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トヨタ紡織「 A-SPICE レベル3」取得活動事例 | シートシステム/車室空間開発の未来に向けて

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「Automotive SPICE(A-SPICE)の取得を意識し、実際に検討を本格化したのは2021年です。そして昨年2023年3月にレベル2を取得し、そこから約1年半で今回のA-SPICE レベル3の取得となりました。」
嬉しそうにこう語るのは、トヨタ紡織株式会社 移動空間開発本部にて制御システム開発室 室長を務める飯田健司氏だ。

今回、国内自動車業界でもまだ少数企業しか取得していないA-SPICE レベル3を取得したトヨタ紡織 移動空間開発本部の4名の方に、そして取得活動を支援した株式会社ディアイスクエアの飯田正一氏にお話を伺った。

目次

インタビュー会場のトヨタ紡織 猿投工場(愛知県豊田市)にて

 

 

● Automotive SPICE(A-SPICE)とシートシステム/車室空間開発

「ヨーロッパの主要完成車メーカーが、実質的な車載ソフトウェアのサプライヤー選定基準として用いているのが、業界標準であるA-SPICEです。

A-SPICEは、「プロセス属性」という評価基準をもとに、有資格評価者による厳格な審査・判断により、達成度が6段階で評価されます。

能力レベル3取得は、プロセスが確立され成熟した活用レベルにあることを示します。ヨーロッパでは多くの自動車関連企業がA-SPICEの認証を取得しソフトウェアの品質向上を目指していますが、A-SPICE取得に関しては、日本は遅れを取っています。」

これまで多くの自動車関連企業のA-SPICE取得を支援し間近に見てきたディアイスクエアの飯田氏はそう語る。

 

「シートシステム開発におけるトヨタ紡織の高い技術力を示す必要がある——私たちがそう考えたのも、今お話にあったヨーロッパ自動車メーカーの動向があってのことでした。

車室空間のシステムサプライヤーとして、国内では改めてトヨタ紡織の技術と実績を示す必要性はさほど感じていませんでした。

しかし世界的な潮流を見れば、移動体としても居住空間としても、車に求められる要素は確実に増えていますし、今後世界中で、卓越したシートシステムや車室空間システム開発会社の奪い合いが始まることが予想されます。

そして一方で、システム開発会社による市場の奪い合いが、すでに起き始めているんです。」

飯田室長は現況をそう説明した。

(写真右)飯田 健司(いいだ けんじ) | トヨタ紡織株式会社 移動空間開発本部 デバイス開発領域 電子システム開発部 制御システム開発室 室長
(写真左)西川 欣克(にしかわ よしかつ) | トヨタ紡織株式会社 移動空間開発本部 デバイス開発領域 電子システム開発部 制御システム開発室 グループ長

 

「シートシステム開発についても、少し説明させていただきますね。

快適な車室空間の実現には、シート単体の角度や高さ、温度などを電子制御するだけではなく、一列目シートのリクライニングに連動した2列目シートの位置連携や、リラックス、エンターテインメントなどのシートのモード設定に合わせたオットマンやモニター位置の位置調節など、車内の連動システム制御が欠かせません。

現在は最高級クラスの高級車にしか搭載されていないそれらのコンピューター制御プログラムですが、運転者が完全に運転操作から解放される、いわゆる「自動運転レベル4」が実現する際には、車室空間とシステム開発に求められるものはさらに広がりを見せるでしょう。」

 

制御システム開発室 グループマネージャーの西川 欣克氏はそう説明すると、笑顔で加えた。「ですから、A-SPICE レベル3を取得し、当社のシステム開発技術の高さを示すことが重要なのです。」

ここからは、実際にA-SPICE レベル3取得までの道のりについて聞いてみよう。

 

● A-SPICE レベル3取得までの道のり

A-SPICE レベル3取得に向けて、解決すべき課題について伺った。大きく以下の3つに整理できそうだ。

 

・ 各種設計データの手作業による管理 – トレーサビリティの不確かさと管理工数の多さ

・ 自然言語仕様書ゆえの曖昧さや抜け漏れ – 認識違いによる手戻りの発生

・ 設計トラブルの再発 – 過去トラブル情報の活用失敗

 

飯田室長に当時を振り返ってもらった。

「実は、A-SPICE レベル2取得までは、以前から付き合いのあった別のコンサルティング/支援企業と作業を進めていました。しかし、レベル3取得に必要なプロセス整備を進めるには、ツールも導入パートナーも見直しが必要だということが早々に判明したんです。

約半年ほどの期間をかけ、グローバル標準でかつ使い勝手が良いソリューションと、しっかりサポートをいただける導入パートナーを選定しました。

最終的に3社のツールに絞りこみました。そしてコンペの上IBMのELMソリューション導入を決定しました。そして導入支援をディアイスクエア様にお願いしました。」

 

● 導入ソリューションと導入パートナー決定〜もたらされた結果

以下は、トヨタ紡織 移動空間開発本部の方たちがまとめた、ソリューションおよび導入パートナー選定決定理由と、導入により手にすることのできた主要な成果となる。

 

○導入結果(業務品質向上ほか)

・ 当社専用の作業用テンプレート整備をしていただいたことで、アウトプット品質が統一化できた。

・ 要求管理〜モデル作成〜変更・構成管理までを一気通貫できる体制を組めるようになった。

・ MBSE(モデルベース・システムズ・エンジニアリング: モデルを使用してシステムのライフサイクルをサポートする手法)ツール導入により、人海戦術から脱却し、業務効率と設計者のモチベーション向上を実現できた。

○ソリューション&パートナー決定理由

・(当時の)システム仕様書を取り込んだデモにより、ツール化後の効果をはっきり感じられた。

・ツール間連携が取りやすく、必要な対応と環境構築が予算制約内で取れることを明確に示してもらえた。

・移動制限などで意思疎通が難しい中でも、常にこちらの状況を踏まえ、親身になって対応いただけると確信できた。

展示エリアのデモ用シートに座るディアイスクエア飯田氏と制御システム開発室の皆様

 
○導入ソリューション(IBM ELM: Engineering Lifecycle Management)

IBM ELMソリューション群 | システムおよびソフトウェアの設計と開発のための、包括的なエンド・ツー・エンドのエンジニアリング・ソリューション。

  • IBM DOORS NEXT | ソフトウェア開発ライフサイクル全体での要件の取得、管理、追跡を可能とし、利害関係者 (レビューアー、設計者、テスト担当者、および開発者など) との共有を支援する要求管理ツールのデファクトスタンダード。
  • IBM Rhapsody | シート制御システム設計内容を業界標準のモデル駆動型(SysML)で定義・表記。制御のふるまいまで模擬できる設計・開発ツール
  • IBM EWM(Engineering Workflow Management | 業務プロセスを体系的に定義してコントロールする管理ツール。属人化を排除し開発競争力を強化。

 

「A-SPICE レベル3の取得は達成したものの、それに伴って「過去トラブル情報の活用」や「手戻り/やり直し撲滅」も達成できたと言うのにはまだ早く、もう少し時間が必要な状況です。ただそれらも、数カ月後には実現できるのではないでしょうか。」

西川氏をはじめ、移動空間開発本部の皆はにこやかながらも気を引き締めるようにそう語った。

 

● 振り返り。そして未来へ

鵜生 春樹(うのう はるき) | トヨタ紡織株式会社 移動空間開発本部 デバイス開発領域 電子システム開発部 制御システム開発室 主担当員

「基本的には紙か、あるいはWordとExcelによる情報伝達や要件管理の世界にいましたから、今回のA-SPICE レベル3取得とそれに伴うデジタル化は、とてつもない大きな変化でした。」

ELMツール群を現場で日常的に用いるチームのリーダー、鵜生春樹氏は言う。

「シートシステム開発の仕事を始めて数十年経ちますが、これまでのエンジニア人生において最も大きなチャレンジでしたね。ですから、やはり『簡単だった』とは言えません。

でも、実際に始まってみると、思いの外順調だったとは言えると思っています。現場リーダーとして、チームのみんなの反応と、私自身がそう思えていることに、自分でもホッとしています。」

 

導入後の部内定着をリードした渡邊裕氏にも、活動内容を振り返ってもらった。

 

渡邊 裕(わたなべ ゆう) | トヨタ紡織株式会社 移動空間開発本部 デバイス開発領域 電子システム開発部 制御システム開発室

「ELMソリューション使用定着のための課題解決型のQCサークル活動をリードしました。

移行期間は新旧のツールやプロセスが混ざっていたこともあり、当初は多少混乱していたメンバーがいたのも事実です。

しかしQC活動を進めていく中で、当初はELMを活用した業務プロセスを理解できているメンバーが50%以下だったのが、QC活動後期には、A-SPICEと各種ELMツール群の関連を理解しているメンバーが80%を超えました。」

 

4人が声をそろえるのが、ディアイスクエア 飯田氏への感謝だ。

「猿投工場に足繁く通っていただき、私たちの疑問やリクエストにタイムリーに応えていただきました。また、各種ELMツール群の使用方法の教育もとても充実したものをご提供いただきました。

そして、既存の開発帳票をそれぞれのツール用にテンプレート化していただけたことはとても大きかったです。十分に業務を理解していただけたからこそできることであり、誰にでも、どの会社でもできることではなかったと思います。本当に感謝しています。」

 

最後に、飯田室長に今後の展望について伺った。

「トヨタ紡織では『機電一体開発』という呼び方をしているのですが、今後自動車の開発は、機械・電子というハードウェア系と、システム制御を行うソフトウェア系の開発がより密になっていきます。

技術系組織それぞれの歴史や文化には異なる点も多々ありますが、今回のA-SPICEのような、いわば『共通言語』となるものを確立していくことで、よりスムーズに開発の一体化を進めていけるようになっていくと考えています。

そして我われシートシステム開発は、車関係のエンジニアリングの中でも、常に「身体感覚」と直結しているおもしろさを持つ分野です。ドライバーであれ同乗者であれ、シートは常に身体が触れていますからね。人と車の関係における『体感と体験』に興味・関心を持つ、新しい感性を持った若いエンジニアたちとともに、未来の移動空間システムを描いていきたいですね。

そのためにも、ディアイスクエア様にもIBM様にも、今後も引き続きご支援いただけたら大変ありがたいと考えています。」

 


 

トヨタ紡織株式会社

1918年創業。シート、内外装、ユニット部品の3事業を柱に、「すべてのモビリティーへ“上質な時空間”を提供」を実現するために、創業の精神である「世のため人のため」を受け継ぎ、先進的な技術開発と高品質なものづくりに邁進している。

 

株式会社ディアイスクエア

1970年設立。製造業を中心に、「お客様に寄り添い、お客様の求めるイノベーションをトータルにご支援する」ベストパートナーを目指し、コンサルティング、インテグレーション、構築(調査・分析・設計・開発・保守)と、システム関連全般をトータルに提供している。

 

TEXT 八木橋パチ

 

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