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なぜ第一生命は「AI活用」に踏み込んだのか?コンタクトセンターの“大改革”の舞台裏

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第一生命は、コールセンターの業務改善に向けてIBM Watsonを採用。AIコンタクトセンター支援システムを導入した事例と将来の展望について語ります。

なぜ第一生命は「AI活用」に踏み込んだのか?コンタクトセンターの“大改革”の舞台裏※この記事は2019年8月に「ビジネス+IT」に掲載された記事の転載です。

日本初の相互会社として1902年(明治35年)に設立された第一生命保険。同社は非対面チャネルとして重要な役割を果たすコンタクトセンター人材の定着が積年の課題だった。保険商品ならではの特性を熟知し、一人前の業務が行えるまでに時間がかかるためだ。また、繁忙期にはお客さまを待たせてしまうケースもあり、より良い顧客体験の提供のためコンタクトセンター業務の改革は急務。そこで同社が選択したのが、柔軟に顧客要求に対応できるクラウドサービスを利用したAIコンタクトセンター支援システムの構築だった。

複雑化するコンタクトセンター業務、人材定着に課題

「一生涯のパートナー」を掲げ、最近では、保険事業のみならず、健康増進の面でもサポートを行うなど、顧客一人ひとりの期待に誠実に応える商品・サービスを提供してきた第一生命保険(以下、第一生命)。

2010年には大手保険会社の先陣を切って株式会社化を果たし、海外の成長市場にも積極的に進出している。同社のビジネスにおけるコンタクトセンター業務の位置づけについて、コンタクトセンター統括部 部長 荒木 貴幸氏は「800万名の契約者、1300万件の契約に対する応対のフロントを担う重要な役割を果たしています」と説明する。


第一生命保険 コンタクトセンター統括部 部長 荒木 貴幸氏
 

「当社は、生涯設計デザイナーと呼ばれる対面営業がお客さまとの接点の約8割を占めており、残りをコンタクトセンターが担います。コンタクトセンターは、お客さまの疑問や手続きなどの細かいお問い合わせに電話でお応えしています。また、高齢者など、自動音声での案内に抵抗のあるお客さまに対しても、シニア専用ダイヤルなどでオペレーターがきめ細かい対応を行うことが可能です」(荒木氏)

年間100万件の対応実績があるというコンタクトセンター業務の課題について、荒木氏は「経験豊富なベテランと新人に二極化している」点を挙げる。

新人で配属されたオペレーターは、手続きの種類だけで67ある業務のトレーニングを約1年かけて受け、実務経験を積んでいく。その量は「10センチほどの分厚いマニュアルが4冊ほど」で、これらをすべて覚え、オペレーター業務を継続することは大変で「育成期間中に退職するケースもある」ということだ。

同社 ITビジネスプロセス企画部長の若山 吉史氏も「社員の定着は積年の課題でした」と語る。

第一生命保険 ITビジネスプロセス企画部長 若山 吉史氏
第一生命保険 ITビジネスプロセス企画部長 若山 吉史氏
 

「保険商品は“息の長い”商品です。数十年前に販売した保険商品の手続きが残っていて、レアケースとして対応するシーンがあります。また、同じ手続きでも商品や加入年によって条件が異なることがあり、それらを確認しながら正確に手続きを進めるためには、豊富な知識とそれを使いこなす実務経験が必要なのです」(若山氏)

加えて、コンタクトセンターには、電話件数が時期によって大きく変動するという課題もあった。「年に一度、年末の控除証明書がお客さま全員に発送されるのですが、その反響入電が10月から11月にかけて多くかかってきます」と若山氏は明かす。

「その件数は通常の1.5倍程度にのぼり、繁忙期は95%程度の応答率にとどまっています。つまり、コンタクトセンターに電話をいただいたお客さまをお待たせしてしまうことがあります。アウトバウンドコールの人員をインバウンドに配置するなどの対応をしていましたが、人員配置だけでは吸収することが難しい状況にありました」(若山氏)

そこで第一生命では、コンタクトセンター業務の大改革に着手する。

プロジェクトの終了も視野に、緊張感を持ってPoCを実施

第一生命では、コンタクトセンターの課題解決のため、さまざまなソリューションの検討に入った。若山氏は次のように述べる。

「かねてより、IBM社よりAIテクノロジーの活用について提案を受けていました。具体的には、保険金支払の査定業務において、診断書をAIに読ませ、支払保険金の算定を支援するもの。IBM社のコンサルの結果、話し言葉や書き言葉といった自然言語を理解するAIテクノロジーが、コンタクトセンターの課題解決にも寄与する可能性があることが分かりました」(若山氏)

そこで、業務での適用可能性の検証が行われることになる。この「AIコンタクトセンター」に向けた技術検証には、部門横断のプロジェクトチームが組織され、新たな技術をテストするための特別予算が組まれた。

「検証は、IBM Watson(以下、Watson)の日本語対応前の段階から実施しました。検討から実装まで時間をかけてはいたものの、途中でチェックポイントを定め、求めるクオリティに達していなければプロジェクトを終了する条件を付し、緊張感を持って行いました」(若山氏)

Watsonの自然言語処理の能力の高さ・先進性が決め手

Watson採用の決め手について、若山氏は「生命保険のビジネスは、お客さまとの契約で成り立っています。契約、すなわち言葉の意味を理解し、処理できるテクノロジーを活用しない手はないと考えました」と述べる。

実現したかったのは、加入者とオペレーターの会話を認識させ、より迅速に適切な回答をオペレーターの端末に表示することで、応対品質の向上を図ることだ。単純なキーワード抽出・検索とは違い、人間同士の会話内容から質問者側の意図を認識し、回答を表示する性能が求められる。


AI技術をコンタクトセンターに導入する場合、いくつかの選択肢があるが、第一生命ではオペレーターがAIに問い合わせるのではなく、AIが加入者とオペレーターの会話を横で聞いて、自動で、迅速に回答候補をオペレーターに提示するシステムを目指した
 

荒木氏も、「検討時点で会話の内容を理解するところまで達していたテクノロジーはWatsonだけでした」と振り返る。特に、日本語は表現が多様であるため、コンタクトセンターに寄せられる加入者からの電話で、名義変更が必要なケースで、「最近、引っ越した」という話から始まるケースがある。

こうしたケースで、単に会話の中のキーワードを抽出し、関連するキーワードをマッチングするようなアルゴリズムでは、必要な手続きを網羅的に提示することは難しい。「キーワードではなく、前後の文脈から会話の内容を理解する」Watsonが最も先進的だったのだ。

インフラにはコンテナ技術などを活用、将来を見据え可搬性の高いシステムに

AIコンタクトセンターのインフラを支えるIBM Cloudの可用性の高さもポイントだ。今回、東京近郊の複数データセンターにより構成されるアベイラビリティー・ゾーンに配置し、「保険業務システムに耐え得る高可用性」をIBM Cloud上で実現した。日本アイ・ビー・エム IBM Cloud Platform テクニカル・セールス シニアITスペシャリストの古川 正宏氏は、「IBM Cloudはオープンテクノロジーに基づいたエンタープライズ向けのサービスを提供し、Watsonなどの先端技術を活用したサービス群と、専用線接続やオンデマンドで利用できるベアメタルサーバなど高いセキュリティ性をもっているのが特徴」だと述べる。


万が一データセンターが停止してしまっても、分散配置されたデータセンターによって連続稼働が可能な高い可用性を備えている
 

アプリケーション開発にもクラウドネイティブなテクノロジーが遺憾なく発揮された。この狙いについて古川氏は「CX(顧客体験)やEX(従業員体験)が重視される中で、利用者にとって使い勝手が高いシステムとなるよう、アプリケーションの機能追加や改修などを頻繁に行うため、柔軟性を高める必要がありました」と述べる。

アプリケーションをコンテナ化し、IBM Cloud上のKubernetesサービスで稼働させ、マイクロサービスなどクラウドネイティブなテクノロジーを活用した。これにより、迅速に機能強化や変更を行い、繁忙期に処理能力を増やすような構成変更が、メニュー画面から簡単に設定できる、柔軟なシステム構成となった。

若山氏も、「コンテナ技術を始めとするクラウドネイティブな技術を用い、アプリケーションの可搬性を高めていくことは、これから対象業務を拡大する際に、ベンダーロックインを防ぐ意味でも重要な選択肢でした」と語ってくれた。

電話応対時間の5%削減や、オペレーター定着を期待

こうして実現したAIコンタクトセンターは、2019年4月から先行導入されたばかりだが、導入効果として「電話応対時間の5%削減」を目論んでいる。荒木氏は「オペレーターのマニュアル参照の時間が大幅に削減されるだけでなく、教育時間の削減、経験不足によるオペレーターの不安の解消といった効果も期待できます」と述べる。

新人オペレーターにはスーパーバイザーがサポートに付き、半年、1年と経過する中で徐々にサポートの関与の頻度を下げていくが、AIコンタクトセンターによってさらにサポートがなされることにより、オペレーターの定着率の向上にも寄与することが期待される。

AIコンタクトセンターの仕組みでは、まず音声認識により、電話の会話内容を文字に置き換える。そして、その文章の中から関連性が高いと考えられる手続きのカテゴリーをオペレーターの管理画面に表示する。「関連があるカテゴリーは色が変わり、さらに関連性が高くなると色が濃く表示される」ということだ。

システム開発をすすめる中で工夫した点について、荒木氏は、「会話の流れに沿って、お客さまの話題は移り変わっていくが、話題の移り変わりに単に追従するのでなく、適切にサジェスト内容を動的に変えていく」点を挙げた。

「会話の内容によりAIがサジェストする内容が変わるが、オペレーターが最終的にお客さまにご案内差し上げる内容は、最初に表示されたサジェストとなるケースもあるのです。このため、会話の進行とともに関連度が高いカテゴリーの背景色を濃くする一方で、移り変わった過去のサジェスト内容の背景色も残すよう、UIを工夫しました」(荒木氏)


オペレーターが見る実際の画面。通話が進むにつれ、話しているカテゴリに色がつき、それが濃くなり、また消えていく。各カテゴリの中には回答候補のQAが表示され、オペレーターは通話中にQAの表題をクリックすると、回答の中身を見ることができる
 

Watsonに学習させる教師データをどのように加工、整備したのだろうか。荒木氏は「元となるQ&Aは、定型的な問答はマニュアルを、マニュアルにないレアケースの問答については、スーパーバイザーがヘルプに入った過去のケースなどから形式知化していきました」と説明する。

最初の学習データ整備の際は、他社のAIを用い、話し言葉から書き言葉を抽出する作業を行い、「書き言葉をQ&Aデータに加工する作業は人力で行った」という。

今後は、実際のインバウンドのコールから教師データを増やしていくためにも、難易度の高い用件時にスーパーバイザーがオペレーターのヘルプに入る「手挙げ」と呼ばれる体制を継続し、応対の形式知化を進めていくそうだ。

導入後の現場の声として、荒木氏は、「この会話から、このQ&Aがサジェストされるのはファインプレーだという声があった」と話す。Watsonによるサジェストが、スーパーバイザーのサポートに匹敵する実績が出はじめている。

一方で、Watsonによるサジェストの正誤率、精度向上にはデリケートなバランスがあるとも荒木氏は述べる。

「単純にWatsonに学習させるデータを増やせば、サジェストの精度が高まるかといえばそうではありません。新たな商品が登場した際や、問い合わせ内容や応対にバラツキがあるときは、それらの履歴を学習データとすることで、かえって全体の精度が落ちるケースも考えられるからです」(荒木氏)

今後は、チューニングのための学習データの調整に試行錯誤を続けていきたいとのことだ。

コンタクトセンターだけでなくAI対象業務拡大を目指す

今回のAIコンタクトセンター導入プロジェクトを通じたIBMの支援体制について、若山氏は、「AIは導入して完成ではなく、学習させ、精度を高めていくことが、対象業務拡大のためにも重要。難しい課題に挑戦したプロジェクトが完遂できたのは、IBM社の支援のおかげです」と振り返る。

大切なデータがパブリックネットワークに出ない構成が取れるなど「IBM Cloudのセキュリティ性の高さ」も今回IBM採用の一因となっているようだ。「社内規定の制約上、クラウドを利用する際のデータの保存先は、国内のデータセンターである必要があった」と若山氏は述べ、今後も、「社内のクラウド利用に関する基準に照らし、安全に、安定してアプリケーションやデータを保存する体制継続に協力をお願いしたい」とIBMに対する要望を述べた。

今後は、コンタクトセンターのオペレーターの仕事を変革していきたいと荒木氏は展望を述べてくれた。

「コンタクトセンターはその専門性の高さから、どうしても縦割り組織になりがちです。しかし、AIコンタクトセンターによって、オペレーター1人で対応できる範囲を広げることで、あらゆるお問い合わせにスムーズにお応えできるよう、お客さまの利便性向上を図っていきたいです」(荒木氏)

若山氏は、夜間や休日など、これまで対応できなかった時間帯に、お客さまへの利便性を提供できるようになると抱負を述べるとともに、お客さま第一主義の実現に必要な「人」の役割について、以下のように言及した。

「コンタクトセンターだけでなく、保険金支払の査定業務においてもAIが診断書類の内容から支払判断を行うなど、他の業務にコグニティブテクノロジーが活用できれば、さらなる顧客価値の提供につながると思います。とはいえAIのテクノロジーはまだまだ進化中。その際に重要なのが、AIではカバーできない複雑な業務を担い、また、AIに教える『人』の役割。AI活用が進んでも、人にしか担えない仕事は残ります。その意味からも、私たちは、AIが仕事の効率化や省力化に寄与することはあっても、人の仕事を奪うことはないと考えています」(若山氏)

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