情報共有のスピードが速いデジタル時代において、必要な視座のひとつが「Social good(社会に対する良いインパクト)」と「共感」だ。ここでは、実際に「共感」を活用してビジネスを展開するVISITS Technologies(ビジッツ テクノロジー)株式会社の事業内容を紹介しながら、これからの社会が向かう未来を予測する。
なお、本記事は日本アイ・ビー・エム株式会社(以下、IBM)と国立情報学研究所が立ち上げた産官学提携を実践する機関「コグニティブ・イノベーションセンター」(以下、CIC)にて、2018年7月に行われた研究会を元に構成している。
参考記事:
デジタル時代のビジネス・エコシステム――CICから学ぶ業際連合の価値
人の創造性や目利き力、アイデアの価値を定量化——ideagramとは?
VISITS Technologies株式会社が提供しているソリューションのうち、注目されているのが「ideagram」(アイデアグラム)だ。これは「新規事業アイデアの発掘、アイデアの価値の定量化、個人の創造力や目利き力を定量化する」仕組みで、人事・労務や人材育成、イノベーション創発の分野での活用が進んでいるという。アイデアという見えないものを評価・定量化するにあたり、ideagramには「合意形成アルゴリズム」と呼ばれる技術が用いられており、そのメリットを同社のCEO/Founderの松本 勝氏は、研究会にてこう語った。
「この合意形成アルゴリズムにより、単なる多数決評価ではないアイデア評価が可能になります。例えば、『みんながオシャレだと評価する“インフルエンサー”がオシャレだと言うアイテムは、多数決評価のアイテムより真にオシャレである確率が高い』といった合意形成がなされることもあります。イノベーションのアイデアを数学的に見つけ、その再現性を創出することができます」(松本氏)
VISITS Technologiesはこのほか、共感をベースにしたOB・OG訪問プラットフォーム「VISITS OB」などのサービスも展開。「創造性を科学し、世界中の誰もが社会価値創造に貢献できるエコシステムを構築する」ことをミッションに据えている。
ProfitよりもBenefit——B-Corpにミレニアルが共感する
2018年7月に『WIRED日本版』の副編集長に就任した小谷知也氏は、「共感」のエビデンスとして「B-Corp」について解説した。
B-Corpとは、アメリカ・ペンシルベニア州にある非営利団体「B Lab」が運営する認証制度で、正式には「Public Benefit Corporation」という。『WIRED日本版』の第23号で掲載された「WHY BE “B”——B- Corpという挑戦」と題した特集記事を引き合いに、小谷さんは次のように提言した。
「アメリカではProfitではなくBenefit——すなわち環境やコミュニティー、従業員などを含めたすべてのステークホルダーに対する利益を考えなければ、企業は生き残れません。特にミレニアル世代が共感する企業として、このB-Corp認証が重要視されつつあります。日本企業も共感に主眼を置いた準備を進める必要があります」(小谷氏)
Social goodになぜ若者は共感するのか?
IBMグローバル・ビジネス・サービス戦略コンサルティング&デザインの的場大輔氏は、小谷氏の話を受けて「ProfitよりもBenefit Social(社会福祉)——すなわちSocial goodを重視する企業に、なぜ若者は共感するようになっていくのでしょうか」と疑問を呈した。
前述の松本氏は、人的資本の見地からその答えを次のように述べた。
「私たちが人材採用の分野で特に重要視しているのは『桃太郎採用』です。つまり、桃太郎が家来(猿、犬、キジ)にきびだんごを3つあげたとして、(家来たちが)『2つだったら仲間にならないよ』……みたいなギブ&テイクの世界なら、あの物語はここまで語り継がれない(笑)。家来たちは桃太郎の『あの鬼を倒せば世の中はもっとよくなる、だから倒そうよ』という『Social good』の思いに共感して家来になったのだと思います。それを人材採用でもやっていかなければならない」(松本氏)
「これまでの日本社会は、たくさんの会社に囲まれ、そこに人がぶら下がっている、いわば『箱型キャリア』が形成されていました。対して海外では、『人型キャリア』——その人がどんな人となりかを重視します。昔のように戦後復興や高度経済成長などを背景にしたわかりやすい顕在課題があれば、お金が1つのインセンティブになり、箱型キャリアもマッチしていたのかもしれません。しかし、顕在課題が減ってきている今、何のために働くのか。若者たちは新しい価値観を求めているのではないでしょうか」(松本氏)
会場からは、「現代の若者たちは、インセンティブだけではないつながりを求めているのではないか」という問いもあり、「インセンティブを与えること以上に、クリエイティブな欲求を刺激することはとても大事で、それは先ほどの『桃太郎採用』の話にも近いかもしれない」との意見も出た。
この意見に呼応するように、松本氏もこれから求められる人材像をこう表現している。
「ideagramで『創造性が高い人』と評価される人は、一般的な『頭の良い人』ではなく、目的を自分でつくってソリューションを見つけられる人が多い傾向にある。それを『クリエイティブな人』と言い換えられるのだと思う」(松本氏)
クリエイティブか、イノベーションかの見極め方
では、「クリエイティブ」と「イノベーション」とはどのように違うのだろうか。
「ideagramは上流のクリエイティブのフェーズを担うものだと考えており、イノベーションを実行しようとするフェーズはそれとはまったく異なります。すなわち0から1をつくるのがクリエイティブです。イノベーションでは、それを10、100、1000……と広げていくことも求められるので、クリエイティブだけでは事業になりません」(松本氏)
「以前、ある企業のR&D部門のトップの方が、お金を技術にするのが『クリエイティブ』、技術をお金にするのが『イノベーション』と話していた。まさしく松本さんのお話に近い考えだと思います」(小谷氏)
また、途中からは研究会に参加したCIC会員企業も議論に加わり、「特に戦後の経済成長期には、人の気持ちを着火させるのがうまい人がたくさんいた。そうした人をどのように育てればよいのか」との質問が寄せられた。
これを起点に会場では、「『火をつける』こと以上に、『すでに火がついている人の気持ちを絶やさない』ことが重要であり、会社のなかでアイデアを出してもすぐに否定されるような状況が続くと、火種が濡れてしまって火がつきにくい状態になり、常にクールな人になってしまう」「周囲の人には、その人のアイデアを否定せずに受け入れる器量のようなものが求められていると思う」など意見が交わされた。
およそ2時間にわたって開催されたこの日の研究会には、上場企業のエグゼクティブや経営の意思決定に関わるビジネスパーソンが参加し、評判は上々だった。CIC会員企業の参加者からは「デジタル時代の共感の重要性がよくわかり、社内でも共感が重要であると思った」「改めてイノベーションの着火の重要性を確認できた」などの声が挙がったという。
また、ある参加者は講演を聞いて次のような声を寄せている。
「もはやネットとリアルの垣根はなく、消費者は使い分けをしている。自分の日常生活が忙しい中でも、便利であればプロセスにはこだわらない。『共感』『感謝』『寄り添う』といったエモーショナルを実現するサービス——。『デザインとは何か?』を考えるきっかけになりました」
「今日の話はいずれも参考になりました。非常にオープンな世界にある、右脳的な発想の新しい領域のビジネスがある一方、松本さんのサービス(ideagram)は『ここまで科学的なアプローチができるのか!』と感じるような左能的新領域。両者とも必要な視点です」
共感から始まるアイデア創出、そしてイノベーション。この日の成果が今後どのような形で社会にお披露目されるのか、THINK Businessでは今後もCICの取り組みを追いかけていきたい。
photo:Getty Images