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Smarter Business

金融サービス向けデジタルサービス・プラットフォーム(DSP)の活用が拡がるワケ

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孫工 裕史

孫工 裕史
日本アイ・ビー・エム株式会社
執行役員
IBMコンサルティング事業本部
金融サービス事業部担当

日本アイ・ビー・エム株式会社(以下、IBM)は2020年6月金融機関のデジタル・トランスフォーメーション(以下、DX)推進を支援する新たな取り組みとして「オープン・ソーシング戦略フレームワーク」およびその中核ソリューションである「金融サービス向けデジタルサービス・プラットフォーム(以下、DSP)を発表した。本稿では、このDSPの最新の活用方法について紹介する。

新型コロナウイルスの流行がデジタル・トランスフォーメーションを加速

DSP発表当時の日本は、新型コロナウイルス感染症の猛威と戦っていた時期と重なる。最前線の医療従事者が日々、命と向き合う中で、世間の人々はウイルスの恐怖と隣り合わせの中で生きていた。マスクの着用が常態化し、外出が制限され、リモートワークも浸透した。

本稿執筆時点(2022年5月)で、残念ながら新型コロナウイルスの脅威から完全に抜け出ていないことが残念でならないが、一方で、皮肉にもこの未曾有のパンデミックによって日本のデジタル化の加速度は増した。スーパーマーケットでは無人レジ化が進み、キャッシュレス決済が広まった。飲食店では休業による機会損失を補うためにテイクアウトサービスを展開、スマートフォンを使った宅配オーダーが一気に浸透した。また店舗の再開後にはテーブルに備え付けの端末を使って利用客自身がオーダーするスタイルが定着した。いずれのケースも人と人との接点を減らす努力が生んだデジタル化と言えよう。

金融機関のビジネス環境においても例外ではない。ある大手銀行は2020年に銀行全体のモバイル・アプリ利用者数がATM利用者数を上回った。顧客接点のリモート化がこれまで以上に進んだ顕著な例である。また営業の現場においてもWeb面談などが多く活用されるようになった。昨年、地方に住む筆者の両親が不動産を売却することになり、近隣の銀行に相談にのってもらっていた。大きなお金が動く取引でもあり、銀行の営業担当者はWeb会議を用いて、遠くに住む家族(筆者)も交えた相談の場のセットを両親に持ちかけた。支店から持参したパソコンを使った新たなコミュニケーションスタイルだ。両親にとっては遠くに住む家族が同席した場で相談を進められる安心感があったと思う。新型コロナウイルス感染症の流行が生んだ営業現場のDXの例だろう。

少し前置きが長くなったが、DXは単なるバズワードとしてではなく、金融業界においても間違いなく身近に拡がっており、またそれがコロナ禍で一気に加速しているのだ。

DSP利用金融機関が急拡大

2020年にIBMが発表したDSPを利用する金融機関が増えている。2022年3月末時点で27の金融機関(都市銀行、地方銀行、信用金庫、保険会社など)が利用している。DSPとは何か?については以下のリンク先にある詳細説明ページをご参照いただくことをお勧めするが、ここでは簡単にその特徴をふれておく。

DSPは、新たなモバイル・バンキング・アプリケーションなどのDXサービス(フロント・サービス層)と勘定系などの基幹系システム(ビジネスサービス層)との疎結合化を実現するソリューションであり「1.業務マイクロサービス」「2.基幹系連携機能(バックエンド・アダプター)」「3.DSP基盤」の3つの要素を持っている。3つの要素の特徴は以下の通りである。

  1. 業務マイクロサービス
  2. 認証、口座管理、資金移動、共通機能など、金融サービスの提供で必要となる業務を部品(API)としてIBMが先行投資・先行開発して提供している。2022年3月末時点で196のAPIが利用可能であり、個人向けインターネットバンキングに関わる部品をほぼ網羅している。これらAPIを親和性の高いものにグルーピングした業務マイクロサービスとして利用できる。また市場で高い評価を受けているフロント・アプリケーションに準拠したAPIも順次リリースしていることも特徴として挙げられる。

  3. 基幹系連携機能(バックエンド・アダプター)
  4. 金融機関ごとに異なる基幹系システムとの連携方法・インターフェース仕様・粒度の差異を吸収する機能。この実装をノンプログラミングで実現できるアセットを提供する。金融機関は基幹系システムを意識することなく業務マイクロサービスが利用できる。IBM以外の基幹系システムを利用する金融機関においても活用が進んでいる。

  5. DSP基盤
  6. 業務マイクロサービスやバックエンド・アダプターの稼働環境として、「IBM Cloud」を活用したセキュアな高可用性クラウド基盤。大手金融機関でのクラウド活用事例およびFISC(金融情報システムセンター)の安全対策基準などに基づき、ネットワーク面、通信・データの機密性、運用面などにおいてセキュリティー対策を行っている。

以上、3つの要素を兼ね備えたDSPの活用により、金融機関はDXを進める際に、新たな開発物を極小化するとともに、テストも局所化できる。先行事例では40%以上の費用削減、30%以上の納期短縮の効果が確認できた。

DSPのイメージ

金融機関にとって、DXを進める上で課題となる開発コストと開発期間に効果をもたらすソリューションなのであれば採用数が増えることは当然だと感じる読者も多いと思うが、それだけではない。DSP最大の価値はベンダーロックインを一切排除したソリューションであることと考える。

過去より(IBMが提供してきたソリューションを含め)金融業界が利用するソリューションの多くは前提となる何らかのプラットフォームに依存していた。これがベンダーロックインと呼ばれて金融機関を悩ませてきた要因ともなった。

一方、このDSPで利用されているコンポーネントは全てオープン技術を前提に作られている。つまりベンダー色のない一般のスキル・経験があればDSPを前提とした開発に従事できる。仮に「1.業務マイクロサービス」ではカバーできない業務機能をDSP上に新規開発する必要が出た際にもIBMに発注しないと開発できないといった制約は受けない。また、「2.基幹系連携機能」の提供により、基幹系システムのベンダーやプラットフォームから受ける制約も極小化できた。さらには、DSPソリューション自体がRedHat OpenShift上で稼働しているため「3.DSP基盤」さえも利用せず、自社のオンプレミスの環境や、金融機関が独自に運用している他のパブリッククラウド基盤であってもDSPを活用することができるのだ。すなわち、各金融機関の状況に合った最適な利用方法が選択できるということだ。

このベンダーロックインが排除された真の“オープンな”ソリューションであるが故にIBMも当初は想定していなかった多くの活用シーンが生まれた。次章ではDSPの代表的な活用シーンを紹介したい。

活用が拡がるDSPの代表的な5つのユースケース

  1. API基盤の新設・更改プラットフォームとして
  2. 各金融機関はここ数年に渡り、フィンテック企業などの外部の事業者との接続プラットフォームとしてAPI基盤を実装してきた。しかし、これまでのAPI基盤は各金融機関単独で構築するケースか、共同化ソリューションの共通範囲が限定的であるケースが多く、それが故に新たなサービスを展開する際(新たなDXパートナーと接続する際)には、新規での開発(これはAPI領域に加え、基幹系領域も含む)が想定以上に膨らむこととなり、DX推進のスピードを落としていた。経営層や市場から期待されるスピードを実現するために、API基盤の更改のタイミングでは、自行のエコシステム化が追求できるプラットフォームを選択したいという意向が強く働き、DSPの採用に至るケースが増えている。そればかりか、既設のAPI基盤を利用中にも関わらず、今後接続していく新たなDXサービス事業者との接続基盤はDSPに統一するという判断をされた地方銀行も存在する。DSPが既に多くの業務マイクロサービスをReady-Madeの形で再利用できることが大きい。さらには、基幹系ベンダーに依存しないという特徴も効果を発揮している。
    ――「1.業務マイクロサービス」+「2.基幹系連携機能」の活用事例

  3. 既存アプリケーションのクラウド実装環境として
  4. 金融機関において、既にオンプレミスで稼働中のシステム基盤の保守切れ対応などの際に、新たなプラットフォームの選択肢として、クラウドサービスの活用を検討することが増えてきた。ただし、安易にクラウドに“お引越し”すれば良いかというとそんなに簡単ではないのが実情だ。高い可用性やセキュリティー対応が求められる金融サービスをクラウドで稼働させるには多くの対応が必要だ。
    今般、その課題解決のために、新たなクラウド稼働環境としてDSP(3.DSP基盤)を選択する金融機関が増えてきた。先述の通り、DSPは既に金融サービスが求めるセキュアな高可用性クラウドがすぐに利用できる形で準備されている。DSP基盤は業務マイクロサービスやバックエンド・アダプターの稼働基盤だけでなく、既存のアプリケーションの稼働基盤(例えばVMware基盤など)としても利用できるのだ。
    大きなハードウェアやソフトウェアの初期投資が不必要であるクラウドとしてのメリットを受けつつ、オンプレミスで対応してきた可用性やセキュリティ対応が実装された基盤が提供される価値は非常に大きい。
    ――「3.DSP基盤」単独の導入事例

  5. フロント・アプリケーション準拠のバックエンド接続基盤として
  6. 1.のケースに少し似ているが、DSPは市場で競争優位性のある幾つかのフロント・アプリケーションに準拠したAPIを既に実装済みである。よって金融機関がそのフロント・アプリケーションを自行に展開する際にDSPを使うことで開発対象物を大幅に減らすことができる。最近ではフロント・アプリケーションを提供する事業者から金融機関に対してDSPをお薦めいただくケースも増えてきた。事業者にとっても、接続先がDSPであれば、既に実績もあり、テストなどを局所化できることがメリットとなるからだ。その場合、金融機関は基幹系システムとの連携のみに対応を集中することができる。この対応には「2.基幹系連携機能(バックエンド・アダプター)」が大きな効率化効果を発揮することは前述の通りだ。
    ――「1.業務マイクロサービス」+「2.基幹系連携機能」の導入事例

  7. データハブ(利活用)基盤として
  8. これまでとは少し異なる活用方法である。DSPを介したフロント・サービスとの接続が進むと多くのデータがDSPを通過することになる。このデータを分析し、マーケティング高度化や顧客アプローチ最適化のために活用する取り組みが出てきた。さらには自社で保有するデータについても DSPを経由して、アクセス可能とすることで、銀行の内外に問わず、データ利活用の幅が増えてきている。IBMでは今後DSPにAIを活用したデータ分析エンジンのAPIを提供する予定だ。このデータハブ基盤としての活用はますます増えてくることが想定される。
    ――「2.基幹系連携機能」+「3.DSP基盤」の活用事例

  9. サンドボックス(CI/CD)環境として
  10. IBMがソリューション検討時にはあまり想定していなかった活用方法である。DSPはサブスクリプションタイプで契約することが可能だ。よって、すぐに利用開始できるし、必要がなくなれば、すぐにやめることができる。現在、大手金融機関では既存アプリケーションのモダナイゼーション・プロジェクトが多く進められている。例えば、オンプレミスで稼働しているアプリケーションをコンポーネント化し、クラウドへの移行容易性や効率性を上げる対応が代表例だ。このようなプロジェクトは最初から最適解があるわけではなく、都度トライアンドエラーを重ねて開発方針を確定していく。そのサンドボックス環境としてDSPを使う事例が増えている。DSPが開発者ポータルやCI/CD環境(継続的インテグレーション/継続的デリバリー)などの付加価値サービスが充実している点が大きな効果を発揮している。金融機関ではプロジェクトの本格開発期間までには専用環境が準備されることが多く、それまでの期間限定の環境として活用できることが大きなメリットだと言える。
    ――「1.業務マイクロサービス」+「3.DSP基盤」の活用事例

モダナイゼーションとは、近代化、現代化という意味だが、ITの分野では稼働中のアプリケーションを既存の資産を活かしながら最新の製品や設計で置き換えることを指す。

以上、DSPの代表的な活用方法をご説明させていただいた。いずれのケースもDXプロジェクトで感じることが多いフラストレーションを極小化する目的としてDSPの価値を享受いただいている。

DSP採用金融機関の声

DSPを採用している金融機関様の声を紹介したい。DSPがDX戦略を進める上で重要な成功要因と考えていることがうかがえる。

株式会社りそなホールディングス 執行役 伊佐 真一郎様
カスタマージャーニーを支えるすべてのサービスを銀行単独で提供することは困難。プラットフォームを介してパートナー各社とつながっていくことでよりよいサービスを実現していく。当社のデジタル戦略を進める上でIBMのデジタル基盤の柔軟性や適応性は大きな効果を発揮している。

 

城南信用金庫 理事長 川本 恭治様
IBMが提供する「デジタルサービス・プラットフォーム」の採用を決めた理由は2点ある。1つはデジタルを活用した一気通貫した事務プロセス変革を実現するために、他の金融機関でも既に利用実績があるクラウド・プラットフォームを活用したいと考えたこと。もう1つは今後のデジタル時代に対応するための「柔軟性」をプラットフォームで実現したいと考えたこと。これまで当金庫では、「渉外」「営業店」「非対面」とそれぞれ別々にシステムを構築し、勘定系システムを連携してきたが、時代の変化が速い昨今ではすべてに対応することが難しくなってきた。今後のシステム戦略としては「プラットフォーム」で構築したアプリを他のチャネルやシステムでも有効活用していく。その結果として、全体最適化につながり、お客様によりよいサービスを提供できると考えている。

DSPの方向性

金融機関のDX戦略は各々異なり、そこに正解はない。自社の顧客に思いを巡らせ、自社に最適なDXの歩みを模索しながら進めているのが現状である。この状況は当面続くだろう。よって、一つ一つのプロジェクトを迅速かつ効率的に進めることがDX戦略実践の成功要因となる。また前述の金融機関様の声にもあるように、一社単独で全てのサービスを提供することは困難になっている。より多くのパートナーとの協業を前提としたエコシステム化の実現は必要不可欠だ。

IBMでは2021年にヘルスケアDSPを、2022年5月にクレジットカード・サービス向けDSPを発表した。今後もさらにDSPを他業界に展開する予定である。各業界内のエコシステム化の実現はもとより、複数の業界DSPが繋がることで、社会全体の課題を解決するプラットフォームとして活用することが可能となる。例えば、地方銀行が参加する地域活性化プロジェクトにおいて業界の枠を超えたシステム連携への効果が期待できる。

IBMのDSPが、各金融機関にとって、既存のIT環境に捉われることなく、DXを加速するお役立てができるのであればこれ以上の喜びはない。
今後もIBMは真にオープンなソリューションで金融機関のDX化の加速を支援していく。