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宇宙開発とIoT——超小型人工衛星がもたらす超Big Dataの世界

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世界中で宇宙ベンチャーブームが巻き起こっている。そのうちの1社が、超小型衛星の開発に取り組む宇宙ベンチャー企業・株式会社アクセルスペースだ。2022年までに次世代型超小型地球観測衛星・GRUS(グルース)を数十機打ち上げ、地球を観測。「地球の地表面のすべてを、毎日、見る」ことを実現するこのプラットフォームは、社会を、そしてビジネスをどこまで劇的に変化させるのか。

日本IBMで画像解析技術を専門にサービス開発をリードする石橋正章と事業戦略コンサルタントの岡村周実が、同社CDOの宮下直己氏にリモートセンシングで得られる衛星画像ビッグデータの活用法について話を伺った。

宮下直己

宮下直己
株式会社アクセルスペース 取締役・最高データ責任者(CDO)


1978年、長野県生まれ。東京工業大学大学院理工学研究科機械宇宙システム専攻博士課程修了。工学博士。在学中、超小型衛星CUTE-I, Cute-1.7 + APDの開発に携わった。卒業後、準備期間を経て2008年にアクセルスペースを共同創業し、取締役に就任。

 

 

石橋正章

石橋正章
日本アイ・ビー・エム グローバル・ビジネス・サービス
クラウドアプリケーション開発 シニアITアーキテクト


クラウドとAIの活用をテーマに活動。様々な業種からの画像判定の相談を受け、自動判定の実現に取り組んでいる。

 

 

岡村周実

岡村周実
日本アイ・ビー・エム グローバル・ビジネス・サービス 事業戦略コンサルティング アソシエイト・パートナー


さまざまな業界でパブリックセクターとプライベートセクターをつなぎ、両者の課題解決や新たなエコシステム創生を主眼に活動を続ける。

 

 

地球のすべてを、毎日、見る——AxelGlobe計画とは?

岡村 宮下さんは東京工業大学大学院 理工学研究科 機械宇宙システム専攻で、在学中に超小型衛星の開発に携わり、卒業後の2008年、株式会社アクセルスペースを設立されました。大学発ベンチャー・アクセルスペースは、今年8月8日に10周年を迎えますね。おめでとうございます。

宮下 ありがとうございます。10年前の創業以来、我々は超小型衛星の開発案件をお客様から受注しています。まったくのゼロから“安く、速く、高性能”に設計・製造を行い、かつ、その後の打ち上げアレンジメントおよび運用支援・受託までを行えることを強みとしてきました。

地球のすべてを、毎日、見る——AxelGlobe計画とは?

岡村 そんな宮下さんたちは現在、「AxelGlobe計画」に注力されていますが、これはどのような構想なのでしょうか?

宮下 2015年に約19億円の資金調達に成功し、新たな事業として立ち上げたのがAxelGlobe計画でした。これは「超小型衛星群による地球観測画像データ事業」のことで、自社で開発した次世代型超小型地球観測衛星「GRUS」を数十機打ち上げ、リモートセンシングにより地球観測網を構築しようとするプロジェクトなんです。

岡村 超小型衛星・GRUSはどのくらいの性能を持っているのでしょうか?

宮下 GRUSには「高性能光学望遠鏡」が搭載されていて、「地上分解能2.5m」の画像を取得できます。地上分解能はあまり聞き慣れない言葉かもしれませんが、「地上の物体をどれだけ細かく見分けられるか」ということです。GRUSの場合、地上のフットプリントでいう「2.5m×2.5m」の範囲が「1ピクセル×1ピクセル」になるくらいの解像度になります。さらに撮影幅は「60km」ですので、一度の撮影で60km——関東平野を超えるくらいの距離が撮影できます。観測波長として、人間の目と同じ様に可視波長はもちろん、植物の活性度などを観測できるレッドエッジ波長、近赤外波長も搭載しています。

「GRUS」の1/2模型

「GRUS」の1/2模型

こうした複数の衛星が地球の軌道上から何度か撮影を繰り返すことで、「地球の地表面すべてを、毎日、見る」ことが可能になります。いよいよ2018年からGRUS衛星の打ち上げが開始され、2022年までに完成することが目標です。

岡村 これまで宇宙開発事業といえば、国家プロジェクトがほとんどでした。そこには当然、莫大なコストがかかります。アクセルスペースでは衛星が小型のため、開発費も従来より圧倒的に低いそうですが、小型衛星1機あたりの開発費は以前と比べてどのくらい抑えられるようになったのでしょうか?

宮下 衛星のミッションによって千差万別ですが、国家プロジェクトの場合、衛星の開発費だけで数百億円、もしくはそれ以上のコストがかかると言われています。我々が開発している小型衛星はGRUS以外にもありますが、機能を集中することで、既存の宇宙開発事業でかかる開発費の“100分の1程度”。すなわち、数億円のレベルを実現しています。これとは別に打ち上げ自体にもコストがかかりますが、衛星が重くなれば打ち上げ費も高くなります。質量性能比の高いGRUSは打ち上げ費削減にも寄与できます。

 

衛星から得られるビッグデータがもたらすインパクトとは?

宮下 既存のリモートセンシング衛星は開発費が高いため、その衛星から得られる画像も価格面でハードルが高いんです。さらに、撮影できる衛星の数も少ないため、例えば今の東京の画像が欲しいと思っても次の撮影機会が来るのは2週間後ということはざらですし、それだけ待っても、曇っていたりすると撮影できない。要は使いづらいわけです。そのため、幅広いユーザーに利用される機会がありませんでした。

AxelGlobeは低コストの超小型衛星数十機を地球の軌道上に配置し、地球全体のリモートセンシング画像を高頻度に取得できるシステムですから、一部のヘビーユーザーだけでなく社会的に多くの方にご利用いただけるものになるはずです。

岡村 地球の地表面のすべてを、高頻度で見ることができる——。ユースケースとしてはどのような活用を構想されていますか?

衛星から得られるビッグデータがもたらすインパクトとは?

宮下 重点分野と考える領域はいくつかありますが、その1つが「農業」です。GRUSのカメラはパンクロマティック画像(白黒画像)や可視波長画像(青・緑・赤)に加えて、人間の目では見えませんが、植生を詳細に分析できるレッドエッジ波長、近赤外波長の画像も撮影できます。

農業分野では、生育状況などを広範囲にとらえることができるため、特に広い農地の場合、収穫適期の把握、水・肥料の管理、収穫予想などに有用に活用いただけると思っています。グローバルに見るとすでに活用も進んでいて、世界各地の農地での収穫量予想データが先物取引等に使われている例も存在します。

岡村 「宇宙から農業が見える」なんて、とても夢のあるお話ですね。

宮下 さらに「森林」の領域であれば、違法伐採の早期発見、森林の樹種判断などへの活用も考えられます。「経済動向や都市動態の把握」の領域なら、港・倉庫・駐車場などの監視、大規模建物の建設状況の把握。さらにパイプラインやプラント、メガソーラーなど「大規模インフラのモニタリング」などにも活用できるのではないでしょうか。

衛星から取得した地表の画像データと機械学習を用いて被覆分類したデータサンプル

衛星から取得した地表の画像データと機械学習を用いて被覆分類したデータサンプル

岡村 ところで、御社の地球観測網で収集するデータはどのくらいの量になる想定ですか?

宮下 現在の試算では、生のデータの状態で毎日20〜30TB。年間に換算すれば8 PB(ペタバイト、1ペタバイト=1,024テラバイト)くらいです。そこから顧客が処理し易い衛星画像プロダクトとして生成すればデータ量は倍増しますから、年間20PB以上くらいになるかもしれません。

岡村 それほど膨大な量であれば、人間の力で画像解析を行うことは難しそうです。AIの活用なども視野に入れているのですか?

宮下 もちろんです。膨大な画像を人間が直接取り扱うのはほぼ不可能ですから、解析や情報抽出については、なるべく自動で行っていく必要があるでしょう。我々は、取得した衛星画像だけでなく、それらに「機械学習」を適用した被覆分類や船舶などの物体検出等の解析結果も合わせて提供していく考えです。その為の研究開発も社内専門チームが進めています。このプロジェクトはビッグデータやAIが盛り上がっている今の時代とマッチしていて、本当に良いタイミングだと思っています。

 

衛星ビッグデータとAIをいかに組み合わせるべきか?

岡村 IBMで画像解析技術を専門として、さまざまなサービス開発をリードしている石橋さんにもお聞きします。衛星画像も含め、いわゆる画像という種類のビッグデータ活用が特に効果的なのはどのようなケースでしょうか?

石橋 効果的という観点でいえば「工場で不良品を見分けたい」といったケースが多いと思います。背景にあるのは、人間の目で見分けられるものの「なぜそれを見分けたのか」という部分を機械的なロジックでもって説明するのがなかなか難しい、といったお客様側の事情です。そのための客観的な見分けに活用されるAPIとしては、IBM Watsonの「Visual Recognition (画像認識)」などが活用されています。

岡村 具体的にはどのようなユースケースがありますか?

石橋 大量のタイヤ画像データから、ユーザーが送信したタイヤ画像と近似する画像を抽出し、タイヤの摩耗状態を判別する「かんたんタイヤ画像診断」というアプリケーションをオートバックス社と共同開発しました。Visual Recognition が活用された代表的なサービスです。

衛星ビッグデータとAIをいかに組み合わせるべきか?

「かんたんタイヤ画像診断」では3段階の摩耗度合いのタイヤ画像を収集していますが、この場合の画像診断のアプローチは「タイヤの摩耗具合を知りたい」という具体的なテーマがありました。AxelGlobe計画の場合、そのテーマ自体が膨大だったり定まっていなかったりするケースもあるのではないでしょうか。

宮下 おっしゃる通りです。今後想定されているお客様は、衛星画像そのものがほしいわけではなく、目的のエリアでどんな変化が起こったのか、さらにはその変化を数値やテキストで示してほしい、といったものになると考えています。

石橋 となれば、AIが衛星画像に隠された“真意”までを検出するような、人間に近いやり方を植え付けるアプローチが必要になりそうですね。

岡村 画像は単なる情報に過ぎず、その情報からどんな知識や意味合いを導き出すか。また、どんな観点から導き出すか。そんな点が肝心になりそうです。

宮下 機械学習のような自動解析を行うためには、データの質の良さがとても重要です。その点、GRUSは軌道・高度が制御され、解像度も一定、また衛星のセンサーも我々の方でキャリブレーションし、相互に調整するので、衛星が数十機あっても同じデータセットとして取り扱えます。「マシーンラーニング・フレンドリー」な衛星データセットを提供したいと考えています。

 

地球の今を把握し、過去と照らし合わせて、未来を予測

岡村 AxelGlobeというプラットフォーム、また宇宙ビッグデータの活用によって、地上の産業や社会、公的サービスが大きく変わるという予感がありますね。これまで見えなかった事象が見えるようになることで、さまざまなリスクへの対応が大きく変わってくるように思います。

宮下 衛星は地球を俯瞰視しています。いわば地球が丸裸にされている状態で、嘘がつけなくなるでしょう。そうなれば、あらゆる領域で適正な評価がなされ、産業やサービスの1つひとつが最適化されるのではないでしょうか。例えば、交通事故や犯罪が起こりやすい場所を衛星画像から収集しAIに学習させれば「こういう交差点は事故が起こりやすい」といったことがわかり、街づくりの最適化が進むかも知れない。

石橋 何かと何かの足し算が、まだまだいっぱい考えられそうですね。これまで、宇宙開発というと「月に行く」「火星に行く」ということばかりがトピックとして取り沙汰されてきましたが、宮下さんたちが取り組まれているプロジェクトは「宇宙から地球を見る」。その方向性がとても新しいし、面白いです。

宮下 ありがとうございます。我々も宇宙開発ベンチャーだというと、たびたび「夢がある会社だね」なんて言われますが、我々が目指しているのは夢ではなく、1つの商材、ビジネスだと考えています。

地球上を移動するにも、これまでは時間やコストがかかってきました。しかし、わざわざ移動しなくても、地球上の好きな場所を毎日見ることができるのであれば……。ビッグデータやAIの技術で、地球全土を見ることのできる一番外側の世界のプラットフォームが「AxelGlobe」であり、そこから内側に行くごとに、UAV(無人航空機)やドローンといった別のレイヤーがある世界になり、それらを組みあわせて世の中の社会的な課題を解決していくことになれば嬉しいです。

地球の今を把握し、過去と照らし合わせて、未来を予測

岡村 ビジネスの世界も様変わりしそうですが、最後に、企業経営者の方々にメッセージなどはありますか?

宮下 私はこの地球上で生きるうえで重要なリズムが2つあると思っています。それは「1日」と「1年」です。地球は「1日」に1回自転をしながら、太陽を「1年」かけて周ります。このリズムに合わせて、我々の生活サイクルや季節ごとのサイクルが起こっています。

私は毎朝トレーニングをしていて、そのたびに空を見上げるのですが、段々とただの「晴れ、曇り」の2分類が、同じ晴れでも「これから雨が降りそうだな」ということが予想できるようになってくる。

石橋 海の漁師が「今日はしけるな」と感覚的にわかるようなイメージでしょうか?

宮下 AxelGlobeは地球の今を把握し、過去と照らし合わせて、未来を予測できるシステムになると思っています。経営者の皆さんには、デイリーで衛星画像から得られる世界の動き、さまざまなインサイトに実際に触れていただくことで、ビジネスの予報士になっていただきたい。

衛星画像にもきっと、1日や1年をサイクルとする何かしらのリズムがあるもので、そこには自社のビジネスに活用できるヒントが潜んでいるはずです。これまでは専門家を雇って、地上から調べさせていたものが、衛星画像からであれば専門家でなくてもすぐにわかる。そんなシーンを期待しています。