テクノロジー・リーダーシップ

これからのデジタルサービス開発における10の提言(前編)

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近年あらゆる業界でデジタル変革の必要性が議論されている中で、今年に入りコロナウィルスによるパンデミックが発生し、人との接触を避ける非対面チャネルの重要性が高まるとともに、デジタル変革への取り組みの重要性がさらに増してきています。
このブログでは、多数の顧客企業とともに新規デジタルサービスの創出やデジタルサービスの開発を支援してきた経験を基に、顧客接点であるフロントサービスに焦点をあてて、これからの時代のデジタルサービス開発のあり方を解説します。

柿本 達彦
筆者:柿本 達彦
日本IBMグローバル・ビジネス・サービス事業本部 iX事業部 エグゼクティブアーキテクト/アソシエートパートナー

金融機関の基幹システム再構築などの、大規模複雑プロジェクトをリードアーキテクトとして長年担当。2015年よりモバイル活用を中心とした、デジタル変革ソリューションの策定や実現をリードしている。


デジタルサービスの必要性

2010年代においてITとビジネスの融合が急速に加速し、あらゆる業態においてデジタル変革(Digital Transformation, DX)の必要性が提唱されています。ユーザーがインターネットに常時接続され、非対面チャネル経由でのIT技術を活用したサービスを提供できる環境が整備されました。また、世の中にモノが溢れ、消費者が重要視する価値が「モノからコト(=ユーザー体験)」に移動した10年であり、この流れは止まることはないでしょう。

日本IBMでは、ユーザー体験の創出には企業向けデザイン思考Garage手法を、合意されたUXを実現するデジタルサービスの開発手法にはアジャイル手法を活用しながら、お客様のご支援を行っています。デジタルサービスを支えるシステム基盤には、クラウド環境やコンテナー技術が活用されています。しかしながらこれらの手法・技術要素の適用は個別最適化された状態で実施されており、ビジネスとして継続して改善できるサイクルを確立しているケースは希有であると考えています。

日本IBMでは、金融業界の顧客とデジタル変革を共に推進するための包括的な枠組みである「オープン・ソーシング戦略フレームワーク」を2020年6月に発表しました。当フレームワークの中で定義される「金融デジタル開発」専門家コミュニティの活動として、長年にわたるサービス創出支援とアジャイル手法でのデジタルサービス開発支援の多数の経験から導かれた課題や改善点、実施すべき対策を整理し、これからのデジタルサービスの開発において考慮すべき事項を「10の提言」として整理しました。

本稿では2回にわたり、これらを紹介したいと思います。なお、提言を整理するフレームワークには、海外先進金融機関A社におけるフレーム(顧客接点、組織構造、プロセス、カルチャー、技術基盤)を採用しています。

提言1:ユーザー体験が主導するサービス設計・業務プロセス設計 [顧客接点]

企業が顧客向けに提供するモバイルアプリに代表される非対面デジタルサービスは、ユーザー目線ではなく提供者目線でサービスが設計された結果、アプリストアでのユーザー評価が芳しくなく、辛辣なレビューが投稿されているものも少なくありません。

サービスの選択権がユーザーに移行した現在、デジタルサービスの検討や改善は、ユーザー目線で求められる体験の検討から始めるべきであり、日本IBMでは共創型ワークショップを通じた支援を行っています。銀行口座の短時間での開設といった、「要求に対する応答の速さ」がデジタルチャネルで望まれるユーザー体験の代表例であり、それを実現するためのサービス設計や業務プロセスの変革が必要となります。既存の業務プロセスに依存しない、デジタルチャネルの再定義が必要なのです。

さらに、デジタルチャネルだけでなく店舗やパートナー企業といった、顧客向けの全てのチャネルにおいて一貫性のあるユーザー体験の提供を行うことで、一貫した企業イメージに加えて、継続してサービスを利用してもらうための安心感を顧客に与える事ができます。このために、顧客のユーザー体験に加えて、従業員やパートナー企業社員に提供すべきユーザー体験の設計を行う、UX Firstのアプローチを今後のデジタルサービス設計の基本アプローチとすべきであると考えています。

提言2:デジタルサービスを推進する組織横断的な推進チームの確立 [組織構造]

優れたユーザー体験を実現するために、デジタルサービスは複数の商品、業務領域、顧客セグメント等に跨がるサービスとなることが常です。このため、既存の組織・業務間の競合、事業部門とIT部門間の溝、既存システムと新サービスとの競合など、様々な対立が発生し、デジタルサービスの推進を妨害する恐れがあります。

この課題に対応するために、金融デジタルサービスの推進を目的とした、組織横断的なチームを編成し、異なる事業部門間でのサービスの「共創」と、事業部門とIT部門によるサービスの「共創」という、二軸の共創の推進を行うべきです。

提言2デジタルサービスを推進する組織横断的な推進チームの確立

前述した様々な対立を乗り越え、新たなビジネス価値の創出に挑戦する姿勢や、価値を産んでいない既存システムを捨てる勇気がなければ、ビジネスに貢献するデジタルサービスの開発は困難だと考えています。社内の合意形成を確立し横断チームの活動を組織として支援するためにも、経営層によるコミット、強力なバックアップが必要となります。実際、経済産業省のDXレポートにおいても、DX推進における経営層の強い推進力の必要性が指摘されています。

提言3:アジャイル開発を前提とした、社内プロセス・権限委譲・契約形態への変革 [プロセス]

アジャイル開発は、短期間の繰り返し型開発で動くソフトウェアを作り上げるという特徴を持つため、ウォーターフォール型に代表される従来型開発と比較すると、要件定義・設計・開発・テストといった工程が短期間に凝縮されています。

一方で、従来型開発をもとに整備されてきた品質管理や本番リリース承認などのプロセスが、従来型のままでは、社内のリリース承認を得るために開発済みアプリのリリースを一週間待たないといけない、といったアジャイル開発の俊敏性(Agility)を阻害する事態が発生し得ます。これを避けるためにも、デジタルサービス向けにアジャイル開発を前提にした社内プロセスを整備していく必要があります。

また、短期間のうちに迅速な意思決定を行っていくために、開発現場の責任者や開発チームへの権限委譲を実現しないと、俊敏性の阻害要因となってしまいます。例えば、画面デザイン変更のための決裁を待つために開発が止まってしまう、という自体が発生しうるのです。

さらに、契約面においても変える必要があります。従来型であれば、発注者は開発ベンダーに対して、「自社の要求にかなうシステムを発注してその納品を受ける」という請負契約の構図が一般的ですが、アジャイル開発の場合は「必要な開発力を調達する」という構図に変化します。そもそも、アジャイル開発は、フロントデジタルサービスに代表される、ニーズの変化が激しく事前の完成定義が困難である領域に適した開発手法であるため、開発内容の確定を前提とした請負契約ではなく、準委任型契約が推奨されています。

ただし、準委任型契約では開発ベンダー側が完成義務を負わず、その責務を発注者側で負うことになるため、発注者側での体制強化を通じてプロジェクト関与度合いを高める必要があります。

提言4:ベンダーとの共創の場の整備 [カルチャー]

従来型のソフトウェア開発工程は「計画駆動型」であり、事前に計画した内容を着実に実行に移していく方式です。この開発方式を要求の変化が激しい領域のシステム開発に適用すると、「予算の中でなるべく変化に追従して投資対効果を高めたい」発注者側と「コストと時間の中で事前に定めた範囲と要求仕様に沿って計画通りに遂行したい」開発ベンダー側とで対立が発生し、双方が同じ目的の元で協業することが難しくなります。

顧客価値を最大化するためには、システム開発に携わる全ての関係者が目指す価値を共有し、これに専念できる場を整備し、価値を高めるための計画変更を是とした「価値駆動型」の開発を行う必要があると考えます。この場があることで、ビジネスのプロである発注者側とシステム開発のプロである開発ベンダーそれぞれの得意領域を生かし、より高い価値を生み出せるよう協業する関係性、つまり「共創」が実現できます。

お互いへの尊敬によって「共創」を実現し、より高い価値を創出する事が可能となるのです。日本IBMでは、IBM Garageをこの場を創出するための手法として展開し、多くのお客様を支援しています。

提言4ベンダーとの共創の場の整備

提言5:失敗を許容し、変化し続けることを志向するマインドセット [カルチャー]

コロナ禍を契機にデジタル変革は加速し、企業は新サービスを創り出す挑戦に迫られています。この挑戦には正解が無いため、トライ&エラーを繰り返して、価値あるサービスを再定義していく柔軟性が必要となります。そのためには、「まずやってみる」姿勢を尊重し、失敗を受け入れ、変化し続けることを志向するマインドセットの醸成がキーポイントとなります。成長志向のマインドセットを醸成するためには、チャレンジが評価されづらい企業風土を改め、失敗を恐れず挑戦する企業文化への転換、当初計画に固執せず状況に応じて変化できる柔軟性、成功するまで挑戦し続けるプロセスの整備などが必要だと考えています。

「企業文化は戦略に勝る(Culture eats strategy for breakfast)」というピーター・ドラッカーの名言にもあるように、企業文化の転換が鍵となります。そのためには、マインドセットを身につけるための人材教育の導入、減点方式となっている評価制度の見直しなど、経営層を含めて挑戦を後押しする風土づくりが必要です。挑戦し続けるプロセスの整備には、従来のやり方をアジャイル型のプロセスに転換していくことを推奨します。小さい単位で実現・改善を行うサイクルを繰り返す中で、小さな失敗から大きな成功につなげる体験を継続的に行うことで、変革し続けるマインドセットを醸成できると考えています。

後編では「技術基盤領域に属する提言」を中心に解説します。

 

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