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日本「子どもの貧困率」は7人に1人、求められるのは「貧」だけではなく「困」への対策も

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「子どもの貧困」。最近よく聞かれるようになった言葉だが、一定基準を下回る所得の家庭で育つ子どもについて使用される。厚生労働省によれば、日本の子どもの貧困率は13.9%(2015年)で、17歳以下の子どもの約7人に1人が経済的に困難な状況にある。世界的に見ても日本の子どもの貧困率は高いという現実を前に、2013年に「子どもの貧困対策の推進に関する法律」が成立したものの、具体的な対策は始まったばかりだ。

そんななか、調査・提言や中間・直接支援を通じて子どもの貧困解決を目指しているのが、公益財団法人あすのばだ。2017年には、子どもの貧困の実態を「見える化」し、対策をさらに前へすすめるため、2017年3月にあすのばが「入学・新生活応援給付金」を届けた子どもたちと保護者に初めて「子どもの生活と声1500人アンケート」を実施。アンケート結果から浮き彫りになった子どもの貧困の現状や今後求められる対策について、同団体の理事を務める末冨芳氏と、事務局長の村尾政樹氏に話を伺った。

末冨芳
末冨芳
(すえとみ・かおり)

京都大学教育学部、同大学院教育学研究科修了。教育行政学、教育財政学を専門とする。教育費の公私負担関係の在り方、子供の貧困対策における教育支援が近年の主たる研究テーマ。主著に『教育費の政治経済学』(勁草書房,2010年)。文部科学省・教育再生の実行に向けた教職員等指導体制の在り方に関する検討会議委員(2014年)、内閣府・子供の貧困対策に関する検討会構成員(2014年~)、内閣府・子供の貧困対策に関する有識者会議(2016年)等の政府委員を歴任。子どもの貧困対策における学校プラットフォーム化を提言。参議院文教科学調査室客員研究員(2014年~)。

村尾政樹
村尾政樹
(むらお・まさき)

1990年、兵庫県神戸市生まれ。北海道大学大学院教育学院修士課程。社会福祉士。母親を自殺で亡くした経験から、自殺対策や子どもの貧困対策の推進に従事。進まない子どもの貧困対策への危機感から2015年に上京。全国で先駆的な取組みを行う支援者や研究者、学生たちと「公益財団法人あすのば」を設立し事務局長に就任。札幌市子ども・子育て会議委員(2016~2018)。NHKスペシャル「見えない“貧困”~未来を奪われる子どもたち~」など出演。新聞掲載、講演登壇多数。

所得だけではなく、多元的に貧困をとらえるべき

――「子どもの貧困」の具体的な定義について教えてください。

末冨 厚生労働省の定義で子どもの貧困に該当するとされるのは、17歳以下の子どものうち、一定基準を下回る手取り所得の家庭で育つ子どもです。線引きとなる金額は相対的貧困率(所得の一定割合『貧困線』を下回る所得しか得ていない者の割合)から導き出され、2人家族の貧困線は172万円で、3人家族は211万円。それを下回る世帯が相対的貧困と言われ、そこで育つ子どもが現在13.9%、7人に1人という現状です。

現状、「子どもの貧困」について日本では所得を基準に考えていますが、ヨーロッパなどの先進国は所得だけではなく、物質的剥奪を貧困指標にする動きがあります。これは、三食の食事や学習必需品など、子どもが必要とする物や生活が与えられないことも貧困と捉える考え方です。

末冨氏

――所得以外の貧困の指標として物質的剥奪のほかにどんな要素がありますか?

末冨 例えば日本で言うなら、小学校高学年で自転車を持っていない、学校外の塾(学習活動)に通えないことも該当する可能性があります。ベネッセ「学校外教育活動に関する調査2017」によれば、学習活動の経験率は小学5年生以降で5割を超えています。過半数の子どもが通う塾や習い事などに通えないことは体験の剥奪と考えられる。他の子どもと同じ生活ができないことも貧困の判断基準の一つです。

また、日々の食事も重要です。所得を基準にした貧困家庭でも朝食や夕食をしっかり食べられている家庭もありますが、所得としては貧困と見なされていなくても、毎日の食事をきちんと食べられない子どももいます。児童虐待や育児放棄などのネグレクトなど、物や経験、食事を含めて子どもらしい生活が剥奪されていないかという目線が重要です。このように、所得だけでなく物や体験の剥奪で子どもの貧困を捉えることを「剥奪(deprivation)」と呼んでいます。

法律ができても具体的な対策は進まない

――それでは、公益財団法人あすのば設立に至った背景について教えてください。

村尾 2009年、日本政府が初めて子どもの貧困率を発表しました。公表を受けて、市民団体や学生が法整備の必要性を訴え、2013年6月に「子どもの貧困対策の推進に関する法律(以下、子どもの貧困対策法)」が成立しました。もともと、私自身もひとり親家庭で育ち、生活の苦しさや進学できない問題を身近に感じていて、危機感を覚えていました。

対策法成立当時は、法律ができれば国や自治体も動くだろうし、今まで光が当たらなかった子どもたちの道が開けると考えていました。しかし、法律ができただけで、具体的な対策はもとより、子どもたちの支援として何が必要とされているのかも分からない状態でした。その時に、現在あすのばの代表理事を務める小河光治や全国で活動している市民団体や学生たちと具体的なアクションが必要だという話になり、2015年に「あすのば」を立ち上げました。

――どのような活動を行っているのでしょうか?

村尾 中心となる3つの活動があります。1つ目は「調査・提言」で、貧困状態に悩む子どもたちがどんなことに困っているのか、その実態を見える化して国や行政に具体的・建設的な提言を行います。2つ目が「中間支援」。地域で子どもたちを支える組織や人を支える活動で、ワークショップや交流会、研修会を開催しています。3つ目が「直接支援」で、子どもたちを物心両面で支えるため、入学の際に一時給付金などを支給しています。あくまでも「子どもがど真ん中」になる活動を進めていくため、団体内に学生世代の理事も在籍しています。

村尾氏

――「あすのば入学・新生活応援給付金」は、活動の中でも効果が見えやすいですね

村尾 給付金を受けた方から、「初めて自分が欲しい靴を選べました」という感謝の声をいただきました。ずっと他人のお下がりだったのに、新しい靴を買うことができたこと、自分で選ぶことができたことを喜んでくれた。経済的に厳しい状況に慣れてしまっている子どもは、自分が欲しい物や体験などでさまざまなことを諦めてしまい、貧困が自分で選択する経験を制限しているとあらためて感じました。この給付金によって得られた経験が、自分で人生を選択するという人生設計の積み重ねにつながっていって欲しいと考えています。

末冨 実は学用品費や通学費、修学旅行費、学校給食費などについて、市区町村から補助が受けられる「就学援助制度」もあります。しかし、申請しても最初の支給時期が夏前になってしまい、入学準備時には自ら立替払いをして、自治体からの給付金支払いを待つ必要がありました。制度も現状の実態に即しておらず、入学時に親がカードローンに手を出してしまうといったことも起こっています。

そんな家庭の存在を世間が知るようになったのは、「子どもの貧困対策法」が成立した後です。「就学援助制度」の支給時期のギャップは、学校事務職員の世界で問題になっていましたが、改善できずにいました。それが子どもの貧困問題で知られるようになり、「あすのば」やさまざまな団体が活動することで、国会議員や関連官庁が対応して前倒し支給する自治体が増えてきています。

――少しずつ成果が出てきているということですね。

末冨 対策法は成立しましたが、都道府県に対しては努力義務なので、担当部署も教育委員会や子育て支援の部署など、自治体によって取り組みのレベルに差があります。現状調査すら行っていない自治体もありますが、現状を把握した上で地域の団体と協力してきめ細やかな支援をする自治体に関しては、成果をあげつつあります。

貧困家庭の現状から見えた今後

――2017年に「あすのば」が実施した「子どもの生活と声 1500人アンケート(以下、アンケート)」結果からは、何が見えたのでしょうか?

末冨 例えば、「経済的に何を諦めたか」という質問では、1位が洋服や靴、おしゃれ用品(52%)、2位がスマートフォンや携帯を持つこと(30%)でした。貧困家庭の学生がスマートフォンを欲しがることを贅沢と批判する大人がいますが、女子高生などは同世代とのコミュニケーションツールとして欠かせません。物品単体について批判するのではなく、それが学校や社会生活を送る上でどんな役割を担っているのかを考えるべきではないでしょうか。

末冨氏と村尾氏

村尾 海外では、国民に生活でどういう物が必要か社会的必需品調査を行っている国もあります。そこで50%以上必要と回答された物について、子どもの所持率を調べています。現状、日本ではそこまでの調査はできていませんが、子どもたちがどんなことを必要としているか。それがスマホなのか部活なのか塾なのか、実感や実体験ではなく今回のアンケートで見えてきた子どもたちの実態を多くの人に知ってもらうことが重要だと考えています。

――経験則や印象論で語られていたことが、エビデンスとして数値化されたことに意義があるということでしょうか?

村尾 今回のアンケートでは、日本アイ・ビー・エム株式会社の社会貢献の助成による、分析協力を得ました。そこでは、互いに似た性質を持つものを集め、対象を分類するクラスター分析を行うことで、貧困状態のパターンとその多様性を解明することができました。これまでは一人親、生活保護家庭、児童養護施設で暮らす子どもへの対策がメインでしたが、二人親でも非正規雇用や父親が病気で大変な家庭なども含まれていて、世帯所得だけで判断すると支援の対象外になっているパターンも明らかになりました。二人親の家庭や多子家庭の困窮を見える化できたことで、法改正や大綱に盛り込む課題を示せたと思います。

子どもたちが希望を持って生きることができる社会に向けて

――子どもの貧困対策は、子育て世代全体に及ぶ話ですね。

末冨 非正規雇用で低賃金のため、安心して暮らすことができないワーキングプアが増加しています。日本は、所得再分配による貧困の改善が先進国で最悪の状態にあります。さらに住宅政策も手薄で、公営住宅になかなか入れない。そこが失敗している上に制服や学用品、受験費用などの教育に関するお金がかかり過ぎます。アンケート調査でも、給付金を何に使いましたかという自由記述の回答のメインは制服、学用品や部活動です。教育の無償化で解決できる問題と、そうではない問題があると思います。

村尾 貧困対策を考えるときは、「貧軸(経済的な状況)」「困軸(困りごと)」両面で捉えることが大事です。所得があっても子どもが困っている状態はあるし、今は困っていなくても所得が低く離婚や病気などで貧困状態に転じるリスクもあります。制度から漏れ落ちる人を出さないためには「困」の対策と予防も必要です。

――「あすのば」の今後の活動について教えてください。

村尾 「あすのば」は「明日の場」であるとともに、英語表記のUSNOVAには「US(私たち)」と「NOVA(新しい・新星)」という意味があります。子どもたちと一緒に活動し、その子どもたちの描く明日が実現する新しい社会に向かっていきたいです。

末冨 「あすのば」の若いメンバーが、「貧困に悩む子どもたちは、かわいそうじゃなければいけないのか」と言っていましたが、そうは思いません。「あすのば」で関わる子どもたちは、自分や他の子たちの「困っている」を解決して、普通の生活をしたいと考える前向きな子どもたちです。「かわいそう」というレッテルを貼るのではなく、当時者の「声」をなるべく同じ目線で受け止めていき、大人の責任として子どもたちの「困っている」の原因を解決していくことが役割ではないでしょうか。

TEXT:小林純子

※日本IBM社外からの寄稿や発言内容は、必ずしも同社の見解を表明しているわけではありません。

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