保険

変革が迫られる保険業界、 量子コンピューターやAIをどう役立てるか?

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「Global Insurance Live」レポート

量子コンピューターなど最先端のテクノロジーが保険業界に与える影響をテーマとするオンラインイベント「Global Insurance Live」が、ドイツを拠点に保険・金融業界のコンサルティングおよびマーケティング事業を展開するDigitalscouting社とIBMによって2021年6月30日に開催されました。同イベントでは、DigitalscoutingのRobin Kiera博士と”インシュアテックの女王”として知られるSabine VanderLinden氏がホストを務め、IBMからは米国、欧州、日本の3地域からエキスパートとしてDon Hummer、Jurgen Huschens、藤井聡が参加。先進テクノロジーの動向と保険業界にもたらす可能性について議論を交わしました。

※ 本記事は上記「Global Insurance Live」の内容を基に編集・構成しています。

上段 左から IBM Don Hummer、Jurgen Huschens、藤井聡
下段 左から Robin Kiera博士とSabine VanderLinden氏Small font

Dr Robin Kiera

Digital Transformation Expert and Insurtech Influencer
The founder and CEO of Digitalscouting a consulting and marketing agency based in Germany

Sabine VanderLinden

Co-founder, CEO and Managing Partner of Alchemy Crew

Don Hummer Jr

IBM Partner, Industry Academy Member, Make-A-Wish Board Member, TripAdvisor Enthusiast

Jürgen Huschens

Technical Leader Insurance Europe, Distinguished Engineer (IBM DE)

藤井 聡

日本IBM – GBS パートナー

数十年に一度の技術革新と保険業界の課題

量子の原理を用いることで、従来とは異次元の並列計算能力を実現する量子コンピューター。適用することで産業を根底からひっくり返す可能性を秘める破壊的な技術といわれています。

保険業界にとって量子コンピューターがいかに注目すべきものなのか、Kiera博士がIBMメンバーに尋ねるところから議論はスタートしました。

Hummerが挙げたのは次の3点です。

1)その処理能力により、現在は解決できない複雑な問題に取り組むことができる。

2)現時点では思いもつかないような製品やサービスが可能になる。

3)根本から業界を変えかねない数十年に一度の技術革新である。

保険業界に目を向けると、人口変動や人々のライフサイクルが変化して市場に限界が生じています。また、世界中で多発している自然災害や新型コロナのようなパンデミック、サイバーセキュリティーなど保険がカバーするリスクが拡大するなど、課題に直面しています。一方、AI、クラウド、IoT、そして量子コンピューターなどのテクノロジーの進展とともに、新たなビジネスモデル創出の可能性も出てきています。実際に、保険業界でも人間やプロセスを支援するために、AIの活用が広がりつつあることなど、藤井とHuschensは保険会社が新しいエコシステムやビジネスモデルに進出する必要性について話しました。

 

量子コンピューターは保険業界でゲームチェンジャーになるのか?

多くの専門家は、量子コンピューターが商用で利用できるようになるのは3~5年先と考えています。ですが、IBMは日本、ドイツ、そして米国オハイオ州と3カ所で量子コンピューターを実装し、多くの保険会社とともに、来るべき量子コンピューターの時代に備えて何ができるかについて話し合っているとHummerは言います。

シナリオ・シミュレーションに適用することで、保険請求処理やアンダーライティング(引受業務)がメリットを受けられます。また、顧客のポートフォリオ評価の最適化や、すでにAIや機械学習が活用されているリスクスコアや不正検出モデルへの応用が期待されています。

量子コンピューターが保険業界を一変させると考える3つのポイントについて、Hummerはこう説明します。

1つ目は処理能力の高さ。伝統的なスーパーコンピューターの100兆倍高速に計算ができることで、従来解けなかった問題を解決できます。

2つ目はセキュリティーの観点。現在、保険企業が利用しているプラットフォームは最新のものではなく、セキュリティー・アルゴリズムも古くなっています。将来、様々なシステムが量子コンピューターで動くようになったときに、既存の仕組みでは大切な顧客データをサイバーセキュリティーの脅威から守りきれません。セキュリティーは重大なトピックなのです。

3つ目は、新しい製品やサービスの創出。量子によって、より良い顧客体験をどうやって実現するか、どのように準備するのか、といった活発な議論を多くの企業が始めています。

「すでにゲームチェンジャーのヒントとなりそうなものは見えているのか?」というKiera博士の問いに対し、Hummerは「イエスともノーとも言える」と答えます。

金融業界を見ると、銀行や証券会社ではリスク分析やデリバティブ取引などのユースケースがありますが、保険業界ではまだすべての会社が望むような魅力的なユースケースは出てきていません。しかし、IBMが量子コンピューターを構築している米・独・日は大きな市場であり、将来が期待できると続けます。「この3カ国は、量子コンピューターがゲームチェンジャーになり得る技術であることを理解しており、国内でどのように人材を育成するかを考えている」と述べました。

日本においても進む量子コンピューター活用への模索

つづいて、日本でも量子コンピューターが確実に話題になっていることに話が及びます。

IBMは2018年に慶應義塾大学との連携を開始。東京大学、川崎市、IBMは協定を結び、今年中に量子コンピューターを導入し、企業や大学などに利活用を促していこうとしていることを藤井は紹介しました*。

*プレス・リリース: 東京大学とIBM、日本初のゲート型商用量子コンピューターを始動

またIBMは現在、学術界との協業しながら、化学、金融、自動車など一部の業界とのパートナーシップ・プログラムにも参加していると報告します。例えば、量子コンピューターを用いたシミュレーションによって、太陽電池の材料を作るための革新的なアイデアを創出する。あるいはビッグデータ分析に量子コンピューティングを利用することで、自動車の運転データから渋滞を回避するためのルートを見いだすなど、各業界でのユースケースの実現が期待されています。そして保険会社にとっては、保険のリスクを理解し分析する上で、量子の能力が特に重要になるだろうと話しました。

Huschensも「リスクモデリングでの新しいアプローチなどが可能になる」と同意しながら、使いこなすことが課題になると指摘します。「量子コンピューターは新しい問題解決の方法といえる。ここでの大きな問題は、量子コンピューターが扱うことができるように適切な方法で問題をモデル化すること。それができる人材が必要になる」(Huschens)。

 

新しいビジネスモデルの可能性とテクノロジーの貢献

後半、議論は先進テクノロジーによる働き方の変化の話から、保険業界における新しいビジネスモデルの可能性へと進みました。

Hummerが米国で進むテレマティクス保険の延長で、「家族が制限速度を上回って運転していると通知がいくようなサービスがあれば、家族という重要な資産を保護できる」と述べ、Huschensはドイツで進んでいる個人電子ヘルスシステムを紹介しました。「個人が自分の健康データをコントロールできるようになれば、担当する医師は患者の医療履歴を見てより良い意思決定を下すことができる」とメリットを語ります。

これを受けVanderLinden氏は、「データは将来に向けての燃料になるが、活用のためにはAIなどの技術を適用しなければならない」と述べ、技術がどのように現実社会で機能するのか、IBMに問いかけました。

データ活用のユースケースとして、Hummerは「データマーケットプレイス」と「コンピュータービジョン」を挙げました。

データマーケットプレイスとは、保険企業が保有する保険契約者や顧客に関するデータと、外部のデータソースを組み合わせて価値創造を目指すもの。マーケティングや広告などの用途はもちろん、テレマティクス保険では特定のエリアを運転している顧客に天気情報や交通渋滞情報を知らせたり、安全なルートを提案するなどのことが可能になります。

コンピュータービジョンは、AR(拡張現実)、VR(仮想現実)、Mixed Reality(複合現実)などを活用して、優れた顧客体験を提供するものであり、様々な模索が始まっています。

 

データ活用の促進に向けた技術開発も進む

さらにVanderLinden氏が「データを活用し、メリットを得るためには、クラウドの活用などこれまでとは異なる方法が必要なのではないか」と指摘。Hummerも同意して次のように語りました。

「それは先に挙げたデータマーケットプレイスに関連する。保険会社では通常、データサイエンティストがデータにアクセスするが、信頼できるデータを一元化して保存し、保険請求やマーケティング、コンタクトセンターなどの担当者がそこにアクセスして、顧客にサービスを提供できるようなモデルを構築できれば素晴らしいと思う」

このような環境を現実のものにするには、やるべき作業は多いものの、IBMは多くのお客様とともにガレージ・サービス(IBM Garage)を使って新たなビジネスモデルの創造や実証実験を進めています。

一方、日本の保険業界の新たなビジネスモデルは、主に新たなパートナーシップから生まれている点が特徴的なところだと藤井は説明します。保険会社は、新しい製品・サービスを生み出すのに十分なデータを持っていないことが多いため、例えば日本の大手保険会社では、顧客接点や行動データの取得を目的としたソーシャルネットワークとのコラボレーションが行われていると紹介しました。

Hunschensは、日本のようにデータにアクセスするのに制約がある中で、データ活用を促進する技術について補足します。保険会社に顧客へのアクセスと顧客に関する知識を提供するため、IBMはデータや知識のソースとして使える画像履歴を作ることに取り組んでいます。また、仮想化の考え方を用い、直接的・間接的に関係なく適切なタイミングでデータにアクセスできる「データ・ファブリック」構想も紹介しました。

 

IBMはテクノロジーと人で保険業界の変革に伴走

IBMは保険業界と密接に協力して、進歩と変化をもたらしてきました。長年培ってきた業界に関する知識とテクノロジーの双方により、「IBMに何ができるのかを常に考えている」とHuschens。

「保険の市場は、確実に変化している。保険会社は米国や中国でインシュアテックを取り入れているが、業界全体として予測ができない状況にある」と藤井は言います。

技術面では、メインフレームなど既存システムとの統合も不可避な課題となっています。IBMにはメインフレームからクラウド、量子コンピューターまで、エンジニアがいます。また、コンサルタントとデザイナーが、新しいテクノロジーと手法の活用をお手伝いできます。これらの資産を活用しながら、「保険業界のお客様の変革の道のりをともに歩んでいきたい」と結びました。

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