2011年に、米国のクイズ番組で鮮烈デビューを飾ったIBM Watsonは、「コグニティブ・コンピューティング・システム」と呼ばれている。コグニティブと聞いてピンとこない人もいるだろう。それもそのはずだ。「コグニティブ」は、IBMが提唱した新しい概念で現在人工知能の分野で注目を集めているとはいえ、一般社会の中にはまだ浸透していない。というわけで、この記事は「コグニティブ」初心者のあなたにもわかりやすくお伝えしていこうと思う。
コグニティブとはなにか?
まず、コグニティブとはなにか。コグニティブ(cognitive)は日本語で「認知」と訳す。Wikipediaによると、「認知」とは、「(人間などが)外界にある対象を知覚した上で、それが何であるかを判断したり解釈したりする過程」だ。つまり、Watsonのような「コグニティブ・コンピューティング・システム」とは、与えられた情報を処理する単なる機械ではなく、人間のように、自ら理解・推論・学習するシステムである。
日本IBMの中山裕之氏(グローバル・ビジネス・サービス事業コグニティブ・ビジネス推進室長パートナー)が「コグニティブ」を分かりやすく説明している。
“従来のコンピューティングの世界では、数値や一部のテキストしか理解することができませんでした。コグニティブの世界では、数値やテキストはもちろん、自然言語、画像、音声、表情、はたまた空気感などもコンピューターが理解することが可能となります。また、これらの情報を理解するだけでなく、これらの情報をベースに仮説を立てて推論し、この結果を自ら学習していきます。言い換えると、従来のコンピューティングでは、同じインプットを与えると必ず同じ回答が算出されましたが、コグニティブの世界では同じインプットを与えても、その状況に応じて違うアウトプットが導き出されることもあり得るのです。(コグニティブ・ビジネスは人々の生活をどのように変えるか。IBM中山裕之インタビュー」)”
コグニティブ・システムの特長は?
コグニティブの意味をおさえたところで、このシステムの特長はなんだろうか。同じく日本IBMの武田浩一氏(東京基礎研究所技術理事)は、コグニティブ・システムの最も重要な特長は、「人との自然なインタラクション」だという(「コグニティブ・システムと共生する社会」)。
例えばWatsonは、人間の言葉を理解するだけでなく、学習次第で聞かれたことに多様な言語表現をもって応対できる。この特長を生かし、コグニティブ・システムは現在、ロボティクス技術との融合がすすみ、人間と円滑にコミュニケーションを可能にすするコミュニケーション・ロボット技術に生きている。
“銀行や役所での各種手続き、カード等への申し込みなど書類を記入する場面は生活シーンの中で頻繁にあります。今後、入力にタブレット端末の活用が増えていくことも予想される中で、特に高齢者にとっては操作に困ることも多くなるでしょう。「係の人を呼ぶのも気が引ける」「そもそも何を質問していいかわからない」「説明が早口でわからない」といった記入にまつわる疑問は切実で、そうした課題を解決するためにも、コミュニケー ション・ロボットは有効と言えるでしょう。また、今後は、 銀行のコンシェルジュやデスクスタッフ、ホテルの受け付け、高齢者介護施設での話し相手、セラピー用途など会話ベースでの実用例がますます増えていくと予想されます。(コグニティブ・ロボット最前線 ―IBM東京基礎研究所による「賢い」ロボットへの挑戦)”
IBMの目指す世界とは?
武田氏は、「コグニティブ・システムは人の意思決定を支援するという明確な目的意識を設計思想の中心にする」と言っている。コグニティブは、科学技術の発展を目的とするのではなく、「人間を支援する」ことを目的とするのである。ここがAIとの大きな違いだ。
たしかに、理解能力、学習能力のあるコグニティブ・システムの介入によって、コミュニケーションはより合理的で円滑に進むことになるだろう。しかし、考えるべきは、それによって人間同士のコミュニケーションが減少しないのだろうかということだ。合理性や有用性の追求が、人同士の繋がりが気薄になる社会の実現に結びついてしまうのであれば、筆者としては、むしろ人間同士のコミュニケーションを促すようなコグニティブの開発も視野にいれてほしいと思う。