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もっとオープンな社会に。そのために力を貸せる存在でありたい(Watson IoT東出 紀之)
2019年06月02日
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Watson IoTチームメンバー・インタビュー #16
東出 紀之 Watson IoT データ・サイエンティスト
Watson IoTチームのメンバーが、IoTやAIに代表されるテクノロジーを踏まえ、過去・今・未来と自らの考えを語るインタビューシリーズ。第16弾はこの春からWatson IoTチームにジョインした東出さんです。
(インタビュアー 八木橋パチ)
— 今日はよろしくお願いします。まず、IBMでの経歴を簡単に教えてください。
入社は2016年10月です。大学院では電気電子工学を専攻して半導体光デバイスの研究をしていましたが、ハードよりもソフトウェア的なものや、コンサル的な業務内容に惹かれていたこともあり、学校の仲間の多くがハード寄りのメーカーに就職する中、僕はIBMに就職してWatsonサービスというデリバリー部門に配属になりました。
Watsonサービスに所属していたのは2年半という期間でしたが、プロトタイプ開発、ユーザーインタビュー、学術研究支援までかなり色々な経験をさせてもらえて感謝しています。
— Watsonサービス時代で一番印象に残っているのはどんなプロジェクトですか?
お客様との契約の関係でオープンにできないものも少なくないんですよね…。でも、オープンにできるものの中での一番は、ガンダムのAIロボット「ガンシェルジュ ハロ」の開発ですね。
お客様もIBM側のメンバーも、ものすごく熱い人が揃っていて、「面白いものを世に出すんだ」という勢いがあるプロジェクトでした。ガンダムの知識がないとミーティングで何を話しているかわからないので、まずはAmazon Primeでファーストシリーズを全話見るところから始めました。そしたらハマってしまって、続編も映画も見てファンになっていました。最終的には製品がリリースされるところまで行って良かったです。
— そんな充実した時間を過ごしていたのに、IoTチームへの異動を決められたんですね。
そうですね。自分の中では2つの大きな理由がありました。
1つめは、「たかだか2年半の経験で何を言ってるんだ」と言われてしまいそうですが、現段階における自然言語処理という技術が応用できることとできないことの範囲が、ある程度分かったという感覚があったんです。
— 自然言語処理は「見極めた」と。
そんな! 違います。見極めたなんて言えるレベルではないですよ。僕、口下手で的確に言葉を選ぶのが苦手なんですよね…。
えーっと、表現が難しいのですが、人間の発する言語だけを対象データとしていては、少なくとも今は、お客様や社会に届けられるサービスの範囲に限界があるんじゃないか? と感じるようにはなってきていたんです。
— もう少し詳しく説明してもらえますか?
人間は、言語の持つ意味の多義性や曖昧さを、文脈や情動を含めて理解しています。現状ではAIは人間レベルでの高度な言語理解をするのは難しく、置き換えることができるタスクの範囲は限られます。確実な効果が見込める応用領域としては、コールセンターやFAQなど質問応答の自動化と、多量のテキストから主に単語・フレーズに注目して傾向を分析するテキストマイニングの2つだと思います。
一方で、言語という人間の心理を反映した曖昧な定性データだけでなく、物理量として測定される定量データをシステムに組み入れることができたら、もっとインパクトのあるソリューションやプロダクトを生みだせるんじゃないかと思ったんです。
— なるほど。IoTでは複数のデータから洞察を見出すことが肝心ですもんね。
はい。その点に大きな可能性を感じました。自然言語処理とIoTの組み合わせなら、解決できる問題がグッと増えて、イノベーションを起こせる範囲も急速に広がっていくと思うんです。
それに僕は元々、学生時代は実験物理の研究をしていて、実験機器のハードウェア開発・電気測定・光学測定・定量データ分析をやっていましたから、ある意味IoT的な機器やデバイスには馴染みがあって、しっくりくる感じもありました。
— データサイエンティストの方と話していると、ときどき「データがダメだと分析結果はもっとダメ」みたいな言葉を耳にします。
そうですね。ただこの話の流れで「ダメ」と言ってしまうと、まるで人が発する言語データがダメのように聞こえてしまいかねないので、少し補足させてください。
人間の言葉を分析データにする際って、まだまだ抜け漏れというか、データにならずに取りこぼされてしまう部分が多いんですよね。
— そうですね。特に文字そのものだけでは口調や声の大きさなどは表現しきれないですもんね。
言葉って、いわゆる「コンテクストによる」部分が大きいんです。そこをうまく汲み取って分析できればいいのですが、それって実はかなり難しいんです。
例えば、「日曜日は暇ですか」という質問に対して、「月曜日に試験があります」という返答をするケースを考えてみます。これはよく見ると全く質問に答えていませんが、人間にとっては「ああ試験があるから無理なんだね」と苦もなく理解できます。
でも実はこのやりとりって、1)暇ですかという問いは誘い文句であり、2)日曜日の次は月曜日であり、3)試験の前の日は勉強をするものだ。という前提があり、これを含意と言ったりします。コンピュータにこの返答をさせるためにはこれらの前提をプログラムする必要があります。
— 機微を察するためのプログラム…。難しそうです。
その辺りはもう少し技術の進歩と課題発見に時間がかかるエリアじゃないかと思っています。
テキストの要約・生成・翻訳・分類などは、近年の深層学習の発達で急速に研究が進んでいますが、実際に応用をしようとすると、AIである以上100%の精度にはならないことや、正解データを集めるのが難しいといった課題もあります。
— なるほど。かなり言わんとするところが理解できた気がします。それでは、異動を決めた2つめの理由はなんですか?
実は、2つめの理由は、パチさんも参加されていたサンフランシスコでのThink 2019で、ミツフジ社の三寺社長の話を聞いたからなんです。
— あの「Watson IoTのキーノートセッション」ですね。でも、あれがどうして?
元々IoTには興味を持っていて、パチさんが書いていたIoTチームメンバーへのインタビュー記事も読んでいました。それで「Watson IoTチームには社会課題への関心が高い人たちが多いんだなぁ」って思っていました。
そしてあの日あの会場で「生体データを多くの社会課題解決に役立てたい。科学の発展に役立てたい」と三寺社長が言っているのを聞いたときに、自分もWatson IoTチームにジョインしてミツフジさんのプロジェクトに関わりたいって強く思ったんです。
— そうだったんですね! すっごく嬉しいです。
— これまでにも何度か「イノベーション」や「インパクト」という華々しい言葉が出てきました。一方で、データサイエンティストって地味な作業も少なくないですよね。その辺りはどうですか?
地味な作業の積み重ねが一番大事だと思います。すべてのイノベーションの裏には途方もない努力があるものですから。コンセプト作りやユースケース、展開方法などの「大きなデザイン」を考えるのも好きですが、実際に問題を解決しているのは地道なエンジニアリングなわけで、むしろそちらの方が好きかもしれません。
…たしかに、自分が「広げたい」「大きくしたい」という指向が強い人間だとは認識しています。でも、それは偉くなりたいとか有名になりたいとかそういうんじゃないんです。僕にとって重要なのは、仕事を通じて与えることのできる影響の範囲が大きいことと、意義を感じられることです。
より多くの人に使ってもらえるサービスやソリューションを生み出せば、より大きな社会的インパクトを与えることができますよね。そしてより多くの人の生活が良くなれば、それはイノベーションを起こせたってことなんじゃないですかね。
— すごく共感します。でも、IoTチームの仕事の中には、社会的課題との関係が薄いものも少なくないですよね。工場のオートメーションによる生産性向上とか、生活に直結しているとは言い難いというか…。
そうですか? でも工場のオペレーションに変化をもたらせば、そこで働く人たちの暮らしにイノベーションが起きるかもしれないじゃないですか。もし、作業工程を2割減らすことができたら、そのうちの1割は趣味や家族との時間に費やせるかもしれない。
あるいはその時間を、職場のチームビルディングの時間にあてたり、技術を学ぶための時間とすることができるかもしれないですよね。そうしたら、日本の働き方の問題も、もっと根本的な問題解決につながっていくかもって思いませんか。
— その通りです。でも一方で、解雇の増加や給与の減少につながるのではという議論もあります。
もちろん、理想的な方向にばかり進む訳ではないってことは理解しています。でもIBMって、ITソリューションを提案するだけじゃなくて、そういった「どう働くか」の業務部分の変革までも併せてお手伝いできるのが強みなんじゃないかとも思います。
— そうあって欲しいです。そして東出さんの原動力が「意義」だというのがよく分かりました。
そうですね…でも、さっきからちょっと考えていたんですが「人」という要素も大きい気がします。一緒に働く人、その先にいる価値を受け取ってくれる人…。さっきの工場の話で言えば、やっぱり「生産性が2割上がった」って企業の中だけで喜んでもらうよりも、その先の働いている人やその仲間、家族にまで喜びが広がって欲しいんです。
これは理想論であるとは思います。けど、ソリューションなりプロダクトを世に出して問うことさえできれば、ユーザーからのフィードバックがもらえて、彼らを起点にして課題解決ができます。そういう実感を得ることが好きなんですよね。
— 「世に出すことは人に問うこと」ですね。たしかにその通りだと思います。それでは最後の質問です。東出さんが一番解決したい問題はなんですか?
……また最後にすごく難しい質問ですね……僕は…偏見を失くしたいです。
性別、国籍や年齢、肩書きや立場といったものに対する偏見から、人間として許しがたいような、考えられないひどいことが起きているじゃないですか、日本でも世界でも。
偏見をゼロにするのは無理ですが、より偏見が少ない、オープンで寛容な世界になってほしいと思います。
— 東出さんはそれにどう関与しますか?
偏見って、単に事実を見落としていたり、視野の狭さや無知から生まれてしまうものだと考えてます。なので、自分自身の思い込みを疑って、事実を元に考えることができれば、偏見は減らせるなと。
テクノロジーの進歩によって、客観的な事実をたくさん集められるようになってきていますよね。IoTも、今まで観測してこなかったものを観測できるように、分析できるようにしています。こうした分析により、思い込みや勘に頼った判断から、客観的で合理的な判断ができるようになる場面が増えていくんじゃないでしょうか。
今の仕事とどう繋がっていくかは具体的にはわかりませんが、地道にテクノロジーを普及させていくことで、偏見や無理解が少なくなっていけば嬉しいです。今って、同調圧力や排他性の高い世の中だと思いませんか?
— 思います。とっても。
IBM社内にいるとそれほど感じないけれど、なんだか多様性や寛容さが低くて、それが社会の同調圧力の強さにつながっていると思うんです。
僕はもっとオープンな社会に暮らしたい。そのためにテクノロジーが役に立てることがたくさんあると思うし、そのために積極的に力を貸せる存在でありたいです。そういう存在になりたいです。
インタビュアーから一言
「僕自身がいじめにあったとか、マイノリティーの立場で痛い目に合わされたとか、そういう経験はないんですけどね。…でも、そういう場面に居合わせたときも止めることができなかった。その勇気を出すのは、僕にはかなり難しいことだなって思うんです。」
「…でも、いじめのそもそもの原因であることが多い「偏見」を失くしたり減らすことに少しでも役に立てれば、それはすごく嬉しいことだろうなって思っていて…」
— 東出さんのその取り組みを心から応援します。少しでもそのインパクトが大きくなりますように!
(取材日 2019年4月11日)
問い合わせ情報
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