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Smarter Business

RPA導入で「真の働き方変革」を実現した神戸製鋼所。その本質を探る

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須藤 徹也

須藤 徹也
株式会社神戸製鋼所
IT企画部 担当部長
 
 

国内外の企業へのシステム企画・構築経験を生かし、先端ITを使いこなした働き方変革を進める

藤田 亮介

藤田 亮介
株式会社神戸製鋼所
IT企画部 働き方変革 担当
 
 

データ活用(AI/IoT)やRPAなどで社内業務の効率化を進めている。

田端 真由美

田端 真由美
日本アイ・ビー・エム株式会社
グローバル・ビジネス・サービス事業本部
クラウド・アプリケーション・イノベーション
技術理事

1994年日本IBM入社。金融機関向けのシステム開発プロジェクトでITアーキテクトとして活動後、IBM Watsonを活用したシステムの設計・開発をリード。現在はAIの活用とオートメーションの推進を担当する。

 

年次有給休暇(以下、年休)取得や残業時間の削減、ワークライフバランスの向上など、多くの企業で進む働き方改革。だが、年休取得率を上げたり、残業時間を削減したりすることに終始しがちな改革が本当の働き方改革なのかと言えば、疑問が残る。

大手鉄鋼メーカーの株式会社神戸製鋼所(以下、神戸製鋼所)では、従業員の総労働時間の短縮という抜本的な改革はもちろん、生産性と付加価値の高い仕事にシフトすることこそ重要だと考えている。そのためには従業員の仕事量自体を削減する必要があり、その手段としてRPA(Robotic Process Automation)の導入を決めた。定型業務などの自動化によって全社累計で月2680時間の削減に成功したという。

そして2020年5月現在、新型コロナウイルス感染症パンデミックの影響により、企業活動の制限やリモートワークをはじめとしたワークスタイルの急速な変化が起こり、さらに今後、事業自体の見直しが求められる可能性すらある。本稿では、RPAによる働き方改革の実現と、今後の事業展開におけるRPAの可能性について、神戸製鋼所のIT企画部担当部長の須藤徹也氏、IT企画部の藤田亮介氏、そして日本アイ・ビー・エム(以下、IBM)技術理事の田端真由美氏が語り合った。

「従業員の総労働時間の短縮」だけでは不完全

今回の取材は、神戸と東京をオンランで繋いで行われた

田端 近年、生産性やワークライフバランスの向上、全員が活躍できる社会などを目指し、働く環境が変化しています。これには2019年4月に施行された「働き方改革関連法案」が大きく関係していると思いますが、神戸製鋼所においては、施行以前から独自にITを活用した働き方改革に着手されていたそうですね。そのきっかけや取り組みについてお聞かせいただけますか。

須藤 神戸製鋼所では従業員のやりがいや活力の向上に向けた働き方改革の取り組みを「働き方変革」と呼んでいます。この取り組み自体は2016年度からスタートしています。在宅勤務などの制度を取り入れながら、残業時間の抑制や年休取得日数の向上に取り組み、一定の成果を上げてきました。ですが現場から、「やらされ感、現場業務の抜本的な改革にはならない」という声が上がったのです。

確かに、残業時間の抑制や年休取得日数を上げることは重要ですが、そもそもの仕事量自体が減らなければどこかにしわ寄せがくる。また、総労働時間の短縮だけがゴールではなく、その先にある「従業員がイキイキと活躍できる環境」や「付加価値の高い仕事に従事できる環境」の実現こそが改革のポイントで、その点をフォローする仕組みがなかったのです。

藤田 当時は、本社スタッフ部門の体制が変化し、所属する従業員が多くなってきた時期でもありました。ただ、人は増えたものの、業務がきちんと手順化・体系化されていなかった。そのため個々人が自分なりの定型業務の繰り返しに多くの時間を割き、付加価値のある仕事に参画できていないという課題があったのです。この課題をクリアし、価値創出に繋がる業務にシフトするため、さらなる働き方変革に着手することになりました。

田端 なるほど。具体的にどのような施策を立てたのでしょうか。

須藤 こうした一連の流れや現場の声から、まず「従業員の仕事自体を減らす必要がある」と考えました。そのために、ITを活用して業務のやり方そのものを変えていくことを目指しました。たとえば、ビジネスチャットによるコミュニケーション改革です。それまで、物理的に離れた人とコミュニケーションする際はメールと電話が中心でしたが、ビジネスチャットを導入し、小集団内のコミュニケーションの質や頻度を上げることで、判断スピードを早め、仕事にかかる時間短縮を目指しました。

そして非常に大きな期待を寄せていた施策が、RPA(Robotic Process Automation)の活用による実作業量の削減です。頻度の高い定型業務をRPAに置き換えて自動化することで、実作業量を大幅に減らすことができると考えたのです。

スモールスタートで始めた業務へのロボット導入

田端 働き方自体をさらに改革するために、ITを活用することになったわけですね。特に、自動化して作業量を削減するRPAに期待していたとのことですが、実際にどのような業務から自動化に着手したのでしょうか。

藤田 最初にRPAを導入したのは、鉄鋼アルミ事業部門です。毎日の作業実績の集計・報告のような、繰り返しの単純作業をRPAで自動化したところ、従業員にかかる工数がかなり削減できたのです。そこで次に人事や経理、財務といった本社スタッフ部門に取り掛かりました。

図ロボット例

本社スタッフ部門は繰り返しの定型業務が多いので、ロボット化に適していると考えました。先述したように、当該部門の従業員が増えているという状況もあり、「定型業務が自動化することで、付加価値の高い仕事へのシフトが大きく見込まれる」という狙いを持って取り組み始めたのです。

ただ、RPAは新しい手段なので、社内の理解度を高めることが必要でした。そこでまず、ロボットと人間が共創するような環境を作って、全部門一斉ではなく徐々にやっていこうという判断になりました。

本社スタッフ部門では、かねてより各部門に1人、エバンジェリストという形でIT知識を備えて業務を改革する担当スタッフを置いて業務改革に取り組んでいたので、意識は高かったと思います。とはいえ、実際にRPAのプロジェクトがスタートするといくつかの課題に行き当たり、そこにRPAの難しさがあるなと痛感しました。

「自動化できる範囲がわからない」という課題をどうクリアすべきか

田端 RPAプロジェクトにおいて、具体的にはどのような点が障壁となったのでしょうか。

藤田 端的に言えば「RPA化すべき業務を見つけられない」という点です。改革へのやる気はあるのですが、ロボット化できそうな案件を見つけることも難しく、仮に見つかってもそれを見える化し、業務要件を定義・標準化できないという課題がありました。

須藤 経理や財務、人事部門の従業員は、プログラム開発の経験がなく、漠然と該当業務を自動化すれば効果がありそうだと思っても、どの範囲がロボット化に適しているかわかりません。そのため、プログラム開発がわかり、業務改革の知識があるコンサルタントが横に張り付いて、「ここが自動化できますよ」と提案する形で始めることにしました。神戸製鋼所の基幹業務システムの要件定義・構築は、高い開発力を持つグループ会社に集中委託しています。そこに、IBMのような業務改革ノウハウとプログラム開発の経験を持ち、RPA推進の知見もあるパートナーを加えることで良い協業効果が出せると思ったわけです。

藤田 実際、2019年10月からIBMに協力していただき、RPA導入に伴うさまざまな疑問や課題がクリアになりました。まず、約20ある本社スタッフ部門のうち、RPA化に前向きな部門を選定してコンサルティングを実施し、自動化できそうな業務や要望を300件ほど抽出しました。ここからさらに、ロボットに置き換えられる作業要件を絞り込んでいき、やるべきことの道筋を付けたのです。

その過程では、RPAにではなく、通常のITソリューションで対応できる部分の切り分けもしています。考えてみれば、ロボットは作業を減らす手段にしか過ぎないので、無理やり全てロボット化する必要はないですよね。そうした代替案を考察しながら進められたことは大きかったです。

田端 私たちは顧客企業の業務のオートメーション化を支援しており、なかでもRPAはその中心的な手段です。ただ、サービスを展開するうえで最も重要視しているのは、「顧客企業が目指す“やりたいこと”を実現する」ことであり、すべてをRPA化することが正解とは限りません。今回は、達成すべき目標をしっかり共有できていたからこそ、そうした提案ができたのだと思います。

藤田 コンサルティングをすることで業務を幅広く見ることができ、そのうえで「投資効果の面からこれを全部実現することはできない」という視点も持った上で、明確な基準・判断を下すこともできました。300件もの業務や要望の中から、業務標準化がされている、手順が明確など自動化に適したものを80件ほど洗い出し、それを現場のスタッフに確認してもらい、削減効果がどれくらい見込めるか検証しました。着実に、今回のRPA開発に対する投資対効果を数字として見える化したことで、現場責任者も納得してプロジェクトを進められました。

さらに、実際にロボットを開発する際には、共通化できる業務を切り出しています。たとえば、基幹業務システムから経理データを取得する、人事システムから勤怠管理データを取得するといった業務は、多くの業務で活用可能な共通化できる部分です。そうした共通業務を切り出し、RPAモジュールの標準化・効率化を進めながら、かつ将来に向け発展的にロボットを開発できた点が良かったですね。

加えて、ビジネスプロセスの可視化に使った「Blueworks Live」もわかりやすかったです。ヒアリングの際、業務プロセスの説明に取り留めがなくなることもあったのですが、このツールを利用することで、業務の相関関係が整理され、話し始めて数十分後にはちゃんと業務のプロセス・マップができあがっていました。表計算ソフトなどで業務要件をまとめるより、使い勝手がいいなと思いました(笑)。

田端 ツールにより可視化したことで、重複している業務や自動化に適さない業務の判別がやりやすくなりましたね。それに、先述のお話にもありましたが、そもそも本社スタッフ部門に「会社・業務を変えるんだ」という意欲があり、緻密にコンタクトやコミュニケーションが取れたのも良かったと思います。

藤田 きちんとした導入基準を示すことができたのも大きな収穫でした。今回のRPA開発に当たって、当初は組織あたりの自動化件名数をKPIに設定していました。ただ将来のことを考えると、単純な件名数だけでは指標にならないね、という話になったのです。そこで基準としたのは、ロボットによる作業の削減時間です。人が作業する場合に比べてどれくらい効果があるかを明確にして、「何倍以上であればロボットを作る」という基準を作ることができました。これは、今後の開発にも活かすことができると考えています。

RPA導入の次期フェーズにおける構想とは

田端 現在は新型コロナウイルス感染症の拡大防止に向け、多くの方がリモートワークで勤務しているとのことですが、今回のRPA導入の成果や今後の展望はいかがですか。

藤田 効果は大きく、RPA導入により全社累計で月2680時間の削減・効率化につながりました。ただ、今回導入したRPAは「手動起動実行型」であり、オフィスのPCから人が実行することが必要です。新型コロナウイルス感染症の影響で、本格運用の直前でリモートワークに強制的に切り替わったことと、RPAの稼働が安定したことを受けて、今後は自動的にRPAが作業する「スケジュール実行型」に切り替える取り組みを進めています。

須藤 業務変革の意識が浸透する2020年下期においては、現場のスタッフ自らが、自分の業務をRPAで自動化するEUC(End User Computing)化を推進していく予定です。

というのは、今回、自動化の対象を洗い出すフェーズでは「目の前にあるこの作業を自動化したい」という声が、あちこちから寄せられていたのです。投資対効果という観点で見ると共通化して効果が大きいと思われる部分から着手する必要があり、個々人が抱える「解決したい」という悩みには応えきれませんでした。今後はそうした課題を解決するため、スタッフ自身がロボットを手軽に開発できる環境にするための取り組みを始めています。

田端 EUC化によって自動化をさらに推進されるということですが、IBMではCoE(Center of Excellence)サービスというオファリングを用意しています。「業務の標準化をどうやって進めるか」というベーシックなところから「どこまで中央集権的に進め、どこから各部門に任せるのか」というルール決めまで、また、全社規模へ大きく展開する時のポイントなど、ベストプラクティスを持っています。もし何かありましたら、いつでもご相談ください(笑)。

図:Automationジャーニー

藤田 それは心強いです(笑)。今後の方針としても、RPAへの取り組みは引き続き進めていく予定です。ロボット数も増やしながら業務の整理も進めますし、RPAが進んでいる部門の知見をほかの部門に共有し、全社的な展開も考えています。また、ロボットと、基幹システムやクラウドサービスとのAPI連携も進めていく構想もあり、具体的に進んでいるのがAI-OCR(光学的文字認識)との連携ですね。

須藤 今回導入したロボットは、外部サービスや基幹システムとつながる現場のアプリーションの画面操作をそのままトレースして実行するのですが、APIで外部サービスや基幹システムとつなぐことでより安定的に多くの業務に拡大できると考えています。

このAPI連携の大きなメリットは、画面が変更になっても、ロボットを作り直す必要がないことです。今後はさらに、コミュニケーションツールとして活用しているMicrosoft Teams(以下、Teams)やAIなどのクラウドサービスも組み合わせ、自動化の範囲を広げていきたいですね。

田端 世の中の急激な変化に応じ、柔軟かつ迅速に対応する必要性は増しています。そのためには、要件定義から開発まで丁寧に手順を踏みながらも時間のかかるウォーターフォールなIT導入ではなく、APIを通じて外部サービスを活用するという迅速な導入構想が必要になるでしょう。そこでは、IBMが持つクラウド活用の知見や実績も貢献できると思っています。

「新型コロナウイルス感染症の脅威」の下で求められるRPAの役割

田端 新型コロナウイルス感染症との共存も新たな経営課題となる中、神戸製鋼所ではどのような改革・転換を考えていらっしゃいますか。お話しできる範囲でかまいませんので、現在の見解をお願いします。

藤田 やはり、オフィスに出勤しなくても仕事ができるように、自動稼働ができるロボットは必要でしょうね。また、個人的な意見ですが、VDI(Virtual Desktop Infrastructure:仮想デスクトップ基盤)なども取り入れながら、リモートでもロボットを動かせる環境を作る必要もあると思います。

須藤 2019年末時点でスタッフ社員はTeamsを使っています。また、NotePC配布など個人の在宅勤務環境も整ってきました。今後さらに、リモートワークを前提にしたコミュニケーションや決裁フローなどIT環境が充実すると予想しています。

その先を見据えると、最終的にはスマートフォンを使った隙間時間を活用した間接業務の効率化に行き着くのではないでしょうか。そこでまずは、業務報告や決裁が自動化すると考えています。現場にいる担当がその場でスマートフォンを使い作業報告をチャットに投稿すると、そのバックヤードとなる基幹業務システムではロボットが動いており、ロボットが実績数値を集計して報告書形式にまとめ、上長のチャットに投稿するといった形が考えられます。現段階では未知数かもしれませんが、こうした未来に向け一歩一歩業務の自動化を拡大し、総労働時間の短縮という抜本的な改革とともに、人が行う業務の付加価値化を進めていく構えです。

田端 今回は、従来から進めていた「働き方変革」の一手段としてRPAを導入したわけですが、今後は新型コロナウイルス感染症の影響下で、いかに働く人を守っていくかも改革のポイントになると思います。そこでは人がオフィスにいなくても事業をつつがなく継続できるよう、RPAに求められる役割もより重要なものになるでしょう。引き続きパートナーとして協力していけたらと考えています。本日はありがとうございました。

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