イノベーション

デジタル・トランスフォーメーションを成功に導くには――【前編】CTOの果たす役割を議論

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革新的な既存企業がテクノロジーで反攻に転じた

2019年9月18日、デジタル・トランスフォーメーション(以下、DX)を成功に導くため、テクノロジー・リーダーにどんな役割が求められるのか議論する場を持ちました。

参加者は、日産自動車株式会社(以下、日産自動車) フェローの久村 春芳氏、名古屋商科大学 ビジネススクール 教授の澤谷 由里子氏、日本IBMの池田 和明です。そして、日本IBM CTOの久世 和資が進行役を務めました。


久村 春芳氏

日産自動車株式会社 フェロー
 
 

澤谷 由里子氏

名古屋商科大学 ビジネススクール教授
 
 

池田 和明

日本IBM執行役員 戦略コンサルティング&デザイン統括
 
 

久世 和資

日本IBM 執行役員 最高技術責任者
 
 

議論に先立ってまず池田が、IBMが世界中の経営層に毎年インタビューを行っている調査の最新レポートから一部を紹介しました。

これによると「今後2~3年の間に自社に最も影響を与える外部要因」として、経営者が最も高い関心を持っているのがテクノロジーです。また、「業界の創造的破壊を主導している企業は」という質問に対して、最も多くの経営者から寄せられたのが「業界内のリーダー企業」という回答でした。

「ちなみに2015年の調査で後者の質問に対する回答のトップは、アップル、グーグル、アマゾンなどのいわゆるデジタル・ジャイアントで、そこから考えるとこの数年でDXを取り巻く世界の様相は大きく変わってきています。革新的な既存企業がテクノロジーで反攻に転じているのです」と池田は強調しました。
 

継続的なイノベーションを支えるデジタル・プラットフォームを構築せよ

今回の議論の起点となったのは、「10年先のビジネスを作っていくためには、創造的破壊につながる大胆なな取り組みが必要になる」という課題です。

新しいビジネスを創出するには、業界の構造(仕組み)から変えていく必要があり、そこで注目すべきは、「新しいユーザーを見つけること」です。

例えば近年は「若者の車離れ」が叫ばれているように、車を買わず、運転もしないという若い世代が増えていますが、一方でUberのような配車サービスを上手く利用するユーザーも増えています。こうしたモビリティ・サービスに対する潜在的なニーズを捉え、新しい価値を発見し、対応することが求められるのです。

これまでの技術革新は研究開発だけをベースに進められてきましたが、今後問われるのは、研究開発を生かし、新しい価値を技術に作り込むデジタル・イノベーションにほかなりません。そこに踏み出せるかどうかが、DXの先進企業とそうでない企業の大きな違いとなって表れます。

「実際、DXで先行する企業は、ITの汎用化と顧客体験の革新による差別化を図り、新たな価値を創り出すことに注力しています。また、直接的な顧客だけでなく、その先にいるエンドユーザーであるお客様、サプライヤーなどを含めたすべてのステークホルダーとの価値共創を進め、不確実性が増大していく中で変化に対応しようとしています。CTOが果たすべき最も重要なミッションは、これらの取り組みを支えるリアルとデジタルの両面のエコシステムを創出し、継続的なイノベーションを実現していくデジタル・プラットフォームを構築することにあります」と澤谷氏は説きました。

これが今回の議論における各参加者の共通認識となりました。

もっとも、DXはCTOが1人で成し遂げられるものではありません。「すべての責任を1人に負わせるのではなく、チームが協働し、推進していく場(体制)を作る必要があると考えます」と池田は意見を述べました。また、「だれもが“顧客中心”の大切さを頭では理解していても、なかなか実現に至りません。しかし皆で協働し、体験を重ねていくことで、会社の行動が変わることがあります」と澤谷氏も語りました。

では、チームの協働をどうすれば活性化することができるでしょうか。その源泉となる全社的なコンセンサスを、今回の議論では「大義」と称しました。

例えば日産自動車は、エネルギー、地球温暖化、交通渋滞、交通事故といった自動車業界を取り巻くネガティブな問題に対して、「ゼロ・エミッション」、「ゼロ・フェイタリティ」を目標に掲げた取り組みを加速しています。そして、これによって創出されるクルマの未来のバリューを示したものが「Nissan Intelligent Mobility」というコンセプトです。

最先端の技術は、いまや完全な自動運転を行う自動車や、走りながら充電ができる電気自動車も現実のものとしようとしています。その先に日産自動車は、車を単なる移動の道具ではなく、人々をワクワクさせる存在に進化させようとしているのです。こうした未来ビジョンも1つの大義と見ることができます。

ただし、あるべき大義を、誰が、どこで、どうやって策定していくのか――。決して容易なことではないのも事実です。各参加者は、次のような意見を述べました。

「日産自動車では、車両データや走行実験データをはじめ膨大なデータを収集し、その分析結果をもとに、皆で議論してきました」(久村氏)

「データを集めるだけでは何も決まりません。その意味で、久村さんのおっしゃるような議論は絶対に必要です。チームで議論し、皆が腹落ちした上で大義を見定めていくことが大切です」(澤谷氏)

「とはいえチームで議論し、なんとか合意を得たとしても、それが必ずしも良い結論になるとは限らないことも難しい点です」(久世)

「議論の場には、できるだけ多様なメンバーを集めてほしいと思います。自分の専門分野以外のことも好奇心を持つメンバーが揃うことで、面白い発想が生まれてきます」(池田)

新たな大義を模索し、全社が一丸となってそこに向かっていくため、まさにCTOのリーダーシップが求められるところです。

チームとしてのケイパビリティを高めることが重要だ

さらに、CTOがいかに優れたリーダーシップを発揮したとしても、それを実行する人材がいなければDXを推進し、新たな価値を生み出すことはできません。

この議論に対して久村氏は、次のような意見を述べました。

「常に考えないといけないのは特定の個人にその能力を求めるのではなく、チームとしてのケイパビリティをいかに高めていくかです。テクノロジー、クリエイティブ、ビジネス、プロジェクト・マネジメントなど、さまざまな得意分野をもった人材の総力を結集する必要があります。その意味でも、先ほどから何度も話題に上がっている社内の研究者や技術者との協働の場を作ることが重要だと考えています。テクノロジーを常にリサーチし、新しいビジネスのビジョンを描き、やるぞと決めたらすぐに皆が集まって議論が始まる、そんな機運が日産自動車のR&D全体で高まってきています」

これを受ける形で池田が言及したのが、先に述べた業界内の「強い既存企業」に共通している特性です。世界の経営者から寄せられた回答の中で大きな差異があらわれているのは、顧客フィードバックを経営計画に反映、顧客体験とカスタマー・ジャーニーを重視、顧客価値向上のため外部と効果的連携、戦略策定・実行にラピッド・プロトタイピング採用、最善の顧客対応のため権限委譲、早い失敗を評価する企業文化、データ分析で未知のニーズ把握、製品・サービス革新にデータ活用、IoTに重点投資といった項目であり、「この結果から明らかになった強い企業の特性は、『顧客価値の共創』、『デジタル環境への適応』、『既存資産を強みに転換』の3つの力にあります」と池田は語りました。

そして池田は、日本企業が「2025年の崖」を飛び越えるためのソリューションを提案しました。それは、ユーザー体験のデザインから入ってアジャイルで変革を推進していく「ガレージ」、レガシー環境を合理化して最新化する「ファクトリー」、そして移行リスクを最小限に抑えつつDXビジョンとレガシーの両者を同期させる「ハイブリッド・マルチクラウド・プラットフォーム」といったIBMの取り組みに基づくものです。

久世は、「今回の討議から見えてきたのは、価値創出のビジョンやビジネス戦略を立てると共に、それを支える人間中心のデザインやユーザー・エクスペリエンスを追求し、変化に迅速に対応していくことの重要性です。ここで改めて浮き彫りになったのが、組織のケイパビリティを高める人材育成です。そして、IoTやAIなど、さまざまなデジタル・テクノロジーが登場する中で、うまくそれを選定するためのリーダーシップを発揮していくことが、今後のCTOに課せられた役割と言えそうです」と、今回の議論を総括しました。

デジタル・トランスフォーメーションを成功に導くには――【後編】企業が取り組むべきテーマと課題解決の方向性

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