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Smarter Business

コスト削減から業務改革へ、ニューノーマル下で進化するBPOの新たな役割

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塩塚 英己

塩塚 英己
日本アイ・ビー・エム株式会社
パートナー
BPO事業責任者

2007年から10年超にわたり、BPOおよびコンサルティング事業のリーダーシップロールを歴任し、国内およびグローバルでの経理財務、人事、購買、カスタマーケア、業界固有業務のデジタル変革、BPOプロジェクトの経験を多数有する。

効率化や高度化を通じて、単なるアウトソーシングから業務改革へ――コスト削減の手段だったBPO(ビジネス・プロセス・アウトソーシング)が役割を拡大させつつある。労働人口の減少とテクノロジーの進展という従来からの要因に加え、「人が動けない」という制約が加わるニューノーマルにおいて、BPOはどのような進化を遂げるのだろうか。日本アイ・ビー・エム(以下、日本IBM)の塩塚英己氏が、新しいBPOについて語る。

新型コロナウイルスによりBPOへ移行するハードルが低下

――業務プロセスの見直しとデジタル化推進の動きが加速していますが、どのような背景があるのでしょうか。

新型コロナウイルス感染症(COVID-19/以下、新型コロナウイルス)以前からの背景として、日本の労働人口の減少により、限られた人材プールでどうやって企業として業績を高めていくかという課題がありました。人材の有効活用はどの企業にとっても喫緊の問題で、それが業務プロセスの見直しにつながっていました。

もう一つの背景がデジタル・テクノロジーです。技術は日々進展しており、これを活用しようというデジタル化の推進の流れにつながっていました。

企業は限られた人材を有効活用するために注力すべき業務を再定義し、コア業務についてはさらなる高度化を、コア業務以外のノンコア業務については効率化を、という両軸で進める必要があるというのがこれまでの流れでした。

その最中に新型コロナウイルスの感染拡大がありました。これまでの「労働人口の減少」「テクノロジーの進展」に加えて、在宅勤務に代表されるように「人が動けない」という制約が加わりました。

このような状況下で企業が対応すべきことを整理すると、2つに集約できます。

1つ目として、在宅勤務など新しい働き方への対応です。柔軟な働き方と言えるかもしれません。

2つ目は、事業継続性の実現です。事業継続性を実現するために、デジタル化に代表される業務プロセスそのものを再構築しようという機運が高まっています。

――業務プロセスの見直しとデジタル化推進の手段として、BPOに対する注目が高まっています。

BPOは新しいモデルではありませんが、これまでBPOを検討するときの前提条件が新型コロナウイルスにより下がったと感じます。BPOの前提条件とは、業務がリモートで実施できるようにデジタル化されているか、定型化されているかということになります。従来は“自分たちの業務は特殊なので紙じゃないとできない” “セキュリティー基準が原因となり、外で業務ができる体制ではない”と思われていました。ところが、新型コロナウイルスにより強制的にデジタル化やリモート化に取り組まざるを得なくなり、結果として可能であることがわかった企業は多いと思います。このように、BPOに移行するハードルは大きく下がりました。

また、デジタル化の前提が整っていない企業や業務についても、BPOへ移行すれば業務の定型化やデジタル化が推進されるため、結果的に場所を問わない柔軟な働き方への対応が強化されます。業務そのものの可搬性が強化されるため、何かあった時にはリモートに切り替えるなど、業務のリモート化のオン/オフが簡単になるという付随効果があると思います。

デジタル化が進む中、BPOも業務全体を変革する進化版へ

――IBMが提供するBPOについて、特徴や最近の傾向について教えてください。

IBMでは「コグニティブ・プロセス・サービス(CPS)」として、テクノロジーを活用してプロセス全体を変革する新しいBPOをご提案しています。これまでのBPOは労働コストが低い海外に移して人海戦術で効率化するイメージがあります。ただ、CPSはテクノロジー企業であるIBMだからこそご提案できるBPOと言えます。

CPSは、企業の業務プロセス全体のデジタルシフトを促進するサービスであり、プロセス変革を我々が一手に引き受け、その先に業務運用があるという変革要素の強いサービスです。そのため、得られるメリットも単なるコスト削減に留まりません。

実際に提供しているものとしては、コア業務の高度化、ノンコア業務の効率化という両軸に加えて、我々が受託している業務とお客様の方に残っている残存業務の全体を含めたプロセスをエンドツーエンドで捉え、プロセス改革やデジタル化を進めていくところに拡大します。BPOの受託スコープにおける上流工程と下流工程を含めた全体スコープで、お客様と一緒に業務変革や最適化を行います。

このように、業務とテクノロジーの両方でサポートするというところまでBPOの定義を拡大している点は、IBMだからこそと自負しています。

運営形態としては、メインのオフショアセンターが中国・大連にあり、約3000人のスタッフが日本のお客様向けに業務運用をしています。これに加えて、ニアショアとして沖縄にセンターがあります。

最近ではこれらのオフショアやニアショアセンターに加えて、お客様とジョイントベンチャーを立ち上げる形態もあります。お客様が業務で持つ知見と、IBMが持つ業務改革や改善やテクノロジー活用などの知見を持ち寄って、サービス運営をするものです。

センターにこだわらず、基本的にはロケーションフリーのコンセプトでサービス提供をさせていただくという方向性にあります。1月下旬に中国で新型コロナウイルス禍が深刻になった際、大連のセンターは約14日でおよそ90%のプロジェクトを在宅化した実績があります。このように、リモートでも業務運営できる体制を整えています。

3つの業務領域における、BPO×デジタル変革の具体事例

――ノンコア業務の効率化、コア業務の高度化、エンドツーエンドのデジタル変革について、それぞれの具体例を教えてください。ノンコア業務の効率化はどうでしょうか。

ノンコア業務に該当するものとして、人事、経理財務、購買などのバックオフィス領域があると思います。人事ならば従業員の問い合わせ対応、給与業務、入社退職処理など、経理ならばProcure to Pay(購買から支払い)、Order to Cash(受注から入金)、Record to Report(記帳から報告)、購買なら見積、発注、納期・検収管理などです。

これらの業務は業界固有色があまりないので、シェアードサービス化して業務を集約して標準化したり、継続的に改善して生産性を高めたり、業務ステップを簡素化するというアプローチとなり、通常はオフショアセンターを活用します。

IBMはグローバルでさまざまな業界の業務を受託しているので、同じ業界のべスト・パーフォーマー企業のベスト・プラクティスを適用できます。バックオフィスに使えるようなツールや効率化手法が資産として蓄積されており、細かいものを入れると100以上に及びます。このような資産を適用して、工数の削減や自動化比率を高めるといったことを継続的に行っています。

――コア業務の高度化ではどうでしょうか。

コア業務は競争領域と言える部分で、経理財務領域であれば業績予測、資金予測、不正検知など、人事なら人財最適配置や育成促進など、購買なら戦略ソーシングやコンプライアンス強化などが挙げられます。

このうち、購買の戦略ソーシングはこれまで部門ごとに行っていた間接材の購買を全社で集約するもので、IBM自身で20年以上前から導入しており、グローバルおよび日本で10年以上前からお客様にも提供しているサービスです。日本企業では最近さらに関心が高まってきています。

IBMは取引先と交渉を行うだけではなく、人材派遣や複合機といった特定の支出カテゴリーで専門バイヤーを擁しています。カテゴリー毎の戦略ソーシングバイヤーが市場の分析や最適なサプライヤー選定などを含めてお手伝いし、抜本的なコストや支出削減を実現します。

――伝統的なBPOからスコープを拡大したエンドツーエンドのデジタル変革では、どのような支援をしているのですか。

例えばノンコア業務と言える経理領域のProcure to Payを見てみると、これまでのBPOサービスは、伝票チェック工程の部分に留まっていました。ところが実際の業務フローを見ると、伝票チェックの前には取引先への発注、請求書の受領、内容の入力、請求書のスキャンと電子化があり、伝票チェックの後には未払計上、支払、分析と続いています。

エンドツーエンドの業務改革の目線でProcure to Payを進めるのであれば、取引先からの請求書データを紙で受領する段階から始めます。具体的には電子請求書プラットフォームを活用しますが、システムを用意するだけではなく、取引先に紙ではなく電子的に請求書を発行するようにご案内するなど、取引先に対するチェンジマネジメントの部分も一緒に進めます。場合によっては、説明会を開催してメリットについてご理解いただいた上で、プラットフォームを使っていただくといった啓発活動も伴います。どうしても電子化できないため引き続き紙で受領する請求書についても、AI OCRを使って電子データ化を進めることができます。

上流で請求書データが電子化されると、RPAなどのテクノロジーを使って自動化できます。これまで人海戦術でやっていた入力やチェック工程が自動化されることで、75%の工数を削減できたという例もあります。

そこで終わりではありません。単に業務処理をするだけではなく、蓄積したデータを過去のトレンドと照合して不正検知を行うこともできます。不正のリスクがある取引をスコアリングしてレポートし、お客様側で追加の調査をすることができます。

このように、上流の取引先から下流工程の分析サービスまでエンドツーエンドにスコープを拡大し、業務変革を支援します。

複数のテクノロジーを活用して業務に融合する、IBMのBPO

――BPOの具体事例から、IBMの強みはどこにあるとお考えですか。

大きく3つあると思っています。

1つ目は、テクノロジーと業務の融合です。IBMは現在、インテリジェント・ワークフローというコンセプトを打ち出しています。AI、RPA、ワークフロー、OCRといったテクノロジーを個々の技術ではなく組み合わせることで、プロセスをエンドツーエンドで効率化するという考え方です。インテリジェント・ワークフローの人事版や経理版などに加えて、特定業務についてもこのコンセプトを用い、徹底した省人化や自動化、高度化を実現するサービスを順次揃えているところです。

このように、IBMはテクノロジー領域ではリーディング・カンパニーであり、最新のテクノロジーをいち早く業務に有効活用できます。インテリジェント・ワークフローはその一例です。

2つ目は、IBM自身が事業会社として実践してきた経験知があり、経験者がいるという点です。ここは他のBPOサービスプロバイダーとの大きな違いと言えます。さまざまな変革ソリューションをご提案していますが、多くはIBMが“クライアント・ゼロ”として自社で実践し、実証済みのソリューションをお客様に提供しています。

3つ目として、BPO領域だけでなく、多くの業界で長年の経験知があることです。金融、製造業、コンシューマー・ブランド、流通、通信メディア、公益など幅広い業界で長きにわたってシステム開発をさせていただいたので、業界の知見や関係性が構築されています。

イノベーション支援やクライアントへの移転という、BPOの新たな道

――BPOの幅が広がるに当たって、お客様との関係や提供形態も変化しているのでしょうか。

ロケーション・フリーに代表される柔軟な働き方への対応、デジタルを主体とした業務プロセスを構築するという流れは今後も加速すると考えています。それに伴い、BPOに期待される効果も変化しており、これまでのメリットである効率化やコスト削減だけでなく、高度化や、お客様の方に残っている残存業務を含めたエンドツーエンドのデジタル化などに対しても期待が高まっています。このような期待値の高まりに合わせて、今後はBPOがビジネス面でも進化し、成果に連動した契約形態やコマーシャルモデルが出てくると考えています。

成果に連動した契約形態とは、コストの削減額、購買における支出の削減額、コンプライアンスがどのぐらい強化できたのか、従業員エンゲージを示すKPIなどのビジネス成果を定義して契約に含めるというもので、すでに議論が進んでいます。

グローバルのトレンドとしては、「イノベーション・ファンド」というモデルが出てきています。BPOプロジェクトで将来の変革テーマに向けた予算を留保するものです。

IBMには最新のテクノロジーに通じた研究開発チームがあり、業界に特化したコンサルティング・チームがいます。そのため、データサイエンティスト、AIスペシャリスト、デザイナーなどさまざまな領域の専門家を容易に集めることができます。すぐには実現できないが2~5年後に必要なテーマをお客様とIBMが一緒に考え、そのためにPoCなどの実証実験を通じて効果を試算し、最終的に適用するかどうかを決めるという流れです。

ファンドを使ってお客様と一緒にワークショップを開始し、アイディエーション(テーマ出し)を行い、その後にPoCを実施して有効性を検証します。有効性があると判断されると、別の予算を立ててプロジェクト化し、構築していきます。

イノベーション・ファンドでは、BPOで業務運営をするだけでなく、次のイノベーションのテーマを生み出すエンジンのようなものを目指しています。テクノロジーの進展や変化が早くなっており、3年後や5年後のトレンドの予測は難しくなっています。ただ、IBMが3年後や5年後にも最先端のテクノロジー企業であるということは予測できます。ならば、お客様に一番関連性があるテクノロジー・テーマは何か、お客様のビジネスにどう貢献できるか、お客様の業務をどのように変革できるかということを検討するのが我々のコミットメントです。

すでに海外のBPOプロジェクトでは契約化されたものもあり、日本でもイノベーション・ファンドを組み込む検討をしているプロジェクトが出てきています。

――BPOの契約が長期にわたるからこそ、イノベーション・ファンドのような長期的なコミットができるのですね。BPOソリューションが進化しているとも言えます。

新しいビジネスモデルとして「DBOT」もご紹介しましょう。Design-Build-Operate-Transferの頭文字を取ったもので、業務のデザイン(Design)、構築(Build)、運営(Operate)、そして最適化までをIBMが行い、最後にお客様に移転(Transfer)します。

これまでBPOは、自営かアウトソースかで議論されてきました。自営は自社でスタッフを採用し、施設を持って業務を運営するというものです。アウトソースの場合はBPOとして、IBMなどの事業者が人材や施設を用意し、サービスレベルをコミットして継続的に改善しながら運営するというモデルです。

これに対してDBOTは、自営とアウトソースの中間となるハイブリッドのサービス形態となります。つまり、IBMが人材や施設を準備して、業務を安定化させて改善させます。その段階まで進めた後に、お客様にお戻しします。企業によっては、最終的には業務プロセスは自社で持ちたい、自社でノウハウを蓄積していきたいというニーズをお持ちのところがあり、その要望に応えるものです。

日本では合弁会社を作るジョイントベンチャー・モデルを選ぶお客様もいらっしゃいますが、DBOTは日本企業の海外事業で検討が始まっているところがあります。

このように、IBMはBPOの事業会社として実践してきた経験値があり、さまざまな業界の知識があります。これらとテクノロジーを組み合わせることで、最先端のテクノロジーをいち早く業務に適用できます。さらには、ビジネスモデルの面でも革新を続け、お客様とともに新しいBPOを切り開いてきたいと思っています。

*本インタビューは2020年8月19日にオンラインで実施したものです