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Smarter Business

金融機関でも非対面の基幹系システムへクラウド導入!超難関プロジェクトの舞台裏

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吉田裕昭

吉田裕昭
三菱UFJモルガン・スタンレー証券
オムニチャネル企画部システム企画課長


入社以来、システム部門で勘定系システムや非対面チャネル系システムを担当。2017年、オムニチャネル戦略のシステム企画担当として同社営業部門で活動。

 

山田洋人

山田洋人
三菱UFJモルガン・スタンレー証券
システム部チャネルシステム課長


新卒入社以来、システム部門でリテール系システムの開発を担当。本プロジェクトでは、コールセンターシステム更改に続くMUFGテラス構築のプロジェクトマネージャーとして参画。

 

砂押英幸

砂押英幸
三菱UFJモルガン・スタンレー証券
システム部顧客情報システム課部長代理


外資系ITベンダー、コンサルティングファームを経て、2014年に入社。システム開発部門のプロジェクトマネージャーとして、システム構想から基礎検討、開発、運用まで幅広く従事。システム基盤を専門としていたが、近年はアプリケーション全般も担当領域としている。

 

浅野智也

浅野智也
日本アイ・ビー・エム株式会社
グローバル・ビジネス・サービス事業 Bluewolf事業部 ジャパン・リーダー
理事/パートナー


企業の営業、コンタクトセンター、グローバルWeb 、デジタルマーケティングなどの顧客接点CRMをテーマに、通算で28年間にわたり、コンサルティング、システム構築、アウトソーシングビジネスに従事している。CRMサービスライン・リーダー、スマーターコマース事業部長などを経て、現在Bluewolf/Salesforceビジネスの日本IBMにおける責任者を務めている。

 

沖順子

沖順子
日本アイ・ビー・エム株式会社
グローバル・ビジネス・サービス事業
セールスフォース・プラクティス
シニア・マネージングコンサルタント


新卒で日本IBMに入社。さまざまな業界・業務プロジェクトのデリバリーを経て、2016年よりセールスフォース案件に従事。本プロジェクトではIBM側統括プロジェクトマネージャーとして参画。

高度なセキュリティ水準が要求される金融機関ではクラウド導入は進んでいない。そんな中、総合証券である三菱UFJモルガン・スタンレー証券は業界初とも言える非対面の基幹系システムでクラウドを採用したオムニチャネル構築プロジェクトに挑戦した。Salesforceのカスタマーサービスプラットフォーム「Salesforce Service Cloud(以下 Service Cloud)」、デジタルマーケティングプラットフォーム「Salesforce Marketing Cloud(以下Marketing Cloud)」を採用。Salesforceの利用でコールセンターにおける業務の効率性を高め、業界初の新規ビジネスとなるバーチャル支店「MUFGテラス」を2018年11月に開業した。金融機関が非対面の基幹系システムにおいてクラウドを導入するプロジェクトとはどんなものだったのか。証券業界、金融機関でのCRM(Customer Relationship Management)はどう変わっていくのか。三菱UFJモルガン・スタンレー証券 オムニチャネル企画部システム企画課長の吉田裕昭氏、システム部チャネルシステム課長の山田洋人氏、システム部顧客情報システム課部長代理の砂押英幸氏と日本IBM グローバル・ビジネス・サービス事業 Bluewolf事業部 理事、ジャパン・リーダーの浅野智也氏、統括プロジェクトマネジャーの沖順子氏から話を聞いた。

 

チャットで投資助言をする「フィンシェルジュ」

−−まず、MUFGテラスという新サービスを立ち上げた背景について教えていただけますか?

吉田 総合証券の当社では近くに営業店がないため、来店できないお客様がいますし、電話や営業訪問がわずらわしいと考えるお客様もいます。そんなお客様となんとかコミュニケーションをはかりたい。そのような思いから、チャットやメールという手軽な手段での投資相談サービスができないかという話が持ち上がっていました。

−−そんな中で立ち上げたMUFGテラスとはどんなサービスで、どこに強みがあるか教えていただけますか?

吉田 MUFGテラスはバーチャルな営業店で、チャットやメールでの投資相談の他、マーケットAI(AIを使ったチャット形式での投資情報サービス)での情報収集が可能なサービスです。

チャットについては、AIで機械的な対応をするのではなく、裏側で専門知識を持った担当者が対応するのが強みです。この担当者を指す「フィンシェルジュ」という造語も作りました。

また、お客様から高度な質問が来た場合、「メンター」という担当者に転送します。彼らは投資レポートを書くレベルの専門家です。訪問先にいる営業マンが本社部門の専門家に問い合わせ、その後お客様にお答えするより、MUFGテラスの方が早いかもしれません。

−−チャットではAIの対応を売りにしている他社のサービスも多いですが、MUFGテラスでは人の対応が強みなのですね。

吉田 状況に応じた丁寧な応対は現在のAIの技術ではまだできないのではと思っています。チャットの相手が専門知識を持つ担当者であることで、お客様からは「こんな丁寧に応対してくれるのか」と驚きと感動の声をいただいています。MUFGテラスは2018年11月にサービスを開始、今では毎日のようにチャットを使う人も増えて、投資相談も増加中です。お客様の意見でネガティブなものは全くないです。

−−MUFGテラスの利用者の年齢層はどのようなものですか

吉田 幅広い年齢層が対象ですが、チャットは使いやすいようです。例えば「世界の市場動向を鑑みると、私の持っている株はどうなるのか」などの投資相談があります。新規商品が売れるケースも出てきています。

法令的に対面での販売が義務付けされている商品は扱えませんが、それ以外ではMUFGテラスはリアルの営業店と同じです。

 

クラウド導入の背景にあったデジタル環境の変化

−−三菱UFJモルガン・スタンレー証券は同時期に、コールセンターにおける業務の効率性を高めるプロジェクトも進めていました。コールセンターにはどんな課題がありましたか?

砂押 当社のコールセンターシステムは利用から7年経過し老朽化したため、システムの更改が必要な状況でした。

また同じ頃、チャットやメール、ビデオチャットなどを含めた、新しいコミュニケーションツールを導入し、コールセンターシステムをオムニチャネル対応可能なシステムとして更改しようという構想が社内で計画されていました。つまり、従来のコールセンターのシステムをそのまま更改するのでは駄目だということです。

そこでシステム部としては、この計画を実現できるシステムを提供すべくオンプレミス(自社開発)かクラウド導入か、検討を開始しました。

−−バーチャル支店「MUFGテラス」という新サービスの立ち上げと、コールセンターのシステム更改という流れで、非対面の基幹系システムにおいてクラウドの導入が検討されたわけですね。その中でSalesforceが採用されたのは何故でしょうか?

吉田 それまでコールセンター業務としては、複数のシステムを使用してお客様との応対業務を行っておりました。また、電話をかける「アウトバウンド」、電話を受ける「インバウンド」でもシステムが分かれていました。そこで、オムニチャネル戦略としてのCRMも含めてこれらのシステムを統合できないかと考えていました。

浅野 リテール証券だけではなく小売業などでも、お客様の情報を管理するシステムは分断されていることが多いですね。これらのシステムを統合してお客様に対応していこうという流れは強いです。

−−システム面から考えるSalesforceを選定した理由は?

砂押 当初は、電話システムだけでなく、チャットやメール、ビデオチャットが含まれるワンパッケージの製品を調査していました。その時点では、コールセンターで採用する新システムはSalesforce以外の製品が候補になっていました。

しかし、オムニチャネル化にはCRM機能が不可欠であり、将来的なCRMシステム更改を考えると、最終的には、電話システムと連携でき、チャットやメールも使えるSalesforceの「Service Cloud」を選定しました。

クラウドであるSalesforceと電話システムや当社システムとの密連携は難しいと思っていました。Salesforceという大きな外部クラウドに顧客の情報を連携させるノウハウを、我々は持っていなかったからです。そこでSalesforceの開発経験が多く、BluewolfというSalesforce専門のコンサルティング部隊と構築の組織があるIBMに開発をお願いすることになりました。

 

金融機関✕クラウド導入という“超難関プロジェクト”

−−証券業界で初めて、本格的に非対面の基幹系システムでクラウドを採用することになりました。

吉田 MUFGグループとして非対面の基幹系業務で初めてのクラウド採用ですし、バーチャル支店MUGFテラスの取り組みも証券業界で初めてと言えるでしょう。セキュリティの厳しい証券業界において初物づくしです。

金融機関ではクラウドを導入するのは怖いという雰囲気がありました。クラウドシステム導入は、超高難易度のプロジェクトだと認識しながらやりきりました。

−−証券業界の立場として、セキュリティの面ではどのような配慮をしたのでしょうか?

吉田 一番時間をかけて検討したのはセキュリティの問題で、契約関係も苦労しました。お客様情報をどのように保護するのか。契約上の定義、社内での管理体制も含めて関連各署との調整は多岐に渡りました。

砂押 クラウドだからSalesforceに任せる、というように簡単にはいきません。マルチテナントの仕組みやデータセンターのセキュリティなど、信頼性を調べていきました。Salesforceが保有するセキュリティ機能を含め設計しなければいけないので、IBMの知見も借り、さまざまな対応を進めていきました。

 私たちIBMにとっても、証券業界のやり方を学ぶことで大きな経験を得られました。他社の例を参考にしながら、どこまで証券業界の要求を担保できるのか。セキュリティをどこまで見るべきか。その基準を三菱UFJモルガン・スタンレー証券様が必要とするレベルまで対応できるように一緒に試行錯誤しました。

−−コールセンターのクラウド採用は、システム面でどのような苦労がありましたか?

砂押 コールセンターのオペレーションで重要なのは、どれだけ早く顧客情報を確認することができるかです。電話を取った瞬間にお客様が誰か分かるようにする、電話システムとの連携には苦労しました。

Salesforceでは、基本設計の最初の段階で画面がどんどんできあがっていきました。電話システムとSalesforceを接続して、顧客情報のポップアップ画面が出てきたときは感動しました。

コールセンターシステムはどれだけ視覚的に見やすいか、1秒を争うレスポンス、オペレーターがお客様情報を適切に把握できる正確性が必要になります。初めてのSalesforce導入でしたが、IBMの知見を借りることで不安を解消できました。

 電話システムとの連携は他社での経験が生きています。ただ、高いパフォーマンスだけでなく、証券業界での厳しいセキュリティの要件も求められましたので、それらをマルチベンダーで解決していくのは大変でした。

浅野 IBMも、自社のコールセンターでは「Service Cloud」とIBM Watsonを使っています。コールセンターでは、1人のオペレーター当たり1日45分業務が短縮できたと評価をいただいています。高いパフォーマンスを要求されるコールセンターの現場でこの45分は大きいと思います。

 

クラウド採用で見えた金融業界の新たな可能性

−−MUFGテラスという新サービスもSalesforceで立ち上げましたね。

山田 システム開発としては、コールセンターシステムの更改が先に立ち上がり、次にMUFGテラスという順番で構築しました。MUFGテラスはクラウドというだけでなく新しいビジネスということもあり、業務・システムともに試行錯誤が続きました。約1年という短期開発の中、課題は、法務、コンプライアンス、セキュリティ、性能と多岐に渡り、リリース直前まで課題解決に苦労しました。IBMには、課題への対応を始め、数々の体力勝負に付き合ってもらった面はありました。

チャット業務は、当社としては初めての試みだったので、充分なトレーニング期間が必要でした。ただ、Salesforceですぐにトレーニング用環境を作れたので、「フィンシェルジュ」にはサービス開始の半年以上前からトレーニングを積んで習熟してもらうことができました。また、お客様にストレスなくチャット応対を行うためのチューニングもリリース直前まで行いましたが、Salesforceで速やかに対応でき、業務開始に間に合わせることができました。

サービス導入後、お客様の評判もよく、プロジェクトマネージャーとしては達成感を感じることができました。

−−コールセンターにSalesforceを導入してどうでしたか?

吉田 オペレーターからは好評です。今までは電話を受ける、ポップアップ画面が出てくる、市場関係の情報を調べるなど通常でも数種類のシステムを使っていました。それが今はオペレーターの正面にある1画面で業務がこなせます。

砂押 これまでは電話専用端末と、業務利用するシステムが別端末で、それぞれにキーボードがありました。それがSalesforce導入により1台に減らせました。

−−Salesforce導入により、パッケージに業務を合わせて仕事を進めることが求められるようになったと思いますが、それは初めての経験だったのではないでしょうか?

吉田 現場には「こういうシステムを導入する」「システムに業務を合わせてほしい」と伝えました。長年使っているシステムを変えないでほしいという声も多かったですが、新しい業務フローを作っていきました。

砂押 どうしてもパッケージに合わせられない、カスタマイズが必要な部分も現場から出てきます。カスタマイズ必須な部分とパッケージをそのまま利用する部分に切り分けについて、IBMの知見を借り、柔軟に対応しました。

−−オムニチャネル構築プロジェクトでは、今後の展望をどのように描いていますか?

吉田 MUFGテラスという新サービスはリピーターも多く、このビジネスは成功すると思っています。法令上対面が前提の商品販売や対面で相談したい人向けにはビデオチャネルなども考えていきたいです。

−−IBMが今後、ご支援できるサービスにはどんなものがありますか?

浅野 三菱UFJモルガン・スタンレー証券様には、初めての非対面基幹系システムで本格的なクラウド導入という大きなハードルを乗り越えていただきました。コールセンター、マーケティング、営業チャネルを連携することの発展性は大きいものです。営業店でのシステムで言えば、企業の営業活動を支援する「Salesforce Sales Cloud」もあります。

企業システムのクラウド化の波はもう止められないでしょう。また、お客様によってチャットやLINE、FacebookなどSNSでの対応を提供する必要が出てきます。これらへの対応は、すべてSalesforce側でバージョンアップすることにより対応していきます。

−−三菱UFJモルガン・スタンレー証券にとっては、パートナーにIBMを選定してどうでしたか?

砂押 システム面で難易度の高いプロジェクトでした。初めてのSalesforce導入であり、セキュリティとシステム性能確保が鍵でした。かつ、IBMだけではなく多くのチームが関わるマルチベンダーでのプロジェクト。そこをうまくとりまとめられたのは本システムの中心となるSalesforceの開発経験の豊富なIBMが担当してくれたからこそです。

このプロジェクトの過程で、IBMに苦言を呈したこともありました。ただ、しっかりと体制を増強するなどリカバリーしていただき、厳しい要求にも応えていただきました。

吉田 今回のプロジェクトでは、Service Cloudの導入に加え、Marketing Cloudも導入しました。IBMからは、「デジタルマーケティングとは何か」というレクチャーや、「こうした方がいいのではないですか」という提案もいただきました。今後に活きる良い経験ができたと思っています。