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人とテクノロジーが導く企業のデータ活用~AIができることの今と未来~

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IBMデータ×AI

寺門 正人
日本IBM 理事 パートナー
グローバル・ビジネス・サービス事業本部
コグニティブ・プロセス変革 リーダー


業務変革に関する分野で 20数年のコンサルティング経験を持つ。現在は、日本IBMのコグニティブ技術を活用した業務変革部門の責任者。AIやIoTなどの先端テクノロジーを活用した企業のビジネスモデル変革、業務変革を多数支援、リードする。AIによる業務変革に関する講演や寄稿、執筆多数あり。

 

IBMデータ×AI

小林 弘人
インフォバーン 代表取締役Chief Visionary Officer


1994年「WIRED」日本語版を創刊し、1998年に株式会社インフォバーンを設立。ブログメディア「GIZMODO」日本版を立ち上げる。2016年に独・ベルリン市主催のAPW2016でスピーカー、同じくベルリンのテック・カンファレンスTOAの公式日本パートナーも務める。現在はインフォバーンにて企業や行政のイノベーターたちをネットワークするビジネス・ハブ「Unchained」の主宰としても活動。

 

IoT技術の普及によりデータを生成・収集する基盤が整い、AIによる活用フェーズに進んでいる企業は多い。この変化をデジタル変革の第2章とし、その目指すべき姿として「コグニティブ・エンタープライズ」を日本IBMは提唱している。同社が捉えた企業のデータ活用の現状はどのようなものか。そしてデータ活用の鍵を握るAI人材に求められる能力とは。
日本アイ・ビー・エムでコグニティブ・ビジネス変革部門のリーダーを務める寺門正人氏と、株式会社インフォバーン代表取締役CVO(Chief Visionary Officer)小林弘人氏が、AIによるデータ活用とビジネスの変革について語る。

 

SCMから“インダストリー4.0”へ変遷したデータ活用法

IBMデータ×AI

小林 サプライチェーンの領域でキャリアをスタートされたとのことですが、技術と市場の変遷を交えながら、寺門様のご経歴をお聞かせいただけますか?

寺門 データ、アナリティクス、AIとの関わりという観点で振り返りますと、PwC(PricewaterhouseCoopers WMS Pte. Ltd.)にて、サプライチェーンマネジメント(以下、SCM)の世界に入ったことがスタートになります。当時はブームだった分野で、この時代のサプライチェーンマネジメントとは、関与者全体のバランスを調整しながらモノの販売における需要と供給を最適化するというものです。その裏では消費者の需要予測などの分析を、線型計画法や統計予測を使い行っていました。振り返ると、データアナリティクスの走りだったと言えますね。

その時代から、ERP(Enterprise Resource Planning)でデータを貯めて処理するというシステムから、最適化や予測をして人の意思決定を支援する流れがありました。当時は家電業界が強かったのですが、グローバル進出において、どこからどの市場に供給すれば良いかという部分を最適化するご支援をしていました。

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その後、IoTビジネスの牽引に従事し、加えてAIやデータプラットフォームなども担当領域となり、2019年10月、コグニティブ・プロセス変革部門の責任者となりました。これらの先進技術を使いながら企業の業務変革をご支援するのが主な役割です。

小林 スマート製造は「インダストリー4.0」としてドイツが牽引し、中国がそのドイツの産業ロボット製造メーカーであるKUKAを買収するなどの動きもあり、国家的にも問題となりました。各国では「インダストリー4.0」に呼応するような動きがありますよね。日本の現状はどうなのでしょう? 

寺門 ドイツの「インダストリー4.0」のほか、それに対応する概念としてアメリカは「IIC(Industrial Internet Consortium)」、日本は「IVI(Industrial Valuechain Initiative)」があり、それぞれ特徴が異なります。

ドイツは部品点数が多い自動車産業が盛んなこともあり、サプライヤーとメーカー間の標準化を目指す考え方です。米国はベストプラクティスを作って新しい産業を盛り上げるという考え方が土台にあり、ビックデータやAIで世界に先駆けた最先端領域の成功プロセスを作ろうとしています。

対して、日本は「人の知識の継承」が根底にあります。熟練工や匠の判断、暗黙知を、テクノロジーを使って可能な限り継承しよう、それなしに日本の製造に革新はないという立ち位置ですね。

 

日本版“インダストリー4.0”で進む、AIによる非構造化データの識別と活用

小林 熟練工の知識や技をマシンに覚えさせるということだと思いますが、具体的にどのようにして継承していくのですか?

寺門 製造業の熟練工が、20、30年前にどのような作業をしていて、どんなトラブルが起き、どういう原因の追究の仕方をしてどの順番で対策を考えたのか、そういったものを形式知化していきます。その作業の中でノウハウが眠っているポイントは、1)自然言語(会話、テキスト)、2)五感、3)人の動きと大きく3つあります。

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AIによる代表的な技術としては以下のようなものがあります。

  • 画像データから品質や欠陥箇所を特定する画像解析
  • テキスト解析
  • 人の会話内容を認識してナレッジ化
  • 対話型ナビゲーションなどを行ったりする音声解析
  • 音響データからパターンを抽出して故障状態の特定などを行う音響解析

特に、作業日報、過去のトラブル報告書、操作マニュアル、技術論文や特許データなどの外部データ、こういった非構造化データ(※1)には多くのノウハウが詰まっています。これらをAIが紐解きながら学習し、トラブルの内容を入力すると、類似ケースの原因を提示してくれるような使い方を目指しています。

※1:非構造化データ

文書データ、電子メール、写真、動画など、定型的に扱えないデータ。顧客情報や在庫情報など定型的に扱える「構造化データ」とは違い、データベースによる管理が難しい。非構造化データの量は年々増加しており、これを高速に管理、分析する処理技術としてAIが活用されている。

小林 起こった問題に対する解決方法を導き出す以外に、今後データの精度や学習技術が向上することで、トラブルを未然に防いだり、予知や予測といったようなこともAIは可能にしていくのでしょうか。

寺門 非構造化データを識別する技術は日々進化しています。ある言葉とセットで使われやすい言葉は何か?その言葉が使われた意図は何か?などと予測しながら人と対話したり、文章情報からニーズを予測したりといったことも可能になりつつあります。まだまだこれからですが、よりクリエイティブな表現やデザインを新たに作り出したり、さらなる自動化につながったりしていくと期待しています。

 

さまざまな業界に渡って、進みつつあるデータ活用

小林 すでにファクトリー・オートメーションなどでは、AIを導入し取り組みはかなり進んでいるのでしょうか?たとえば、効果を発揮した具体例はありますか?

寺門 製造業のお客様では、装置産業、グローバル拠点での製造企業、一般消費者向けの製造企業など多数事例があります。

装置産業は、大きな装置で石油、化学、鉄鋼、電力などを作る分野を指します。こういった装置は常に動き続けていることが前提で、一日停止するだけで数億円の損失が出てしまいます。とにかく止まることのないよう、万が一止まってしまっても可能な限り早く復旧させるために、過去にどんなトラブルや危険があり、どういう対応をしたのかなどについて、数十年分の作業日報やマニュアルなどの文章を読み込ませることをやっています。

ある顧客のケースでは、製鉄設備メンテナンスにIBM WatsonのAI技術を用いた制御故障復旧支援システムを構築しました。作業日報、故障報告書などの膨大な文書情報を解析し、保守についてのノウハウをナレッジとして活用することで、経験が浅いスタッフでも事態への対応が可能となります。これにより製造ライン停止という事態の発生件数を大幅に削減できたと聞いています。

小林 データを正しく活用できると、やはり明確なメリットが生まれるのですね。AIをからめてロジスティクスをやっている人がたまたま周囲に多いのですが、彼らはAI活用に必要なデータを社内外含めて保有者がなかなか提供してくれないという不満を口にします。そもそもデータ量の問題で足踏みしている企業も多いように感じますが、実際はどうなのでしょう?

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寺門 実は、自社内にデータがなくても外部からデータを集めて活用することもできます。

ロジスティクス分野もAI活用が進み始めましたね。たとえば、調達部門はさまざまな情報を収集して検討しなければなりません。為替、サプライヤーの与信状況や経営状況、さらには自然災害によって供給が不可能になるようなリスクのある場所に工場を置くサプライヤーと取引しているか、など人間が行うには難しい多面的な調査をAIが行います。

また、買っている部品が本当に適正価格かを把握するために、あるサプライヤーが新技術を提供しているとか、現在購入している部品以外にこんな部品も同じサプライヤーから安価で購入できる、といった情報を集めさせることもできます。自社内にデータがなくても、ニュースやサプライヤーのカタログなどをデータとして取り込み意思決定に使うことは可能です。

ロジスティクスでは、ブロックチェーンも重要な技術です。IBMはMaerskと国際貿易プラットフォーム「TRADELENS」を立ち上げました。このようなプラットフォームに参加すれば、自社内にデータがなくても、他社が提供するデータが購入可能になります。これは大きな変化です。

 

AIによる部分最適から、会社全体で戦略的な活用、エンタープライズAIへ

小林 IBMはこれからの企業の理想形を「コグニティブ・エンタープライズ」と称してデジタル変革を推奨しています。それに向けて、特にデータ活用という点で企業はまず最初に何から取り組むべきでしょうか?

寺門 IBMではコンサルティングサービスで、どの業務領域にどの技術を適用すると、どの程度のROIを見込めるのか、また、技術の成熟度を考慮しながらどのような順番で変革を進めていくべきなのかといったところを整理しています。

サービスを提供しながら最近感じるのが、部分的なAI化から、より企業全体を見渡す視点が求められているということです。以前なら、製造過程内の検査だけとか、調達のある部分だけをAI化したいという話がほとんどでしたが、現在は会社全体を見渡した時にどこにAIやデータ活用の余地があり、それぞれが有機的につながることでどういった影響があるのかを描いていくケースが増えています。

以前までの施策のように投資した分が回収できるからやるというより、新しいものに乗り遅れないように経営施策としてきちんとやるという会社が多いのも事実です。

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小林 顧客対応や、装置が止まることによる損害など、実際にその必要性を自分ゴト化できた企業からデジタル変革への対応が始まっているとすれば、現状大きな問題もなく業務が進んでいる企業との認識のギャップも気になります。

寺門 AIは解く課題が細かいという特徴があります。100も200もある工程のうち、ここの不良率を改善する、検査を自動化するなど、ピンポイントの課題を解いて本当に投資対効果はあるのかという疑問もいただきます。ERPのように一連の業務を全てカバーするところまで、AIはまだ至っていません。

以前は、AIならなんでも解決できるという漠然とした期待がありましたが、どの領域にどういうAIが有効かといったことについて、全体的にリテラシーが上がったと感じます。

 

これからの「AI活用人材」に求められる能力とは

小林 AIによるデータ活用を有効に進めるための「AI活用人材」については、どうお考えですか?

寺門 AIを成熟度の視点で分類すると、ビジネスシナリオ特化型、汎用、要素技術と3つに分けられます。要素技術のAIはまだ研究中ですが、ビジネスシナリオ特化型AIと汎用型AIでは、それぞれ必要な人材が変わってくるように思います。

ビジネスシナリオ特化型はチャットボット、外観検査システムなど完全にシステムや機器に組み込まれているAIです。どちらかというと従来のIT技術と同じ感覚でシステムを導入するイメージでしょうか。汎用AIはテキストマイニングなど、ビジネスシナリオ化がされていないもので、どのプロセスに使うのかは、使う側やコンサルタントが考えるというものです。

そうなると、その技術で何ができて、どのビジネスプロセスに有効かといったことを考えるスキルが重要になります。

我々がコンサルティングでやっていることは、センシング、画像解析、音声解析、テキスト解析、シミュレーション、ディープラーニングなど、AIが可能にするさまざまな技術がどの業務で使えるのかを理解した上で、クライアント企業が目指したい姿や解決したい課題とのマッチングを考えることです。つまり、技術の導入によってビジネスがどう変わるのかを描くことと言えます。

単にデータを解析できるということではなく、こういった人材が将来必要になってくるのではないでしょうか。

小林 なるほど、AI活用と一口に言っても、必要な能力は非常に広範な知識とその企業についての熟知と理解が前提ですね。そこまで育てるには時間がかかると思いますが、初期にはどんなスキルが必要でしょうか?

IBMデータ×AI

寺門 IBMではデータサイエンティスト育成プログラムを作成しています。単に統計を学ぶだけでなく、技術と課題をマッチングさせるための思考力、表現力を含めて学ぶ内容になっています。今後は社内でも、AI人材育成のためのキャリアパス構築などが必要になってくるかもしれません。

 

サポートから意思決定への介入へ?人間とAIが結ぶ関係の未来

小林 人とAIの関わり方はどうなっていくのでしょうか? 職が奪われるのではないかといった漠然としたものから、ディープフェイクのような作為的なものまで、AIは人間にとって脅威になるという考えもあります。

寺門 難しいテーマですね。現在のAIが出てきた当初は、“人間にとって代わるものではなく人間を支えるもの”という位置付けが強調されていました。人材育成や意思決定に対してあくまでヒントを提供するというもので、IBMでは“Augmented Intelligent”という言葉を使っていました。

その後進化を重ね、現在ではAIが人と直接コミュニケーションしたり、意思決定に深く入り込んだりという方向に進化しつつあるように思います。

ここ最近で個人的に衝撃を受けたのが、IBMの「Project Debater」です。その名の通り人間とディベート(議論)するAIで、フォーマットに則り反論か肯定かいずれかの立場で論理を展開します。音声認識によって討論相手が話した内容を把握し、入力済みのデータを使って意見を述べることができます。

これまで人の領域と思われていた、顧客と対面したり、分析して洞察を引き出したり、コラボレーションしたりするといったところまでAIが進化すると、“人にとって代わるものではない”と完全には言い切れなくなったと感じます。コミュニケーションに留まらず、AI研究は「人を説得する」という領域に進んでいるようです。

IBMデータ×AI

小林 少し前タクシーに乗った時、運転手が指示した道を間違え、「自分は間違えていない、ドライブレコーダーを確認するか?」と主張しましたが、そのような対応を取られると、もう運転手もAIでいいのではないかと思ってしまいました。逆に言うと、人間がやることはインターフェイスだけとも言えます。もし、AIがインターフェイスも代替できるとしたら、もっと知恵を絞って人間にしかできないことを探していけばいい。たとえば、乗車中にマッサージしてくれるとか。あるいは、全てをAIに任せて人間は遊んで暮らすという選択肢もあります(笑)。

寺門 そうですよね(笑)。

IBMデータ×AI

小林 AIが導き出した答えについて、その過程の説明がないという“AIのブラックボックス化”問題も懸念が多いと感じています。これについてはどのようにお考えですか?

寺門 これも難しいテーマですね。AIのブラックボックス化を直接解決するものではありませんが、IBMのソリューションを紹介したいと思います。

AIの裾野が広がり、いろいろな業務に使われるようになりました。それぞれの業務に適したAI技術が異なるので、社内でバラバラに導入したAIを統制する必要が出てくると考えます。つまり、どのAIが何の目的で使われているのか、ちゃんとROIがあるのか、どういうロジックなのか、問題を起こしていないかといったことを、きちんと横串で管理するということです。

そこでIBMはAIを全体で管理するダッシュボード的なサービスを提案しています。KPIを継続して測定でき、ブラックボックス問題にも対応できます。何らかの形で意思決定の説明責任を問われた場合も、このように管理しておくことで説明できるでしょう。

これからは組織の戦略に即した全体最適のAI戦略を持つことが重要です。全社員がある程度のAIリテラシーを持つようになり、AIを統括する組織を持つ企業が出てきてもおかしくないですね。

IBMデータ×AI

小林 面白いですね。僕も同じようなことを考えていて、そのうちAIを対象とした監査法人が出てくるかもしれない。また、投資判断などに対して、AIの監査役が一家言をもつかもしれない。株主総会で、その投資判断はどうしたのかと聞かれてしどろもどろにしか答えられない経営者よりは、AIが回答した方がいいかもしれません(笑)。これからの技術革新と、それによって起こるビジネスの変化が楽しみです。