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昆虫料理研究家が語る、昆虫先進国の日本で「昆虫食」が廃れた理由

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2050年、世界の人口は約100億人に迫るといわれている。現在の人口が約75億人であることを考えると、30年あまりで25億人も増加すると予測されているのだ。そんな未来を見据えたときに浮かび上がってくるのが「食糧難問題」である。

農地拡大に伴う森林伐採や水資源の大量使用により、地球の環境は刻一刻と悪化している。さらには温暖化による気候変動も関係し、急激な人口増加をカバーするだけの食糧生産は困難なものとして見られているのが現実だ。

こうした背景から、国際連合食糧農業機関(以下、FAO)は2013年、「昆虫が今後の食糧になり得る」というレポートを発表した。しかし、昆虫を人の食料として考える「昆虫食」は、いまだ好奇の目で見られてしまい、多くの人がそこに眠る無限の可能性に気がついていない。

そんななか、独自に「昆虫食」を研究している人物がいる。昆虫料理の第一人者である内山昭一氏だ。

1999年より内山氏が理事長を務める「NPO法人昆虫食普及ネットワーク」は、定例試食会を開くなどして昆虫食の啓蒙活動に邁進している。はたして、昆虫食は世界を救うカギとなり得るのか、内山氏に話を聞いた。

内山昭一
内山昭一
(うちやま・しょういち)

1950年長野県生まれ。昆虫料理研究家、NPO法人昆虫食普及ネットワーク理事長、NPO法人食用昆虫科学研究会理事。幼少期より昆虫食に親しみ、1999年から本格的に研究活動に入る。どうすれば昆虫をよりおいしく食べられるか、味や食感、栄養をはじめ、あらゆる角度から食材としての可能性を追究している。著書に、『楽しい昆虫料理』(ビジネス社)、『昆虫食入門』(平凡社)、『食の常識革命! 昆虫を食べてわかったこと』(サイゾー)、『昆虫は美味い!』(新潮社)、共著に『人生が変わる!特選 昆虫料理50』(山と渓谷社)、監修に『食べられる虫ハンドブック』(自由国民社)、『ホントに食べる? 世界をすくう虫のすべて』(文研出版)がある。東京都日野市在住。

「昆虫食」は地球が抱える問題を解決する糸口になる

――内山さんは昆虫料理研究家として知られていますが、初めて昆虫食に触れたのはいつ頃でしょうか?

内山 私は長野県長野市に生まれました。長野には今でも昆虫を食べる文化が残っていて、幼少期の頃にカイコのサナギを食べたのが、昆虫食との出合いでした。そもそも当時は、川魚やタニシをとって、それが夕食に並ぶことが普通だったんです。なので、それがたとえ昆虫であっても、自然のものをとって食べるということに抵抗はありませんでした。ただ、大人になるにつれて自然と昆虫食から離れていきました。

あらためて昆虫食に目覚めるきっかけとなったのが、1998年に多摩動物公園内にある昆虫館で開催されていた「昆虫食展」です。アフリカなどではおいしそうに芋虫を食べていて、昆虫の発生時期になると村中で採集され、市場に持っていくこともあるという話を聞きました。そのときに、昆虫食の魅力を実感したように思います。

その後、昆虫採集が趣味の友人と一緒に、トノサマバッタを捕まえて食べてみました。油で揚げただけでしたが、味も食感もエビに似ているんです。とくにモモ肉とムネ肉が非常に発達していて、その部位が感動するくらいにおいしかった。これだけ身近な昆虫がおいしいのだから、世の中にはもっとおいしいものがあるかもしれないと思い、本格的に昆虫食を研究するようになったんです。


「バッタのチーズフォンデュ」
バッタは素揚げしただけでもエビの風味がして美味しいのですが、とろとろに溶けたチーズをまとわすことで、バッタとチーズの旨味がミックスしてさらに深みのある美味しさを演出します。口触りもまろやかで、とても食べやすくなります。(内山氏)

――今のお話にあったように、日本の各地域で昆虫を食べる習慣はあったものの、食糧としての意識はそこまで深く根付かなかったように思います。それが、近年になって注目を集め始めた理由をどうお考えですか?

内山 今、地球の人口は爆発的に増加していますが、人間が居住可能な土地には限界があり、やがて食糧難に陥るという懸念があります。畜産業を行うにも、これ以上、森林を伐採して牧場をつくるわけにはいきません。さらに、牛や豚、鶏などの場合、大量に必要とされる家畜の餌をどのように確保するのかも課題となります。そのようなさまざまな問題を全て解決できるのが、昆虫ではないかと考えています。

実際、食料問題解決の手段として、FAOが2013年に昆虫食のレポートを正式に発表しました。その後、これまでゲテモノ扱いだった昆虫食を真面目に取り上げようとする動きが出てきたように感じています。

内山さん

そもそも、昆虫は食糧として最適な食材です。例えば、「飼料効率の良さ」があげられます。コオロギの肉を1kg増やすために必要な餌は約1.7kgですが、鶏の場合は2.5kg、豚は5kg、牛は10kgと、他の家畜と比べ昆虫は圧倒的にコストパフォーマンスが良いんです。また、牛や豚の可食部は40%とされていますが、コオロギは100%と、その全てを食べることができます。また、昆虫は養殖時にメタンガスや二酸化炭素などの温室効果ガスをほとんど出さず、養殖に必要な水や土地も少なくて済みます。なかには、家畜の糞を餌として育てられる種類がいるなど、非常にメリットが多いんです。

――2013年以降、実際に世界各国では昆虫を食糧とみなす動きが盛んになっているのでしょうか?

内山 各国で昆虫食品を扱うベンチャー企業が次々と誕生しています。スイスの大手スーパーマーケットは、ミールワーム(甲虫の幼虫)を使ったハンバーガーとミートボールの販売を開始しました。フィンランドでは、大手食品会社がコオロギ粉を練り込んだパンの販売をスタートしていますし、チェコでもコオロギを使ったプロテインバーを生産しています。

また、2017年に韓国で開催された「国際昆虫産業シンポジウム」には、カナダ、メキシコ、アメリカ、ポーランド、イスラエル、タイ、韓国の7カ国のスタートアップが参加しました。

そして、2018年1月には欧州で「EU新食品規定」が施行されました。これは、昆虫を食糧として認めることを明記した法律で、衛生面での審査が通れば、昆虫を食糧として販売できるようになったんです。すでに3社ほどが申請を出しているようですし、今後はもっと増えていくでしょう。

そもそも、ヨーロッパの多くは寒さの影響で昆虫自体があまり生息せず、昆虫食の伝統もありません。そのため、昆虫に対する偏見もなく、純粋に新時代の食糧として受け入れているかもしれません。また、論理的な考えを持っている国民性もあり、環境問題や食糧難を解決できる存在として見ている傾向もあります。

――日本においては、どのような動きが見られますか?

内山 日本にはたくさん昆虫がいますから、さまざまな先入観を持っている人が多いと思います。また、欧州のように昆虫に限らず、食に対する法整備はありません。保健所の許可さえ降りれば、昆虫だろうがカエルだろうが、企業や飲食店は何を販売・提供しても問題ありません。ただ、FAOの発表があってから、イナゴなどは国内での消費が伸びているようです。最近では、東南アジアからイナゴを輸入しているという話も聞きます。

とはいえ、爆発的に消費が伸びているわけではありません。その原因として考えられるのが、昆虫食が「高級品である」ということです。ハチノコや水生昆虫の幼虫はとれる数量が少ないため、非常に高価です。市場に出すのであれば価格帯から高級食材となり、常時食べられるものではなくなります。

――欧州のように昆虫を食料として生産・販売する企業が現れれば価格帯も下がっていくと思いますが、日本ではどうでしょうか?

内山 海外では昆虫食を扱うスタートアップ企業が増えていますが、国内では昆虫食品を輸入販売するネットショップが2社に留まっています。しかし、少しずつ進歩しているのも事実で、食用コオロギの養殖や養殖魚の飼料としてイエバエの利用が進んでいます。

――ビジネスの観点から見た場合、昆虫の種類によって養殖に向き、不向きなどはあるのでしょうか?

内山 もちろんあります。おいしい昆虫が、必ずしも飼育に適しているわけではありません。コオロギやミールワームは元々ペットの餌として養殖するためのノウハウがありますから、比較的容易だと思います。加えて、ゴキブリも育てやすい昆虫のひとつです。そのため、日本国内で昆虫食が浸透していくのであれば、そうした養殖に向いている昆虫から普及が進むのではないかと考えられます。

「命をいただく」子どもたちへの食育にも

――先程、ヨーロッパでは昆虫食という伝統がなかったというお話がありましたが、アジアは昆虫食について先進国といえますか?

内山 日本は先にお話しした通りですが、アジア諸国、アフリカ、南アメリカなどでは昆虫食が昔から存在していましたし、今でも普通に食べられています。現在、世界を見渡せば約19億人が2000種類もの昆虫を食べているといわれています。日常的に食べられている昆虫を多い順に並べると、カブトムシなどの甲虫、イモムシ、アリ、ハチ、バッタ、イナゴ、コオロギ、セミ、ヨコバイ、ウンカ、カイガラムシ、カメムシ、シロアリ、トンボなど、実に多種多様です。

ただし、それらの国々が今後、牛や豚、鶏などの肉食が主流になることは十分に考えられます。日本もその道を通りましたが、ますます地球環境が悪化してしまいます。だからこそ、昆虫食は決して野蛮なものではなく、栄養価もあり、環境にもやさしいものなんだということを広めていく必要があると思っています。

内山さん

――日本で昆虫食が根付かなかったのは、欧米化の影響とともに、「不衛生」や「見た目が怖い」という昆虫に対するネガティブなイメージも先行してしまっているように思います。

内山 そもそも、大正時代には55種類程度の昆虫が普通に食べられていたんです。薬用としては123種類が利用されていました。しかし、衛生概念というものが発達してきて、伝染病の媒介となるハエや蚊などが徹底的に駆逐されるようになってきた。そして、ハエや蚊の不衛生な生き物というイメージが、そのまま昆虫全体のイメージにつながってしまった。それで嫌悪感が生まれ、昆虫食が一気に廃れてしまったと考えています。

また、スーパーマーケットの参入により、スーパーに並ばないものは「一般的なものではない」という認識が広まってしまったことも、昆虫食衰退の一因でしょう。昆虫はとれる季節も限られていますし、価格変動もある。だから、商品としてスーパーでは売りにくいんです。

このように、昆虫食から離れてしまった現代人の間で、それを一般化させるのは難しいことだと思っています。そのためにすべきことは、やはりできるだけ多くの人に食べてもらうこと以外にありません。実際、私も月2回、昆虫食を楽しむイベントを主催しています。嬉しいことに、イベントの参加者は若い人が大半です。これから父親・母親になる世代の人々が昆虫を食べてくれるようになれば、自然とその子どもたちも食べてくれるのではないかと思っています。

イベントで振る舞われた「蟲あんみつ」の調理風景

イベントを開催して分かったことですが、男性よりも女性の方が食べることに関して貪欲で抵抗がないんです。たとえば、ゴキブリ料理を出すと男性は抵抗感を示しますが、女性は面白がって食べてくれる。好奇心が強いんでしょうね。また、将来的には学校給食のメニューとして昆虫が選択肢に入るような状況をつくっていきたいです。イナゴをパンに混ぜたり、パスタに乗せてみたり。子どもに昆虫のおいしさを知ってもらいつつ、実は昆虫の栄養価が高いことも学習してもらえたらと考えています。

炒めたセミからは香ばしい匂いが立ち込める

タガメの下準備

――昆虫は栄養価が高いんですか?

内山 イナゴで説明すると、非常に高タンパク低脂肪な食材なんです。タンパク質が70%で、脂肪が10%以下。そのため、非常に健康的にダイエットが可能な食材でもあるんです。イナゴダイエットというものを提唱したいくらい体づくりにはもってこいです。

――その他、昆虫ならではのメリットはありますか?

内山 昆虫は緊急時の食糧としても重宝できます。たとえば、災害などで食糧が不足した時、タンパク質が最も不足しがちな栄養素だといいます。そんな状況でも昆虫はあらゆる場所に生息しているため、捕まえて食べることで容易にタンパク質を摂取できます。また、乾かしておけば常温で保存することもできるので、電気の供給がストップしてしまった状況下でも腐らず、安心して保管できます。

さらに、「食育」という観点でも昆虫は役立ちます。飼育するのに大掛かりな設備は不要ですし、維持費もかかりません。世話も簡単なので子どもでもできる。そのため、子どもに自ら昆虫を育てさせて、最終的にそれを食べることで「命をいただく」ということを教えることができます。食事の際に、どうして「いただきます」というのか、身をもって学ぶことができる教材になるんです。

――では、そんな昆虫食が好奇の目で見られることなく、今後どのようにすれば普及が進むと思われますか?

内山 欧米などで主流となっているカタチをなくす方法があります。昆虫の形状に嫌悪感を抱く人は少なくないですから。あとは、できるだけ目に付きやすくすることです。長野ではスーパーの棚にイナゴの佃煮などの昆虫食品が並んでいます。魚と同じように養殖することで供給量を増やし、価格を下げることも重要です。

また、昆虫食には単なる食料以外の側面があります。とりわけ四季があり昆虫と親しんできた日本では、山菜やキノコと同様に旬の食材だと思うんです。だから、季節を感じる、旬を楽しむ食材として、カタチを残して食材そのものの味と食感を楽しむ和食的な食べ方も提案しています。サンマをミンチにしてもつまらないですからね(笑)。

昆虫食はさまざまな観点からアプローチが可能ですが、私個人としては今後も現在のような普及活動を地道に続けていきたいと考えています。

TEXT:五十嵐 大

※日本IBM社外からの寄稿や発言内容は、必ずしも同社の見解を表明しているわけではありません。

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