JSRが描く半導体製造の革命

IBMとJSRは、量子コンピューターを活用して化学の難問を解決し、世界の半導体産業の新しい未来を描きます

JSR株式会社は、技術革新に貢献する材料を開発する会社です。1980年代、世界で最高性能のスーパーコンピューターの価格は数千万ドルでしたが、その性能は現在の最先端スーパーコンピューターの数億分の1しかありませんでした。

初期のスーパーコンピューターは、軍事機密、学術研究、先進的エンジニアリングなどの重要な用途向けに作られたものでした。80年代では、このような用途に対応する性能を備えたコンピューターは、プロセッサーが溶けないように冷却液の入ったタンク内で稼働させる必要がありました。しかし現在では、より高性能なコンピューターをポケットに入るサイズで作ることができます。

エンジニアたちは何十年もかけてコンピューターを小型化し、より軽く、より強力なマシンを作り上げてきました。この半世紀の間に人類が成し遂げた科学的・文化的な偉業のほとんどは、この進歩のおかげといっても過言ではありません。

1960年代後半のトランジスターの幅

20μm

 

つまり0.02ミリメートルで、ウール繊維の幅と同等

2021年にIBMが部品を搭載したチップの幅

2 nm

 

人間のDNAより細い

新しいフォトレジストがどのような挙動を示すかは、実験室で実際に作り、実環境で厳密にテストしてみるまで、予測することは困難です。この状況が変わろうとしているのです。 徳久 博昭氏 JSR株式会社 執行役員 研究開発 担当(CTO)
コンピューティング・パワーの爆発的な向上

半導体産業の誕生からわずか数年後の1965年、エンジニアで実業家のゴードン・ムーア氏は、ある予測をしました。ムーア氏は、「今後10年間、1つのチップに搭載されるトランジスターの数は2年ごとに倍増すると予想している」と述べました。

それは、量子コンピューターのパイオニアが現在表明しているのと同じくらい大胆な主張であり、未来像でもありました。ムーア氏は、エンジニアが10年の間にこの大きな前進を5回起こすことに成功すると信じていました。しかし、彼は1975年から、その先には踏み込みませんでした。ある時点で魔法が切れ、進化が減速することは明らかだと思われたからです。

「ムーアの法則」として知られるようになったムーア氏の予測は、10年をはるかに超える期間にわたって現実のものとなりました。1960年代半ばから2〜3年ごとに、技術者はマイクロチップのトランジスターの密度を2倍にすることに成功してきました。1960年代後半にはウール繊維ほどの幅(20マイクロメートル)だったトランジスターが、今では肉眼では見えない単位にまで微細化しています。2021年には、IBMは人間のDNAよりも幅の小さい2ナノメートル世代のトランジスターを搭載したチップを開発しました。

ムーアの法則を維持するために、エンジニアたちはこの数十年間、化学がもたらす効果的な手法に頼ってきました。

1980年代、IBMのチームが、チップにトランジスターを印刷する新しい方法を発見しました。糸のように枝分かれした分子(高分子)を溶液に混ぜ、その溶液をフォトレジストとして、シリコン・ウェハーの表面に薄く塗るのです。

この溶液が乾くと、分子は表面に付着します。次に、パターン形成のためのスクリーン越しにその表面に紫外線を照射します。その結果、一部の分子だけが光にさらされ、他の分子は影になることがわかりました。

その高分子鎖の枝が光に反応します。反応すると、フォトレジストの挙動が変化し、表面への密着性が高まったり低くなったりしました。そして、露光したフォトレジストを水で洗い流し、残った分子が、シリコン・ウェハー上に複雑なパターンを形成するのです。

現在では、このパターンがマイクロチップの配線ガイドとして機能しています。パターン上にトランジスターを印刷し、微細な演算構造のガイドとして利用しています。

IBM Quantumの量子応用研究およびソフトウェア担当シニア・リサーチ・マネージャーであるジャネット・ガルシア(Jeannette Garcia)は、「これらのパターンを顕微鏡で見ると、そのパターンがいかに端正で、鮮明なエッジを持っているかがわかります」と述べています。

ここで重要なのは鮮明さであり、少しでも不正確だと、製造工程でエラーが発生し、無駄なマイクロチップを作ることになりかねません。

IBMはJSRのようなパートナーと緊密に協力してこのプロセスを改良し、小さなスケールでパターンの形状を細かく制御できるよう、フォトレジストを作成してきたのです。

「精密な化学反応によって、フォトレジスト・ポリマーよりも幅の小さい、非常に小さなフィーチャー・サイズを実現することができます。これにより、2ナノメートル幅の構成が実現できたのです。これはムーアの法則をさらに推進するものです。」(ジャネット・ガルシア)

量子コンピューターの性能が上がれば、それを活用して研究を支援できるようにしたいと考えています。 徳久 博昭氏 JSR株式会社 執行役員 研究開発 担当(CTO)
量子化学が大きな変化を生み出す可能性

現在、マイクロチップの製造業界全体が、フォトレジスト工程に依存しています。

JSRの執行役員CTOである徳久 博昭氏は、「JSRは、世界有数のフォトレジスト・ソリューション・メーカーであることを誇りにしています。私たちは、21世紀のムーアの法則を推進する化学物質を供給し、IBMのようなパートナーと密接に協力して、フォトレジスト化学物質のライブラリーを常に改良しています」と述べています。

マイクロチップの製造と同様に、フォトレジストも、1980年代の初期実験の段階からより複雑になってきています。より微細で繊細なパターンに対応するために化学が進化し、フォトレジストに新しい要素を加えることで、より精密な機器に生まれ変わったのです。例えば、光酸発生剤(PAG)と呼ばれる化学成分をフォトレジスト溶液に導入することが行われています。

「PAGは、化学的なタグボートのようなもので、大きなポリマーを所定の位置に誘導します」とジャネット・ガルシアは話します。ある条件を満たすと、PAGはプロトンを吐き出してフォトレジストのポリマーと相互作用し、分子を可溶化させて洗い流すことができます。メーカーが新しいマイクロチップを開発する際には、JSRと共同で、目的の結果を得るために必要なフォトレジスト溶液を正確に決定します。

この作業は時間とコストがかかります。

徳久氏は「新しいフォトレジストがどのような挙動を示すかは、実験室で実際に作り、実環境で厳密にテストしてみるまで、予測することは困難です」と述べています。

この化学反応はあまりにも複雑で、世界で最も強力なスーパーコンピューターでも効果的にシミュレーションすることはできません。

「この状況が変わろうとしているのです。長年のパートナーであるIBMと一緒に、私たちは量子コンピューター上での化学シミュレーションを試しています。すでに、量子コンピューターでフォトレジストの一部を模倣した小さな分子のシミュレーションができることを示しました。」(徳久氏)

現実の世界は量子力学で動いており、量子コンピューターはそれをシミュレートするための最高のツールとなる日も近いかもしれません。現在、IBM Quantumで独自の急速なスケールアップと開発プロセスを進めているこの量子コンピューターは、いつの日か、従来のスーパーコンピューターをも凌駕するような複雑な問題を解決できるようになるかもしれません。

JSRは、コンピューター化学シミュレーションにより、新しいフォトレジストをより早く、より安価に開発することを目指しています。それは、潜在的にムーアの法則を今後も継続させて行くことにつながります。

「量子コンピューターの性能が上がれば、それを活用して研究を支援できるようにしたい」と徳久氏は話します。

最近、JSR-IBM量子研究所の共同研究チームは、PAGと似た振る舞いをする小さな分子のシミュレーションに成功しました。これにより、量子コンピューターの規模が大きくなれば、原理的にはPAGそのもののシミュレーションが可能になるはずであることが示されました。

これらの研究は、量子コンピューターを中心に据えたスーパーコンピューターが、現在では不可能な問題を解決し、化学研究にも短期的な恩恵がもたらす未来に向かって進んでいます。JSRにとっては、より優れた、より高速なコンピューター・チップを低コストで製造できるようになることが期待されています。他のパートナーにとっては、創薬や材料科学の進歩につながるかもしれません。

現在、IBM Quantum は、世界最先端の量子コンピューティング・システムと、量子回路を大規模に実行するためのソフトウェアを提供しています。読者の皆様の組織も、IBM Quantum と連携して研究を推進し、量子技術を構築することができます。

JSR株式会社ロゴ
JSR株式会社について

JSR株式会社(ibm.com外部へのリンク)は、高分子材料の開発で培った技術を活かし、半導体チップの生産に欠かせないリソグラフィー材料、CMP材料、プロセス材料、パッケージ材料など、世界をリードする製品を多数開発・提供しています。また、液晶ディスプレイや有機ELディスプレイの製造にも、JSRの各種材料が使用されています。

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2023年1月

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