Data Science and AI

AIプロジェクトの舞台裏 -たらこ×AI?! 不可能を可能にした1年間の軌跡-

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はじめに

こんにちは。IBMでディープラーニングのエンジニアをしている山上円佳です。主に製造業界のお客様と一緒に、画像や動画を用いたAIシステム開発プロジェクトを行っています。

「山上さん、明太子好き?」という先輩の一言から、AI開発プロジェクトのリード、そしてプレスリリース発表やお客様との講演活動など、この1年間多くの学びと経験の機会をいただきました。
昔から職人気質の溢れる人や現場の空気感がすごく好きで、日本のものづくりや工場見学をテーマにした番組が好きでした。以前はテレビ越しで観ていた世界が、今は目の前で繰り広げられることにとてもワクワクしますし、やりがいを感じます。

今回は、明太子やモツ鍋でおなじみのやまやコミュニケーションズ様とのたらこ検査AI開発プロジェクトを、”人”と”現場”の視点でみなさまにご紹介したいと思います。AIにも日本のものづくりの精神が詰まっている、ということを感じていただければ嬉しいです。

ハイブリッド・クラウド&AIシステムズ・センター シニアITスペシャリスト 山上 円佳

お客様との出会いと技術検証での手応え

製造業界のお客様の多くが今、人手不足や生産コスト増という課題を抱えていらっしゃいます。やまや様では特にこの10年ほどで、会社の成長期を支えた熟練工の方々の定年退職が相次ぎ、自社の伝統とスキル継承という新しい課題も加わります。それらの解決策として注目されたのがAIです。

「AIが人の脳と思考の構造を模したものであるならば、今人が行っている目利きをAIで再現できるはずだと期待しています。一緒にやっていただけませんか?」

数年前からAIに注目してはいたものの、自分たちだけではなにから始めたらいいのかわからなくて…とやまや様からAIのご相談をいただいたのが今からちょうど2年前です。

私達はよく、お客様に「これはAIでできますか?」「どれくらいの精度でできますか?」と聞かれますが、「やってみないとわからない」というのがAIの世界です。

AIはユースケースごとに、実現可否も難易度も本当に大きな差が生じます。

今回のユースケースである明太子の検品検査は、調味料に漬け込む前、いわゆるたらこの状態で検査員がすべて現物を目視し、異物検査とグレード判定を行っています。たらこは天然水産物であり1つとして同じものがありません。AIはどんな異物をどれくらい見つけられるのか?手に取らずに画像だけの情報でちゃんとグレードが見極められるのか?やっぱりそれも、やってみないとわからないのです。

実はすでに、難易度が高く実用化は難しいと数社のベンダーから言われていたそうです。 そうなると、俄然、やる気が出てしまいます。もしAIで日本の食文化とものづくりの伝統を残していくことができるなら、その可能性にかけたい。こうして、たらこの写真とにらめっこをする日々が始まりました。

画像認識AIの開発には、AIの要素技術の1つであるディープラーニング技術を用います。ここ数年の技術開発の進展によってその処理性能と精度が加速度的に進化してはいるものの、今回のような天然水産物の細やかな目利きにも適用できるのかわからない状態からのスタートです。まずは実用化への判断材料となる最低限のラインを検討し、3種類の異物検出と、状態不良2種類のグレード判定のモデル開発をゴールとして検証を開始しました。

実際に画像データを見てみると、素人目ではわからないものが多くありました。

ディープラーニングは、学習元となるデータによってその精度が大きく変わります。そのため、バリエーションをうまく揃えつつ学習させたいものを教え込む作業(ラベリング作業)を正確に行う必要があるのですが、それには業務知識が必要です。

なんと工場長自ら、数百枚に及ぶ画像データの取得とラベリング作業にご協力くださいました。AIモデルの開発は、試行錯誤で最適解を見つけていくアジャイル的アプローチですすめるので、業務知識の共有はAI開発における正確性と迅速性を上げる重要な要素となります。

こうした協業体制のもと複数の検証パターンを試せたことで、わずか1ヶ月の検証期間で技術的な実現可否を判断できる結果を得ることができました。これにより、たらこ検査AIの実用化という可能性が開けたのです。

正念場だったプロトタイプ開発プロジェクト

やまや様とのはじめましてが8月末、そこから検証計画の策定と検証実施、完了したのが10月です。とてもうまく進んだと思います。ただしそれはあくまでも検証として。大変なのはここからです。

AI実用化の最大の難関が、AIでもなんとかできる、というところからビジネスの現場で使える、というところまでステップアップさせることです。

技術検証の目的はあくまでも実現可否の判断だったため、精度を問わない異物検出モデルの開発と、状態不良の選別にしぼったシンプルなグレード判定モデルの開発を行いました。

一方で実業務では、微小な異物も漏れなく検出できる精度と、贈答用から加工用まで7種類のグレードに応じた選別が求められます。

AIモデル開発は、こうした難易度の変化に比例して開発・運用の手間とコストが増加します。検証断念、という言葉をAIでよく聞くのは、技術的ハードルと投資対効果にギャップが生じてしまうことも原因の1つだと考えられます。

そこでやまや様ではデジタル戦略室を新設し、現場経験に富んだメンバーをAI開発担当として専任させることにしました。AI開発に必要な業務知識とワークロードを一本化したことが、このギャップを打破する足がかりとなりました。こうして2019年2月に、実際の検品に求められる基準と品質を満たすAIモデルのプロトタイプ開発プロジェクトがスタートしたのです。

プロジェクトではまず、異物検出モデルの開発を行いました。検出対象の繊維物や微小生物は細く小さいものであるため、データの分割加工やラベリングのパターン化など、学習データを工夫してあげる必要がありました。学習データのバリエーションを増やしつつ、こうしたディープラーニングの開発テクニックを実践することで、最終的には30%以上の精度向上を達成し実用化への判断基準をクリアしました。 今回のプロジェクト最大の難所が、グレード判定モデルです。データの追加と工夫をどれだけ行っても、劇的な精度の改善につながりません。ただ、試行錯誤する中でいつも失敗するデータの存在が見えてきました。それらを確認してもらったところ、おもしろいことに人によって答えが違ったのです。

ターニングポイントとなった暗黙知の明文化

最初に行った異物検出モデルでは、データ追加とラベリング改善が大幅な精度向上につながっています。自分達が教えた基準を、AIが忠実に学び再現しようとしていることに感動されていました。(AIって実際にどうなの?と思われていた現場の方も、この頃には「AIさん」と呼ぶようになっていらっしゃいました。)

一方でグレード判定では、AIが間違い続けるデータを自分たちが見ても、答えが一致しないことがある。実はこれこそがまさに、やまや様が近年悩まれていた熟練工のノウハウであり、経験則に基づいた基準、暗黙知による判定だったのです。

まさにこの会議が、ターニングポイント。データをみんなでじっくり確認しています。

そこでまず私達は、現在行われている検品ロジックを見直し、熟練工が無意識下で行っている複雑な判断ロジックをディープラーニングで処理できるシンプルなタスクにまで紐解き、フロー化するということを行いました。

次に、試作フローに実際に間違え続けたデータ群を推論させ、その推論結果を1枚1枚見ながら、新たに基準化すべきポイントを抽出しました。それらをすぐにやまや様社内の有識者会議でご確認いただき、新たな基準として定義し、再度フローに組み込み改善していくということを繰り返しました。

その結果、人が判断するレベルと同等か、それ以上の精度をもったAIモデルの開発に成功しました。このプロトタイプモデル開発プロジェクトの期間は5ヶ月、取得した学習データは2000枚以上に及びます。このあたりの数字はあくまでも参考値ですが、AIって意外と泥くさいんだなぁ、と思われましたか? だからこそ、最初は実習生以下の精度だったAIが、熟練工レベルになったとお客様と一緒に喜んだことを今でも鮮明に覚えています。

経験からみえたAIプロジェクトのあるべき姿

今回のたらこ検査AI開発の取り組みは、製造管理を行うプラント部、いわゆる業務部門のみなさまと行いました。

AIは魔法ではないので、とにかく大量のデータを与えればできる、というものではありません。解くべき問題を見極めながらすすめる、ということがとても大切です。

私達は、お客様の抱えていらっしゃる課題をAIのテーマに細分化していくことはできますが、それらを具現化していくには、お客様のデータと、業務知識が必要不可欠であることは言うまでもありません。

なのでAIプロジェクトには、データと業務知識をもったメンバーと、AIテクニックをもったメンバー、つまりお客様とベンダーの共創があってこそ初めて成功するものだと考えています。

やまや様では現在、このプロトタイプモデルをベースに、新工場での自動検品システム開発に着手されています。たらこ検査AIによる作業の自動化が実現すれば、検品作業の省人化に加え工場機能の集約も可能となり、サプライチェーンの最適化が実現されます。

妥協をゆるさない味へのこだわりと熱意に溢れたやまや様とのAIの挑戦が、熟練工の伝統と食文化を守り、より新鮮でおいしい明太子づくりにつながっていくことをとても嬉しく思っています。

やまや様のプロジェクトメンバーと記念撮影。みなさまの笑顔が本当に嬉しいです 。

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