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技術と知財の側面からブロックチェーンがビジネスに与える破壊力を再考する

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日本アイ・ビー・エム株式会社 戦略コンサルティング&デザイン統括 マネージング・コンサルタント
西林泰如


総合電機メーカー、米国系戦略コンサルティングを経て、2018 年にIBM に参画。専門はビジネス・テクノロジー両輪に関する、経営企画・経営戦略、事業開発・事業戦略、提携・投資/M&A、海外進出(米国シリコンバレー、シンガポール等での海外駐在経験)、情報通信・インターネット技術(日米120 件超の特許の筆頭発明者)。IBMでは、Strategy Center of Competency(CoC)に所属。IBMがリードする破壊的テクノロジーによる革新をテーマに、経営戦略・事業戦略、デジタル戦略、オペレーション戦略、組織チェンジ・マネージメント、テクノロジー・データ戦略等の戦略業務に従事している。工学修士(MEng)及び経営管理修士(MBA)。

 

ブロックチェーンは現在、非常に大きな話題を集める技術の一つである。業界を問わずさまざまな組織が、自社の領域にブロックチェーンが及ぼし得る影響と、そのメリットを享受する方法を探っている。

しかし、なぜブロックチェーンは、あまたある他の技術の事例とは異なり、技術からビジネス・ユース・ケースへの発展と拡大が可能なのだろうか。本記事では、ブロックチェーンが有する技術的な本質と、技術を実りあるビジネスに昇華させるための、知的財産を中心した協創・オープンイノベーションの土台への適合性をひも解く。

 

従来の分散コンピューティングと異なる決定的な「差」

ブロックチェーンの特徴の一つは「中央集中」とは対の概念にある「分散性」にあるが、分散コンピューティング自体の研究開発とビジネスへの応用の取り組みは長い歴史がある。

分散コンピューティングは、プログラムの個々の部分が同時並行的に複数のコンピュータ上で実行され、各々がネットワークを介して互いに通信を行いながら全体として処理が進行するものである。グリッド・コンピューティング、ユビキタス・コンピューティング、メッシュ・ネットワークなど、「分散性」を特徴とする派生技術は多い。しかし、これらの技術は、特定のビジネス・ユース・ケースへの適用に特化しており、ブロックチェーンの世界で議論されているような、各業界の構造を変革・破壊するようなスケールの応用の可能性については限定的であった。

では、ブロックチェーンが有する技術的な特徴、従来の分散コンピューティングと異なる決定的な「差」は何であろうか。それは、従来の分散コンピューティングの技術が、「処理」や「通信」の分散・共有に焦点を当てているのに対して、ブロックチェーン技術が、「資産・資源(データ)」の分散・共有に焦点を当てていることにある。

近年の企業におけるデジタル戦略や魅力的なビジネス・ユース・ケースを語る上で、資産・資源(データ)は最も重要な存在である。この点で、ブロックチェーンは、技術の構想段階から、ビジネスにおいて最重要な観点をおさえた上で、研究開発を進めていったことが、その応用の可能性を大きく拡げる潜在力の源となっている。

特に、ブロックチェーンの「分散型台帳」と呼ばれる技術の特徴(ビジネス・ネットワークに参加するメンバー間で資産・資源を共有し、資産・資源のトランザクションの履歴などを記録すること)が、トランザクション・プロセスのあらゆる面で、参加者全員に、信頼性・セキュリティー・透明性などを提供できる効果は計り知れない。

ブロックチェーン技術のアーキテクチャーを適用することで、ピアツーピア・レプリケーション(分散の情報複製)を促進し、トランザクションが発生するたびに更新される台帳を参加者が共有することが可能となる。また、暗号化を使用することで、ビジネス・ネットワーク参加者が台帳の各自に関連する部分だけを表示できるようにするとともに、一連のトランザクションを信頼できる、認証された、検証可能なものにすることができる。

 

知的財産の協創・オープンイノベーションの土台への適合性

ブロックチェーンの応用の可能性を拡げるのが、知的財産を中心とした協創・オープンイノベーションの土台に適した技術であるという点だ。

一般に、通信・メディア・ハイテクなどのICT領域に直結する技術は、多くの企業や組織の関係者が、標準化やコンソーシアムといったエコシステムを形成する場を通じて、技術を練り上げ、共通的な仕様を策定し、さらに、ビジネス・ユース・ケースへの応用について時間を掛けて議論を進めるものである。技術は、知的財産権をパテントプールもしくはクロスライセンスという形で参加者が価値を享受・共有する。なかでも特に、創造的な議論への発展・拡大を誘発しやすい論点は、「資産・資源(データ)」「通信」「処理」などであるが、これらの条件を全て満たしているブロックチェーンは、稀少な技術といえる。

なお、現在、多くの場面で使われている協創・オープンイノベーションという言葉であるが、その起源は、1990年代におけるIBMの知的財産マネジメントの大転換にさかのぼる。

当時のIBMで新規収益源の探究が強く求められるなか、CIPO(Chief Intellectual Property Officer)として知的財産マネジメントの革新的な改革を推進したMarshall Phelps は、従来は自社が所有する特許の実施を許諾するのみであった知的財産のライセンシングとマネジメントの仕組みを、自社の技術の使用許諾を通じたライセンシングのオープン化に転換し、全社的に導入。専属の組織を設立、事業開発の戦略コンサルティング、契約執行、法務専門家などの専門家でチームを構成した。

技術を社外に移行することで資源を解放し、経営者は新たなビジネス創出の機会を追求でき、金の卵となるアイデアから利益を生み出すことが可能になったのである(現在、IBMの知的財産のライセンシングによる収益は年間で数百万ドルを超える規模になっている)。より多くの価値を知的財産から引き出すというIBMの取り組みは業界内企業で広く応用され、2000年以降、MicrosoftやGoogleが新しい形で導入し、拡大していった。

どのような経営戦略も、正確に現在の経済的、技術的及び市場の条件を反映するだけでなく、実施によって得られる利益を明らかにすることが必要である。この点、Marshall Phelpsの施策は、市場における主導権を追い求めるよりは、他社とのコラボレーションにおいて、迅速で細部化する技術的な変化のビジョンを提案することを最大の特徴としている。

知的財産の創造と活用は、テクノロジー企業における活動のライフサイクルの一部であり、知的財産ライセンスは、ライセンス収入、外部技術に対する権利、あるいは他社との有用なコラボレーションという形で価値ある報酬へと結びついていく。そして、このサイクルは、自社の研究開発を増強することを可能にするために知的財産のライセンスを受けた企業のイノベーション活動において追加のサイクルを創造し、それによって、企業の知的財産創造が強化され、その結果ライセンシング及び価値創造に関してさらに下流の機会を提供する。最終的にこれらは追加のイノベーションの広範な採用を通じて、業界に広がっていくのである。

ブロックチェーンは、技術的な特徴と可能性から多くの知的財産(特許)の創出の対象となっている。事実、IBMが2017年に取得した全ての特許のうち、ブロックチェーンの占める割合が大きいのは、協創・オープンイノベーションの土台に適合するからに他ならない。Marshall PhelpsがCIPOに就任してから25年間で、IBMは米国特許取得件数の年間首位を連続で維持し続け、記録を更新している。

 

あらゆる業種で起き始めるブロックチェーンによる変革・破壊

現在のビジネス・ネットワークにおける参加者(サプライヤー、規制当局、パートナー、顧客、さらには競合他社など)間の関係はますます複雑化し、それらのビジネス・ネットワークは地理や規制を越境している。そのような場面にこそ、ブロックチェーンの有する技術的な特徴と、協創・オープンイノベーションの土台への適合性が効果的である。IBMの調査によれば、ブロックチェーンを検討している、またはブロックチェーンに取り組んでいる企業・組織の多くが、ブロックチェーンを新たなビジネスモデルの創造チャンスと認識しており、利益プールのシフトに対応するための有効な手段だと考えている。

例えば、複数の利害関係者が参画するサプライチェーンの分野でブロックチェーンを使えば、大量のトランザクションを、より確実に透明性の高い方法によって追跡できる。対象が物理的な製品かサービスか金銭かを問わず、資産の所有者が変わるたびにトランザクションを記録し、起点から最終的な目的地まで追跡できる製品やトランザクションの永続的な履歴を作成することが可能だ。

実際に、世界最大規模の食品チェーンであるWalmart社は、農場から店舗の棚までのサプライチェーンの全工程での製品の追跡の試験運用を進めている。同社は、それまでは数日から数週間かかっていた追跡プロセスを、数分から、さらには数秒単位にまで短縮できるものと期待している。また、輸送・物流で世界をリードしている海運大手のMaersk社は、輸送サプライチェーンの全参加者をつなぐ巨大なブロックチェーン・プラットフォームの試験運用を進めている。

そんな変化の最中にあって、企業の経営幹部はどのような準備をすべきか。現在も進化し続けるブロックチェーンの技術によるメリットを獲得するために、企業の経営幹部が進めるべきステップは以下のものが考えられる。

  • ブロックチェーンに関する技術と自社・他社の知的財産を理解すると同時に、協創関係となりうる主要パートナーとの時間を取り、具体的なビジネスモデルにつながる初期のユース・ケース、プルーフポイント、新たなソリューションについての議論を進める。
  • さまざまに存在するブロックチェーン・プロバイダーとそれらの技術や知的財産のポリシーに関するアプローチの違い、ビジネスを運営する国や分野に適した標準と規制に対する立場について評価を進める。
  • 自社、および、協創パートナーの収益拡大とプラットフォーム・ビジネス化の領域、社内効率化の両面に対して、考え得るメリット・チャンスの観念化(デザイン思考における「Ideation」)に多くの資源を投資する。

ブロックチェーンはその優れた特長からあらゆる業界に対し、創造的破壊をもたらす革新的技術である。上記の重要論点をおさえつつ、ぜひブロックチェーンで得られる優位性を貴社のビジネスへ昇華させていただきたい。

photo:Getty Images