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動き始めた日本型デジタル変革、SAPとIBMがワンストップサービスで支援

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福田譲

福田譲
SAPジャパン株式会社 代表取締役社長


1997年 、SAPジャパンに新卒として入社後、数年間、ERP導入による業務改革、経営改革、高度情報化の提案活動に従事。2014年7月、代表取締役社⻑に就任する。以降、新たなアイデアを生み出す方法論としてのデザインシンキングをビジネスに本格的に導入。顧客と協働した新たなイノベーション創出に注力し、日本のデジタル変革に取り組む。

 

内田真治

内田真治
理事 日本アイ・ビー・エム グローバル・ビジネス・サービス
トランスフォーメーション・サービス・リーダー


1999年より約20年間にわたり、SAPを活用した業務改革・業務統合、M&A、グローバル展開プロジェクトに取組んできた。2014年よりIBMのSAPリーダーとして、多くの業界のお客様に寄り添いビジネスを行なっている。2016年から約1年間本社US IBMに勤務し、ERP並びにAIやIoTを活用したデジタルトランスフォーメーションの推進を行なった。

 

ERP大手のSAPジャパン(以下、SAP)が好調で、同社のERPビジネスはここ数年大幅に成長している。背景にあるのは、デジタルトランスフォーメーションだ。これまでデジタル分野はSI事業者が主に担ってきた分野であり、業界の垣根を超えた参入はあまり進んでいなかったが、ここにきて業界を担う大手企業の動きが活発だという。

AI、ブロックチェーンなどの最新技術を活用したデータ主導のビジネスに変革、進化させるためには「基幹システムが重要」と言うのはSAPの代表取締役社長の福田譲氏。今回福田氏をお招きし、日本IBM理事の内田真治氏と共に日本におけるデジタルトランスフォーメーションと課題は何か、どのように進むのか、IBM+SAPだからこそ実現できることは何か語ってもらった。

 

業界リーダー企業がデジタル変革に着手

−−SAPと日本IBM、日本のITに欠かせない2社に、日本企業におけるデジタルトランスフォーメーションを中心にお話を伺いたいと思います。デジタル化はどの企業にとっても課題ですが、企業の意識はどのように変化しているのでしょうか?

内田 IBMでは「IBMグローバル経営層スタディ」として世界数万人の経営者に2年に1度調査を行っています。最新の2018年版では興味深い変化があったので内容を紹介したいと思います。

出所:IBMグローバル経営層スタディ19版

出所:IBMグローバル経営層スタディ19版

出所:IBMグローバル経営層スタディ19版

出所:IBMグローバル経営層スタディ19版

ここ数年、経営層の関心事のトップだった「テクノロジー」に代わって、最新版では「市場の変化」が最大の関心事となりました。前回は5番目だった「人材・スキル」が3位に上がっているのも、注目に値すると思います。

また創造的破壊を誰がリードするのかという点では、「業界内のリーダー企業」が72%となり、「デジタル・ジャイアント」(34%)や「他業界からの参入企業」(23%)を上回っている点も興味深いです。

これまではGoogleやAmazonといった“デジタル・ジャイアント”がデジタル情報の収集と活用により世の中の仕組みを変えていくのではと言われていました。UberやAirbnbなど新しいプレイヤーが垣根を飛び越えて参入する動きもあります。ですが、現在はそれと平行して、大手自動車会社や通信会社をはじめとする既存の業界リーダー企業が動いています。デジタルを使った新しい取り組みを展開したり、特定のバリューチェーンの中で同じビジネスに向けて進む協業モデルなどが次々と始まったりしているようです。

我々IBMでは創造的な破壊をリードするにあたって、「共創による価値創造」「資産を強みに転換」「デジタル環境への適応」の3つをキーワードとして導き出しました。

 

SAPは製麺屋で、IBMはラーメン屋

−−デジタルトランスフォーメーションを実現するにあたって、それを支えるITはどうでしょうか? 受け入れることができるアーキテクチャーとはどのようなものだとお考えですか?

内田 IBMでは「変革実現のための全体アーキテクチャー」を次の図のように考えています。

出所:IBM

出所:IBM

「デジタルサービス」は、新しいビジネスやビジネスモデルを考案するために知恵を絞るべきところです。「ビジネスサービス」はデータ活用のレイヤーであり、SAPのサービスを使うことでもっと効率化できます。「データサービス」はデジタルサービスの開発に必要なデータを生み出すレイヤー。SAPはデータサービスでも(フロントエンドの)「SAP C/4 HANA」などをお持ちで、「ビジネスサービス」から外側に向けて広げているイメージがあります。我々IBMは外から内側に進めており、一部重複はありますがエコモデルとして良い協業を実現しています。

福田 そうですね。SAPは部品屋で、ソフトウェアベンダーという立ち位置です。IBMはトータルサービスプロバイダの地位を強化されており、お互い補完関係にあります。ラーメンに例えると、SAPは製麺屋。我々の麺を使って美味しいラーメンに仕上げていただくのがIBMです。

図のような理想的な姿を共に実現するに当たって、私が感じている阻害要因がいくつかあります。これをどのように除去していくのかがデジタルトランスフォーメーションの鍵だと思っています。

例えば、会社をまたがってシステムをつなげても、ビジネスサービスが応答しないという問題があります。新しいサービスを始めようとなった時、リアルタイムに在庫があるのか、配達はいつかなど企業間をまたがって連携する必要がありますが、ここが応答しないとうまくいきません。ビジネスサービスのデジタル化が進んでいないのです。

デジタル化は必須です。それなしには企業間を横断したバリューチェーンを構築できないので、コラボレーションのお誘い自体がこなくなってしまいます。携帯電話が流行し始めた頃に、携帯電話を持っていないと飲み会のお誘いがこなかったのと同じようなものです(笑)。

 

デジタル変革がもたらしたゲームチェンジ

−−デジタル化の遅れが阻害要因とのことですが、遅れの理由は何でしょうか?

福田 技術というより、メンタリティーの問題だと思います。“トライ&エラー”(試行錯誤)、あるいは“Fail Early, Fail Often”(早く失敗して、成功につなげる)と言われますが、日本は失敗そのものを嫌がってチャレンジしない傾向が強い。起業家が多いシリコンバレーでは、“チャンスがあるのにリスクを取らないこと”が失敗と定義されているのとは対照的です。

内田 確かに、早期段階の失敗を評価する企業文化が日本にはありませんね。

福田 これは教育まで原因をたどることができる根深い問題で、社会全体でメンタリティを変えていくということが重要かなと感じています。

内田さんが既存企業の動きが活発になってきたと指摘されましたが、私もごく一部ながら始まっていると感じます。そういう意味では健全に進捗しているといえますが、注意すべきは、既存企業との戦いになったとはいえ、戦いのルールはこれまでとは全く違うという点です。例えばSAPが小松製作所、NTTドコモ、オプティムと共同出資しているランドログ(※リンク埋め込みhttps://www.landlog.info/)は、IoTを使ってセンサーからのデータを収集して活用するプラットフォームをベースに建設プロセスの変革の加速を図っています。ここで小松製作所が挑んでいる戦いは、従来の建機業界の戦いとは違います。新しいルールに適応していなければ、同業他社にディスラプトされてしまいます。

内田 おっしゃる通りですね。

ビジネスサービスのデジタル化については、企業の多くがそれに気が付いて動こうとしていることを感じます。同時に、小松製作所のように他社とランドログという会社を作り、デジタルプラットフォームを置こうという動きが起こっています。これが経営者層スタディで業界の創造的破壊をリードしている企業が同業界内のリーダー企業となり、デジタルジャイアントを大きく凌駕している良い例といえるでしょう。

福田 ポイントは、デジタルサービスを個別にやるのではなく一緒にやる、ことだと思います。

 

“整合性のあるデータ”がAI活用には必須

−−プラットフォームを一緒に構築、展開する動きですね。

福田 そこでも土台が重要になります。先回りして給油のルートを考えたり、不足する部品を供給したりするといった付加価値の高いサービスを構築するには、ビジネスサービスに加えてデータサービスが土台になります。

企業が問うべきは、自社システムが意味のあるデータを出すことができるシステムになっているかどうかです。某大手電話会社は、10年以上前に115個あったSAPシステムを1つに統合しています。全てのマスターを統合した結果、例えばスマートフォンの最新機種を発売した初日に、どこで作った機種をどこで、いくらで販売すればどのぐらいの利益になるのかを比較できます。その日の国別、色別、機種別、販売チャネル別の売上状況もすぐに分かるシステムを構築しています。こういう仕組みを持った携帯電話メーカーは日本にはいないのではないでしょうか。複数の基幹システムを分散して持っているのが現状でしょう。

つまり、デジタル化も重要だが、デジタル化の方法も重要なのです。バラバラなシステムから吐き出されるデータに整合性がなければ、整合性のないデータがよく見えるにすぎません。AIもしかりです。革新的なデジタルサービスやデータドリブンに向かう時に、整合性のあるデータを出すことができる基盤を持っているのかを見直すべきです。

日本は部分最適を実現するために部分最適システムがつくられがちで、弊社のお客様も分散しているところが多くいらっしゃいます。グローバルで標準化するとなると、選択肢は自ずとクラウドになります。その発想になるためには、我々ITベンダーやSI事業者もこれまでとは違う能力が必要です−−技術に詳しいというのは当たり前で、多文化を理解した上でどんなプロジェクト運営をすればよいか、どんなガバナンスモデルなら世界の国の人が参加してくれるのか−−こういったことを熟知していなければ、全体をつくることはできないと感じています。

 

オープン化とクローズ化、二極化するデータ戦略

内田 日本という特殊な文化の中で育った我々が、今できることは何だとお考えですか?

福田 世界に学ぶことだと思います。

具体的には、すでにある資産や活用できるフレームワークを最大活用すること。SAPは製品としてナレッジを蓄えており、IBMが提供する方法論やBPOのようなものをオープンに取り込んでいく。外の知見をうまく生かすことは大切です。オープン性はデジタルサービス、イノベーションの部分だけではなく、基幹システムでも求められています。

内田 データの部分はいかがでしょうか? IBMでは、「オンプレミスからクラウドまであらゆるデータを加工、活用するためのデータ基盤が必要」というメッセージを出しています。ランドログのようにある業界のエリア内で共有する動きが出てきていますが、もっと広げたオープンなデータという概念についてはどうでしょうか? 可能性をどう見ていらっしゃいますか?

福田

福田 「オープン化するデータ」「差別化のために閉じられるデータ」と二極化するのではと思っています。どれをオープンにして、どれをクローズドにするのか−−ここの考え方こそが、デジタル時代の企業戦略そのものになるのではないでしょうか。

データのオープン化とクローズ化を含め、競合に勝つためのデジタル時代のビジネスモデルを考えたり、企業の垣根を超えてサービスを企画推進したりしていく人材が、デジタル時代の企業にとって最も価値の高い人材になるのでしょうね。

 

SAP+IBM+既存大手が生むシナジー効果

−−グローバルで戦うためのシステム構築はどこから着手すべきでしょうか? また、IBMとSAPはどのような支援ができるのでしょうか?

福田 スタートポイントは、基幹システムを含む「ビジネスサービス」だと考えます。企業の多くは、現在動いているシステムの保守に7〜8割のコストと人を当てており、「データサービス」や「デジタルサービス」側に手が回っていません。特に日本はこの傾向が顕著です。

ビジネスサービスそのものの差別化要素は限られるので、ここをシンプルにして人と予算を減らすことが先決です。デジタル化といってもIT予算は増えません。限りあるリソースをどうやって最適活用するのかが問われており、リバランスしなければならない。

IBMとSAPの組み合わせは、ここを支援できます。例えば調達領域でSAPの間接材の調達サービス「SAP Ariba」、経費管理クラウドの「SAP Concur」などを使い、業務を標準化するサービスを構築できます。これはとても喜ばれています。

−−IBMが東京・銀座に開設したGarage 新オフィス、SAPが三菱地所と大手町にオープン予定の「Inspired.Lab」など、リアルな場所はどのような役割を果たすのでしょうか?

内田 Garage 新オフィスは物理的な場所を使ってデジタルサービスの新しい考え方をやっていこうという試みです。まだ立ち上がったばかりですが、弊社のオフィスビルではなく、銀座のイノベーションスペースというリアルな場所が持つ効果は間違いなくあります。

SAPのInspired.Labは新しい試みですが、ランドログは前身だと思うので興味を持ってみています。

福田 これまでの経験から、付き合う人を変える“People”、場所や環境を変える“Place”、やり方を変える“Process”の3つの“P”が同時に変わると、本物の変化が始まるということを実感しています。

ランドログも、それまでそれぞれのオフィスでスーツを着て仕事をしていた小松製作所、NTTドコモ、SAP、オプティムの社員が突然会社の外に出て全く違う環境で始めました。スーツがジーンズに変わり、隣には違う会社から来た人が座っている。そこで、デザインシンキングのような発想で仕事を始めると、まずは生き生きとします。スピード感も会話も変わり、新しいことを考えたり挑戦したり、と変化します。

日本の人は真面目すぎるので、その殻を取っ払ってあげる必要がありますね。そもそもビジネスとはつながったものであり、一つのことを一緒にやるのは自然なことです。一緒にやることで生まれるパワーはすごい−−ランドログではそれを実感しました。異なった文化を受け入れるという多様性が生まれます。また、違った価値観を持ってスピーディーに新しいものを生み出すためには、共通のプロセスが必要です。我々の場合はデザインシンキングを用いるのですが、とても効果的です。

こういったことがここ1〜2年で見えてきました。これをスケールさせるのがInspired.Labです。スタートアップ含めて15〜20社ぐらい、業種の異なるさまざまな会社の新規事業が参画し、今年2月に正式ローンチ予定です。

内田 シリコンバレーの基本的な考え方やスタイルを原点に帰ってやりたいですね。それをスケールアップできるのは、SAPやIBMならではと言えます。

内田

 

“和の力”が日本型デジタル変革の推進力

−−IBMやSAPの既存顧客が動くことで日本全体も動きそうですね。

内田 そうだと思います。

日本の歴史を紐解くと、戦争や災害など何かあった時でも高速に復活してきました。本質を見据え、経営者が正しい道を向いた瞬間に、全員が和の力で進む。その時の速度とパワーはすごいものがあると思っています。

他の国は個性が強いためか、それぞれベクトルが四方八方に向いています。方向性が決まったら全員で高速に進むという能力は日本が圧倒的に高いので、そこに期待したいですね。

−−お互いに望むことは何でしょうか?

内田 IBMはSAPの基幹システムをBPOなどを使って効率化したり、新しいサービスのためにAPI接続することなどを行なっています。2018年10月、オープン系のデータを集める技術を持つRed Hat買収を発表しました。この技術なども活用しながら、共同顧客のデジタル化を進めることができると思います。

そういうこともあり、SAPには新しい“麺”を出してほしいと思います。「SAP Ariba」をはじめ、人材系や経費などのSaaSはIBM自身も使っています。業務をちょっとずつ変えようというやり方ではなく、まるごと変えることができるフルパッケージが魅力です。このような魅力的な製品をどんどん紹介いただきたい。

また、業界で大きな流れを作るところはぜひ一緒にやりたいですね。変わる必要があると全員が理解しているわけではないので、言い続ける必要があります。10年も経てば、デジタルネイティブが社会に入ってきて変化の速度は上がるでしょうが、そこまで日本という国は待っていられない。

福田 共同で変革実現を支えるアーキテクチャを進めることを続けたいですね。SAPの麺を使ってIBMがラーメンをつくると間違いなく美味しいので、ぜひ一緒にお客様のビジネスサービスの部分を加速化したい。それなしには革新が加速しません。

内田 世の中の変化はもう起きています。そこに追従するように日本が動き出す−−いったんギアが入ると加速は速いと思います。