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顧客のために社員が団結できるプラットフォームを|関西ペイントがSalesforce導入に込める思い

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醍醐 健太郎氏

醍醐 健太郎氏
関西ペイント株式会社
工業塗料事業本部 担当次長

入社後、工業塗料事業本部の営業部門でさまざまな業界の顧客を担当。その後、本部スタッフとして営業所の後方支援に努め、2020年より業績改善分科会で営業プラットフォーム・チームのリーダーとしてSalesforceの導入を牽引。2022年4月からは再び工業塗料事業本部の本部スタッフとなり、引き続きSalesforceの導入をリードしている。

 

今井 玄児氏

今井 玄児氏
関西ペイント株式会社
工業塗料事業本部 担当部長

入社後、電子材料の研究/開発に従事し、その成果を事業本部で製品として展開。その後、電子材の研究、自動車塗料の渉外技術、工業塗料の技術開発/渉外技術などを経て、工業塗料事業本部の副本部長に就任。同本部におけるSalesforceの活用を提起し、本部側の代表として業績改善分科会とともに取り組みを開始する。2022年4月の役職定年後も本部スタッフとしてSalesforceプロジェクトを継続している。

社内のさまざまな部署から参画したメンバーで構成される「業績改善分科会」がリードするボトムアップのアプローチで全社的にデジタル変革(DX)を推進する関西ペイント株式会社(以下、関西ペイント)。この取り組みの戦略的パートナーとして日本アイ・ビー・エム株式会社(以下、IBM)を選んだ同社では現在、さらなる成長を目指したDXが社内の各所で進められている。

その1つが、工業塗料事業本部の営業や渉外技術の組織における共通CRM(Customer Relationship Management)プラットフォームとしてのSalesforce導入プロジェクトだ。既存業務の徹底した洗い出しと可視化という地道な作業から始まった同プロジェクトが目指すものは何か、どのような取り組みを経て全部署への展開まで進んだのか、プロジェクトの中心メンバーに聞いた。

顧客情報管理の属人化、デジタル化の遅れが大きな課題に

——はじめに、このCRMプラットフォームプロジェクトが立ち上がった経緯をお聞かせください。

醍醐 私は営業組織を代表するメンバーの一人として、業績改善分科会に第1期から参加しています。分科会では、まず社内の課題を洗い出すために、全社員に対して「現場の困りごとを教えてほしい」とアンケートを実施しました。それに対して6,912件ものレスポンスが寄せられ、日々お客様と応対している営業や渉外技術(以下、技術)の社員からもさまざまな意見をもらいました。その中に「お客様の情報が一元管理されておらず非効率的だ」という意見が多かったことがそもそもの発端です。

また、集まった意見を整理した結果、デジタル化への取り組みがかなり遅れていることを改めて認識しました。この課題にどう取り組んでいくかをメンバー内で議論し、「営業/技術の渉外組織に共通のデジタルなCRMプラットフォームが必要だ」という結論に至りました。そこでその取り組みを私が所属する工業塗料事業本部から始めることにしたのです。

——「顧客情報が一元管理されていない」「デジタル化が遅れている」ことにより、具体的にどのような課題を認識されていたのでしょうか?

今井 工業塗料事業本部は、主に産業機械などで使われる塗料をお客様の工場に納めている部門であり、取引相手は産業機械メーカー様などBtoBが中心です。全国各地に工場を構えているお客様(広域ユーザー)もあり、それぞれの拠点に対して当社の各地区の営業/技術が対応しています。ところが、同じメーカー様を担当する各地区の間で情報連携がとれていないケースがありました。

また、塗料には産業機械などのボディが錆びないように下地として塗るものや、彩色や保護目的で塗るもの、あるいは液体を吹き付けるものや粉を吹き付けるものなど、用途や素材の違いによってさまざまな種類があります。各塗料に技術担当がいますが、横の連携が全く取れていないこともありました。
さらに、情報が属人化しており、基本的に紙ベースで保管されていることも問題でした。異動や転勤で担当が入れ替わっても紙の情報は保管場所でしか参照できません。営業はお客様と接する中でいろいろな情報を蓄積していきますが、これらも全て個人の中に溜まるばかりでした。

醍醐 例えば、情報連携には主にメールが使われていますが、お客様との面談や問い合わせの内容をメール本文に書く人もいれば、Excelなどに書いて添付して送る人もいるなどバラバラです。そして、そのようにして送られた情報は沢山のメールの中に埋もれてしまいがちです。

その時点では仕事が回っても、時間が経ち、「あのとき、お客様とどのような折衝をしたかな?」「どのような事情でこうなったのか?」と思い返すことになった際、沢山のメールから情報を探し出さなければなりません。場合によっては引き継ぎが完全ではない状態でお客様に対応せざるをえないといったことも起きていました。

——それらの課題の解消に向け、営業/技術が利用する共通CRMプラットフォームとして、他の事業部でも活用が始まっていたSalesforceの導入を検討することになりました。それによって目指したことは何でしょうか?

今井 一言で表せば「顧客情報の一元管理の実現」です。具体的には、Salesforceによる共通CRMプラットフォームを、デジタル化を推進して会社を成長させるための基盤/仕組みと位置付けました。この基盤を活用してお客様との信頼関係をより強固にし、顧客満足度を高めて売上向上を目指すほか、重要な業務への選択と集中、スピード化、効率化を図ります。これらに営業と技術が一体となって取り組み、お客様にいつでも「関西ペイントの製品を使いたい。一緒に製品ラインを立ち上げたい」と思っていただけるような関係を構築/維持していくことを最終的なゴールとしています。

既存業務の徹底した可視化で課題を抽出し、目指すべき姿を策定

——プロジェクトを進めるにあたり、まず既存業務の可視化に取り組まれたそうですね。

醍醐 業務可視化は、Salesforceを検討するためというよりも、私たち自身が業務を深く理解するために行いました。というのも、業績改善分科会の営業プラットフォーム・チームは“営業”といっても、参加メンバーは技術系が中心でした。私自身もずっと工業塗料事業本部に所属し、建築向けや自動車向けなど他の塗料事業部の業務をほとんど知らずに過ごしてきました。営業プラットフォーム・チームのリーダーでありながら、自社の営業業務についてわからないことだらけだったのです。

そこで、IBMさんから「それぞれの塗料事業部でどのように業務を行っているのか、共通部分と個別部分について調べて可視化してみてはいかがですか」と提案を受けました。各塗料事業部の営業マンから事務などの内勤者まで、いろいろな人たちにヒアリングしてゼロから可視化していきました。

——2020年9月から12月まで、約4カ月を使って作業されました。大変な作業量だったと思いますが、具体的にどのようなことを可視化したのでしょうか?

醍醐 なかなか大変でしたね(笑)。業務可視化は初めての経験であり、IBMさんの支援をもらいながら、各業務に対して業務フロー図を1つずつPowerPointで作りました。営業領域で90以上、技術領域に関しても約40の業務が対象になりました。それぞれの業務について、各塗料事業部が関係する/しないを業務機能一覧で整理するといった作業も行いました。
ヒアリングを重ねた結果、「こんな仕事もしていたのか」という業務が内勤の人たちを中心にたくさん出てきました。中にはかなり手間のかかる業務や、ほとんどの人が知らない業務もありました。せっかくなのでそのような業務を社内で紹介したところ(下記全社報告会資料を参照)、担当者から「これまで誰にも注目されることがなかった仕事を紹介してくれて嬉しい」といった声をもらったこともあります。

出典:関西ペイント
2021年3月に関西ペイントで行われた全社報告会の資料から抜粋。こうした形で全社員に丁寧に説明がなされた上で、後日、業務フロー図が社内報で公開された。

今井 業績改善分科会の営業プラットフォームチームとは別に、技術のほうでもSalesforce導入にあたってさまざまな可視化を行いました。作業を通じて感じたのは、当社は業務の標準化が遅れているということです。ほとんどの業務が“人対人”のやり取りで回っており標準化できておらず、そのために抜けや漏れ、ムラ、手戻りなどが生じやすいのだと改めて気づかされました。

また、この可視化の取り組みの中で、IBMのコンサルタントの熱意には驚かされました。いただく質問ややり取りでも、我々が日々行っている業務をまず自分たちで理解しようとする意気込みが凄かったですね。ある意味で我々よりも当社の業務を広く理解されたのではないでしょうか。

課題の抽出やあるべき姿(To-Be)の明確化においても助けていただきました。我々は個々の業務に深入りしているため、現行業務に合わせるという考え方になりがちですが、それを軌道修正していただくこともありました。そして、最終的に括りだした16個の課題を基に、CRMプラットフォームで実現を目指すべきこととして「依頼対応状況の可視化」「ユーザー軸での営業情報の一元管理」「システム連携を伴ったデータ集計」など、全部で6つのTo-Beへと整理したのです。

出典:関西ペイント

 

一部組織でPoCを実施し、Salesforce導入を決定

——続いて2021年2月から7月まで、一部組織でPoC(Proof of Concept:概念実証)を実施されました。

今井 業務フロー図で可視化した業務についてシナリオを書き、IBMさんにプロトタイプを短期間で作っていただき、PoCを行いました。対象としたのは、飲料缶などの塗料を担当する営業/技術と、全国に拠点を展開する産業機械メーカー様を担当する一般工業向け塗料部門の各地区の営業/技術です。

PoCをやることで「誰がこの作業をやるのか」「データをどこに納めるのか」など業務の標準化やデジタル化のために決めなければならないことが明確になり、いろいろなルールづくりや定義づけができました。それらが本番環境を作るうえでも非常に役立っており、やってよかったと感じています。PoC実施後は参加メンバーに賛否を問い、賛成多数を受けてSalesforceの導入を決めました。

醍醐 私自身は、他の事業部でSalesforceを使っていたから候補に据えてみたものの、それだけで決めてよいのか正直しっくりとこない部分がありました。ほかにどんなソリューションがあるのかをIBMさんに調べていただいたりもしましたが、何を基準にどれを選択すればよいのかもわかりません。暗中模索の中で、「導入ありきで進めるのではなく、まずはPoCで試してみてはいかがですか」と提案を受けました。

Salesforce社も含めていろいろと説明を受けても実装イメージがつかみづらかったのですが、PoCで実際に試してみたことで「こういうことなんだな」とわかってきました。何事もゼロの状態から1に進めるのが一番難しいところです。その意味でもPoCを実施してよかったと思っています。

出典:関西ペイント

——Salesforceをより効果的に使うために、同サービスのKanban機能を利用して商談ステージ/プロセス指標の管理ツールを作り、「K2Win」と名付けられたそうですね。

醍醐 K2Winは「KANSAI To Win」の略で「商談を勝ち取る」という意味を込めています。これは営業担当者が長年実践してきたことを、SalesforceのKanban機能を利用してツール化したものです。お客様との商談ステージを「リレーション獲得」から「アフターフォロー」まで8つに分け、各ステージで「最低限行うべきこと」や「次のステージに進むためにやるべきこと」を可視化しています。
K2Winは新入社員の教育でも使えるでしょう。自分が担当する商談がどのように進んでいき、この先どんなことを意識すべきかという指標があるだけで仕事のやりやすさが違います。なお、それぞれの項目にチェックを入れられますが、全てを埋めなければ次のステージに進めないというわけではありません。そこは「細部まで管理しすぎるとシステムが使われなくなるため、厳密にしすぎないほうがよい」というIBMさんのアドバイスを参考にしました。

営業と技術がスクラムを組むための基盤として全部署への展開を開始

——PoCを経て一部組織に先行導入した後、このCRMプラットフォームを「KPS2CRUMS(ケーピースクラムス)」と命名し、2022年3月から工業塗料事業本部内の全部署に展開を開始されました。

今井 KPS2CRUMSという名前は、「営業と技術がラグビーのスクラムのように団結して同じ方向を向き、お客様と良い関係を作って顧客満足度や売上/利益、社会貢献度の向上を目指そう」という思いを込めて付けました。また、社内のデザイナーに協力してもらいロゴマークも作成しました。

醍醐 これまでは、主に実務担当者を対象に「お客様の情報を入れる器を作るので、とにかくそこに入力してください」と情報入力を中心にやってきました。現在はその情報を事業部内で行われるさまざまな会議で活用しようというフェーズに移りつつあり、実務者が入力した情報を管理職が閲覧するためのダッシュボードやレポートを作り始めているところです。これができたら管理職もKPS2CRUMSを積極的に使ってくれるようになり、組織全体での活用に弾みが付くと期待しています。その意味では、これらをどう作りこんでいくかが今後の大きな課題です。

今井 さらにその先の課題はシステム連携の実現です。これから導入が本格化する基幹システムやその他のITプラットフォームなどとKPS2CRUMSを連携させ、トータルとしての社内システムを作っていくことが必要ですし、ぜひやるべきだと思っています。

また、KPS2CRUMSには全国の営業/技術を介してさまざまなお客様の生の声が集まってくるはずです。顧客軸/市場軸の横断的戦略づくりや複合的な価値提案、次の製品づくりに生かすなど、マーケティング・ツールとしてどう活用できるかもぜひ考えていきたいですね。