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ADHDと生きる若手社員の世界(松本 英李) | インサイド・PwDA+5(後編)

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前編では、中学時代にADHDの不注意優勢型と診断された松本さんの学生時代の苦労と、障がいをオープンにして活動した就職活動、そして入社後の周囲とのコミュニケーションについて伺いました。

後編では、先日社内イベントとして開催されたお話会への参加者からの声や、今後に向けた提言などをお話しいただきます。

前編はこちらから

右: 松本 英李(まつもと えり) | 日本アイ・ビー・エムデジタルサービス株式会社 クロスインダストリー事業部所属。好きな食べ物はピザ! 最近の推しはラッコのキラちゃんメイちゃん(飼育員さんと遊ぶ姿にキュンキュンです♡)。
左: 栫 亜似子(かけい あいこ) | 日本アイ・ビー・エムデジタルサービス株式会社 管理・事業企画推進所属。好きな食べ物は鶏白湯。最近の推しはY2Kのキャラクター(ベリエちゃん、ナカムラくん)。

<もくじ>

  1.  学生時代 | ADHD不注意優勢型とクレペリン検査
  2.  障害と親子関係 | 過干渉と反抗期
  3.  ADHDと働きかた | 就活と配属先でのコミュニケーション
  4.  「ADHDと生きる若手社員の世界」 | お話会参加者から
  5.  障がいのある方も働きやすい会社・社会へ
  6.  インタビュアーが思ったこと(栫 亜似子)

: 先日のお話会「ADHDと生きる若手社員の世界」では、松本さんが実践しているコミュニケーションについての工夫などを数多くご紹介いただきました。参加者からは「障がいの有無に関係なく、松本さんの気づきや工夫がとても参考になる」という感想をたくさんいただきました。

松本さんご自身としては、どのように気づきを工夫へとつなげていかれたんでしょうか? 医療機関でのアドバイスなどですか?

 

松本: 役に立てたと聞けてとても嬉しいです。仰っていただいた通り、自分の得意不得意と相手の得意不得意をそれぞれが理解し、分かり合えている方が、より良い仕事へとつながりやすいと思います。

アドバイスということでは、最近も先輩や上司に相談していますし、アクセス・ブルー(IBMの障がいがある学生向けのインターンシップ「Access Blue Program)時代のご指導がとても役立っています。やっぱり仕事における注意点を踏まえたアドバイスは、何が必要かを深く理解されている職場の方たちに相談し、伺うことが重要じゃないでしょうか。医療機関の方たちは体調のことやメンタルのことは的確にアドバイスしていただけますが、業務の具体的な中身は分からないので。

「どういう悩みを誰に相談するのか」をしっかり掴むのは大事だと思います。

 

: そうですね。そして先輩たちや周囲の方たちにちゃんと聞ける状況、関係性をメンテナンスすることができていることも重要ですね。

 

松本: そう思います。先輩がたから私の視座に合わせた適切なアドバイスをいただけるのも、ADHDである自分の特性を早いうちにお伝えできていたからこそかなと思います。

きっと、健常者の方や不都合を持たれていない方には「できて当たり前のこと」で、「そこに困っている」と伝えられなければ、気づいていただけないままに終わってしまうこともあると思うんです。

なので、私とのやり取りを通じて「こういうところを苦手とする人もいるのか」「こんなふうに発信しているのか」など知ることで、障害の有無に関わらず少しでも得意不得意を発信することへのハードルが下がったらいいなと思います。

 

: 「ADHDの人の中には、特性がマッチしたときにはすごいパフォーマンスを発揮する人もいる」という話もお話会でされていました。「AIを業務と特性の適切なマッチングに活かせないものだろうか」という参加者からの感想もありましたよね。

 

松本: 本当に早くAIでそうできるようになって欲しいですね。でも、現状としてはまだ当面は、トライ&エラーを繰り返しながら進めていくしかないのかなって思います。

そしてこのトライ&エラーは、当事者の「自分が働きやすく、パフォーマンスをしっかり発揮できる環境」を探していくという姿勢と、周囲の「協力しながらそれを一緒に作っていく」という、お互いの共同作業が鍵を握っているんだと思います。

 

:これもお話会の後に寄せられたコメントですが「IBMはダイバーシティ&インクルージョンに長年取り組んでおり、DNAの一部となっている。だから障がいのある方も働きやすい会社になっているんだと思う。でも、社会はどうでしょうか? 私はこのままでいいとは思えません。」というものもありました。松本さんはどう思われますか?

 

松本: そうですね。あらゆる企業が理解を示し取り組んでいるわけではないですよね。そして「応援しています」とか「取り組んでいます」と言うだけで、活動が伴っていない会社について見聞きすることもありますし…。

…「社会がどうあるべきか」。…これはとても大きな問いですね。私は当事者なので、どうしても障がい者目線の意見にはなってしまいますが、企業がもっと具体的に実情を示してくれたらいいのにな、とは思います。どれだけの数・割合で障がい者が働いていて、どれだけの部門で受け入れが実施されているかが分かるようになっていたら、障がいのある人にはとてもありがたいです。

あとは、ACE(一般社団法人「企業アクセシビリティ・コンソーシアム: Accessibility Consortium of Enterprisesのような活動であったり、そうした活動をしている企業や社員を表彰する仕組みであったりが、もっと社会に広がればいいなとも思います。すでにいろんなところで行われてはいると思いますが、そうしたステキな取り組みも、まだまだ知らない人が圧倒的に多いと思うので。

 

——今日の冒頭でも、そしてお話会でも「ADHDは、『足が遅い』と同じような個性だと捉えている」と言われていましたよね。それは最初からそうだったんでしょうか? それとも大学での障がい者雇用研究などを通じてそう思うようになったんですか?

松本: うーん、ちゃんとそう捉えられるようになったのは、研究を通じてかもしれません。早い段階から「そう思おう」としていたけれど、表面的な部分にとどまっていたので。なんとなく友だちとも上手くやれていたし、「どうにかしなければいけない」という意識や、自分の奥底にある劣等感と向き合わないまま過ごしていました。

でも私は、「劣っている自分」という思い込みを、自分の中にいつも抱えていたんです…日常の中で表に出ることはなかったけれど…。

心の奥にずっと負い目を感じているというか、「また失敗しちゃったな」「申し訳ないな」という気持ちが正直あります。

 

——これは独断ですが、障がいがある方たちの中にはそうした負い目を必要以上に感じている方が多い気がします。当事者として、また研究をしてきた中で、松本さんはどう思われますか?

松本: …多いと思います。もっとまっすぐ生きられればいいのですが。これまでの暮らしの中で身につけてしまったというところがどうしてもありますし、また、職場や仕事においては責任が付きまとうので…。

 

: 難しいですよね。でも、お話会へのコメントにはこんなものもありました。「障害は本当に悪いものなのか。悪いものとしているのは社会や仕事ではないのか。」私もそう思うところがあります。

今って、社会に出て初めて障がいのある人と関わり、一緒に活動する経験をする人がほとんどですよね。私は、これが良くないんじゃないかと思っているんです。社会が個人の特性を「あって当然のもの」として受け入れられるよう、もっと早い段階から混ざりあって暮らせないだろうかと思うんです。そうすれば、双方が戸惑ってうまくいかない状態に陥ってしまうことも、ずっと減るんじゃないかって。

松本さん、今日はいろいろとお話しいただきありがとうございました。最後に、周囲へのリクエストと、読者の方へのメッセージをお願いします。

 

松本: 周囲へのリクエストですか…。「暖かく見守って欲しい」という気持ちがどうしても強く出てきてしまうのですが…。でも、これって、同じ失敗を繰り返す私にもう少し時間をくださいということで、それは結局、その分周囲に大変な思いをさせてしまう訳なので…難しいですよね。

一緒に向き合ってもらえることが何よりもありがたいし、失敗したときに「大丈夫だよ」と一言言ってもらえるだけでも当事者としてはすごく救われるのですが…。いや、でもやっぱり、これは甘いですね…。

 

: 甘くないと思います。とても素直な気持ちだと思うし、職場でそういう気持ちを出せることは絶対に大切なことだと思います。

 

松本: …当事者寄りの言葉ではありますが、それでも、自分の強みを発揮することができず、どうしたらもっと良くできるか、改善できるかと、自分なりに模索しもがいている人がたくさんいることを多くの方に知って欲しいです。

少なくとも私の周りには、社会や会社に貢献したいという気持ちを強く持っている当事者がたくさんいます。少しコミュニケーションを密にしたり工夫したりするだけで、当事者と周囲の両者にとっての働きやすさが好転する事例を、私はこれまで見聞きしてきました。

だからこそ、自分の活動を通して、障がいの有無や年齢役職を問わず、得意不得意、キャパシティをフラットに発信し合うことのハードルが低くなることにつながれば、そしてそれが、より多くの人の働きやすさにつながれば、とても嬉しいです。

 

まずは、インタビュー記事を最後までお読みいただきありがとうございました。記事をお読みいただいたみなさんはどのようなことを感じましたか?

今回はADHDと生きる松本さんにインタビューさせていただきましたが、松本さんと私の子どもの障がい(内部障害)とで共通することが1つあります。それは、「障がいが目には見えない(見た目では分からない)」ということです。私の子どもはお腹に手術の傷がありますが、洋服を着ていれば健常な子どもと同じです。薬を毎日飲みますが、家で飲んでいるのでそういった事情は言わなければ他人が知る由はないですね。障がいを打ち明けないと理解してもらえない、一方で障がいは初対面の誰にでも彼にでも話せるようなトピックではありません。

私が初めて松本さんのスピーチを拝見したとき、とても整理された内容でお話されていて、ADHDだということを全く感じませんでした。でも、その裏にはたくさんの努力と障がいとの折り合いがあったのだと思います。私たちの職場や社会には、そういった目には見えない事情——障がい・子育て・介護・LGBTQ+など——を抱えた人たちがいるのだということを意識して、あたたかい気持ちで関わりあえる世界になればいいなと思います。

 

問い合わせ情報

 

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TEXT 八木橋パチ

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