デジタル変革(DX)

北海道で地域密着型DXに挑戦!成功までの道のりとは?

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対馬 慶貞 氏
生活協同組合コープさっぽろ デジタル推進本部長(※)
2003年に日本IBMに入社。退職後、米国クレアモント大学院ドラッカースクールにてMBAを取得。2010年に北海道にUターンし、日本ファシリティ社専務取締役に就任。2015年から生活協同組合コープさっぽろにて経営企画室長、事業本部長、店長、店舗本部、デジタル推進本部と営利、非営利事業に幅広く携わる。 ※ 所属団体、役職は取材時点(2022年3月20日)のものです。

 

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浅川 真弘
日本アイ・ビー・エム デジタルサービス株式会社 デジタル事業部長 執行役員
2008年に日本IBMに入社。企業のデジタルトランスフォーメーションの構想策定から変革実現に従事。2020年7月の日本アイ・ビー・エムデジタルサービス株式会社設立に伴い、執行役員 デジタル事業部長として全社のデジタル変革推進をリードしている。

 

はじめに

日本アイ・ビー・エムデジタルサービス(IJDS)は、地域の活性化に貢献するための「地域共創DXプログラム」(※1)を展開しています。この第一回目として、北海道情報大学と生活協同組合コープさっぽろ(以下、コープさっぽろ)と合同でワークショップを開催しました。コープさっぽろはデジタル・トランスフォーメーション(以下、DX)に積極的に取り組んでいます。DX実現と今後の地域活性化に向けての取り組みについて、コープさっぽろのDXをリードしたデジタル推進本部長(2022年3月20日取材時点)の対馬 慶貞氏に、IJDS デジタル事業部長の浅川 真弘がインタビューしました。

コープさっぽろでDX実現のために力を入れたこと

浅川:対馬さんはこれまで2年ほどコープさっぽろのCDO(最高デジタル責任者)として、コープさっぽろのDXをリードされてきました。日本の中央圏でなく地方都市に拠点を置く団体でDXを推進するうえで、特にどのようなことに注力されたでしょうか。

対馬氏: 私がCDOとしてコープさっぽろの変革を進める上で特に力を入れたことは3つあります。

 1. DXの取り組みには先行企業との「差分」をとり、組織(コープさっぽろ)への適用の仮説を立てて、皆がわかる言葉で説明する
 2. DXを数字で語り、経営者のコミットメントを引き出す
 3. デジタル・アレルギーを取り除いて現場を巻き込む

一見すると、地域にかかわらずDXに取り組む企業と変わらないように思われるかもしれません。しかし、いわゆるITテクノロジー企業や中央圏でビジネスを展開している企業の常識と、DXに取りかかる前のコープさっぽろの常識は大きく異なっていました。職員のITやデジタルに対するリテラシーの差と言うとわかりやすいでしょうか。

浅川:確かにDXを推進する上で、現場職員のITやデジタルリテラシーは、変革の必要性や理解に大きく関わってきますね。対馬さんが注力された内容を詳しく教えてください。

 

1.DXの取り組みには先行企業との「差分」をとり、組織(コープさっぽろ)への適用の仮説を立てて、皆がわかる言葉で説明する

対馬氏: ある企業で成功した事例をコープさっぽろでも取り入れたいと思った場合、それを組織内でそのまま説明しても、なかなか理解してもらえません。CDOである私の役目として、まずは先行企業とコープさっぽろの現実的なギャップ、差分を抜き出すことから始めます。どこが同じでどこが違うかを詳細に整理・分析した結果をもとに、コープさっぽろに導入するための仮説を立てるのです。

浅川 : 先行企業とコープさっぽろの現実的なギャップ、とは具体的にどのようなことですか。

対馬氏:コミュニケーションを例に挙げて説明します。最近はさまざまな企業において、職員はフリーアドレスの席に座り、携帯電話やチャットで場所にとらわれずコミュニケーションするようになってきていますね。皆さんがITツールをうまく使いこなして、便利に効率よく仕事ができています。しかしコープさっぽろでは、最近まで有線ネットワーク、固定電話、ファックスを日常的に使用していました。慣れ親しんだ道具を使い続けることは悪いことではありませんが、しかしいざ本部の席替えをしようしたとき、これらの設備の工事費用や諸経費が毎年数百万円かかっていました。

もし組織全体にWi-Fiネットワークを張り巡らせ、データをクラウドに移行する、職員がモバイルフォンを使い座席をフリーアドレス制にする、といったことを実施すれば、大きな経費削減や柔軟な働き方が可能になっていたでしょう。しかし当時はITの専門知識を持つ職員が少なく実現には至りませんでした。また、そもそもITやデジタルの専門用語に馴染みがない職員も多く、DXの必要性についても深く検討されなかったのです。そこで私は、他社の成功事例を取り入れたいと思った時に、前述の通り先行企業との詳細な差分を取り、仮説を立て、それを誰でも理解できる言葉を使って説明するようにしました。

 

2.DXを数字で語り、経営者のコミットメントを引き出す

対馬氏:組織のDXを実現させようとした場合、事業や業務の「変革」を経営陣がコミットし、具体的な目標を掲げてトップダウンで指示を出さないと現場は動きません。そのためまず経営陣にDXの必要性と重要性をしっかり理解してもらう必要がありました。それには客観的な数字で示すことが最も効果的です。そこでまず、CIO(最高情報責任者:長谷川秀樹氏)と共に、企業の財務諸表の減価償却を含めた経費と人件費の効率化の観点で、DXの費用対効果をデータと数字で示しました。このときも私はITやデジタルの用語の多用を避け、皆が使える/理解できる言葉で説明することに徹しました。例えば、ネットワークのゼロトラストやセキュリティポリシーの話も大事ですが、いきなり難しい用語で話さず、どこでもいつでも仕事ができるようになることをまずシンプルに伝える。そこから少しずつ数字や図表を使って解説するといった手順で進めます。

ここでは詳細は割愛しますが、いくつかの施策について承認を得て億単位の額の無駄の削減の実績を積み重ねたことで、経営陣から「CIOとCDOにデジタル変革を任せる」というお墨付きを得られました。これにより、現場を巻き込みながらデジタルを活用した業務変革を組織内に展開する準備が整いました。

浅川:われわれIT業界に長く身を置く者は、つい専門用語でものを語りがちですが、経営層や職員に理解してもらい変革への共感を得るには、誰でも理解できるわかりやすい言葉で対話することが大切だと改めてわかりました。業務の現場では具体的にどのように変革を進めたのでしょうか。

 

3.デジタル・アレルギーを取り除いて現場を巻き込む

対馬氏:コープさっぽろの業務の現場でまず着手したのはコミュニケーションのDXです。組織の構造的な事情もあって情報伝達のスピードが遅く、コストの面でも大きな負担になっていたためです。

具体的には、Slackをはじめとしたコラボレーションツールによる組織内の情報系システムの再構築と業務の改善です。これを推進するために、現場の職員やパートタイマーの皆さんに参加してもらい、変革の必要性とDXを理解するワークショップを開催しました。CDO自らやることが大事と考え、着任の初年度に1回90分ほどのワークショップを50回、60回とひたすらやり続けました。業務の担当職員に単に指示を出しても、そもそもの目的を理解しないと推進はうまくいきません。その意味で、納得するまで学びと対話を重ねるワークショップは、現場職員の巻き込みにとても効果がありました。

浅川:冒頭で、コープさっぽろの職員の皆さんの当時のITやデジタルのリテラシーに課題があったと述べられていましたが、そのような職員の皆さんの巻き込みに成功したワークショップでは、どのような工夫をされたのでしょうか。

対馬氏:変革のイメージを現場の職員に伝える第一歩として、職員の中にある、デジタルへのアレルギーを取り除くことを丁寧に行いました。DXの必要性や変革の内容を、ITの専門用語でなく、現場の職員がイメージしやすい、わかりやすい言葉でとことん説明したのです。このおかげで、これまでとっつきにくい、遠い世界と感じられていたデジタル技術を、身近な存在に引き寄せることができたと思います。

浅川:現場担当者のデジタル・アレルギーを取り除くことから始めるのは、どの企業でも参考になりそうですね。その他にも現場レベルでのDX推進の中で気づきがあれば教えてください。

対馬氏:現場職員を巻き込んで変革を推進していくには、プロジェクトマネジメント力が必要だと感じました。目標を定めて計画を作り、チームを率いて達成まで推進していくプロジェクトマネジメントの手法は、IT業界では当たり前に行われていますが、コープさっぽろを含め、地方の一般企業ではあまり導入されていません。企業のトップがDXの旗を振っても、現場レベルでプロジェクトを推進するノウハウを持った人が少ないために、なかなか計画が進まないのです。これからは地方にもプロジェクトマネジメントのスキルを持つ人財を増やす必要があると思います。

浅川:地域の課題についてもお話を伺いたいと思います。DXの観点で、北海道にはどのような課題があるでしょうか。

対馬氏:北海道はとにかく広いですから、それに関連した課題の例をお話します。意外に思われるかもしれませんが、北海道は離婚率が高くシングマザーが多いというデータがあります。そして祖父母や親戚の住まいが遠く離れていることが多い。言い換えれば、身近で頼れる人がおらず孤立する母子家庭が少なくないということです。そうならないよう、コミュニケーションやモノと情報を運ぶ社会インフラの充実が必要です。コープさっぽろでは「スクールランチ」「ファーストチャイルドボックス」などの社会福祉サービスを提供していますが、このような取り組みにもテクノロジーの活用が欠かせません。地域のDXを推進することで、北海道にいる人が安心して暮らせる環境が整う、社会活動が活発になる、さらには北海道愛を守ることにも繋がっていくと期待しています。

浅川:デジタル技術を使って地域全体の活性化を進めることで、暮らしの利便性が高まり新たな価値が生まれるようになりますね。また地域に住む人々が豊かになることは、地域の人財の獲得にもつながりそうです。IBMにも北海道出身で、いつかは地元で働きたいという社員がいますが、地域DXが進むにつれて、そのような考えの人がますます増えるように思います。

「地域共創DXワークショップ」で感じたこと

浅川:今回、コープさっぽろ様とIJDSは、北海道情報大学の皆さんに「地域課題の理解」と「事業性のあるDXソリューションの提案」を体験してもらうための「北海道の食と健康のDXワークショップ」を開催しました。DXの学びを深め、地域の活性化に繋がるアイディアを3日間かけて共創するというものです。この初の試みに参加した感想をお聞かせください。

対馬氏:感銘を受けたことが2つあります。1つは、学生の皆さんのプレゼンテーションのレベルがとても高かったこと。そしてもう1つは、デジタルに偏らず、事業と地域のニーズに応える実際的なアイディアを創出してくれたことです。後者について詳しくお話しすると、ワークショップの中で、私はあえてデジタルの話はせず、あくまで地域と事業について詳しく説明しました。DXワークショップということで、テクノロジーを駆使しすぎて事業のめざす姿から離れてしまったり、本来は手段でしかない「デジタル」が目的化して、課題に対してオーバースペックな提案をされたりすることを懸念したためです。しかし、彼らが発表してくれた内容は、地域と事業の課題を深く探り出し、その解決方法に適したテクノロジーを活用する実効性のあるものでした。このような地に足のついた事業性の高いDXソリューションを大学生たちが考え提案してくれたことに驚き、感銘を受けたのです。

浅川:DX人財育成にもつながるお話ですね。DX人財というと、どうしてもITやデジタルスキルの育成に目が行きますが、ITを使う以前に、なぜそれをやるのか、本質的な目的を見失わず計画する力、経営的な視点など、ビジネスの課題を解決するスキルも併せて教育することで、真のDX人財を育成することができるようになると思います。

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北海道情報大学x コープさっぽろx IJDS 地域共創DXワークショップ(グラフィック・レコーディング)

北海道の地域DXの実現と共創に向けて

浅川:今後も北海道の地域活性化のために、自治体や教育機関、地域の複数の企業との共創に取り組んでいきたいと考えています。どのようにすればうまくいくでしょうか?IBMへの期待はありますか?

対馬氏:地域に根ざした変革を推進するには、テクノロジーやDXのノウハウを地元の人々が学ぶ機会がもっと必要です。また今回の「地域共創DXワークショップ」のような取り組みの継続や、地域での業界を超えた人的交流の機会を積極的に設けることができれば良いのではないでしょうか。

人財育成の観点では、IT技術者とプロジェクトマネージャーの育成の点でIBMに期待しています。IBMには経験や経歴にかかわらずITを無料で学ぶことができる社会貢献プログラム「SkillsBuild」がありますが、これに加えて、ITやデジタルに馴染みのない経営者や一般社員が参加できるような、やさしい内容のDXワークショップなどもあると良いと思います。また前述の通り、地方ではプロジェクトマネージャーが不足しているので、プロジェクトマネジメントのスキルを学ぶ機会が増えることを期待しています。

 

ijds-RegionalDXConcept

地元企業、行政、教育機関、住民による地域共創DXのイメージ

 

浅川:国全体でも「デジタル田園都市構想(※2)」という名で地域DXを推進しています。日本全国で地域活性化とDXに取り組まれる皆さんにメッセージをお願いします。

対馬氏:地域でのDXは「競争」ではなく「共創」だと考えています。地域全体で共創するということは、自治体、市民、大学、産業など関係者が横断的に連携し、互いの成長を助けながら共に変革のゴールを目指し、新しい価値を見出していくことでもあります。

そのためには、地域内の企業、関係各所、業界の垣根を取り払うことが必要になります。セキュリティ上の制限やコミュニケーション手段の違いなどがあるかもしれませんが、さまざまな制約や障壁を「突破する勇気」を持つことが大事です。

コープさっぽろでは、DXの過程をブログで公開していて、読者の方からアイディアをもらうことや、他の業界の企業から参考にしたいと申し入れを受けたこともありました。取り組み内容をオープンにすることで多様な立場の人たちと繋がることができ、新しいサービスやアイディアが生まれたことを実感しています。読者の皆さんの地域でもDXに取り組まれる際には、さまざまな垣根を取り払うところから始めてみてはいかがでしょうか。

浅川:地域でDXに取り組んでいる方々にとても参考になるお話でした。ありがとうございました。これからも日本全国で地域活性化に取り組んでいきたいと思います。


※1 地域共創DXプログラム: 地域創生に官民学連携で取り組む試みで、学生がDXのアプローチを学んだ上で、地元企業と共に課題検討を進め、地域の活性化に繋がるアイディアを共創する。

※2 デジタル田園都市国家構想: 2021年岸田文雄内閣総理大臣の下で発表された「デジタル実装を通じて地方が抱える課題を解決し、誰一人取り残されずすべての人がデジタル化のメリットを享受できる心豊かな暮らしを実現する」という構想。参考:デジタル庁 第二回デジタル田園都市国家構想実現会議(令和3年12月28日)資料

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