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細胞の「ウォーリー」を探せ!――計画的にセレンディピティを創出し、ライフサイエンスに大変革を

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偶然による価値ある発見を意味する「セレンディピティ」。その幸運な発見を、バイオや医学分野で計画的に創出する画期的な装置の開発が、世界から注目されている。
開発したのは東京大学大学院理学系研究科の合田圭介教授が率いる研究開発チームだ。装置は「セレンディピター」の愛称で呼ばれ、大量の細胞の中から、特別な性質を持つ細胞だけを従来の1万倍もの超高速で選別することができる。正式には「インテリジェント画像活性細胞選抜法」といい、その産業用途は、例えば脂質(油分)を多く持つ「スーパーミドリムシ」を増やしてジェット燃料を生産する、抗がん剤の開発や評価に使う、日本酒・ビール・ワインの醸造に有用な「スーパー酵母」を見つける、などをはじめ実に幅広い可能性を持つ。
特に今力を入れているのは、新型コロナウイルス感染による血栓症の研究だ。血栓症は多くの重症患者に見られ、新型コロナウイルスが持つ謎の解明に役立つと期待されている。
装置の開発には、物理、化学、医学、微生物学、情報科学、機械など多様な分野の科学者が200人以上集結した。合田教授は「異分野融合を成功させるには、小グループをつなぐグローバルリーダーの存在が不可欠」と語る。
世界から共同研究の提案が相次ぐセレンディピターの驚くべき性能や、産業応用、グローバルリーダーの育成について、合田教授に伺った。
 

合田圭介
合田圭介
(ごうだ・けいすけ)

東京大学大学院理学系研究科教授
1974年、北海道札幌市出身。1998年に渡米。2001年にカリフォルニア大学バークレー校理学部物理学科を首席で卒業。同年にマサチューセッツ工科大学理学部物理学科に移り、Laser Interferometer Gravitational-Wave Observatoryに所属し、重力波検出器の量子強化について研究。2006年より1年半の間はカリフォルニア工科大学で客員研究員として同研究を行う。2007年にマサチューセッツ工科大学理学部物理学科博士課程を修了(理学博士)。その後、カリフォルニア大学ロサンゼルス校工学部電気工学科にて斬新な光イメージング法やレーザー分光法を開発。2011年より同大学工学部生体工学科にて生体医工学とマイクロ流体工学を研究。 2012年より東京大学大学院理学系研究科化学専攻物理化学講座の教授。2013年よりカリフォルニア大学ロサンゼルス校工学部電気工学科の非常勤教員としてUCLAでも研究活動を行う。2014年~2019年、内閣府革新的研究開発プログラム(ImPACT)のプログラム・マネージャー。 日本学術振興会賞、市村学術賞、日本学士院学術奨励賞、読売新聞テクノフォーラム・ゴールドメダル、文部科学大臣表彰科学技術賞などの顕著な賞を多数受賞している。

細胞生物学のボトルネックを解決したセレンディピター

――細胞学のセレンディピティを計画的に創出するセレンディピターは、バイオや医学の研究に貢献することが期待され、世界から注目されています。装置を開発した目的や意義について伺えますか。

合田 セレンディピティは「偶然の幸運な発見」を意味します。全く予期していなかったことが、何かのきっかけで偶然見つかる現象です。サイエンス史上の大発見やノーベル賞を受賞した研究の半分かそれ以上は、セレンディピティによるものだと言われています。
「セレンディピティ」という言葉を検索すると、恋愛系の「偶然の出会い」が多く出てきます。映画や小説などでは、よくセレンディピティにより物語がドラマチックに展開しますが、細胞の研究においても、セレンディピティによる発見はまさに飛躍的な進歩につながりますので非常に重要です。
細胞は多種多様で、神経細胞は情報伝達、白血球は免疫、血小板は止血、幹細胞は再生、がん細胞は異常増殖、酵母は発酵など、それぞれ機能を持っています。
その機能を持つ細胞を見つけるのは、絵本の『ウォーリーをさがせ!』と似た作業で、無数の細胞の中から、いかにしてウォーリー(特殊な細胞)を迅速かつ正確に見つけられるかが勝負です。ところが、比較的見つけやすい細胞はすでにほとんど発見されていて、今ではレベルがどんどん高くなっているのです。 

合田教授の研究室

合田 伝統的な発見の手法は、顕微鏡で細胞を1つ1つ調べることですが、膨大な時間と手間がかかります。2015年にノーベル生理学・医学賞を受賞された北里大学特別栄誉教授の大村智先生は、このような骨が折れる作業を40年以上続けられ、480種もの新規化合物を発見されました。これは国体スキー選手で、体力・知力・精神力を兼ね備えたスーパーマンのような大村先生だからこそできた業績です。
他の方法としては、蛍光抗体で印を付けた細胞集団をチューブに流してレーザー光を当て、特定の細胞だけを選別する技術がありますが、計測精度が低く、なかなか細胞のウォーリーは見つけられません。
それに対し、私がPM(プログラム・マネージャー)を務めた内閣府革新的研究開発推進プログラム(ImPACT)で開発した装置(正式には「インテリジェント画像活性細胞選抜法」)は、膨大な手間がかかっていた作業を徹底的に効率化し、ボトルネックを解決することができました。セレンディピティを計画的に実現できる装置なので、セレンディピターという愛称で呼んでいます。

ディープ・ラーニングで学習して判定精度を高めていく

――細胞生物学にブレークスルーをもたらしたこの装置は、どのような仕組みになっているのでしょうか。

合田 下の図でご説明しましょう。多数の細胞の集団を、細いガラスの流路の中を1個ずつ整列して毎秒1000個以上の超高速で流します。それを1個ずつ、細胞が固定されているかのように特殊な超高速カメラで撮影し①、その画像を元にAI(人工知能)が狙った特定の機能を持つ細胞かどうかを判別します②。目的の細胞だけが、高度自動分取装置でピンポイントに水流で脇に押し出されて選別されます③。この装置は、AIの学習方法である「ディープ・ラーニング」を活用して判定精度を高め、目的の細胞だけを超高効率に回収しています。

図1:目的の細胞を選ぶセレンディピターのイメージ
図1:目的の細胞を選ぶセレンディピターのイメージ

合田 これを人間の脳に当てはめると、「認識→意思決定→命令→作動」という手順になります。人が顕微鏡で見て、目的の細胞を発見したらピペットで取り出すという作業を、究極的に速めたと言えます。2018年に発表した最初の論文では従来法の1000倍の速さでしたが、2020年にはさらに10倍(従来法の1万倍)に高めることができました。
こうして選別した細胞は電子顕微鏡で観察したり、ゲノムを調べたり、培養して増やしたりして、基礎研究や産業応用が幅広く可能になります。

「AI指向性進化法」でミドリムシを改良。転移がんの予防も

――この装置を使えば、バイオや医学分野で具体的にどのような成果が見込まれるのでしょうか。

合田 いま国内外の研究機関と20件の共同研究をしています。その1つが微小藻類のミドリムシです。東大発のバイオベンチャーで、初の東証1部上場企業となった株式会社ユーグレナとの共同研究で、ミドリムシが持つ脂質(油)を集めてバスや航空機のバイオ燃料を生産する計画ですが、コスト面で石油燃料に対抗するには、何といっても生産性を相当高めなければなりません。
そこで脂質を豊富に持つ「スーパーミドリムシ」だけを選別して増やし、さらにそれを選別して増やすという研究をしています。この「AI指向性進化法」によって、すでに普通のミドリムシよりも遥かに多くの脂質を持つものを開発しました。

2つ目はがんの研究です。がんは死因の第1位ですが、原発がんで死ぬ人は少なく、9割は転移がんで亡くなります。なぜ転移するかと言えば、原発がんから流れ出した血中循環がん細胞(CTC)が血流に乗って他の臓器に行き、そこで転移がんを引き起こすからです。
従ってがんを治療するには、CTCをきちんと理解する必要がありますが、その数は非常に少なくて、1ミリリットル当たり10~20個しかなく、しかも免疫機能のある白血球から攻撃されないように白血球に「変装」したりします。このCTCを見分けるには画像が必要で、そこにセレンディピターが貢献します。
また抗がん剤を体内に入れたとき、効果があるかどうかは、血中のCTC数の変化を調べることで判定できます。つまりセレンディピターで抗がん剤の薬効評価が可能になります。
がんの免疫療法にも役立ちます。免疫を担うT細胞は異物を感知すると、リング状の免疫シナプスを作り、がんを攻撃したり他の細胞にシグナルを送ったりと重要な働きをします。セレンディピターで血中のT細胞を可視化することにより、がんの治療法を評価することができます。

写真1:さまざまな細胞への応用展開
写真1:さまざまな細胞への応用展開

新型コロナで多発する血栓症の解明にも挑む

――最近は新型コロナ感染による血栓症の研究にも注力されています。とてもタイムリーな研究ですね。

合田 これは東大病院の矢冨裕教授との共同研究です。米国ではコロナによる死者の4~5割は血栓症ではないかと言われています。軽症だと思われていた若者が、突然、脳梗塞で亡くなる症例がたくさんあるのです。
血栓は血小板が凝固して起きるもので、事前に見られる症状としては、足が紫色にむくむパープルラッシュや、足のつま先が赤くなる(Covid toes)などがあります。この深部静脈血栓が流れて肺に行くと肺塞栓を起こします。
糖尿病の人やタバコをよく吸う人は、血管の内皮に炎症が生じて血栓症を起こしやすくなります。コロナ重症患者の大多数に血栓症があるとされますが、なぜそうなのか関連性はまだ解明されていません。
コロナのワクチンは効果を評価する方法が必要ですが、セレンディピターなら血中の微小血栓(下の写真2=凝集した血小板)を測定して調べることで、重症化の予測を行うことができると期待しています。

写真2:微小血栓をセレンディピターで撮影
写真2:微小血栓をセレンディピターで撮影

酵母でインスリンやバイオエタノールを生産する研究も

――日本酒・ビール・ワインの醸造に有用な「スーパー酵母」の開発も、クラウドファンディングで進めておられます。どのような成果が期待できるのでしょうか。

合田 酵母の種類は1800万以上ありますが、よく利用されるのは、清酒酵母、ビール酵母、ワイン酵母です。見た目はよく似ていますが、実は微妙な違いによって発酵の仕方が全く異なり、業界の人たちは大変苦労しています。
例えば清酒酵母にビール酵母やワイン酵母が混入すると、ビールやワインの要素が入った清酒ができてしまいます。私たちの技術を使えば、多くの酵母を高速で流して余計な酵母を取り除くことができます。
またAI指向性進化法によって、おいしい酒類やパン、味噌、醤油などを生産する「スーパー酵母」の創出にも取り組んでいます。さらに発酵だけでなく、インスリンなどの医薬品やバイオエタノール燃料を作る酵母も開発しています。

写真3:酵母の種類は1800万以上存在する(東大・大矢教授撮影)
写真3:酵母の種類は1800万以上存在する(東大・大矢教授撮影)

――セレンディピターの普及に向けて、「オープン利用」と「ベンチャー事業化」を進めておられます。今後のそれぞれの展望をお聞かせください。

合田 2018年に論文を発表して以来、世界中の研究機関から「セレンディピターを使って共同研究したい」という申し込みがありました。オープンイノベーションという方針の下、多くの研究者に使ってもらい、新発見をしてほしいと思っています。国内はじめ欧米やアジアなど20件に絞って受け入れています。どうせなら学会も作ろうと、セレンディピター・ラボという国際学会(会員200人)を立ち上げました。
また、セレンディピター開発で培った技術をベースにベンチャー(株式会社CYBO:新田尚社長)を作り、細胞ビッグデータとAIを活用したイノベーションに挑戦しています。

写真4:株式会社CYBOが事業化を推進中の細胞解析プラットフォーム
写真4:株式会社CYBOが事業化を推進中の細胞解析プラットフォーム

小グループをつないで大きな方向性を示す人がグローバルリーダー

――ImPACTのセレンディピター開発には、物理、化学、情報科学、機械、電気、微生物学、医学などの研究者200人以上が参加され、合田先生はその方々を統率するプログラム・マネージャーとして大活躍されました。異分野の人たちを統率するリーダーのあり方について、ご意見をお聞かせください。

合田 日本の研究者は、いわばタコツボ型の人が多いことが課題です。異分野の技術を統合するにはマネジメントがすごく重要で、私は「グローバルリーダー」という考え方を重視しています。
グローバルリーダーというと、英語等を使って各国の研究者をまとめるというイメージですが、研究者たちは学術分野別、世代別、産業別、国別などのローカルグループを構成しています。
そのためグローバルリーダーは、これらの多様なローカルグループをつないで大きな方向性を見出し、皆を導ける人でなくてはなりません。単に声や態度が大きい人では務まらないのです。
例えばスティーブ・ジョブズ氏はテクノロジーとアートをつなぎ、大村先生は化学と微生物学を、宮沢賢治も文学と地質学をつないだグローバルリーダーでした。

マネジメントの仕方には、ヒエラルキー型(縦割り型)とフラット型(ネットワーク型)があります。日本の大企業の多くはヒエラルキー型で、ビッグテックなどIT企業はほとんどネットワーク型です。ヒエラルキー型はタコツボ型になりがちで、知識の伝承はうまく行きますが、同質型人間が多い。一方、フラット型は異質型の人が多く、多様性があるのが特徴です。
日本では行政組織も予算も縦割りです。単一分野の研究には強いのですが、異分野融合の研究はあまり支援できる体制になっていません。従って「いかにヒエラルキー型の文化から、フラット型(ネットワーク型)にするか」がImPACTでの私のスタートラインでした。大学や学術分野の壁を壊し、上下関係につながるような教授と学生の区別をなくすために、呼称も全員「さん」付けで呼ぶことから始めました。

一般教養を学ばない日本の大学。他の分野の重要さが分からない

――先生は、グローバルリーダーの育成には大学で一般教養(リベラルアーツ)を学ぶことが大切だと力説されていますね。

合田 一般教養がなぜ重要かというと、これがないと他の分野で何が行われていて、何が重要なのかが分からないからです。日本の大学は、以前は一般教養を重要視していましたが、今は専門教育に偏っています。教養学部については、旧帝大も東大以外はやめてしまいました。
一方、米国の大学はリベラルアーツ教育を重視しており、多くの私立大学や公立大学は最初の2年間はしっかり一般教養を学び、その後、専門科目を決めます。これがリーダー教育にも直結しています。研究者をコマンダー(指揮官)とソルジャー(戦士)に分けるとすると、米国の大学は主にコマンダー教育をし、移民が占めるソルジャーの言っていることや今何が重要かを理解できる人材を育成しています。日本はソルジャーやスペシャリスト育成の教育をしてその中からコマンダーに向きそうな人をコマンダーに据えるので、なかなかグローバルリーダーとなる人材が育ちにくい環境にあります。
こうした問題が日本のヒエラルキー型の背景にあるので、ImPACTではまずそこを壊してフラットな新しい関係性を創り上げることで、200名もの優秀な研究者の方々が存分に力を発揮していただけるようにしたのです。2018年に米国の科学誌『Cell』に掲載された論文には、国内外の各分野の共著者が51人も名前を連ねました。グローバルリーダーの役割の重さが分かっていただけると思います。

東京大学Serendipity Labメンバーの集合写真(前列右端が合田教授)
東京大学Serendipity Labメンバーの集合写真(前列右端が合田教授)
 
この取材は、新型コロナウイルス感染症拡大防止の観点からオンラインで実施しました。
 
TEXT:木代泰之、写真・図表の提供:合田圭介教授

※日本IBM社外からの寄稿や発言内容は、必ずしも同社の見解を表明しているわけではありません。

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