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清水エスパルスが“デジタル変革”でJリーグを制覇する日

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デジタルのパワーを当たり前のように浴びた消費者は、一方でリアルな「体験」により価値を見出し始めた。ライブやスポーツ観戦といった興行ビジネスは今、“リアル”と“デジタル”の融合を目指し大きな変革期を迎えている。こうした時代にサッカーJリーグが抱える課題とは?スポーツとデジタルの未来について、清水エスパルスの代表取締役社長を務める左伴 繁雄氏と、CIO役を担うIBM SPORTS事業担当 岡田 明に話を聞いた。

エスパルス代表取締役社長 左伴繁雄氏とIBM SPORTS事業担当 岡田明

Jリーグのサッカークラブを取り巻く3つの環境変化

──左伴社長は、これまで横浜F・マリノス、湘南ベルマーレ、そして2015年からは清水エスパルスの経営に携われています。その経験も踏まえて、サッカークラブ経営を取り巻く環境の変遷について、お聞かせください。

左伴氏:大きく3つの変化があります。1つ目はクラブの多様化です。

当初大手企業の実業団を前身としたクラブがほとんどだったこともあり、経営も親会社に依存するクラブが大半で、市民クラブは我々清水エスパルスの1つだけでした。しかし現在は、民間会社のように経営的に自立したクラブが増え、各都市でも小さいクラブが多数誕生するなど、規模も出資構成も多様化が進みました。

2つ目はスピードです。たとえば、今はサポーターミーティングを開催すると、事務局が議事録をサイトにアップする前に議論した内容がSNSであっという間に拡散します。こういったスピードの時代には、会社やクラブとしてのメッセージをしっかり発信し、会社も人も、クラブとしての民度を上げていくことが求められます。

3つ目はグローバリゼーションです。私がマリノスにいた2000年代は、ACL(AFCチャンピオンズリーグ)はまだまだ重きを置かれていませんでした。しかし今は、アジアで勝たないと世界のマーケットはこちらを向いてくれません。やはり、世界で戦うためのプランを作り、チャレンジしなければなりません。

エスパルス 代表取締役社長 左伴 繁雄氏
エスパルス 代表取締役社長 左伴 繁雄氏
1955年生まれ。79年に日産自動車に入社、英国日産自動車製造の設立等に携わる。01年に横浜マリノス代表取締役社長に就任、岡田武史を監督に招聘し03年、04年のリーグ連覇。08年から15年まで湘南ベルマーレ専務取締役、15年2月より現職。

Jリーグクラブ経営の最大の課題はテクノロジー活用

──そうした変化の中、現在のサッカークラブの経営面での課題を挙げるとすれば何でしょうか。

左伴氏:これははっきりと、テクノロジーの活用です。いまや、サッカーを始めとするスポーツのタッチングポイントは、ほとんどデジタルです。最後にスタジアムの雰囲気を体験して、ファンになっていただくには、デジタルを活用して数多くのタッチングポイントを作ることが重要です。

Jリーグも発足から25年たちますので、デジタルを活用してエントリーユーザーを開拓していかないと、スタジアム来場者の平均年齢が、年々上がってしまうと危惧しています。

ただし、ただSNSで情報を「発信するだけ」では不十分で、そのリアクションにまで気を配らなければなりません。リアクションを見て改善する感性を持って経営していかないと、これからは厳しいと思います。

──IBMでは、サッカーはもちろん、テニスやゴルフなどさまざまなスポーツをテクノロジーで支援されています。世界や他スポーツと比較したとき、日本のサッカークラブのデジタル活用の現状と課題について教えてください。

岡田:IBMはウインブルドンのようなグローバルを対象としたスポーツイベントへのご支援や、欧米を中心としたプロスポーツチーム個別のデジタル戦略・テクノロジーの実装をお手伝いしています。

こうしたスポーツマーケティングの先端地域では、イベント会場であるリアルな場所で得られる「かけがえのない体験」を中心に置き、そこに至るプロセス(週末に試合があるのであれば週初から)でのファンの感情の高まりを醸成することに、デジタルをうまく活用している傾向があります。

たとえば、ずっとクラブを支えてきたスタッフのリタイアの日を切り取ってSNSやYouTubeで流したりする。そうすることでクラブの裏側の人間模様が見えてくると、ストーリーがついてきて共感や愛着が生まれてくるわけです。もちろん日本の各クラブも大変なご努力をされていらっしゃいますが、欧米のクラブの方がデジタルの使い方は一枚も二枚も上手だと思います。

 日本アイ・ビー・エム シニアマネージングコンサルタント
日本アイ・ビー・エム シニアマネージングコンサルタント
GBS事業本部 iX IBM SPORTS事業担当 岡田 明
商社を経て2002年に野村総研入社。15年、IBMiXに参加。デジタルとフィジカルを融合した体験価値創造をサポートするとともに、J-Wave AI TommyなどWatsonを中心としたコグニティブ技術とクリエイティブを掛け合わせたプロジェクトを多数手がける。テニスの4大大会のデジタルエクスペリエンスなど、グローバルに展開するIBM SPORTSの日本での展開をリード。18年、エスパルス チーフインフォメーションオフィサー(CIO)代行に就任

── 一方で、現在は「モノ消費」から「コト消費」へと消費者の価値観が変わり、スタジアムでのライブ体験に価値を見いだす消費者も増えていると言われます。

左伴氏:都会であればあるほど、その傾向や追い風は強いかもしれませんね。都会はさまざまな地域出身の人々で構成され、共同体の感覚も薄まっていますので。

一方、静岡県静岡市だと「地方」という特性を絡めてどう「体験」を仕掛けるかが大切です。地域の文化伝統、思想、祭事……といったコトをスポーツを通じて伝え、共有することは、非常に重要な取り組みです。

グローバリゼーションとローカリゼーションは「膨張する宇宙とブラックホールの関係」

──地域振興という点では、エスパルスは具体的にどのような取り組みをしているのでしょうか。

左伴氏:
静岡市の清水港は、2019年8月開港120周年を迎えますので、さまざまなコラボレーションを考えています。

たとえば、伊豆半島から駿河湾フェリーで清水港まできていただいて、日本平のスタジアムでサッカー観戦できれば、サッカーに興味がない皆さんにも、試合を見てもらうきっかけになりますし、港の文化も味わってもらえます。

こうしたスポーツと地域の文化、伝統を能動的につないでいけば、さまざまな可能性が広がると思います。

──先ほどサッカービジネスの変化の1つに、グローバリゼーションを挙げていらっしゃいました。地域のことを考える一方で、グローバルも見据えなければなりません。そのバランスについては、どうお考えでしょうか。

左伴氏:ビックバンが起きて、宇宙は今も膨張していると同時に、ブラックホールのような超高密度の領域もできています。これと似ていて、グローバルを考えることと地域を考えることはつながっています。

世界を見てサッカー技術の向上やマネタイズを設計・デザインすると同時に、地方の文化・伝統を大切にして、興行といかにつなげていくかを考えなければなりません。それは別々のことではなくて、同じ次元で考えるべきことなのです。

──地域を大事にすることが、グローバルにもつながるということでしょうか。

左伴氏:地域を大切にして追求しなければ、差別化できないでしょう。たとえば、エスパルスが海外に行ったら「清水とはどういうところですか?」と聞かれます。そのとき、たとえば「マンホールにサッカーボールが描かれている街なんですよ」と答えられたら、それがウリになるのです。地域を大事にできない企業や人は、絶対にグローバルで成功できません。

エスパルス 代表取締役社長 左伴 繁雄氏

エスパルスとIBMが構築したスポーツビジネスプラットフォームの意義

──2019年1月、清水エスパルスのスポーツビジネスプラットフォームの構築・運用を、IBM Cloudを活用して開始されました。その意図をお聞かせください。

左伴氏:2つの側面があります。

1つは、現代のスピードやタッチングポイントにも対応したいと考えました。具体的には、並ばなくても食べ物を注文できたり、試合が始まる前や終わった後、サポーターが情報を発信・共有できるたりするサービスを提供することです。こうした仕掛けを用意し、エントリーユーザーに、エスパルスに関心を持っていただけるようにしたかったのです。

もう1つは、標準化です。先ほど、サッカークラブが多様化しているとお話ししましたが、やっていることは財務や営業、物販、人事……とあまり変わりません。にも関わらず、あるクラブはウン兆円企業である親会社のシステムを入れて、小回りがきかなくなっている。一方、小さいクラブは財務会計のパッケージを導入し、一般社員が運用している。こういう現実があるのです。

そこで、それぞれのサイズに合った効率的な運用ができて、スポーツビジネスに必要な特有の仕掛けも用意されているオープンで標準化されたプラットフォームを提供したいと考えたのです。

それには、システムのスピーディな改変が必要ですし、短期の立ち上げや汎用性も求められますから、クラウド以外には考えられませんでした。その上でオープンかつ標準的なプラットフォームであり、セキュリティ面でも高い信頼の置けるIBM Cloudを選択しました。

──ということは、このプラットフォームは、将来的には他のスポーツクラブにも展開される計画なのでしょうか。

左伴氏:クラブのチームが活躍してグローバルで認められ、Jリーグ全体の付加価値が上がって、放映権もプレミアリーグ並みになっていく……。言葉では簡単に言えますが、すぐには無理でしょう。

だったら、各チームの経営を横串で刺して、ノウハウやコンサルを提供し、到達点を示し、そこに向かう最短の階段を提案できる組織や会社があってもよいと思います。

これまでタイプの異なる3つのチームの経営に携わって、実践的なノウハウやハウツーも持っていますので、それを1つのクラブだけにとどめておくのはもったいないと、個人的には思っています。

──「クラウド以外には考えられない」と社長はおっしゃいましたが、岡田さんはエスパルスのCIOとして、クラウドのさらなる活用方法について、どのようにお考えでしょうか。

岡田:そうですね。クラウドなら素早く立ち上げて評価し、ダメであれば撤退すればよいですし、うまくいけば投資してそのままスケールすればいい。「レッスン&ラン」を繰り返すには、とても適しているのです。

ちょうど今も、IBM Cloud上でスタジアムの案内をしてくれるチャットボット「エスパルス案内ボット」を開発中です。近々、お披露目できると思いますので、楽しみにしていてください。

日本アイ・ビー・エム シニアマネージングコンサルタント GBS事業本部 iX IBM SPORTS事業担当 岡田 明

エスパルスはなぜIBMと組んだのか?

──改めて今回、パートナーとしてIBMを選ばれた理由をお聞かせください。

左伴氏:日産自動車にいたとき、イギリスに工場を作りました。その際、ある国内ベンダーのFA(ファクトリーオートメーション)システムを使ったのですが、汎用性が低く、とても苦労しました。その経験もあったので、会社として世界に出ていくなら、グローバルで汎用性の高いシステムやサービスを提供できるパートナーが必要だと考えました。

サッカーは世界で最も競技人口が多く、単一競技で世界的な大会を開催できる数少ないスポーツの1つです。ですから、いずれはヨーロッパやアメリカともつながることになります。そのとき、世界の事情をよく分かっていることも重要でした。

たとえば、海外のチームと提携することになって、提携先チームのプレーヤー情報を引き出し、加工して、補強を支援するAIを作ってほしいと依頼しても、IBMなら対応できるでしょう。まだ、エスパルスはそこまでのレベルではありませんが、早晩、そういった時代がきたときに、我々が持っているインフラをベースに世界のネットワークとつながることになります。それを実現するには、IBMがベストだと判断したのです。

──逆にIBMは、なぜエスパルスとタッグを組んだのでしょうか。

岡田:まずは、私がエスパルスの大ファンだからです(笑)。世の中的にもコンテンツビジネスが盛り上がり、スポーツのコンテンツとしての価値が高く評価されています。こうした中、日本でサッカーをワールドワイドで昇華させたいと考えて、Jリーグを見渡したとき、高校サッカーで一世を風靡し、サッカーが根付いている清水という地域、そこで育てられたエスパルスに、大いに魅力と可能性を感じたのです。

現在、プロサッカーのマーケットだけ見ても、たとえばプレミアリーグとJリーグでは約8倍の開きがあります。したがって、スポーツ先進国でのノウハウを持ち込んで日本流にアレンジすれば、日本のスポーツビジネスが大きく成長するのは確実です。我々はエスパルスを支援することで、その成長に貢献したいと考えています。

短期的にはもちろん「リーグ優勝」だが、将来目指すのは…?

──最後に、今後の目標についてお聞かせください。

左伴氏:短期的には、リーグ戦のチャンピオンが目標です。“オリジナル10”でありながら、Jリーグの年間チャンピオン経験がないことで、サポーターや地域の皆さんにはたいへん悲しい思いをさせている現実があります。これから1~3年、結果にこだわって、エスパルスを「本来いるべき場所」に戻したいと思います。

長期的には、4年前に代表取締役社長に就任してから、「地域共生型の総合スポーツビジネス」を育てたいとずっと言ってきました。サッカーを含めたさまざまなスポーツを通じて、地域の皆さん70万人の健康増進に貢献し、人生におけるワクワクする時間、豊かな空間を提供できるビジネスをやっていきたいと思います。そして、その中で世界と対峙していく。たとえば、エスパルスとマンチェスターシティの「港町決戦」のような試合が実現したら、大いに盛り上がるでしょう。

岡田:今回のエスパルスとの取り組みは、単にシステムを実装するだけではなく、ID体系や顧客体系の見直しなども含めた事業戦略に直結するものです。机上での検討に加えテクノロジーのことも理解してビジネスを設計しないと、絵に描いた餅となってしまいます。

IBMでは「Seeing is Believing」という言葉をよく耳にします。IBMが培ってきたナレッジをいち早くエルパルスに適応して、日本の皆さんに形をお見せしたいと思っています。

日常の生活の中に、何気なくスポーツが溶け込んでいて、週末はかけがえのない体験を求めてスタジアムに行く。日本の人が笑顔で元気でいられるような文化としての一部分を、テクノロジーやスポーツビジネスを通してお届けしたいですね。

──エスパルス vs.マンチェスターシティの試合は、いつか見てみたいですね。本日はリーグ開幕直前のお忙しい中、貴重なお話をありがとうございました。

※この記事は2019年3月に「ビジネス+IT」に掲載されたものです。
 
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