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日東電工が人財価値の向上を目指し、人的資本情報開示に着手

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大脇 泰人氏

 
大脇 泰人氏
日東電工株式会社
専務執行役員 人財本部長

1984年に日東電工入社。複数の事業責任職を経て、2012年の執行役員就任以降は品質・環境・安全統括部門長、インド駐在マーケティング責任者、CPO(最高調達責任者)、CIO兼サステナビリティ本部長を歴任。2021年に専務執行役員に就任し、現在は人財本部長として人財を最も重要な財産と捉え、ESG経営・人的資本経営に基づき事業戦略と人財戦略の連動、DE&I施策に注力している。

 

細谷 麿由美

細谷 麿由美
日本アイ・ビー・エム株式会社
IBMコンサルティング事業本部
タレント・トランスフォーメーション
シニア・アドバイザー

1986年に日本IBM入社。総務部門で本社受付、福利厚生施設担当として業務に従事した後、活動の場を海外・社外に移し、イタリア ミラノのアメリカン・スクールで教育に携わる。グローバル環境での経験を積んだ後、旅行会社を経てIBMグループに復帰。顧客サービス開発や人事業務変革、組織変革を担当し、グローバル人事やアウトソーシングなどの変革を数多くリードしてきた経験を持つ。

2022年に内閣官房「非財務情報可視化研究会」が「人的資本可視化指針(案)」を公表し、2023年3月期決算より有価証券報告書を発行する約4,000社の大手企業を対象に人的資本情報開示が義務付けられたことなどを受け、企業で人的資本経営の実践や情報開示を進める動きが活発化しています。そうした中、日東電工株式会社(以下、Nitto)では単なる情報開示にとどまることなく、経営戦略や人事戦略との連動を意識して「Nittoらしさ」を生かす独自の分析に基づいた取り組みを進めています。「2030年ありたい姿」に人財戦略を結び付ける方法を検討することから着手した同社。全社的な人財の価値を最大限に引き出すことを本質とする取り組みのポイントや人財育成プラットフォームの活用計画などについて、専務執行役員 人財本部長の大脇泰人氏に、日本IBM株式会社(以下、IBM) シニア・アドバイザーの細谷麿由美が聞きました。

Nittoにおける人財戦略領域と人財マネジメントの課題

細谷 Nitto様は、人的資本情報開示に取り組まれる以前より、人財戦略を重要な経営課題として推進されてきたと理解しています。

大脇 当社は「中期経営計画」の中で「2030年ありたい姿」を「Nittoは、技術で未来を創造し、驚きと感動を与え続け、高機能材料メーカーとして持続可能な環境・社会を実現する」と設定し、その実現に向けて人財戦略領域を一つの重要領域と捉え、取り組みを進めています。

サステナビリティ重要課題の中でも「多様な人財が活躍できる風土」を経営基盤強化のために取り組むべきテーマとして位置付けており、その実現に向けて必要な人財の確保と育成、ダイバーシティ&インクルージョンの推進に力を入れています。

出典:日東電工株式会社の資料をもとに作図

細谷 その中で、人財マネジメントに関しては大きく2つの課題がおありでしたね。

大脇 課題の1つは全社規模での見える化、もう1つは個人レベルでの見える化です。

全社規模での見える化では、経営の観点から、自社のどこにどのような人財がいるのかを可視化すると同時に、その情報(データ)を活用しやすいかたちで情報収集をしていく必要があります。これに関しては、クラウド型の人財管理ソリューション「SAP SuccessFactors」を導入し、人財の見える化を進めています。情報を有効に使っていくためには、単に意図した形で集めるだけでなく、継続的にアップデートしていくことが重要であり、現在はそのプロセスを整備しているところです。

一方、個人としてのスキルの見える化は、最終的に人財の育成と成長につなげなくてはいけません。そのためには、一人ひとりに、データを自身の成長に役立ててもらうことが重要です。これまでの経験や現状のスキルを踏まえて、自分が次に何をするべきか、何を学ぶべきかが可視化され、各人がモチベーションを持てるような仕組みづくりを進めている状況です。

ありたい姿に向けた「ストーリー」を描き、人財施策を結び付ける

細谷 それらの施策と連動して人的資本情報開示に取り組まれたわけですね。情報開示に関しては、どこから着手するかで悩む企業が多いようです。

大脇 私が人的資本に関する情報を開示していく上でまず必要だと感じたのは「ストーリー」です。先ほどお話しした、当社が「2030年ありたい姿」に向かってどのように進んでいくのか、その道筋をどう語り、共有するかが大事だと思いました。

ただし、独りよがりな内容ではなく、自社や投資家、競合の視点も考慮しながら、当社のストーリーを作る必要があります。人的資本可視化指針の観点も踏まえて、競合と比較しながら当社が優れている点、劣っている点を導き出します。最終的には、それが「Nittoらしさ」を追求していくためのものになっていなければなりません。このストーリーと連動させて情報開示を行っていくことが重要だと考えました。

細谷 Nittoらしさに人財施策がどう結び付き、それがいかに企業価値を高めていくのかを再確認されたわけですね。

大脇 ストーリーの検討は、大きく「(1)自社と他社の開示データの比較」「(2)価値向上とリスクの仮説構築」「(3)価値向上とリスクの検証」「(4)ストーリー構築とKPIの設定、モニタリング手法の確立」というステップで進めました。(2)のステップでは、経営層や人事部門も入れて試行錯誤しながら仮説を立てました。

そして、(3)のステップでは、若手や中堅など当社の次世代を担うメンバーも加えて、仮説として立てたストーリーが皆にしっかりと腹落ちするものか、当社が「2030年ありたい姿」に合っているかを検証しました。

人財戦略ストーリー構築アプローチ出典:日東電工株式会社の資料をもとに作図

細谷 他社との比較も交えて自社の人的資本の特徴や独自性を確認し、情報開示のベースとなるストーリーを検討したことで「Nittoらしさ」を追求できたのではないかと思います。

大脇 はい。そして、最終的にはストーリーが人財育成に結び付かなければなりません。当社ではこれまで、さまざまな人財施策を“点”でやってきましたが、ストーリーに沿って、それらを連結させ、育成計画につなげていく必要があります。そのための人財育成プラットフォームが必要だと考え、IBMさんと共に学習管理システム(LMS)として「Cornerstone」の導入に着手しました。

細谷 さらに人財育成プラットフォームの構築と並行して、人財育成に関する新たな取り組みも開始されました。

大脇 2022年度から、社内のさまざまな業務に応募できる「ジョブポスティング制度」を導入しました。募集に際してはスキル習得要件を可視化すると同時に、応募のためのスキル要件やスキル取得のために受講が必要な学習コンテンツを簡単に調べられるようにしています。社員一人ひとりがキャリア計画やスキル検索を可能にするシステムを構築することで、学習をより深く根付かせ、自律的な学びを加速させられると考えています。

人事施策に基づく人財育成の取り組み出典:日東電工株式会社の資料をもとに作図

人的資本情報開示の本質とは

細谷 私どもはここ数年、機会あるごとに「これからは人の時代」だと申し上げてきました。DXにしても、それを実行するのは人です。テクノロジーの時代は人の時代でもあり、今まさにそこにスポットが当たっています。IBMには、世界レベルで人財の価値最大化を図るために、約25年前にグローバルで社内人財データベースを整備し、その上で人的資本に関する情報開示を行ってきた歴史があります。

ここ最近、人的資本情報開示という社会的な要請を契機に、国内のお客様でも取り組みが始まりましたが、「開示」ばかりにスポットを当ててしまっては、本質的な意義を見失い、数年後には企業間で大きな開きが出てしまうのではないかと危惧しています。Nitto様は、その点にも留意して本当に真摯に取り組まれたと感じています。

大脇 確かにそこは気を付けたところです。当社では従業員が最も重要な財産だと位置付けて、いろいろな人財施策を進めてきましたが、これまでそのことを社内外に対してうまく周知できていなかったという反省点もありました。

今回、人的資本情報開示の取り組みを進める中で、人事部門としてのあり方や表現の仕方、社内外への開示の仕方などをゼロベースで見直しました。KPIなどの情報を開示するとなると、どうしても悪いデータを隠したくなりがちです。しかし、この取り組みを通じて「それではダメだ。問題を改善して、もっと高みに行くことが重要だ」と皆の気持ちが変わりました。データは私たちの行動の結果です。「行動を変えて、それを開示していく。今が悪くても、それを開示しながら改善していこう」という考えに変わったのです。

細谷 そのようなお言葉を聞けるのは大変有り難いと思っています。
おっしゃるとおり、人事施策そのものはすでに各企業で取り組まれていることですが、今回の情報開示を通じて「企業の価値を生み出すのは人である」ということへの理解が深まり、人財領域の取り組みの優先度が一層高まったのではないかと思います。それゆえに、今回「人的資本経営コンサルティング包括サービス」により、取り組みの準備フェーズからご一緒させていただくことができたと考えています。

IBM「人的資本経営コンサルティング包括サービス」

育成プラットフォームでグローバルに人財施策を展開

細谷 先ほど「Nittoらしさ」のお話がありましたが、自社の強みを再確認し、明確にできたことも素晴らしいと感じています。

大脇 当社の経営層も従業員も「『Nittoらしさ』ってこういうことだよね。我々はこうやって成長してきたよね」という感覚はそれぞれ持っているのですが、これまで明文化したことはありませんでした。それをしっかりと言語化できたことも大きな収穫です。ストーリー構築に向けたヒアリングや原案作成についてもIBMさんの支援を受けたのですが、最終的にまとまったストーリーを読み上げていただいたときには私も胸が熱くなりました。これならば腹落ち感があるし、当社の従業員も納得できるものだと判断しました。

細谷 開示される情報は、ESGやSDGs、サステナビリティなどの長期的な観点でも評価に値するものだと思います。今日の投資家は、現時点でどうかという情報のみならず、人材育成などの長期的施策や、その施策が企業戦略と整合しているかといった点にも注目しています。今回、Cornerstoneで人財育成のプラットフォームを整備されましたが、今後もさらなる人財の可視化を進めていきたいお考えでしょうか。

大脇 まさしくその通りです。当社はグローバルにビジネスを展開しており、人財も日本国内だけでなくグローバルに見える化していくことが非常に重要です。それにより、「海外のどのエリアで、どの事業に関して過不足があるのか」といったことをリアルタイムに把握し、適切なリソース配分を考えたり、どのエリアで集中的に人材投資するのかを検討したりできるようにしたいと考えています。

Cornerstoneにより、そのような人財の可視化を進められると同時に、各人が今後どのようなスキルを付けていく必要があるかといったレコメンデーションができるようになり、さまざまな人事施策と育成の連携もしやすくなると期待しています。

細谷 IBMでは創業当時から人財育成を世界共通の重要事項と捉えており、私も数十年前の入社時に「教育に飽和点はない」という創業者の言葉を教わりました。現在も「THINK40」として、毎年全社員に対して40時間の学習時間目標が定められています。ラーニングについても以前からパーソナライズされており、必須研修の状況はもちろん、各自への推奨研修が表示されることで目指すキャリアに必要な学習ができるようになっています。

大脇 今回、IBMさんと一緒にやらせていただいて非常に良かったと思っているのが、Cornerstoneのグローバルな導入と活用をサポートしていただけるだけでなく、御社自身がグローバルで長年にわたって人財価値向上に取り組む中で蓄積したさまざまなノウハウをご提供いただきながら、併走してくださることです。私たちに多くのことを教えていただきました。それらを生かして、当社も今後、意義ある人的資本情報開示を行っていけます。本当に得がたいパートナーだと思っています、ありがとうございます。

細谷 身に余るお言葉ありがとうございます。多くの企業がNitto様のように真摯に取り組まれることが日本の社会全体に貢献することだと思いますし、今後はぜひグローバルな取り組みでもご一緒させていただきたいと思います。引き続きよろしくお願いいたします。本日はありがとうございました。