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Smarter Business

西友CIO白石氏が描くIT戦略は、「現場のマインド」と「お客さま体験」の変革

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人手不足や人口(消費者)の減少といった逆風のなか、熾烈な競争を繰り広げているのが小売流通業界だ。eコマースに取り組むのは当たり前、それだけにとどまらずリアル店舗においてもデジタル化の波はめざましい。消費者の生活スタイルの変化に呼応し「スーパーマーケット」のとるべきIT戦略とはいかなるものか。

ここでは、西友のIT戦略を牽引する白石卓也氏と、日本IBMでiX事業を担当する藤森慶太氏に、すでに実現された業務のデジタル化事例とそこから目指すべき小売流通業のIT変革について語っていただいた。
 

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白石 卓也 氏
ウォルマートジャパン/西友 バイスプレジデント CIO


東京大学大学院卒業後、ITコンサルティングファーム、生命保険会社、コンサルティング会社勤務を経て、2015年、ローソンに入社。同社の次世代システムの責任者を務める。2016年より株式会社ローソンデジタルイノベーション代表取締役を兼務。2018年、合同会社西友入社。経営管理本部情報システム部で同社のIT戦略を推進する。

 

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藤森 慶太
日本アイ・ビー・エム株式会社 グローバル・ビジネス・サービス事業 インタラクティブ・エクスペリエンス事業部 事業部長 パートナー


大手電機メーカーを経て、2008年日本IBM入社。2014年通信・メディア・公益サービス事業責任者を務める。2015年よりIBMモバイル事業責任者として、ビジネス領域におけるワークスタイルの革新をモバイル機器&独自アプリで多数実現している。2018年より現職。

 

もはやサポートだけにはとどまらない。小売流通業でもITをビジネスの中心に

――小売流通業界では、各社さまざまな角度からIT推進を行っています。西友ではどのようなIT戦略を描かれているのでしょうか。

白石 いまの時代、小売業においてもITはビジネスの基軸となっています。西友ではこうした状況を踏まえて、ITの位置づけを変えることから取り組んでいます。これまでITというとビジネスをサポートする側にありましたが、これからは逆にIT側からイノベーションを提案して、業務改革や売上、サービスの向上を図ろうというものです。

というのも、いまやITはそれ自体が収益を生み出すものとなっているからです。アメリカの企業はITによって利益を得たり、そこから得られるデータで新しいビジネスを形にしたりしています。私たちもウォルマートの一員としてそこを目指してスタートを切ったところです。

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――ITを主役にビジネスを考える。発想の転換からスタートされたのですね。

白石 テクノロジーの進化を考えるとITの世界には頂上がない。ただビジネスとしての目標=ゴールはあるので、私自身はそれを3年くらいで達成したいと考えています。大事なのは、そこに向かってのロードマップを引くことです。そういう意味では現在地が低ければ低いほど登りがいがある。ビジネスとして伸びしろがあるととらえています。

――そうしたなかで西友が最初に取り組まれたのが、店舗の売上や人員などを管理する店長のフロント業務の効率化です。そこからスタートされた理由は何でしょうか。

白石 西友ではeコマースにも力を入れていますが、全体で見ればビジネスの主軸となるのは約330あるリアル店舗です。そのタッチポイントこそが最大の資産であることはいまも変わらない。一方で、リアル店舗は労働力不足という問題を抱えていて、仕事の効率化が課題となっています。実際、レジ打ちをはじめ、店舗現場にはテクノロジーで効率化できる要素がいっぱいあります。やはり限られたリソースを集中するなら現場がいいだろうという結論に至ったんです。

藤森 そこで私たちも協力させていただいて開発したのが、現場の店長さん向けの「セールスダッシュボードアプリ」(=モバイルアプリ)でした。このアプリによって、これまでペーパーやデジタルデータに分かれていた情報がひとつのタブレットで見られるようになりました。分単位で状況が変化する店舗の管理者は、現場のアソシエイト(従業員)の密なコミュニケーションが非常に重要です。モバイルへの情報の集約と直感的に触れるUIにより、必要なデータがその場で確認ができるので、アソシエイトとの情報共有や連携もしやすい。欠品の補充などもこれまで以上に素早く対応できるようになりました。

 

重要なのは、テクノロジーを利用する「人」の意識改革

白石卓也氏と藤森慶太の写真

――IT戦略の推進において、課題と感じていることは?

白石 やはり現場で働くスタッフのマインドチェンジは難しいですね。もう経験と勘だけでは売上は上がらない時代です。いかにデータに基づいて科学的かつ合理的に動くか。そのためには現場の理解や協力が不可欠なんです。

藤森 白石さんのおっしゃるように、企業がデジタル変革に取り組むとき、実は一番の課題はテクノロジーではなく「人」です。受けとる側にその気がなければテクノロジーは入っていかない。システムの導入と同時に、関わる人の変革マインドをどう醸成していくかが重要ですよね。

西友さんの場合、計画段階から現場アソシエイトを入れてワークショップを行い、アジャイル開発のステップにも巻き込んでいくことができたのが、最大の成功要因だと思います。

白石 いまは世の中的にもアジャイル開発の時代です。その観点でも情報系のモバイルアプリから取り掛かったのは正解だったと思っています。

藤森 アジャイル開発というのは大きな企業ほど難しい。その点、西友さんは非常にフレキシブルでスピード感があって、そこが成功要因だったのかなと感じています。モバイルアプリも2018年の4月に導入して、テスターである店長さんたちに意見を聞きながら、8月にはバージョンアップすることができました。

藤森慶太の写真

白石 我々のビジネスにとってスピードは命です。モバイル系のアプリだったら、本当は2週間に1回はリリースしていくといったスピード感が必要です。100点満点でなくていいから、まずトライして、結果を見て1点でも2点でもアップできるように改善していく。これはウォルマート全体に共通する文化といえます。

藤森 幸いなことにこの「セールスダッシュボードアプリ」は、80%以上の社内満足度を得ることができました。実は社内システムでこんなに満足度が得られるケースは滅多にないんです。

白石 「このアプリを使いこなしたら売上が伸びた」とか、そういった情報が全国の店長や地区長の間で共有されるといいなと考えています。そうすれば現場の意識はどんどん変わっていくし、好循環が生まれるはずです。
 

店長の仕事が変わる。マインドチェンジをもたらしたモバイルアプリ 

西友 烏山店店長 青柳 真 氏

西友が日本IBMと共に開発した店舗マネージャー向けモバイルアプリ「セールスダッシュボードアプリ」(以下、モバイルアプリ)。その特徴は、売上高や時間帯売上高、ロス高(仕入値と実際の売上高の差額)、人時(時間当たりの作業量)、レジスピード(時間あたりの商品スキャン数)など、店舗経営に欠かせないデータがタブレット端末で確認できる点だ。店長である西友烏山店の青柳真氏によれば、モバイルアプリの導入により「売場の課題解決のためのPDCAサイクルが素早く回せるようになった」という。

青柳 これまではアソシエイト(従業員)に必要なデータを見せるにも、いちいち事務所のPCにある共有フォルダからさがして紙にプリントしたりと、よけいな時間をかけていました。実際にはこうした時間すらとれず、最小限の情報を口頭で伝えるだけで終わってしまうことが少なくありませんでしたが、このモバイルアプリならば、さまざまなデータをその場で見せながら話し合うことができます。そのぶんお互いの関係も近くなりますし、アソシエイト側から売場改善のヒントをもらう機会が増えたように感じています。

西友 烏山店店長 青柳 真氏

現在はまだ限られた店長しか利用していないモバイルアプリだが、青柳氏は「将来的にすべてのアソシエイトが使用するようになれば店舗経営の在り方は大きく変わる」と予測している。

売上高の達成状況などのデータをリアルタイムで見られる様子

青柳 各担当部署のアソシエイトが売上高の達成状況などのデータをリアルタイムで見られるようになれば、効率化はもちろん、個々のやる気や分析力などのスキル向上も期待できます。それがひいてはお客様によりよいサービスを提供することにつながる。1日も早くそうした環境が実現することを願っています。

 

来店前からの「お客さま体験」をテクノロジーで向上していく

――今回は現場業務の効率化に成功したわけですが、今後はどのような課題に挑戦されていくのでしょうか。

白石 まだ集められていない未知のデータをとりたいですね。例えば、商品を買ったお客様の数というのはPOSでわかるのですが、入店されたお客様の数というのは、いまだに何となくこれくらいだろうというレベルでしか見えていないんです。「今日は600人が買ってくれたけれど、300人は何も買わないで帰られたんだ」ということがわかれば、現場もその300人のお客様に対してどう接していくべきかを考えますよね。

藤森 アメリカを見ていると、いまは小売業の改革が起きていて、勝つ企業と負ける企業が明確になりつつあります。品揃えや物流、あるいはeコマースへの誘導、顧客満足など、要因はいろいろあると考えられるのですが、白石さんはどう見ていますか。

白石 やはりもっとも重要なのは「お客さま体験」です。最近はUX(user experience=顧客体験)という言葉が広まっていますが、私は小売業における「お客さま体験」とはお店の中だけではなく、お客さま自身の生活のさまざまな場面から始まっていると定義しています。

白石卓也氏の写真

食品スーパーのお客さまは、だいたい週に2回くらいの頻度で来店される。他の日はというと、ドラッグストアやコンビニで買物をすませている。そこをどうやったら週3回来てもらえるようにするか。ある意味、勝負は買物に出かける前の段階で決まるんです。

そのためにテクノロジーを駆使してどんな「お客さま体験」を提供していくか。お店に来てもらったときに新鮮な驚きや楽しみがあれば、また次も来てもらえる。これからはもっと買物の「前後」というものを意識しなくてはいけない。それもお客さま個人に合わせたサービスを開発する必要があります。

藤森 小売業でデジタルというとすぐeコマースが連想されますが、リアルでのショッピング体験においてもデジタルテクノロジーが重要となるのは間違いなさそうですね。

白石 日本で言うと小売業の売上の9割はリアル店舗、アメリカでもまだ半分以上はリアルです。たんに物を買うだけだったらネットの方が便利なのに、人々がリアルの店舗にわざわざ行くのはそこでしか得られないUXがあるからではないでしょうか。だからAmazonでさえもリアルの店舗を出した。私たちもこの「お客さま体験」を向上させていくためにITを活用していこうと考えています。
いまは毎日のように新しいテクノロジーが生み出されているので、私たちIT部門の人間はそれを見逃さすにチェックして、導入できるものはどんどん取り入れていきたいですね。