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IBM 100年の軌跡
 

ナノテクノロジー

IBM100 ナノテクノロジー アイコン・イメージ
 

人間の髪の毛の10,000分の1の微細な構造は、世界が直面する最大の難題に回答することができるでしょうか。その答えはイエスだ、とIBMの科学者は考えています。

ナノの語源はギリシャ語の「小人」に由来します。大まかに言うとナノテクノロジー分野の研究は、原子または分子レベルでの研究と技術開発であると定義することができます。ナノテクノロジーの研究者は、人類が認識しうる最も微細な物質を理解し、コントロールすることをめざしています。

長さに関しては、1ナノメートルは金原子の約4分の1、1ミリメートルの100万分の1です。つまり、原子の直径をオレンジに例えると、本物のオレンジの大きさは地球に匹敵します。

世界の機能化するに従って、つまり自動車から電化製品、家畜に至るまであらゆるものに数十億個のトランジスターが内蔵されると、小型化し、よりスマートでエネルギー効率が向上した将来のコンピューター・チップの設計においてナノテクノロジーはますます重要な役割を果たすようになります。

こうした性能面の目標を達成するためには、小型化が進むトランジスターを製造するための高度なナノテクノロジー・プロセスが必要になります。細胞が人体の基本的な構成要素であるのと同様に、IBMはナノテクノロジー・プロセスがトランジスターやマイクロプロセッサーの基本的なビルディング・ブロックとなる世界を構想しています。IBMの科学者は、発明後50年以上が経過したトランジスターの基本設計を向上させるため、半導体ナノワイヤーなどの新素材の利用をめざしています。
IBMリサーチは、1981年に、ゲルト・ビーニッヒ(Gerd Binnig)とハインリッヒ・ローラー(Heinrich Rohrer)が走査型トンネル顕微鏡を発明し、個体物表面の原子サイズでの操作能力が飛躍的に向上させ、ナノサイエンスの世界への門戸を開きました。 [Icon of Progress、走査型トンネル顕微鏡の詳しい内容はこちらをご覧ください。](US)これ以降、IBMはナノサイエンスの分野において次々と画期的な発明を行ってきました。

1993年、NECの研究者、飯島澄夫氏とIBMの研究者、ドナルド・S・ベトゥーン(Donald S. Bethune)は、それぞれ個別に、単層カーボン・ナノチューブという特殊な形状のカーボンを発見しました。この単層カーボン・ナノチューブは「金属または半導体の特性を持ち、銅よりも電気伝導性に優れ、ダイヤモンドよりも熱伝導性が高く、既知の素材の中で最大の強度を持っています」。

そして1998年に、後にIBMに入社することになる、オランダ・デルフトのペードン・アボーリス(Phaedon Avouris)などが参加するグループとIBMのチームは1層のカーボン・ナノチューブからトランジスターを作製しました。IBMはこの作業を続け、ナノチューブは将来のエレクトロニクスのビルディング・ブロックとして拡張が可能であることを証明しました。

このIBMチームは、アボーリス博士(ニューヨーク州ヨークタウン・ハイツにあるIBMリサーチのナノスケール・サイエンス担当マネージャーに就任)が指揮を取り、2001年にカーボン・ナノチューブを使った初のトランジスターを作製しました。ナノチューブは電気伝導率がシリコンの70倍です。アボーリス博士のチームにはビンセント・デリケ(Vincent Derycke)、リチャード・マルテル(Richard Martel)およびイェルク・アッペンツェル(Joerg Appenzeller)が加わり、カーボン・ナノチューブと既存のチップ製造技術との統合にも成功しました。その年の後半にIBMの研究者は1層のカーボン・ナノチューブを使って基本的な論理演算が可能な世界初の回路を作製したことを発表しました。

2002年、IBMリサーチの科学者はカーボン・ナノチューブを使ったトランジスターは最新のシリコン・チップのトランジスターよりもスイッチのオン・オフの切り替えが早く、エネルギー効率に優れていることを証明しました。直近ではスイス、チューリッヒのIBMリサーチの科学者は分子内の組織、すなわち化学構造の画像を前例のないほどの高解像度で撮影することに成功しました。

「正確な例えではないかもしれませんが、医師がX線を使ってどのように体内の骨や臓器の画像を撮影するかを考えると、原子間力顕微鏡を使って個々の分子の基幹をなす原子構造を描画する様子がわかるでしょう。走査プローブ手法により、複雑な機能的構造の原型を把握し、原子の規模で電子的特性や化学的特性を調整および研究する驚異的な可能性が開けます」とIBM研究員のゲルハルト・マイヤー(Gerhard Meyer)は述べています。

2011年現在、カーボン・エレクトロニクスへの関心は、グラフェン(六角形のハチの巣状に結合した炭素原子の1原子分の厚さの層)を使って作られるトランジスターや回路にまで広がっています。2010年にIBMのアボーリス博士のチームは、毎秒1,000億回、すなわち100ギガヘルツのスイッチングが可能な世界最速のグラフェン・トランジスターを公表しました。さらに最近では、無線周波数広帯域ミキサーとして動作する初のグラフェン集積回路を作成しました(ミキサーは無線やその他の通信装置において信号を別の周波数に切り換えるために使用)。また同チームは光電子工学にもグラフェンを応用し、単層グラフェンを使って毎秒10ギガビットの速度で光学データ・ストリームを検知する方法を示しました。グラフェンは普遍的な光検出器として使用できるため、すなわち波長帯が極めて広範であるため数多くの利点があります。グラフェンは反応時間も超高速で価格も安価です。

しかし、ナノテクノロジーの利点はエレクトロニクスの分野だけにとどまりません。ナノスケール・システムについては、新興国市場のソーラー・エネルギー、水質浄化および脱塩の向上や、IBMのDNAトランジスター [この Icon of Progressの詳しい説明はこちらをご覧ください。](US)など、ヒトゲノム配列を解読するハイテクかつ低価格の方法を提供するより迅速かつ正確な医療診断ツールの実現を目的として、さまざまな企業ですでに試験が行われています。

ナノサイエンスの医療への応用における最新の動向としては、ブドウ球菌感染症を容易に引き起こし、米国で年間数万人の院内感染者の死亡が報告されているメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)の有望な治療法の開発が挙げられます。ブドウ球菌が抗生物質に耐性を持つようになると、感染者は死に至る場合もあります。IBMの研究員は、健康な細胞をそのまま残しながら、ナノ構造体が抗生物質に耐性を持つ菌を検出して破壊する有望な画期的治療法を発見しました。科学者は半導体製造の原則を使い、特定のポリマーが細菌を特定し、細菌細胞壁と皮膜を破壊できることを明らかにしました。皮膜が破壊されると、細胞は抗生物質に耐性を持つ細菌に変異することができなくなります。ナノ構造体は細菌を攻撃し終わると体内で生物分解され、消滅します。まだ試験的段階ではありますが、ナノテクノロジーをこのような方法で利用することにより、この疾病の治療法を飛躍的に進歩させる可能性があります。

こうした可能性をすべて考慮すると、全世界でナノテクノロジーへの注目度が高まり、米国からスイス、ヨルダン、中国に至るまで様々な国の政府がこの科学に投資していることも当然と言えましょう。IBMは2011年5月にチューリッヒのIBMリサーチの構内にBinnig and Rohrer Nanotechnology Centerを設立し、将来のナノテクノロジーの研究と革新への取り組みを拡大しました。同センターは欧州の名門科学工科大学であるチューリッヒ工科大学(ETH Zurich)との他に例を見ない共同研究機関です。

※ 米国物理学会James C. McGroddy Prize受賞における飯島澄男氏およびドナルド・S・ベトゥーン氏の引用、2002年3月