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Smarter Business

カルビーCEO松本晃氏の提言、AI時代だからこそ「考える人」をつくる

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2011年3月に東証1部上場を果たすと、7期連続増収増益と躍進を続けているカルビー株式会社。その背景には、2009年に同社の代表取締役会長兼CEOに就任した松本晃氏によって断行された、さまざまな改革があった。

少子高齢化やデフレ基調の市場環境など、経営を取り巻く環境が厳しさを増す中、松本氏はどのようにビジネスを再定義したのか。そして、「AI」や「最新テクノロジー」の台頭でビジネスのカタチそのものが大きく姿を変えようとしている現在、「人」が果たすべき役割とは――。松本氏の考えを伺った。

松本晃
カルビー株式会社 代表取締役会長 兼 CEO

京都府出身。1972年京都大学大学院農学研究科修士課程修了、伊藤忠商事入社。 93年ジョンソン・エンド・ジョンソンメディカル(現ジョンソン・エンド・ジョンソン)入社、社長、最高顧問を歴任。09年6月より現職。

 

社員を「その気」にさせることが僕の仕事

──松本氏が会長兼CEOとして就任後、カルビーのビジネスの中心をどのように再定義したのでしょうか?

カルビーの中心的なビジネスは食品製造ですが、スナック菓子という分野について考えた時、僕は今後の成長は望めないと考えていました。その理由は2つあり、1つが少子化、もう1つがデフレです。そんなすこぶる悪い経営環境の中で、カルビーは企業として成長していく必要がありました。

そこで、国内でできること、海外でできることというように、2つの視点からビジネスを「再定義」していきました。

松本晃氏

──どんなことから着手したのですか?

大きく3つあります。1つは国内の市場シェアを高めること、2つ目は国内で新しいビジネス価値を生み出すこと、そして、3つ目が海外戦略です。

国内の市場シェアを高めることについては、いくつかポイントがあります。例えば、カルビーはもともと、商品の質には誇れるものがあっても、販売価格が高かった。成長が期待できない国内市場で、値段が高ければ売れるものも売れません。そのためには安くすればいい。

そこでまず、購買コストを下げることを考えました。コストが下がれば安く売れます。安く売れれば大量に生産できる。大量に生産できれば工場の稼働率が上がり、固定費は下がって利益は上がります。当たり前の考えですが、このプラン通りに実行しただけです。

──まずは強みを明確に据えられたのですね。

誰でもできる「簡単な」ことを発見しない、発見しようとしないことが問題なんです。人間はその気にならないことはできません。そういった意味で、僕の仕事は経営改革というよりも、社員を「その気」にさせることでした。

松本晃氏

──「その気」にさせるポイントは?

「易しいことを易しく言う」ことに尽きます。易しく言えば社員はちゃんと理解しますし、それが自分にとって有意義だと感じれば実行してくれますよ。

例えば、会社の利益が上がれば社員の給料が上がり、ボーナスも上がる。そのために目標を決めて仕組みをつくり、実証されればさらにドライブしていきます。ですから、僕は経営の結果と、社員の皆さんのメリットに対してコミットしただけです。会社の経営は、決して難しいことではありません。

国内市場のシェアを高めるためには、上記の他にも「社内に眠っているものに光を当てる」「まったく新しい商品を生み出す」ことにも取り組んでいます。

 

フルグラは「考える」組織の成功事例だ

──「社内に眠っているものに光を当てる」とは?

具体的には「フルグラ」です。もともとは1991年に開発、発売されたのですが、当初はあまり売れませんでした。ところが、僕が2009年にCEOに就任したときに食べてみるとおいしくて、「なぜこれが売れないのか」と疑問に思いました。

──問題はどこにあったのでしょうか?

売り方です。まずは親しみやすく、覚えてもらいやすいように2010年、「フルーツグラノーラ」だった商品名を4文字の「フルグラ」に改称しました。

松本晃氏

次に、商品の強みを生かす売り方を考えました。僕は本来、シリアルは日本人の食文化には合わないと思っています。その一方で、カルビーの商品はフルグラに限らず、圧倒的に食感に優れていました。この会社の強みは「食感が圧倒的に優れている」ことなんです。ですから、食文化に合わなくても、売る相手を間違えなければ売れると考えました。

──実際、消費者に食べてもらうためにはどう工夫しましたか?

ターゲットを働く女性に設定しました。働く女性は朝、化粧などの準備に追われて時間がありません。そこで、短時間で食事がとれる「時短」というメッセージを。また、女性は慢性的な便秘に悩む人が多い。そこで「植物繊維」というメッセージ。そして、鉄分不足で貧血の女性も多いため、「健康志向」という3つのメッセージで打ち出しました。

つまり、商品の強みは何かを考え、消費者の課題について仮説を立て、解決方法を提示したのです。これにより、それまでの売上が20億円から30億円だったフルグラが、今では国内で250億円、中国とあわせて約300億円にまで成長しました。

僕は常に社内で言い続けているのですが、仕事をしていて一番面白いことは「頭を使う」ことです。消費者の関心を捉え、課題を解決するところにビジネスの醍醐味があります。

 

「考える人」は自分で育つ

──「頭を使う」というところから「人」に焦点を当てると、組織や人材の育成も経営課題として頻繁に耳にします。松本様ご自身、外部の人間としてカルビーの経営に加わりましたが、同様に外部からの人材登用や異業種との協業を取り入れるメリットや意義は何でしょうか?

組織の内部に適任者がいれば、それに越したことはありません。外部から人材を招聘することを経営のベースにすることはありませんが、適任者がいなければ外から連れてくるのは一つの選択肢かもしれません。

というのも、日本の企業経営は昔よりも難しくなってきているからです。企業間競争は激しさを増し、カルビーもこのまま国内に閉じこもっているわけにはいきません。海外に目を向けたとき、今の組織でやっていけるのか。難しければ、外部から誰か連れてこなければいけません。プロスポーツの世界でも、外国人の助っ人は当たり前ですよね。

──社内人材による経営が難しくなったのはなぜですか?

日本だけでプレーできる時代ではなくなったのに、海外とのシビアな競争に晒された経験が少ないことが原因の一つです。人の能力が上がらなければ、売上の上昇カーブにも歯止めがかかる。

松本晃氏

──人の能力を上昇させるには、どうすればいいのでしょうか?

人材は内部で育てるか、外から獲得するかの2つです。僕は「人材育成」という言葉が嫌いで、人は自分で育つものだというのが持論です。

会社は人を育てる場所ではありません。自分で学んで成長した人が貢献する場所が会社なのです。会社ができることといえば、最初に基本的なことを徹底的に教えること。例えば、ポテトチップスの作り方なんて学校では教えませんから、こうしたことを徹底的に教え込みます。そのあとは、社員が自分で考えていくだけです。様々な課題を共有し考えることで社員が自発的に成長するために、会社は環境を整備する必要があると考えています。

──環境とは、具体的には?

一番は「時間」です。だから、残業なんてやめろと言っているんです。残業よりも、その時間を自分が成長するために使うべきです。あとは少しの「お金」。社員が終業後に勉強したいと言ったら、会社は金を出せばいいんです。わずかな投資を惜しんで、どうして人が育つのか。残業代を払うことなんて、会社にとってこれっぽっちも痛くありません。でも、そんなことにお金を使うより、社員が成長するための投資に使いたい。外部からの招聘は、こうした環境整備を整えてから検討すべき問題です。

──外部企業との協業についてはどうでしょうか?

外部のリソースを借りることに反対はしませんが、「自分で考える」ことまで任せてしまってはいけません。考えることを任せてしまえば、結果が出た時は問題なくても、出なかった時に何がダメだったのか原因が分からないからです。何より、仕事において最も楽しい「考えること」を、他人任せにしないで欲しいと思います。

 

AIやITに人の代わりは務まらない

──テクノロジーが進化し、経営にも様々なデータを活用する必要性が高まっています。「考えること」を支援するため、経営指標ともなる膨大なデータ群をどう活用していますか?

確かにデータは重要です。カルビーも以前は「コックピット経営」を実践していました。多種多様な指標でデータを分析し、経営に生かそうという方法です。

でも、僕は経営指標を絞る「ダッシュボード経営」にしなさいと言いました。車のドライバーだって、いつも見ている計器はスピードメーターとガソリン残量くらい。ですから、データは絞りなさいと言っています。

データによる客観的な裏付けは、絶対に大事です。しかし、データは万能ではありません。データを見たときに、何を感じて、どう仮説を立てるか。これは機械や人工知能ではなく、人の役割です。

松本晃氏

──では、「何かを感じ」仮説を立てるにはどうしたらいいのでしょうか?

お客様視点、現場主義に尽きます。例えば、僕はフルグラを「おいしい」と思ったときにどうしたかというと、毎日食べたのです。食べてみて、「どうして飽きないんだろう」と何度も考えてきました。そして、そのカギは「食感」にあるのではないかと考えました。徹底的に考えることを繰り返さないと、仮説は出てきません。

そして、その次に「そう感じるのは自分だけか」という問いがあるわけです。当時、飼っていた犬の散歩のため週末公園に出かけた際、そこで出会った散歩仲間に配って食べてもらったんです。仲間から「おいしい」という感想を得て、仮説が検証されたわけです。そのプロセスが、現場主義です。

──最後に、今後国内企業のCEOとして何が大事だとお考えか、教えてください。

経営に必要なのは、やはりリーダーシップです。会社は思想を持って、トップのリーダーシップの下で進んでいくもの。もちろん、僕の考えが正しいかどうか分かりませんが、そもそもビジネスの世界は、正解が1つではありません。それどころか、答えがあるかもわかりません。

先行きの不透明な時代だからこそ、先頭に立つ者のリーダーシップが大事になってきます。現在、僕はCEOとして社内にスナック菓子、フルグラに続く第3の事業の柱を作れと言っていますが、いつも共通しているのは「世のため、人のためになるか」「儲かるか」という、シンプルな2つのことだけです。

 


AIやコグニティブなど「機械が自ら考え、答えを出すこと」が注目される時代だからこそ、データを扱う人の役割が重要だというメッセージ、人が自立的に成長する環境が経営には欠かせないという話が印象に残ります。

松本氏が語ったように、AI全盛時代に向けて経営者は何を考え、人は、会社は何をすればよいのか。IBMでもコグニティブを利用した組織戦略、人事戦略で組織と人財の力の最大化に取り組んでいます。詳しくは下記をご覧ください。