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見えてきたDXの共通パターン。効率化と高い運用品質を実現する「DSP」とは

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二上 哲也

二上 哲也
日本アイ・ビー・エム株式会社
IBMコンサルティング事業本部 CTO
執行役員 IBMフェロー

1990年に日本IBMの開発製造部門に入社。Java/Web技術によるシステム構築を推進し、2004年からはサービス部門にて大規模Javaプロジェクトのリード・アーキテクトとして活動。2010年からはIBM Distinguished Engineer(技術理事)として、APIやBlockchain、AIやクラウドなど最新技術によるシステム構築の変革をリード。2021年4月にIBM フェローに就任し、執行役員 IBMコンサルティング事業本部 CTOとして、プラットフォーム共創を推進している。

 

谷松 清孝

谷松 清孝
日本アイ・ビー・エム株式会社
IBMコンサルティング事業本部
ハイブリッド・クラウド・サービス
アソシエイト・パートナー

アプリケーション開発に必要な共通制御部品をアセット化して、多様なお客様のアプリケーション開発プロジェクトに適用し、生産性向上と品質確保に貢献。ハイブリッドクラウド環境におけるDevSecOpsとアセットの適用をリードしている。

現在、多くの企業が、漠然としたデジタル化ではなく自社の状況に沿ったDXの必要性を理解し、推進を本格化させている。変革がより具体的に進展する中で、業界や事業特性ごとに必要となる共通項が見えてきた。

そうした状況に対応する形で日本アイ・ビー・エム(以下、IBM)が構築したのが「デジタルサービス・プラットフォーム」(以下、DSP)だ。業界ごとにDXの共通基盤を提供することで、DXをスピードアップすると同時に、堅実な運用も支えるという。

全社的なDXを進める中で、あらためて必要になる視点についてふれながら、そのために必要な仕組みであるDSPの詳細について、IBMコンサルティング事業本部 CTO の二上哲也と、IBMコンサルティング事業本部 ハイブリッド・クラウド・サービス アソシエイト・パートナーの谷松清孝が解説する。

DXブームから2年、地に足のついた改革が進む中で見えてきた課題

IBM 二上 インタビューカット

――ビジネス領域では以前からデジタル化の必要性が叫ばれています。2020年以降の激動の中で、企業や現場はデジタル化にどう対応し、現在どのような課題を感じているのでしょうか。

二上 DXが流行語になって久しいですが、変化も感じます。

2020年の段階では、DXは魔法のようなものと考えられ、DXで大きくビジネス変革することを目指していた企業が多かったと思います。しかし、やみくもにDXすれば良いというわけではなく、実現したいビジネスモデルが十分でないと大きなビジネスにならないと徐々に気付き、地に足がついたデジタル変革が進んでいるようです。

現在では、既存のビジネスプロセスのさらなる効率化や、これまでは知り得なかったことのデータを活用した予測など、新しい技術を使って継続的なビジネス改善をしていこうという企業が増えています。

このようにフォーカスが変わってきている一方で、経営層を中心に、自社のDXのスピードが遅いという不安や焦りも聞かれるようになりました。また、ただDXするだけでなく、品質や運用などの面での課題も出てきています。

谷松 それらに加えて、セキュリティーも重要視されています。DXが進むことでスマートフォンやIoTにより社会のあらゆるものがつながります。場合によっては自社内だけでなく、他社とシステムの一部を共同で利用することもありえます。そのため、今後はセキュリティー対策なくしてビジネスはできないという意識が必須となると考えています。

業界別でDXの共通パターンが見える中で、効率化を実現する「DSP」が重要に

IBM 谷松 インタビューカット

――そのような顧客の課題に対して、IBMではどのように支援していくのでしょうか。

二上 多くのお客様を支援し、実証実験 (PoC) も重ねる中で分かってきたことがあります。デジタルを活用したビジネス改善には、お客様の業種ごとに共通したパターンがあることです。

例えば、製造業なら工場内にカメラやセンサーを設置し、取得した製造過程や完成品の画像データをAIで分析する品質管理や、ヘルスケアなら病院の電子カルテにある治療履歴のデータを保険会社に送ることで保険金の支払いをスムーズにする。こうしたことは業界共通で、どの企業も構想しています。

このように各業種共通のDXを実現するための機能をある程度盛り込んだキットのようなものを提供することで、変革のスピードアップとデジタルサービスの品質向上に寄与できると考えました。

そのような背景があって日本IBMが構築したのが「DSP」です。

最初に作成した業種が金融です。現在、どの銀行もモバイルバンキングなどの顧客サービスを強化しようとしていますが、各銀行が一からモバイルバンキングの仕組みを作るのは非効率です。そこで、我々がモバイルアプリを作る共通基盤として、バックエンドとの連携や共通業務マイクロサービスといった基本的な機能を用意しました。そうすれば、各銀行は、自社の差別化を加えたアプリを上に乗せるだけで迅速にモバイルバンキングを構築できます。ご提供したところお客様に好評でしたので、他の業界にも広げていくことにしました。

今はヘルスケア、製造業、流通などでDSPを用意しています。

これに加えて、業種以外の切り口のプラットフォームも用意しています。その一つが、CO2管理です。製造業を中心に、サプライチェーンでのCO2排出量をエンドツーエンドで計算・管理したいというニーズが多く、それに対応する形で構築しました。また、再生プラスチックを管理する循環資源のプラットフォームなども、お客様と一緒に共創し、展開を開始しています。

このように、特定の業種や用途で共通して必要になる機能をひとまとめにしたプラットフォームがDSPです。基盤の構築や運用方法を我々が担当することで、お客様はアプリやサービスの構築に専念でき、テクノロジーを活用できる人財の育成も可能になります。

――共通基盤化することでどのぐらいの効率化が見込めるのでしょうか。また、顧客の差別化や独自性は、どのように構築していくのでしょうか。

二上 金融DSPでは、約30%程度のスピード向上と約40%程度のコスト削減効果が見込めると試算しています。
DSPはあくまでベースです。業務のコア部分を共通化して提供し、その上にお客様が自社の強みを追加していくことで、最終的なサービスやシステムを作っていただくというコンセプトです。

IBMは以前から、サーバーなどのインフラにフレームワークや基盤を加えたものを提供し、その上にお客様が差分を構築できるようにするモデルを推進してきました。それはクラウドベースでも同じで、我々がある程度の基盤をご用意し、アプリなど最後の差別化部分はお客様ごとに構築いただくモデルを進めます。

他社との差別化を大切にする企業が多い日本では、DSPのようなモデルがふさわしいと思っています。

DSPの開発スピードと運用品質を、ともに高めるDSP共通基盤

IBM 二上 インタビューカット

――DSPの業種を増やしていくとのことですが、DSPを提供する中で気付きはありましたか。

二上 金融、製造、ヘルスケアなど業種別にDSPを作っていく中で、DSPそのものにも共通機能があることに気付きました。具体的には開発環境、運用環境、セキュリティーなどです。これらは、業種が違ってもほぼ同じです。

そこで、DSPそのものの共通基盤を作ることにしました。そうして作成したのが、「DSP共通基盤」です。DSP共通基盤は、DSPの開発スピードや運用品質に大きく寄与するので、お客様の課題をよりスピーディーに解決できます。

このような背景からIBM社内のために作ったところ、DSP共通基盤だけ使いたいという要望もいただくようになりました。

同じ企業内の複数の事業部やグループ会社でDXを進める場合、それぞれが個別に取り組むことは非効率です。複数の用途がありながらも、同じ企業内なので共通の仕組みを使いたいといったケースでは、個別に基盤を対応させていくより、DSP共通基盤を活用することで、社内の連携が取りやすくなり検証も一度で済みます。そこでDSP共通基盤の提供も開始しました。

――DSP共通基盤についてもう少し詳しくお聞かせください。

二上 DSP共通基盤により、ビジネスサービス層 (商品管理、勘定系/会計、販売/生産管理など) とフロントサービス層 (顧客サービス、商品/サービス申込、企業間取引など) の疎結合化が可能となります。これにより、外部サービスとの連携や業務プロセスのデジタル変革を低コスト、短期間で実現できます。

共通基盤にはいくつかの構成要素がありますが、その一つがDevSecOps※1基盤と呼ぶ開発ツールです。この分野はオープンソースの技術が多くありますが、オープンソースのツールを組み合わせて管理することは簡単ではなく、高度なスキルや知識が必要になります。また、オープンソースのツールは頻繁にバージョンアップされるので、追随するのに苦労されているお客様も多くいらっしゃいます。DSP共通基盤ではそこをサポートいたします。

※1開発(development)、セキュリティー(security)、運用(operations) を略したもので、ソフトウェア開発ライフサイクルにおける全てのフェーズ(初期設計から統合、テスト、実装、ソフトウェア・デリバリーまで)において、セキュリティーの統合を自動化することを差す。詳しくはこちらへ。

谷松 DevSecOpsはDSP共通基盤の中でも重要な技術です。新しい商品やサービスをクイックに市場へ投入するためには、事業部、開発部門、運用部門と、各部門が密に連携しながらDevSecOpsを使った自動化を推進することが成功の鍵を握ります。

DevOps自体は10年以上前からあるキーワードですが、昨今セキュリティーが重要性を増してきていることを受けて、DevSecOpsとして発展しています。セキュリティーは非常に重要な要素でありながら、後回しとなっているケースが少なくありません。今後は、上流からセキュリティー要件や脅威モデルを検討し、セキュアな設計・実装・テストを行い、本番運用後もSecurity Operation Center(SOC)によるセキュリティー運用監視や定期的なペネトレーション・テスト、コンプライアンス評価を実施するなど、システム・ライフサイクルの中で継続的にセキュリティー要素を強化していくことが重要になります。

DevSecOpsを実際に適用するためには、ツールをはじめとしたテクノロジー、人や組織、適用プロセスの3つが求められます。DSP共通基盤では、その中でツールとプロセスの部分を標準化して提供します。これにより、DevSecOpsの適用を加速できるでしょう。

技術としては、Red Hatの「OpenShift」の上でDevSecOpsのパイプラインを作ります。アプリ開発基盤となるDevSecOpsについても、IBMが支援します。

――開発の効率が上がるということですね。

二上 例えばモバイルアプリは頻繁に更新が必要です。多様化するユーザーのニーズを把握しながら、新しい機能を追加しなければユーザーをつなぎ止められません。開発スピードの高速化にはDevSecOpsやアジャイルの要素を取り入れた開発体制が求められています

――運用ではどのような技術があるのでしょうか。

谷松 従来の運用は、人がマニュアルで障害を検知し、原因を調査して、関係者を集めて対策を練るやり方でした。DSP共通基盤では、AIを活用することで人に依存していた作業の自動化と高度化を目指します。

例えばパフォーマンス監視ツールでは、基盤の変更、アプリケーションの追加などがあれば、それを自動的に検知し、リアルタイムでパフォーマンスをモニタリングできるような仕組みを構築できます。障害が発生すれば、システムの全体像を視覚的に表示し、障害の発生箇所や影響範囲を瞬時に分析することが可能です。

さらには、さまざまなシステムからのイベントやログをAIに学習させることで、既知の障害に対しては自動で修正を適用してサービス復旧できるようになります。運用にAIを活用することからAIOpsと言われるもので、障害発生時のサービス停止時間を最小化できます。将来的には、学習させたイベントやログをもとに予兆検知を行って、障害が発生する前に修正することも目指しています。

近年は特に、「一度開発すれば終わり」ではなく、その後も状況の変化に合わせて常に改善を行っていく運用面が重要になってきています。そのため、DSP共通基盤では運用にも注力しています。

二上 お客様の環境はマルチクラウド、ハイブリッドクラウドなど複雑化しています。オープンで、どの環境でも運用管理ができる仕組みが求められています。

運用では、共通基盤を作成して、他の事業部、支社、グループ企業に配布して管理できる分散クラウド技術「IBM Cloud Satellite」もご用意しています。複数の環境にまたがってクラウド技術を共通で活用できる仕組みになります。オンプレミスにも配布できる点は大きな魅力です。ガバナンスをしっかり効かせたいお客様に喜ばれています。

より自由に、より柔軟に企業の事業変革に対応する、拡張性の実現を目指す

IBM 二上と谷松 インタビューカット

――DSPは今後どのように発展させていくのでしょうか。

二上 今以上に多くの業種への対応を進めていきたいですね。

また、DSPに限らず、よりオープンなテクノロジーの活用も進めていきます。IBMでは国内のお客様の要望を聞き、一緒に共創することを大切にしています。近頃、お客様の要望でよく聞かれるのが、社内外でもっと自由に展開したいという声です。

ケースとして多いのが、DXアプリや顧客向けの新サービスを構築し、グローバルに展開したいというものです。例えば中国で展開するには中国のクラウドに対応させる必要がありますし、欧州ではGDPR(EU一般データ保護規則)があるため、現地にサーバーを置かなければなりません。また、グループ企業に展開したいが、グループ企業は別のクラウドを使っていることもよくあります。こうした展開先への環境対応で苦労をされている企業が多く見られます。

また、機械学習やAIの活用についてもご要望があり、ここでは容易に活用するためのMLOps※2も取り込んでいきたいと考えています。

※2「Machine Learning(機械学習)」と「Operations(運用)」を組み合わせた造語で、機械学習モデルやAIモデルを一度作って終了ではなく、継続的に本番運用していく仕組みや考え方を指す。

コンテナ技術を使ってオープンな形でアプリやサービスを作っておけば、環境が違っても容易に展開が可能です。お客様にコンテナのスキルがなかったとしても、DSP共通基盤を使えばコンテナベースで作成できます。このように、お客様が横展開しやすいアーキテクチャーをIBMがしっかり設計してお届けし、一緒にデジタルサービスを共創させていただくことで、お客様のビジネスの拡大とテクノロジー人財育成に貢献したいと思っています。