量子コンピューティング

2年前に設定したチャレンジを達成した IBM Quantum

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今回が初回となる IBM Quantum Developer Conferenceで、IBMはアルゴリズム探索を容易にする高性能な量子コンピューターと使いやすい量子ソフトウェアを発表しました。

IBM®は 2年前に、量子コンピューティング・コミュニティーに対して、100量子ビットとゲート深さ100を持つ量子回路を利用する量子アルゴリズムを開発するというチャレンジを提示した一方で、IBMとしてはそういった回路を1日以内に実行して正確な結果を得ることができる量子コンピューターを構築すると約束しました。

今回が初回となる IBM Quantum™ Developer Conference (QDC) の初日に、IBMの研究者はこの約束を果たしたことを発表しました。IBM Quantum Heron量子プロセッサーの第二リリースを搭載して、5,000回までの 2量子ビット・ゲート操作を含んだ量子回路を実行できる量子コンピューターを発表したのです。ハードウェア、ミドルウェア、そしてソフトウェアのそれぞれにおける画期的な進歩によってHeronは、5,000個の2量子ビット・ゲートを持った量子回路を正確に実行することができるようになりました。2023年にIBM Quantum Eagleプロセッサーを使って量子有用性の時代を宣言したユーティリティー実験の時には、2量子ビット・ゲートの数は2,880でした。

IBM Quantumのコンピューターやサービスをお使いのユーザーは、Qiskitソフトウェア・スタックおよびサード・パーティーのパートナーが提供する Qiskit Functionsを通して、この能力を利用できます。量子コミュニティーは実用規模の論文を数十とすでに公開していますが、そのようなアルゴリズム発見の作業は、量子回路の精度と規模の向上をもたらすQiskit Functionsの機能でさらに推し進めやすくなりました。

今回のQDCでは、ハードウェアおよびソフトウェアの新発表も行われており、IBMの研究者が開発とイノベーションのロードマップの実現を引き続き順調に進めていることを報告しています。このブログでは、これらの発表をご説明します。

 


IBM Quantum Heron R2

 

5,000ゲートを実行できるハードウェアの開発

5,000個の 2量子ビット・ゲートを含む量子回路を正確に実行できるようになったということは、IBM Quantum Summit 2022で発表した 100×100チャレンジを達成することができたということです。当初この数値を選択したのは、この100×100という規模が、正確な古典シミュレーションを超えた領域に達しているからでした。5,000個以上のゲートを持つ量子ルーチンの開発によって、ユーザーは量子コンピューターを使用して本物の科学発見を行い、量子優位性の探索を進めることができます。

この目標を達成するためにまず必要だったのは、ハードウェアとソフトウェアの両方での大きなブレークスルーでした。 QDC 2024 では、2023年に初めて導入された、モジュール構造を持った Heronチップの最新バージョン R2を初めて公開しました。 この新しいチップは、ヘビー・ヘックス構造に配置された 156個の量子ビットを搭載し、クロストーク・ノイズを抑制するために昨年導入したチューナブル・カプラー・アーキテクチャーを引き続き利用しています。また、主要なノイズ源の影響を軽減するために、新しい 2レベル・システム緩和を導入しました。 2レベル・システムとは、量子ビットが周辺の物質と相互作用することによって起きるノイズ源です。

長い回路を実行するには速度も必要です。回路に含まれる複数のレイヤーを次々と素早く実行できるようにする必要があります。一年を通して、私たちは量子システム・ソフトウェア・スタックに様々な更新を行い、データ移動をさらに最適化し、最新世代のランタイムを導入しました。パラメトリック・コンパイルも導入したので、パラメーターのみが変化するような回路では1回コンパイルするだけで済みます。これらの更新により、1秒当たり15万CLOPS(circuit layer operations per second、1秒当たりの回路レイヤー実行数)を達成しました。

 


2022年から2024年にかけての CLOPS増加

 

今回の発表で最も重要なポイントは、量子コンピューターおよびサービスの信頼性が向上したことかもしれません。 昨年のユーティリティー実験の実行には、カスタム回路とソフトウェアを使用する必要がありました。 今は、Qiskitのツール群を使ってこれらの実験をお客様が追試することができます。しかも、同等の回路を元々のユーティリティー論文で行われた実験よりも 50倍速く実行することができるのです。

しかし、2年前の100×100チャレンジは、IBM Quantumのハードウェアとソフトウェアの改良だけを意味するものではありませんでした。これは、そのようなシステムを活かしきるアルゴリズムを開発するよう、グローバルな量子コミュニティーに呼びかけるものでもありました。今回発表された内容に加えて、私たちは、いくつかのスタートアップ・パートナーが独自の画期的な機能をすでに提供していて、それらが Qiskit Functions Catalogの一部として提供されていることを大変有り難く感じています。これらのデモもすべて、5,000ゲートという水準に近づいています。

 

科学発見を加速する高性能な量子コンピューティング

量子デバイスが愚直な古典手法の能力を超えた回路を実行できるようになった今こそ、計算上の優位性を達成する量子回路とアルゴリズムをいよいよ見つける時です。 IBM Quantum は、研究者がこの発見を行うための強力なツールを提供します。

これらのツールはある重要な理論に基づいていますが、それは、コンピューティングが成熟するにつれて線形代数に依存するアルゴリズムが増えて、古典コンピューターでは実行できない規模の計算を量子コンピューターで可能にしなければならないということを言っています。そのためのアルゴリズムの精度は、その量子サブルーチンの精度に依存し、すなわち実行できる量子回路の長さに依存します。

このパラダイムでは、量子計算は、より大きなアルゴリズムのサブルーチンであるため、量子コンピューターが長い量子回路を実行可能であることと、高速で高性能なソフトウェアによって量子ハードウェアが利用可能になっていることが求められます。量子計算がボトルネックになるわけにはいかないのです。

 


IBM Quantum technology stack

 

今年、私たちは、量子ソフトウェアのパフォーマンスをさらに向上させるいくつかの新しいツールを発表しました。私たちはすでに、Qiskit SDKの最新の更新 (Qiskit SDK v1.0を含む)によって、量子回路を構築・トランスパイルする能力において最も高性能な量子ソフトウェアであることを示しました。しかし、Qiskitは単なるSDKではありません。Qiskitは、量子回路を実行し、開発ワークフローの一部を抽象化するツールを含む完全なソフトウェア・スタックです。私たちが行っている Qiskit の改善は、コアSDKを超えた広い範囲に及んでいます。

例えば、今年の早い時期に、IBM Quantumのプレミアム・プランのユーザー向けのプレビューとして、Qiskit Transpiler Serviceを発表しました。これは量子回路をクラウド上でトランスパイルするサービスで、AIを利用したトランスパイラ・パスによって回路の効率的な実行を可能にします。これらの新手法によって、 Qiskitパフォーマンスのテストにおいて、以前ベンチマークした回路を深さの点で 30%改善できることを確認しています。

同時に、ソフトウェアは単に速ければ十分というわけではありません。使いやすさも必要です。今年、IBMは、ワークフローにプラグインして、実用規模での新しいアルゴリズム設計に役立つモジュール・ツールとして開発された研究機能である Qiskitアドオンを発表しました。R+D へのこの効果は明白です。昨年、理研と IBMは、愚直なソリューションを超える規模の化学の問題をモデル化するために、量子中心のスーパーコンピューティング環境を使用しました。この研究は、初期 arxivから公開まで約 1年かかり、その後、この研究を SQDアドオンに変換しました。それ以来、Cleveland Clinic Foundation はこの SQDアドオンを使用して、独自の化学シミュレーションをわずか数か月で発表しています。

また、ユーザーが量子計算で分野固有のアプリケーションの探索を開始できるように、R+Dプロセスをさらに簡単化するさまざまな追加ツールもリリースしました。 Qiskit Functions Catalogの一部として、量子ソフトウェア開発の複雑性を抽象化によって緩和する Qiskit Functionを発表しました。また、Qiskit Code Assistantをプレミアム・プランのユーザー向けにプレビューとして公開しました。 Qiskit Code Assistantは、granite-8b-qiskitモデルと IBM watsonx™を利用して、生成AIによって量子計算プログラミングを迅速に記述できるようにします。

 

将来のパフォーマンスを約束する新しいイノベーション

 


IBM Quantum Crossbill (L) and IBM Quantum Condor (R)

 


IBM Quantum Flamingo

昨年、私たちは開発ロードマップを更新しましたが、これはお客様向けにリリースされるシステムの予定だけでなく、エラー訂正を備えた大規模な量子計算を実現するために必要なイノベーションの見通しも含んでいました。そして、今年の QDCでそのようなイノベーションのいくつかを実際に紹介しました。

このイノベーション・ロードマップの中心は、複数の量子チップ間でゲートを実行するための、新しいカプラーの開発計画です。今年、私たちは 2種類のカプラー開発の結果を発表しました。ケーブルでチップを接続する l-カプラーと、隣接するチップをシームレスに結合する m-カプラーです。

まず、IBM Quantum Flamingoと呼ばれる実験機によって、l-カプラーを実証しました。このマシンでは、2つの Heron R2チップを、最大 1メートルの長さを持つ 4つのコネクターで接続しています。l-カプラーを使用すると、二つの異なるチップ間で CNOTゲートを実装できます。現時点では、ベンチマークした中で最高の CNOTは実験デバイス上で、235ナノ秒の演算で ゲート・エラー率は3.5%でした。これらの数値は今後さらに改善され、2025年の終わりまでに、お客様が使用できる Flamingoベースのシステムを実運用開始します。

私たちはまた、m-カプラーの技術も IBM Quantum Crossbillというスケールアップしたデバイスに統合してプロトタイプしました。このチップは、548個のカプラーと、8個のチップ間 m-カプラーで接続された 3つの Heronで構成されています。昨年 IBMは、IBM Quantum Condorと呼ばれる 1,121量子ビットのチップを発表し、これは、歩留まりと単一スケーリングの限界を押し広げました。今年は、m-カプラーを介して高品質の2量子ビット演算を実行できることと、大規模シリコン・パッケージによる集積コネクタ技術も実証しました。完全に構築されたCrossbillでは、これらの要素技術により、回路ボード上で、フルパッケージの Condorのわずか 1/5の面積に 1,000量子部品を備えたデバイスを実現しました。m-カプラー技術は、ロードマップの次の目標に対して、新たなスケーリングの方法を提供します。

そして今、私たちは今年前半に発表したエラー訂正符号を実装できるように、技術進歩を継続する必要があります。この符号は、他の主要な QEC符号の何分の1かのオーバーヘッドで、量子情報を保存することができる可能性があります。 ただし、この符号は高い量子接続性、すなわち、量子ビットがより多くの量子ビットと直接接続されていることを要求します。さらに、同一チップ上の異なる量子ビットを接続する c-カプラーの開発も必要です。これらの技術をロードマップ通りに実現し、c-カプラーを利用した Kookaburraプロセッサーを 2026年にお見せするのに向かって IBMは順調に進んでいます。

そして、私たちは量子中心のスーパーコンピューティングという究極のビジョンを実現し始めています。今日、古典的なコンピューティング設備が、非常に複雑なワークフローを実行できるのはワークロード管理システムと呼ばれるシステムがあるからです。これらのシステムは、使用可能な計算リソースを管理し、それらのリソース上でタスクを効率的に実行します。今年、私たちはワークロード管理の全体像に量子を組み入れるために Rensselaer Polytechnic Institute(RPI)と協力しました。RPIの協力者の助けを借りて、AiMOSスーパーコンピューターと、IBM Quantum System Oneを接続し、Slurmリソースマネージャーで管理された一つの計算環境として、完全な量子中心のスーパーコンピューティング環境において異種混在のワークフローを初めてデモすることができました。

 

コミュニティー全体でのイノベーション

私たちは自分たちの量子ミッションを常に、グローバルな量子研究コミュニティーとの共同作業と考えています。IBMは量子ハードウェアとソフトウェアの性能を改善しますが、これらの道具を使って量子優位性を達成するアルゴリズムを発見する部分は、コミュニティーに期待しています。

私たちは、量子コンピューターが愚直な古典手法を超えた実用性をついに発揮し始めた新しい時代を迎えています。そして、この時代に必要な本物の科学発見をユーザーが行うための道具を提供することが、私たちの役割と捉えています。さらに、私たちは、ユーザーがこれらのツールを拡張できるように、ワールド・クラスの学習コンテンツの開発に投資し続けています。また、お客様やパートナーのアイデアを実現するための協業を続けています。今回が初めてとなった QDCの開催でお示ししたように、IBMは、開発者の皆様がそれぞれの領域に量子コンピューター利用を広げていくために必要なリソースをご提供しているのです。

さあ、コミュニティーとして力を合わせて量子優位性を解き放ち、実用的な量子計算を世界にもたらしましょう。

IBM Quantum Developer Conference 2024で行われたすべてのプレゼンテーションの録画は、IBM Quantum Learningでアクセス可能です。

 


この記事は英語版IBM Researchブログ「IBM Quantum delivers on performance challenge made two years ago」(2024年11月13日公開)を翻訳し一部更新したものです。

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