IBM Watson Summit 2017 Day 2 ゼネラル・セッション・レポート
2017年4月27〜28日の2日間にわたって開催された「IBM Watson Summit 2017」。2日目のテーマは「データ活用とクラウドでイノベーションを起こす」。特別講演、基調講演、リレートークの3つで構成されたゼネラル・セッションでは、ゲストに宇宙飛行士の山崎直子氏らを招き、多くの聴講者を集めた。国内外のビジネス領域で活用が拡大する「IBM Watson」と「IBM クラウド」を中心に紹介された本プログラムの模様をダイジェスト形式で紹介する。
地球は「1つの生命体」—— 人と技術を融和させるコグニティブの可能性
オープニングを務めた日本IBM・久世和資CTOから「本日の特別ゲスト」と紹介されて登壇したのは、2010年4月に搭乗運用技術者としてスペースシャトル「ディスカバリー号」による国際宇宙ステーション(以下、ISS)組立ミッションに参加した、宇宙飛行士の山崎直子氏。
山崎氏は、特別講演の冒頭で「ISSはミニチュアの地球のようなもの」と、聴講者の関心を惹いた。多国籍かつ異分野の人材が集まるISSは、テクノロジーが集積された場所でもある。人と技術が多様に融和するISSの環境下において、山崎氏は「状況の予測と把握」「その都度の判断、対応」「チームワークの醸成」が重要であると示し「それはWatsonのコグニティブ・コンピューティングが持っている機能と似ている」と語る。さらに、ISSは人とコンピューターが互いにミスをすることが前提で設計されていて、機械と人(宇宙飛行士)が双方にチェックし合うチームワークが求められるといい、そのような環境においてコグニティブ・コンピューティングが役立つのではないかと宇宙事業の分野でのコグニティブの活用について可能性を示唆した。
さらに、これまで世界中で7,000機以上が打ち上げられ、膨大な量のデータを取得している人工衛星についても、山崎氏は「ビッグデータの有効的な活用」という点で大きな期待を寄せる。すでに日本の民間企業・宇宙ベンチャーでも人工衛星の打ち上げは活発で、ある企業では地球の周回軌道上に人工衛星50機を配備し、北極海を通過する物流船のモニタリングを始めているのだとか。数百〜数千機の人工衛星を地球の周回軌道上に並べ、世界中をインターネットでつなぐ「全球インターネット構想」も始動しており「これまで以上にデータを取得できる範囲が広がるでしょう」と話した。そのうえで、山崎氏は特別講演の最後をこう締めくくった。
「宇宙から見た地球は1つの生命体。私たち人類が技術をもっと活用していくことで、地球がよりモニタリングされ、地球自身を認知することができるようになる。それは、地球全体のグローバルエコシステムの確立に必ず役立っていくはずです」
「IBM Watson×IBMクラウド」がビジネスに欠かせない理由
続く基調講演に登壇したのは、IBM ゼネラル・マネージャーのベス・スミス氏。「なぜ、IBM WatsonとIBMクラウドのアーキテクチャーが、ビジネスにとって欠かせないものになるのか、深掘りしていきたい」と冒頭に語った。
スミス氏は、IBM Watsonの特長として3つの柱を挙げる。企業がデジタル・トランスフォーメーションを実現するために必要な機能・信頼性・セキュリティーを提供する「Enterprise strong」、これまで活用できなかったデータの蓄積・活用を可能とする「Data first」、コグニティブ・テクノロジーを活用し、あらゆる機能やサービスの価値を提供する「Cognitive at the core」の3つだ。そのうえで、ビジネスを「改革」した世界中のコグニティブ・ビジネスを紹介。最後は「Watsonには莫大なデータ&コンピューティングが必要だが、そのスケールにこそ大きな意味がある」と、基調講演を結んだ。
コグニティブ・ビジネスに適したIBMクラウドの特長
他方でWatsonとIBMクラウドにより統合されるプラットフォームの“バックエンド”の部分は、どのような仕組みでできているのか? それが明らかになったのが、最後のプログラム、リレートークである。
リレートークのナビゲーターとして登場した日本IBMクラウド事業本部・三澤智光本部長(取締役専務執行役員)が、IBMクラウドの特長を示していく。
多くの企業が使用するパブリック・クラウドは、基本的にオンプレミス、すなわちデータやシステムを自社で運用しているケースが多い。対してIBMクラウドはオープンなテクノロジーで構築されているため、それまでのオンプレミス環境との親和性が高く、アプリケーションやデータをスムーズに移行できる。かつ、その企業が構築してきた非機能要件(機能面以外の性能、信頼性、拡張性、運用性、セキュリティーなど)もパートナー間でそのまま相互活用できるため、グローバルなエコシステムにも対応しやすく、ベンダーロックインも起こらない。そうしたIBMクラウドの特長を挙げたうえで、三澤氏は続くリレートークを担当する楽天株式会社にバトンタッチした。
特定の業界にとらわれない、AIの活用事例
楽天株式会社でAI推進を担当する茶谷公之氏(執行役員)は「AIによりコンピューター中心から人間中心にパラダイムシフトが起きるだろう」と、AIの未来について強調。「単純作業のAI化→意思決定のAI化→AI同士の協調動作」という3つのフェーズを経て「最終的に人がクリエイティブな役割を担う」と話す。
すでに同社ではその実験的試作を始めており、中でも2017年4月26日に発表したばかりの「楽天AIプラットフォーム」は注目を集めている。Watsonの自然言語処理・会話制御等のAPIと、同社のAI関連技術、カスタマー対応に関するデータベースが統合された「楽天AIプラットフォーム」を活用したチャットボット導入が可能になれば「コグニティブ・プラットフォームを活用したカスタマーサポートの向上を見込める」と話す。
続いて、IBMのセキュリティー信頼性について論拠を示したのが、三菱自動車工業株式会社・車真佐夫氏(執行役員)だ。160カ国以上でグローバルに自動車事業を展開する同社では「品質データ、お客様の声といった非構造化データをWatsonで分析して、タイムリーに可視化することがすでに始まっている」という。
IBMと同社は15年以上にわたるパートナーシップを結んでおり、昨年にはSIEM(セキュリティー情報とセキュリティーイベントを管理する)製品である「IBM QRadar」を導入。ネットワーク機器、サーバー、アプリケーションなどから、膨大な数のログ情報、データをリアルタイムに収集し、分析・レポートに役立てている。車氏は「グローバル対応、最適ツールの選択、セキュリティー・スキルギャップという課題がある中で、IBMはセキュリティー強化の面で重要なパートナー」だと力説した。
情報漏洩は40億件、サイバー攻撃の脅威に備えるIBMセキュリティー
すでにセキュリティーオペレーションセンター(SoC)において、IBMが24時間体制での監視を行うパートナーシップを結んでいる三菱自動車工業であるが、車氏は自身のリレートークの最後に「ハッカーの脅威に対抗すべく、WatsonのようなAIを活用し、新しい未知の脅威に対して対応することも求められていく」と展望を示した。それを受けてリレーセッション4人目に登壇したのが、IBMのセキュリティー部門を担当する、ゼネラル・マネージャーのマーク・ヴァン・ザデルホフ氏だ。
世界中で巻き起こるサイバー攻撃を彷彿とさせるオープニングビデオが流れる中登場したザデルホフ氏によると、世界のセキュリティーイベントの数は「1社あたり年間5,400万件」。世界中で40億件の情報漏洩事象があるといい「ハッカーの脅威が増している」と警鐘を鳴らす。加えてセキュリティーイベントの処理も、1時間で済む場合もあれば、24時間の調査が必要になることもあるという。適切な専門家を配置するのが困難となる“スキルギャップ”の問題も生じ、ますます人材は不足する悪循環が起きていると指摘した。
IBMはDay1のゼネラル・セッションで三井住友銀行の谷崎勝教専務からも紹介された「Watson for Cyber Security」(以下、WCS)の運用も開始。ここでは先出した「IBM QRadar」との連携も図れるという。WCSではIBMが世界8大学と連携し、Watsonに何十億ものデータや何百万ものセキュリティー文書を読み込ませて、セキュリティーに関する知識を学習させた。ザデルホフ氏は「知識の“集大成”をつくりあげたことで、すでにWatsonのパワーをセキュリティーでも感じられる段階に来ている」と話した。
量子コンピューターの実験的な利用・連携も開始
Watson×IBMクラウドによるコグニティブの可能性は、この先も尽きることがなさそうだ。オープニングに登壇した久世CTOからは「最高速のスパコンを使って100年かかる計算も、量子コンピューターなら10秒ほどで終わってしまう」と、昨年から提供が開始された「IBM Quantum Experience」について紹介された。これにより、クラウド上での量子コンピューターの実験的な利用が可能となるという。
新たなテクノロジーとWatsonの融合。「コグニティブ・クラウドを使い、迅速かつ効果的・効率的に統合し、新しいことを実現していく」(久世CTO)という、未来に大いに期待したくなる、2日目のゼネラル・セッションとなった。
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