テクノロジー・リーダーシップ

IBM東京基礎研究所 世界をリードする組織のかたち

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小野寺

取材・文:小山和之、写真:高橋枝里

“World is our lab”

IBMの研究を担う「IBMリサーチ」が掲げるこの標語には、これまで世界中で数々のイノベーションを起こしてきた同社の歴史とプライドを垣間見ることができる。
一般的に企業における研究部門は、基礎研究に注力しながらその成果をビジネスに合わせてすばやく導入、検証する体制があってこそ価値を発揮する。こうした「理論と実践」を繰り返し、先の標語に見られるマインドを最もよく体現しているのがIBM東京基礎研究所(以下・IBM Research-Tokyo)だと、同副所長の小野寺民也は力強く語る。
本記事ではその真意はもちろん、現在、IBM Research-Tokyoで研究が行われる最先端技術や、小野寺が担う役割についてフォーカスする。

「世界が自分たちの研究所」たる理由

IBM Research-Tokyoは1982年に設立され、世界各地にあるIBMの基礎研究所の中でも4番目に古く、アジア太平洋地域ではもっとも歴史ある施設だ。小野寺によると、IBM Research-Tokyoは“World is our lab”を体現する以下のような特長を有する。

研究とビジネスの距離の近さ
東京・日本橋にある日本IBM本社ビルの中に拠点を置くIBM Research-Tokyo。戦略的にはもちろん物理的に事業部やマーケティング組織との距離が近いことは、研究を即ビジネスに活かすスピード感を保つ秘訣だ。

東京の地の利と、顧客企業という「宝」
日本の人口のおよそ1/10が生活する“コンパクトシティー”東京は、グローバルで活躍する企業が多く集中する。公共の交通機関を使えば数十分以内で本社ビルからお客様先を訪問することができ、先進的な取り組みを行う顧客企業と緊密な協業協創が可能である。

小野寺:IBMリサーチは東京も含め世界中に12の拠点があり1つのグローバルなストラテジーで束ねられ運営されています。これに即してIBM Research-Tokyoの研究ポートフォリオを構成し、必要に応じて戦略的にシフトさせるのがIBM Research-Tokyoを副所長としてリードする私の仕事です。

また、日本のお客様の要望をグローバルなストラテジーに反映させていくことも同等に大切な仕事です。さらに、Distinguished Engineer(IBMフェローに次ぐ技術職位)として、技術面から会社のビジネスに貢献するとともに、社内の技術コミュニティを活性化し次世代のテクニカルリーダーを育成することも重要な任務です。

ビジネスを先導する、3つの最先端研究

企業が行う研究は、おそらく大きく2つのタイプに分けられるだろう。1つは、すでに道筋が示され、早期のビジネス貢献を目的とする研究。もう1つは、まだ誰も明らかにしておらず、将来のビジネス変革を目的とする研究だ。
現在、IBM Research-Tokyoで行われている研究の中で、後者に属する代表的な取り組みを見てみよう。

1. 動的ボルツマンマシン

従来よりも生物の神経回路に近い学習則を備えた人工ニューラルネットワークである「動的ボルツマンマシン (Dynamic Boltzmann Machine、以下 DyBM)」は、 時系列データの予測モデルを効率的に構築することを可能にする。さらに、マルチエージェント下での強化学習にも対応することができる。

小野寺:DyBMはIBM Research-Tokyo所属の研究者が発想したもので、今もっとも推進したいテクノロジーの1つです。一流の学会で論文発表するとともに、メディアリリースも積極的に行っています。エコシステム構築やAI技術のさらなる発展のため、昨年オープンソース化しました。詳しくはこちらをご覧ください。

2. ACT(Actions with Closed loop Training)

強化学習を主要なコンポーネントに入れた新たな機械学習フレームワークが「ACT」だ。アクションまで含むもので、ロボットの研究・開発にも用いられているという。

小野寺:強化学習では、さまざまな行動を実行し、失敗したら罰を与え、成功したら報酬を与えるアクションを繰り返してモデルの精度を上げていきます。これまでの方式では学習中はもちろん学習後も失敗はゼロにはならないのですが、失敗をゼロにできる画期的な方式を考案しACT上にプロトタイプしました。こちらにそのデモがあります、面白いですよ。

3. 量子コンピューター IBM Q System

量子力学の原理を応用して作られ、大量の計算パスを同時に実行するのが、量子コンピューターだ。IBMは2016年5月に「IBM Q Experience」を立ち上げ、5量子ビット※1の量子コンピューターをIBM Cloudから誰でも使えるようにした。2017年5月には16量子ビットのものを公開するとともに商用化の意向を表明し、同年12月には商用化を推進する企業・大学・研究所のネットワークである「IBM Q Network」を発表した。そこでは世界に4つのハブが設置され、日本では慶応大学がハブとなり参加企業の目的に沿った量子ソフトウェアの開発を展開していく。

※1 量子ビット:量子コンピューターの単位。仮に4量子ビットの処理ができる量子コンピューターであれば、1度に2の4乗、つまり16通りの処理が可能になる。

小野寺:IBM Research-Tokyoでは、量子プログラムのシミュレーターの研究を担当し大規模化・高速化を推進しています。また、プログラム開発キットであるQISKitにあるチュートリアル作成をリードしています。量子コンピューターはGoogleやMicrosoftはじめ多数の企業が研究開発に参入しており、今後ますます競争が激化されることが予測されるので、その中で常に先頭に立つのが私たちに求められる使命です。

世の中にインパクトのある研究をするために考えるべきこと

IBMはテクノロジーを通じてお客様のビジネスの変革に貢献するのを社是としている。研究プロジェクトにおいても、最終的にどのような価値をお客様にもたらすのかを絶えず意識して立案し遂行していくのが大切だと、小野寺は話す。

小野寺:IBMリサーチでは、「Famous for science and vital to IBM」を長年のモットーとしています。学術的に優れた結果を出し、かつ、ビジネスに貢献する、ということです。どちらか一方ではダメなのです。両方なのです。一般にこの2つは相反するものと考えられがちですが、そんなことはありません。

そして、小野寺は自身のキャリアを振り返る。

小野寺: たとえば、Javaが登場した直後にIBM Research-TokyoではJava仮想マシンやJITコンパイラの研究開発プロジェクトを立ち上げ、私もその一員として、同期機構やごみ処理の研究開発を担当しました。このチームは、最盛期には20人を超える大所帯となり、その研究成果はIBMが販売するすべてのプラットフォームのJava処理系に展開されました。と同時に、多数の論文が執筆され一流の国際会議において発表されました(こちらをご参照)。二兎は可能ですし、使命なのだと思います。

IBM Research-Tokyoが求める人材とは?

「famous for science and vital to IBM」。これを実現するため、どのような人材を求めているのだろうか?

小野寺:純粋な基礎研究というよりは、お客様企業に新たな価値を届ける、そのような研究に興味をもつ人材が望ましいですね。現在AIブームの只中にいますが、IBMの追求しているのは、「AI」の中でも「AI for Enterprise」です。したがって、IBMリサーチのAI研究もそのようなAI for Enterpriseの研究になります。

続けて、小野寺は、IBMリサーチで働くことの「意味」について語る。

小野寺:また、IBMのリサーチ部門には3000人のそれぞれの分野で優れた専門性をもった研究員がいます。そのネットワークの中でうまく協業しながら研究をすすめていくことが大事です。ひとりで研究するのではなく、また、小さなチームで閉じて研究しているのではなく、この巨大なネットワークのなかで研究することこそが、IBMリサーチにいる価値なのだと思います。

そして、IBMには世界中に30万から40万の仲間がいます。彼ら彼女らはリサーチから次のテクノロジーが誕生するを待っています。よい研究成果をあげたならば30万から40万の仲間が世界中のお客様に届けてくれる、少し大げさな表現かもしれませんが、それもIBMリサーチで研究することの意味なのかなと思いますね。

参考リンク

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