テクノロジー・リーダーシップ

これからのデジタルサービス開発における10の提言(後編)

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「これからのデジタルサービス開発における10の提言」前編(提言1〜5)では、顧客接点、組織構造、プロセス、カルチャーの領域に属する提言を紹介しました。

このブログでは後編として、技術基盤領域に属する提言を中心に解説します。

 

提言6:リモート開発にも対応できる共創スタイルの整備 [技術基盤]

コロナ禍の長期化が懸念され、リモートワークが今後の社会の「新しい生活様式」になると言われています。企業においても、リモートワーク環境の整備を急ピッチに進めなければ、業務継続性の確保だけでなく、優秀な人材の確保にも出遅れるリスクがあります。しかしながら、リモートワークには、オンサイトでの協働に比べて生産性の低下や、多様化する作業環境に起因するセキュリティーリスクなどが指摘されています。

これらに対処するために、TV会議システムやチャットなどのコミュニケーションツールを活用して協業する仕組みの構築、プロジェクト管理ツールやファイル共有ツールを活用した作業進捗や作成物の可視化、アジャイルセレモニーの運用ルールの定義などが必要となってきます。また、自宅や国内外の各拠点から社内の開発環境などへのセキュアなアクセスの実現など、開発のライフサイクルを安定的・効率的に回すための環境やツールの整備が必要となっています。

日本IBMでは、リモートでの共創型ワークショップやアジャイル開発の実績を多数保有しています。また、クラウド技術を活用したセキュアなリモート開発ソリューションを提供しながら、お客様の支援を行っています。

提言7:SoRシステムとの協調とSoR 自体の俊敏性の向上 [技術基盤]

アジャイル手法は、デジタルサービスに代表される変化の激しいフロント領域であるSoE(System of Engagement)の開発に適した手法です。企業におけるSoEは、殆どの場合、従来型開発手法が適用されるバックエンド領域のSoR(System of Record)との連携が必要である。企業が提供するサービスに求められる品質をデジタルサービス(SoE)で確保するには、SoEとSoR間の業務イベントや業務シナリオを用いた連携テストの実施は必須条件です。考慮すべきは、SoRの技術的・開発手法的な制約から、一連のテストを段階的に実行することが求められる点です。

また、一般的な企業における重厚な意思決定プロセスを考慮すると、新規開発のデジタルサービスに関するスコープ、画面デザインなどの要件やアーキテクチャーを、アジャイル開発のスプリント期間(1〜4週間)内で合意形成するのは困難です。

これらを考慮すると、高い品質が求められSoRシステムとの連携が前提となる企業のデジタルサービスの新規開発においては、ハイブリッド型のアジャイル開発を推奨しています。この中では、画面デザインやアーキテクチャーなどの基本的な要件は開発着手前に合意します。合意された要件を元に、SoEシステムの開発をアジャイル方式で実施します。SoRシステムの開発・改修が必要な時は、当該システムに適した方式で並行して実施します。そして、両者が合意したタイミングで再度合流し、品質を確保するための連携テストを実施し、デジタルサービスのリリースへとつなぎます。

初回リリース後の機能拡張・保守局面においては、状況は異なります。初回リリースにおいてユーザー体験やデザインコンセプトなど基本的要件が合意済みなので、拡張要件の合意は容易になり、SoRとの新規の連携範囲も限定的になると想定されるからです。また、SoEに閉じた改修には、SoRとの大規模なテストは不要です。結果として、機能拡張・保守局面においては、SoE領域の純粋なアジャイル化を志向できます。

SoRの俊敏性の向上は、もう一つの重要かつ達成すべき課題です。SoR領域の変革に対するリスクは、周知の様に経済産業省のDXレポートでも「2025 年の崖」として述べられています。日本IBMでは、2020年6月に発表した「オープン・ソーシング戦略フレームワーク」において、SoR領域であるビジネス・サービスの変革の推進にコミットし、挑戦しています。

提言8:デジタルサービスを支えるシステム基盤/運用保守スキームの整備 [技術基盤]

デジタルサービスに求められる俊敏性を提供するためには、サービス開発の俊敏性だけではなく、サービス提供を支えるシステム基盤構築やその運用における俊敏性を高める必要があります。ビジネスが要求する俊敏性とサービスの安定性・信頼性と言う、相反する要求を両立させたシステム構築と運用が求められているのです。

この状況に対処するために、バイモーダルITモデルを適用し、異なる2つのモード(モード1: SoR、モード2: SoE)を融合したシステム基盤運用を推進すべきと考えています。安定性と信頼性が求められるモード1領域の手法・考え方・文化を、変化への対応を重視するモード2領域にそのまま適用することはできません。

モード2領域においては、ビジネスや開発のスピードに対応しながらもサービスの継続提供に重点を置いたSite Reliability Engineering (SRE) の考え方に沿った運用への転換を目指し、そのための体制・文化づくりを行うべきです。SREの考えを理解し実践できる人材の育成、サービス継続を指標とした稼働率管理や改善のためのサービス停止の許容などの運用ポリシーの変更など、モード1のシステム基盤運用にはなかった新しい考え方を導入し、浸透させていく必要があるのです。

モード1システムにおいては、コンテナ化が可能な業務領域に対するモード2への移行を検討してください。モード1として残る領域では、SREの基本概念である徹底的な運用自動化を適用し、自動化による俗人的な運用からの脱却、効率的な運用の実現進め、モード2運用との親和性を高めることで、バイモーダルITの運用の実現を目指すべきと考えています。

提言8 デジタルサービスを支えるシステム基盤/運用保守スキームの整備

日本IBMでは、2020年6月に発表したDSP(Digital Service Platform) に対して、モード2に対応したSRE運用モデルを適用しており、新しい金融システム基盤運用の確立を推進しています。

提言9:デジタルサービスの継続的な改善を実現する体制の確立 [技術基盤]

従来のシステム構築では本番リリース後は、システムの安定稼働を最重視してシステムを凍結することが一般的でしたが、この考え方は継続的な改善が求められるデジタルサービスでは通用しません。

ユーザー体験を継続的に改善・向上するには、ユーザーからのフィードバックが欠かせません。サービスの継続的な改善を実現するには、フィードバックを収集・蓄積する力、分析する力、応えていく力に加えて、これらをPDCAサイクルで実行する組織が必要です。フィードバック情報としては、アプリストアでのユーザーレビュー、SNSでの評判といった情報から、システムの操作履歴、プッシュ通知の応答、など多種多様な情報が活用できます。

そして、これらの情報を分析し洞察を得ることにより、ユーザーがどのようなシーンでどんな体験をし、どのような感情が生まれているかを推察することができるのです。改善策の決定においては、担当者の思いつきだけではなく、定量的な分析結果、つまりデータに基づく意思決定を行うことが重要です。サービスの初期開発に満足せず、フィードバックの分析からサービス要件を当初計画に縛られることなく変えていき、「価値あるサービス」を開発し続ける体制の構築が不可欠と考えています。

変更を素早く市場にリリースするには、変更に対する品質確認をより短時間で行う必要があります。このために、テストなど必要な作業を可能な限り自動化し、アプリコードに修正が入ったタイミングで自動的にビルド、テストを行い、本番環境にリリースするための、CI/CD(Continuous Integration/Continuous Delivery)環境が重要となります。

提言10:デジタル変革のためのロードマップの策定

ここまでの議論で次世代のデジタルサービス開発の構築を行うにあたり考慮すべき事項を、顧客接点、組織構造、プロセス、カルチャー、そして、技術基盤の領域に整理して提言してきました。結果として、サービス開発手法の変革だけではユーザーやマーケットに真に求められるサービスの開発は不可能であり、パラダイム(視点)、組織、やりかた(プロセス)、考え方(カルチャー)も含めた総合的な変革が求められていることがわかりました。コロナ禍の後の世界では、この変革の必要性は加速することはあれ、小さくなることはないと思われます。

しかしながら、一足飛びにそのような変革ができるとは考えていません。また、顧客とのチャネルが非対面になり、デジタルでの処理が主流になったとしても、既存のルールやプロセスの維持が求められる領域も存在します。大切なのは、業務やシステムの特徴や制約を熟慮し、維持すべきところと変えるべきところの優先度や影響を考慮した上で全体最適の視点で意思決定を行うことであり、中長期的視点でのロードマップに則ったデジタルサービスの提供とビジネスモデルの変革を目指すことだと考えています。

全方位的な大きな変革には、組織における合意形成の難易度が非常に高くなる可能性が高く、結果として何も変える事ができなかった、という状態になる恐れもあります。アジャイルの基本的な考え方の一つである「まずやってみること」が大きな変革への第一歩であり、最も重要なアクションではないでしょうか。

さいごに

今回は2回にわたり「オープン・ソーシング戦略フレームワーク」の活動として整理した、これからのデジタルサービスの開発における「10の提言」を紹介させていただきました。

これからのデジタルサービスの開発における「10の提言」

デジタル変革の波は全ての業界・企業に平等に押し寄せていますが、これが脅威となるか機会とするかは、向き合い方次第であり、今後の競争力を大きく左右することになるでしょう。大きな変革はまだ始まったばかりです。これから乗り越えようとされている全ての業界・組織の皆様と共に、新しいデジタルサービスの共創を推進していきたいと考えています。


前編の提言1〜5「顧客接点、組織構造、プロセス、カルチャーの領域に属する提言」についての解説はこちら

柿本 達彦
筆者:柿本 達彦
日本IBMグローバル・ビジネス・サービス事業本部 iX事業部 エグゼクティブアーキテクト/アソシエートパートナー金融機関の基幹システム再構築などの、大規模複雑プロジェクトをリードアーキテクトとして長年担当。2015年よりモバイル活用を中心とした、デジタル変革ソリューションの策定や実現をリードしている。

 

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