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IBM 100年の軌跡
 

e-ビジネス

 

IBMの最も重要な発明のひとつは、従来の一般に発明と言われるものとはかけ離れたものでした。それは、考え方を根本から変える知見であり、IBMが作った「e-ビジネス」という言葉で広く知られるようになりました。

1990年代の中頃のインターネットが急速に発展した活気あふれる時代には、多くの人々はインターネットヘ向けての大きなうねりを、既存の企業による「オールド・エコノミー」に取って代わるであろう「ニュー・エコノミー」への動きとしてとらえていました。IBMはこの新しい時代の中では、速やかに消滅していく巨人として見なされるようになり、同様アタリ社やアップル社から発表された初期のパーソナル・コンピューターの出現が、IT業界において主役をはっていたIBMの終焉を告げる象徴のように思われていました。

IBMは、しかし、まったく異なる将来像を描いていました。ネットワーク、イントラネット、サーバー、Webサイト、ブラウザー、および検索エンジンがますます複雑に絡み合う中で、新しいインフラストラクチャーが出現しつつあることに気づいていました。その巨大で強力なプラットフォームは、製品の販売やブランドのプロモーションにとどまらない利用価値を、あらゆる規模の企業にもたらすものでした。

初期の段階では“ネットワーク中心の世界 (network-centric world)” と呼ばれていたこの新しいインフラストラクチャーは、企業の業務の仕組みを本質的に変えようとするものでした。詳細については、“ Rise of the Internet (インターネット時代の幕開け)(US)”という関連ストーリーをご参照ください。

財政破綻の危機からIBMを脱却させたわずか2年後の1995年、CEOのルイス・ガースナー(Louis Gerstner)は、会社のプレゼンテーションを1日中ずっと聞いていました。最後の議題の一つは、どうすればインターネットが有用な企業間取引ツールになるかについての説明でした。ガースナーが着想を得たのはこのときでした。

ガースナーは、2002年刊行の自伝“Who Says Elephants Can’t Dance(邦題:『巨象も踊る』)”にこう書いています。「戦略担当者が正しければ、そしてユーザー間および企業間における膨大な量の通信と取引をネットワークが可能にし、これを支援することができれば、2つの大きな変革が引き起こされることになる。一つはコンピューターで起こり、もう一つはビジネスで起こる」

ガースナーは、1990年代中頃ではコンピューター業界のスーパー・スターであったパーソナル・コンピューターから、より大規模な企業向けシステム、およびネットワーク自体へと仕事量が移行すると結論付けました。その日の会議が終了すると、ガースナーは直属の部下に3週間を与えて、ネットワーク化された新しい世界のパワーをフルに活用する方法についてアイデアを持ってくるように命じました。ガースナーはすぐにIntegrated Systems Services 社 (IBMの完全子会社)の当時の社長だったデニー・ウェルシュ(Dennie Welsh)や、マーケティング担当エグゼクティブのジョン・パトリック(John Patrick)など、ガースナーと同じ考えを持っている人も見つけました。

ガースナーは最終的に、アービン・ラダウスキー・バーガー(Irving Wladawsky-Berger)を長とするIBM Internet Divisionという組織を作り、全社的なインターネット戦略の策定および導入と、社員全員に「インターネットを受け入れさせる」(ガースナーの言葉)仕事を彼に命じました。IBMを「ネットワーク化」の実践例としてお客様に示そうとしていました。

そのあとは、ネットワーク中心の発想をお客様に販売するという困難な仕事が待っていました。一般の人々は、インターネットの狭い「エンド・ユーザー」の意識にとらわれていました。1993年にIBMに入社したガースナーが「現在のIBMにビジョンは要らない」と告げたとき、マスコミから辛辣な言葉をたくさん浴びました。

1994年3月、今やガースナーはビジョンを持ち、ネットワーク中心の考えを、ウォール街のアナリスト達に売り込もうとしましたが、耳を傾ける者はいないように思われました。1995年の秋、ガースナーは、ラスベガスで行われた大規模なコムデックス・ショーでネットワーク中心のメッセージを再度試みました。彼は、「PCがコンピューター業界の中心を占めた時代はネットワーク・コンピューティングによって終わろうとしている」と大胆にも聴衆に告げました。

しかし、これは1995年でした。ガースナーの基調講演の翌日、マイクロソフトのビル・ゲイツ(Bill Gates)は、デスクトップ中心の将来がもつ基本的な価値を称賛する基調プレゼンテーションを行いました。

とはいえ、ネットワーク中心の発想は世の中に飛び出し、根付く場所を探していました。Sunは「ネットワークはコンピューター」というフレーズを使い始めており、Oracleは「ネットワーク・コンピューター」を話題にしていました。

IBMは出発点に戻ることにしました。お客様とIBM社員が理解できる方法でこの輝かしい未来について語る必要がありました。マーケティング担当者は、自分たちの仕事に取り組み、「e-ビジネス」という言葉を作り出しました。

これは極めて強い印象は与えませんが、堅実な名前に思われました。IBMは大規模な広告とマーケティングのキャンペーンに5億ドルをつぎ込み、e-ビジネス・ビジョンの価値を示すとともに、この新しいビジネスの方法からお客様が恩恵を受けるのを支援する人材、サービス、および製品をIBMが有していることを示しました。

Ogilvy & Matherが作成したモノクロの「オフィス・ドラマ」仕立ての広告シリーズは大きな成功を収めました。このドラマは、インターネットを利用したビジネスに対して当時のほとんどの人が覚えた当惑を描いたものでした。広告では、インターネットが価値を高める仕組みと、「Webで実際にビジネスを行う」企業をIBMが支援する方法を示しました。

広告は功を奏しました。IBMは6年以内に、ネットワーク中心の「e-ビジネス」への事業転換に意欲的になったお客様にサービスと製品を提供する世界のリーダーになりました。IBMの事業は1994年の640億ドルから2000年までには880億ドル以上に成長し、純利益はほぼ3倍になりました。

ガースナーはこう述べています。「IBMは業界の課題を推進する自身の声、確信、そして能力をもう一度見いだしました。われわれがメッセージを発することで、競合他社が明確にできなかった恩恵と価値をお客様に知らせることができます。ネットワーク・コンピューティングの新しく果てしない挑戦は、IBMの研究を再び活性化し、技術的成果の新たな最盛期をもたらしました」