ほとんど確認できないような変化が院内感染した乳幼児のバイタル・サインに現れます。この場合、脈拍は妥当な範囲内にあるものの、通常であれば一日を通じて上下する心拍数については、適切な変動が見られなくなります。感染した乳児の場合、心拍数の正常な変化があまり見られなくなり、長時間にわたって同じレベルの心拍数が継続します。つまり、感染を見極めるための情報は存在しているものの、その兆候は非常に微妙なもので、ある特定の状況に対して警告を発するというよりは、一定期間における傾向を把握することによってのみ感染の事実を確認することが可能になるため、特に集中治療室 (ICU) のように医療担当者が多忙を極める環境においては、これらの変化や兆候を見極めることは、非常に困難な状況にあるというのが実情です。

モニタリングによって、感染の兆候を示す警告は早い段階で計測的に提供されているものの、データ量が膨大であるため、人間がタイムリーに分析することは困難な状況にあります。その結果、感染によって重篤な状態が発生することを未然に防ぎたくても、これらの重要な情報を活用しきれていない状況が度々発生します。

トロントのHospital for Sick Children (以下、SickKids) で新生児担当の医師を務めるAndrew James博士はこう言います。「問題なのはデータが多すぎることです。新生児の集中治療室のような忙しい環境では、提供される全てのデータを把握して分析することは人間の能力では不可能です。このため、データが示す傾向に関する情報を見逃してしまうことがよく発生しているのです」。

*1 : P. Griffin and R. Moorman, “Toward the early diagnosis of neonatal sepsis and sepsis-like illness using novel heart rate analysis,” Pediatrics, vol. 107, no. 1, 2001.

Transformation

InfoSphere Streamsのストリーム・コンピューティング・プラットフォームにより有効活用されるデータ

UOITのヘルス・インフォマティクス研究所で所長を務めるCarolyn McGregor博士は、データが多すぎることによって発生する課題に取り組みました。「データ分析とデータウェアハウジングに関する研究を行ってきた私としては、高速で情報を提供するさまざまな機器のデータを活用すべきだとすぐに考えるようになりました。利用されていないままになっている情報を活用すべきだと考えたのです。1秒間に最大1,000件のデータを提供する情報を30分または60分ごとに1つのデータにまとめることで、データを把握できるようになるのです。データは最大72時間蓄積され、その後廃棄されます。このデータをリアルタイムに収集・蓄積・活用することで、新生児のケアを飛躍的に改善できると考えました」

患者ケアを改善したいと考えていたMcGregor博士とJames博士は、力を合わせてモニタリング機器が提供する情報を有効に活用するための方法を模索し始めました。McGregor博士は、ヘルスケア業界向けのアナリティクスを実現するこれまでにないストリーム・コンピューティング・プラットフォームの研究を行っていたIBMのワトソン研究所のインダストリー・ソリューションラボ (ISL) の研究者を訪ねました。病院が患者ケアの改善に注力し、大学がデータ・ストリームの有効活用を検討し、IBMがこのビジョンを実現するために必要な先進的なアナリティクス・ソフトウェアとITに関する専門知識を提供することで、3者がそれぞれ独自の視点で本プロジェクトに取り組むという、コラボレーションが実現しました。

この結果IBMとして史上初のプロジェクトであるアルテミス・プロジェクトが誕生し、IBMの科学者とお客様の協力により、先進的なテクノロジーを活用して、実際に発生している問題の解決に取り組むことが可能になりました。アルテミス・プロジェクトの非常に柔軟性の高いプラットフォームにより、医師は患者ケアを行う際に、幅広い症状に関してより迅速によりよい意思決定を行うことができるようになります。本プロジェクトの最初の段階では、心拍数の変化の減少とその他のデータをモニタリングすることで院内感染を早期に検知することを目的としています。本プロジェクトの開発段階においては、安全性を確保するという観点から、モニタリング機器からの情報の収集を行うとともに通常の医療活動も行い、収集した情報は医師には提供されていません。本プロジェクトの実施を通じて、初期段階から非常に好調な結果が確認されています。

アルテミス・プロジェクトは、IBM InfoSphere Streamsを活用しています。この情報処理アーキテクチャーは、先進的なアルゴリズムによってストリーミング・データの継続的な分析を行うことで、ほぼリアルタイムの意思決定を実現することができます。IBM DB2のリレーショナル・データベースは、収集したデータを過去に遡って分析するために必要なデータ管理機能を提供します。

Benefits

危険な容体変化の兆候を、最大24時間前に検知可能に

SickKidsは研究機関であるため、本プロジェクトはスムーズに進行しました。「当病院では新しい知識を生み出すことが使命として捉えられており、研究活動を行うことが奨励されています。研究機関を有し、研究を行うにあたっては厳しい倫理規定の遵守が求められているため、このような活動を行う基盤はすでに形成されていました」とJames博士は述べます。

アルテミス・プロジェクトはSickKids、UOIT、およびIBMとの間で実現したユニークなコラボレーションの結果生まれたものです。「病院からのサポートを得るために、プロジェクトの内容を詳細に策定し、全ての必要要件を満たしていることを示しました。病院は非常に慎重にこのプロジェクトに取り組みましたが、最初から全面的なサポートを提供してくれました」

病院からサポートが得られたものの、困難な課題がいくつも存在していました。アルテミス・プロジェクトは従来の臨床研究というよりはITに関する研究の要素が強かったため、これまで直面したことのない事項について検討する必要がありました。例えば、システムを既存のネットワークにスムーズに統合する必要があったため、病院のCIOが本プロジェクトに加わりました。SickKidsで実施する研究活動では常に規制や倫理に関する懸念が伴うものですが、今回はデータの保護とセキュリティーの観点からこれまでに経験したことのない懸念もあがりました。研究チームは、個人の医療情報のプライバシーとセキュリティーを守るために州と連邦政府が設定した規制をクリアすることを目標にしました。データはUOITとIBMのT. J. ワトソン研究所の両方に送付されるため、通常よりも慎重にデータを保護し、アクセスを制限する必要がありました。

このようなさまざまな懸念事項に対応した後で、最初のテストを実施しました。2台の乳児用ベッドに機器を取り付け、システムに接続することで、データ収集を開始しました。セキュアかつ効果的にプロジェクトを実施するために、プロジェクトは慎重かつゆっくりと実施されました。James博士はこう言います。「間違えてはならないのは、新しいテクノロジーが単に利用可能になったから導入したのではなく、このテクノロジーによってこれまでにない付加価値の提供が可能になったからこそ導入したのです。本プロジェクトは一歩一歩前進させていくプロジェクトで、現在も進行中です。アルゴリズムを構築することから始まったこのプロジェクトは、今では、本プロジェクトのパフォーマンスを検証のうえ、情報に基づいた微調整を行っています。データ・ストリームにおいて発生しているさまざまなアクティビティーを定量化できれば、データのフィルタリングを行い、より詳細に分析が行えるようになります」最終的には、堅牢かつ適切なシステムを構築することで、ランダムに実施する臨床試験の基礎データを提供できるようにすることを目指しています。

 

将来の展望

人間の英知とテクノロジーを融合

アルテミス・プロジェクトのシステムに対して行った最初のテストでは、病室のベッドサイドのモニターから流れてくるデータを収集し、院内感染の兆候を検知するためのアルゴリズムを使ってデータを処理しました。このアルゴリズムこそが、アルテミスのシステムとベッドサイドのモニターに組み込まれた既存のアラームシステムとの決定的な違いです。最初に実施したテストは院内感染に関するものでしたが、このシステムは、さまざまな容量のデータ・ストリームのあらゆるデータの特性に対してルールを柔軟に適用することができます。「われわれが構築したのは、一連のルールに基づいて患者の状況を最適に把握することが可能なシステムです。研究成果が上がるにつれルールの変更と更新を行うことができ、個々の患者の状況に合わせてルールを調整することも可能です。アルテミスはこれまでとは全く異なる次元のモニタリング機能を提供するものです」とJames博士は述べています。

アルテミス・プロジェクトの最も素晴らしい点は、人間が持つ知見と専門スキルを機器が提供するデータと組み合わせることで、効果的なシステムを実現したことにあります。本システムのアウトプットは、医師とプログラマーによるコラボレーションによって開発されたアルゴリズムに基づき提供されています。適切な患者ケアは、単なるデータ分析だけでは実現できないため、人的要素を本プロジェクトに取り込んでいること、これが重要なポイントとなっています。経験豊富な医師が計測結果を検証することは非常に重要です。データの検証には医学の知識、判断力、スキル、経験が必要になるからです。本プロジェクトにおいては、アルテミス・プロジェクトが採用するルールに対して個別に臨床研究を行うことで、ルールが証拠に基づくものであり、効果的に機能することを検証しています。

アルテミス・プロジェクトは今後さらに洗練される可能性を持っています。例えば、モニタリング機器からのストリーミング・データに加えて、研究結果、患者の状況に関するコメント、医師が独自に分析した情報等のさまざま入力データを最終的に取り込むことができるようになる可能性があります。それが実現すれば、医師や看護士の知識、理解、場合によっては直感をシステムに取り入れることが可能になり、個々の医師や看護士が発揮できる力以上の情報を分析できるシステムを構築することができるようになるのです。

James博士はさらにこう述べます。「プロジェクトの初期段階では、コンピューターが医療従事者に取って代わることになるのではないかという懸念がありました。しかし、今では人間が全ての処理を行えるわけではないため、ツールを開発することで医師や看護士の能力を高めることは有益だと考えるようになりました。将来的には、包括的でリアルタイムの患者情報が含まれた警告を受け取ることで、即時によりよい意思決定が行えるようにすることを希望しています」

 

お客様の声

アルテミス・プロジェクトの広範な活用

本プラットフォームは非常に柔軟なため、刻々と流れてくるデータが示す微妙な変化によって検知されたあらゆる状況を本システムの早期警告機能の対象とすることができます。本プラットフォームはデータ・ストリームがあれば活用できるものであるため、ICUや病院の外でも活用することができます。例えば、リモート・センサーや無線接続を活用することで、患者がどこにいても、患者の状況をモニターすることが可能になる一方、救命用の機能をほぼリアルタイムに発信することができるのです。

「このフレームワークは、白血病の子供など綿密なモニタリングを必要とする患者に対しても活用することができると思います。子供は自宅にいることもあれば、学校に行き、スポーツを楽しむこともあります。さまざまな場所にいるわけです。センサーを体に装着したり、場合によっては体に埋め込むことで、無線接続で情報を収集できるようになります。理論的には、患者が地球上のどこにいてもこれらの状況をモニタリングすることができるのです」とJames博士は将来のビジョンを語っています。

機能化 : ベッドサイドのモニタリング機器を使用することで、患者のバイタル・サインを毎秒最大1,000回収集することができます。

相互接続 : モニタリング機器のデータと医師の総合的な知見を組み合わせることで、先進的かつ合理的なコンピューティング・プラットフォームを活用してリアルタイムに行う分析を自動化することができます。

インテリジェント化 : 患者が症状を示す前に医学的に重要な状況を検知できるため、容体が悪化する前に先を見越した治療を行うことができ、最終的に患者の命を救う可能性を高めることができます。

 

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