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IBM 100年の軌跡
 

International Business Machinesの誕生

 

1924年時点では、C-T-R社は他の米国企業に比べると「小さな会社」でした。しかしワトソン Sr.は、新しい会社名に、この会社の拡大に向けての壮大な、そして先見の明のあるビジョンを託しました。ワトソンがカナダ、ブラジル、フランスなどの諸外国に設立した初期の海外オフィスをスタートとし、International Business Machines社はその名前の通り成長し、現在(2011年時点)では176カ国に拠点を持つ1,000億ドルの世界規模の企業となりました。

IBMの初期の世界拠点

以下は、IBMの歴史の中で最も早くビジネスを始めた数十カ国のうちのごく一部の様子です。「地球の反対側」を例にとって見ましょう。IBMは1年のうちに5つの拠点をオーストラリアに設立し、1914年にアデレード、ホバート、メルボルン、パース、ブリスベンの店舗を開設しました。これはワトソン Sr.の社長としての最初の年のことです。

ブラジルのITにおける指導的役割

C-T-R社は1917年、米国外の最初のオフィスである「駐在員事務所」をブラジルに開設し、ブラジルのIT発展での指導的役割を果たすようになりました。ワトソン Sr.はその後30年間、これに続くオフィスを順調に増やしていきました。1948年までに、IBMのオフィスは、サンパウロ、リオデジャネイロ、サルバドル、フォルタレザ、ベロオリゾンテをはじめとするブラジルの多くの大都市で見られるようになりました。

IBMの中国進出

1928年、IBMは中国最初のオフィスを上海に設立しました。1930年代を通じて通信技術と運輸が発達し、国際ビジネスが促進されたことから、米国IBMと中国IBMは結びつきを深めました。IBMのバイス・プレジデント兼ゼネラル・マネージャー、F.W. Nichol(F.W.二コル)は1937年5月、ニューヨークから上海オフィスに電話をかけました。米国から中国へかけた最初の商用電話でした。同月、飛行艇チャイナ・クリッパーが米中間初の航空郵便を運ぶ直行フライトを行い、ワトソン Sr.宛の手紙を上海オフィスから運びました。